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本田雅一のAVTrends

施行通知に矛盾した“文化庁著作権課見解”から見える
私的録画補償金問題に燻る火種



 このところ私的録音録画補償金制度に関する議論は、表面的には落ち着いた展開を見せていた。反対意見も根強かったダビング10が施行され、アナログチューナ内蔵BDレコーダに関しても、政治決着とは言え、機器からの補償金徴収が決まったからだ。

 ところが、先週に本誌で「JEITA、アナログ非搭載録画機の補償金問題で文化庁に反論」という記事が掲載されたように、ここに来て“良く理解できない”事態が発生している。私的録音録画補償金制度に関連しては、以前にもコラムで書いたが、一般のユーザーからはとうてい理解できない議論が展開されていることがある。

 先週末の記事をきっかけに情報を紐解いていくと、ここでもやはり理解し難い、著作権権利者側の行動が明らかになってきた。このニュースを表面的に見ていくと“著作権利者vs機器製造メーカー”というステレオタイプな対立図で、互いに正論を吐いているように見える。ところが実際には消費者の利益も巻き込んだ根の深い問題だ。

 順を追って、その経緯と問題について伝えたい。

 


■ 施行通知と矛盾した見解を文化庁が回答

 今回の問題を簡単に言えば、過去に経済産業省と文部科学省(文化庁は文部科学省の下部組織)の両省が合意の上で政令の説明のために出した施行通知と全く矛盾する見解を、SARVH(私的録画補償金管理協会)の照会に対して文化庁が示した事にある。

 施行通知とは、政令が公布・施行される際に、政令の解釈を利害関係者に対し解説するために発行する書面だ。従って、施行通知の内容は政令の正式な解釈を示したものと言えるだろう。文科省は、経産省と文科省の両省の見解として発行した、ブルーレイを私的録音録画補償金の対象として指定した政令の施行通知を出しているため、両省ともその内容を承知していることになる。

 5月22日に関係各所に送られた著作権法施行令等の一部改正について、文化庁次長名義で出された施行通知には、経産省と文科省の“両省”が、“アナログチューナーを搭載していないビデオレコーダー等”(クオート内の表現は通知に書かれている原文のまま)について、録画補償金に関する関係者意見の隔たりが大きいため、“その取扱について検討し、政令の見直しを含む必要な措置を適切に講ずること”と書かれている。

 この政令は今年5月15日に公布、22日に施行された政令第137号というもので、同日には著作権法施行規則の一部を改正する省令が文科省から第24号として公布・施行されている。施行通知が関係各所(この問題の場合、文科省だけでなく経産省も関わるため、通知には“両省は”と繰り返し書かれている)に示され、了承を得た上で政令が閣議にかけられる。閣議での承認を得る前提で作成されるもので、もっとも明確な政令の解釈指針と言える。

 その施行通知において、アナログチューナを内蔵していないレコーダの後ろにあえて“等”と付けて範囲を拡げた上で、デジタルチューナのみのレコーダに関しては、別途、話し合いをしましょうね。まだ合意はしていないですよ。と記しているのである。

 従って東芝やパナソニックが発売したアナログチューナレスの低価格モデルは、補償金の対象にはなっておらず、消費者向けの価格にも補償金分のコストは上乗せされていない。


アナログチューナ非搭載レコーダの録画補償金徴収に関連した動き(PDF)

 ところが、なぜかSARVHは9月7日付けで、文化庁著作権課に対してアナログチューナ非搭載のDVDレコーダに関して、私的録画補償金の“対象であること”の確認を要望する書類を提出した。上記のように、アナログチューナレスのレコーダが補償金対象かどうかは確定していないのだが、どうしても諦められない気持ちもあったのだろう。これについては後述するが、確認の申請は放送局出身のSARVH専務理事から出されていた。

 この確認に対する回答は翌日、9月8日に文化庁著作権課・課長名義で出されており、“貴見のとおりで差し支えありません。”との文書がSARVHに返された。つまり、“アナログチューナ非搭載DVDレコーダは私的録画補償金の対象である”という、5月22日の施行通知とは全く異なる見解を文化庁が示してしまったのだ。

 これに対して電子情報技術産業協会(JEITA)は文化庁著作権課宛に、この回答は以前の施行通知に明らかに矛盾しているのではないか? という質問書を9月14日に提出している。前述したように、SARVHにはJEITAからも理事が送り込まれているため、文化庁著作権課からの回答書は、JEITA理事にも知らされていたからだ。

 同様に消費者団体として私的録音録画補償金小委員会に参加してきた消費者団体が、相次いで異議を申し立てた。主婦連合会は10月7日付けで「アナログチューナー非登載DVD録画機器を私的録音録画補償金の対象機器とする件についての意見と要望」を出し、2日後の10月9日にはインターネットユーザー協会(MIAU)が「アナログチューナー非搭載DVD録画機器を私的録音録画補償金の対象機器に含む件についての意見と要望」として掲載している。

 文化庁が次長名義で(しかも経産省と共同で)出した施行通知を真っ向から否定する見解を、文化庁課長が書面で出したというのだから、とても不思議な話だ。だが当の文化庁にしても、これだけ矛盾が明らかな回答を書面で出せば、各方面から弾劾されることはわかっていただろう。筆者自身、こうした経緯を知った時には、とても頭が混乱した。あきらかに理屈に合わない、筋の通らない話だったからである。

 


■“文化庁見解”を後ろ盾に補償金支払い訴訟を準備

 ちなみに5月22日付けの文化庁次長通知で“両省”と表現されたうちのもう一方、つまり経産省は、この件に関して全く何も知らされていなかったそうだ。両省の合意の元に出した政令を、文化庁が単独で、しかも課長レベルでひっくり返すというのはどう考えても無理だろう。

 しかも、続いて入ってきた情報も、なかなか刺激的なものだった。SARVHが文化庁課長名義での回答書を元に、機器メーカーに対して録画補償金未払い分の請求を行なう訴訟を起こそうというのだ。今週水曜日にもSARVHは理事を招集し、アナログチューナ非搭載DVDレコーダに係る補償金の納付を履行しない製造業者に対し訴訟を起こす件、およびそのための訴訟費用を予備費から捻出を承認することが議題として挙げられている。

 なぜこのように筋の通らないストーリーが展開されているのか。その背景には権益者側の引くに引けない事情もあるようだ。

 5月22日に出された、アナログチューナ非搭載録画機に対する補償金の扱いを保留にした件について、著作権管理を行なう団体側(いわば既得権益者側)の人たちは、大きな不満を抱えていた。筆者も何度か直接話で耳にしているが、彼らの多くは“デジタルでコピー世代管理をしているから、補償金が要らなくなる”というロジックを、あまり深く理解していないからだと思う。

 強度の高い暗号化を含めたコンテンツ運用の仕組みが導入されれば、カジュアルなコピーは行なうことができなくなる。あらかじめ想定される範囲のコピー(現在は1世代のみ最大10コピーまで)しかユーザーは利用できないよう制限が加えられている。いわゆるダビング10があるため、補償を行なうべき対象がないと見なすことができる、というのが消費者団体や機器メーカー側の言い分だ。

 だが、それまで当たり前に補償金を受け取ってきた団体から見ると、音楽や映像の価値は変化していないはずなのに急激に補償金が減っていくのはおかしい。補償金が減った分は、機器メーカーがズルをしているんじゃないか? と、簡単に言えばそう考えているのだろう。技術的な議論をしかけても噛み合わないのは、根本的に“自分たちの取り分が減ってるのは誰かが得をしているから”という、論理的根拠に乏しい感情論から始まっているからだろう。

 SARVH内部では、これまでも補償金を受け取る側の理事を中心に、補償金支払いを渋る機器メーカーは訴訟すべきとの意見を内部的には出していたそうだが、その度に「文化庁が対象だと言ってくれないから無理だ」と抑え込んできたという。

 どう考えても無理筋に見えるアナログチューナ非搭載DVDレコーダについて文化庁に確認を行なったのも、すがるべき役所もなく、どこにも行き場がない中で、最後の望みをかけたわけだ。文化庁というのは、音楽や芸能の文化を守ることが役目なので、補償金が減ったことによって、文化を守ろうとするアーティストたちの生活が脅かされるようではダメだと突き上げられると弱い。

 裏の事情は分からないが、SARVH内部の補償金を受け取る側の理事が、この文化庁課長見解を拠り所に訴訟の提案を行なったことはハッキリしている。具体的には、“アナログチューナ非搭載レコーダの補償金払い込みを行なわない東芝に対して訴訟を起こし、他メーカーに対しても同様の訴訟を起こしていく事を決める決議”が、理事会で提案されることになった。

 なお、SARVHの全理事は同組織のWebサイトで公開されているように、19名の理事のうちJEITAなどメーカー系理事が2名、有識者3名で、権利者側が14名となっている。

 


■ ユーザーへの影響は計り知れない

 文化庁著作権課の課長はJEITAに対し「文部科学省(文化庁)として、現行法令の解釈を示したもの」であり「5月22日付け次長通知に則ったもの」としており、アナログチューナ非搭載レコーダの扱いを先送りした施行通知を自ら出しておきながら、全く異なる著作権法解釈を示すという、理解に苦しむ回答を戻している。

 SARVHは、補償金を受け取る側と支払う側が集まって事務的な手続きを行なう、実に真っ当な作業を粛々と行なう場である。著作権利権を持つ団体だけではなく、JEITAなど補償金を徴収される側も参加しており、一方的に著作権の主張を繰り返して無理筋を通すような議論は行なわれる場所ではない。

 そのSARVHが無理筋を通すような訴訟を起こそうとしているのは、文化庁がおかしな判断を下したことによって“無理筋派”の意見を抑えられなくなってきたからだ。前述したように理事の大半は権利者側で示されており、文化庁が録画補償金指定機種と見解を出したことで理事会を通ってしまう可能性が高くなってしまった。

 その原因が文化庁著作権課にあるのは誰の目にも明らかだろう。すでに施行通知で(現時点では)補償金の対象であると指定されていない事が明らかなアナログチューナ非搭載レコーダへの課金に関する訴訟だけに、文化庁の課長が出した判断を拠り所にしたとしても、まずSARVH側に勝ち目はない。施行通知には行政解釈としての拘束力があるが、文化庁課長の見解は閣議決定も経ておらず、単なる“見解”以上の意味はないからだ。

 それでも訴訟を起こしたいのは、“万が一”の場合もあるからだ。暗号化や複製世代や複製数の制御を行なうデジタル時代に移行し、流通もインターネットが中心になってくると、録音録画補償金は徐々にゼロへと近付いていくだろう。補償金制度が緩やかな死へと向かっているのであれば、万が一の可能性で食い止めようとするのは当たり前の行動と言える。

 ただ万が一にも無いと思われるが、SARVHが訴訟で勝つと、ユーザーへの影響は計り知れない。

 今回、SARVHが検討している訴訟は東芝のみを対象としているが、2011年にアナログ停波になると、レコーダからはアナログチューナ搭載機は存在しなくなる。現在の所は判断が保留されているとはいえ、デジタルチューナのみでダビング10以外の運用ができなくなれば、そもそも補償すべき損害がなくなる(許された範囲の複製以外はできなくなる)ので、補償金は全廃になる可能性が高い。

 ところがSARVHがこの訴訟で勝ってしまうと、アナログ停波後も補償金コストが上乗せされた製品を買い続けなければならない。補償金は本来、利益を受けるユーザーが支払うものを便宜上、製品本体の価格に上乗せして調整する仕組みなので、どんな形であれ、制度が残る以上は消費者に転嫁される。

 他国の例を見ても、コンテンツの流通や扱いが技術の変化によって根本的に変わってきたことを受けて、補償金制度そのものをなくしたり、見直す方向で動いている。自由に流通させて市場を活性化させる考えが強い米国はもちろん、補償金制度の典型例として挙げられてきたドイツは補償金が激減しており、オランダでは補償金制度そのものに見直しがかかり、将来は段階的に廃止される可能性が高いという。

 日本と同様に録音録画補償金を新しい機器に適用していこうという動きは、当然のように欧州でもあったが、それも今ではすっかり下火になってきた。DRMによる流通のコントロールという考え方が浸透してきたからだろう。そもそも、極度に締め付けて良い音楽や映像に出会うチャンスを減らし、市場そのものを縮小させるようではダメだという考え方が、コンテンツを供給する側にもあるからだ。

 


■ デジタル流通時代のあるべき姿は?

 私的録音録画補償金制度を巡った議論では、過去の合意がどうだったとか、過去3年の話し合いの経緯は……といった議論が多く、しかも、一般報道ではメーカー対権利者といったステレオタイプな対立軸での報道ばかりが行なわれてきた。正直言って、個人的にはもう飽き飽きしているのだが、なぜ補償金が必要だという判断に至ったのか、補償金はデジタル流通の時代にも必要なのかについては、もっと頭をリフレッシュして考えるべきだろう。

 私的録音録画補償金小委員会が過去何年も話し合ってきた間にも、どんどん世の中は変わってきている。完全にデジタルでコンテンツが流通し、配布範囲や利用範囲について配布側が自由にコントロールできる場合にも補償金は必要というのでは議論にならない。他に回収できる見込みがないからこそ、しかたなく一括徴収を行なっているのに、完全に何がどれだけ売れたのか、演奏できたのかをトラッキングできるデジタル流通の世界でも継続する理由はない。それこそ利用を許諾した範囲の応じて、必要な価格(著作権料)を上乗せすれば良いだけだ。

 また文化庁も文化を守りたいのであれば、今回のように著作権者から泣きつかれて矛盾した見解を出すのではなく、特定目的税を集めて文化保護に乗り出してはどうだろう。情操教育に役立つ芸術の発展やコンテンツ産業活性化、アーティスト支援の活動を国を挙げて行なうというのであれば、音楽・録画機器やメディアに特定目的税がかかったとしても、少なくとも筆者は文句は言わない。

 誰の目にも明らかなように、コンテンツ流通の形態は大きく変化をしようとしている。環境が変われば、それを取り巻くビジネスが変化していくのは当然のことだ。世の中の仕組みと環境、ビジネスがフィットしなくなったとすれば、みんなが新しい流れに追従しようと努力しなければ、どこかに大きな歪みを残してしまうことになる。


(2009年 10月 19日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]

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