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本田雅一のAVTrends

3Dテレビ、3Dブルーレイの深層部

“気分が悪くなる3D”排除へ無償サービスを提供するSPE




 昨今の過熱する3Dテレビの話題に、すっかり白けてしまっている読者も多いのではないだろうか。世の中で騒がれているほど、3Dテレビに心躍らない感覚に自信を持てなくなってきたという方、あるいは「よくもまぁ、詐欺のように使い物にならないものを、寄ってたかって売りつけようとしているものだ」と思っている人もいるかもしれない。

 3Dテレビに対して“信用ならない”と思う感覚は、いたって普通のものだと思う。何しろ3Dは古い技術だ。最近、どのメディアに登場するときも、必ず話をしているのだが、3D映画が初公開されたのは1950年代半ばの事。

 すでに50年以上も昔、アナグリフという光の周波数帯域で左右の絵をフィルタする3D映画が商業的に公開されていたのである。光の周波数帯域と言うと大げさだが、要は赤と青のセロファンを用いた赤青メガネ方式だ。子供の頃に見せられた、あのインチキ臭い3D技術のことだ。 


■ “3Dなんてロクなもんじゃない”と考えるのも無理はない

 あれから科学技術は大幅に進歩したが、それでも最近までは“快適な3D”を楽しむチャンスは少なかった。いくつかの技術要素は揃ってきていたが、それらを組み合わせ作品へと仕上げていく手法は、まだしっかりと確立できていなかったからだ。良い作品ができなければ、3D映像を見せる装置も発展しないのは当然のことだろう。

 3D映像というキーワードは、技術に興味を持つほとんどの男子が興味を持ったはずだが、しかしそれ故に原体験として質の悪い3D体験を持っているが故に、3Dに対して懐疑的になる。

 これは現在、3Dテレビを推進している電機メーカー幹部や、3D映画を量産しはじめているハリウッドの映画関係者でも同じだ。みんな3D映像が流行するなど、数年前までは小指の先ほども考えていなかった。なにしろ、こうして記事を書いている筆者自身、一昨年の初秋に試作の3Dディスプレイを見るまでは「ふ〜ん、面白いかもね」と思う程度だった。

 年に数回はハリウッド映画スタジオに取材へ出かけていたから、3D映画が流行しようとしていたのは知っていたし、その興行成績が優秀であること、本格的な実写3D映画のプロジェクトが進んでいることも話には聞いていた。

 ハリウッドばかりが3Dで注目されている昨今だが、日本でも3D撮影は以前から行なわれいる。徐々にカメラの質も撮影技術も進歩してきているという話を聞いてなお、信用することができなかったのは、かつての稚拙な3D体験によって予断を持っていたからに他ならない。

 3D映像なんてロクなもんじゃない。この予断は技術への興味のある人ほど強い。3Dテレビや3D Blu-rayについて考えるとき、まずはそうした予断……昔に体感した3D映像の記憶……をリセットするところからはじめなければならない。 


■ 3D映像、進化の背景

 最近、3D映像技術に関してよく訪ねられることがある。

「3Dテレビって売れるんですかね? メーカーは高いテレビが売れなくなってきているから3Dにしようとしているのでは。そう思いませんか?」

 確かにテレビが3D化することによって、多少、価格下落の速度が遅くなれば嬉しいとメーカーも思っているだろうが、実際にはそれほど単純なものではない。50年代から存在しながら、まったく一般化の目処が立っていなかったものを、新しいテレビを作らなきくてはいけないから持ち出してきた、なんて芸のないことでは、売れるはずもない。

 そもそも“従来のテレビを3Dテレビに置き換えようとしている”というのが、やや誇張気味な表現と言えるだろう。パナソニックの発売した3Dプラズマは数万円のプレミアムを含んでいるように見えるが、これはライバルが存在しないからだ。

 実際には従来の最上位モデルが3D化し、ミドルクラスから上の液晶テレビは、メガネを後から購入すると3Dを楽しめる「3Dレディ」になる。ただ、プラズマは最上位のみ3Dというラインナップだろう。3Dはテレビを楽しむための+αのエンターテイメント機能が加わったという位置付けだと考えるのが正しいと思う。

ソニービルで展示中の3D対応BRAVIA パナソニックは3DプラズマVIERA「VT2シリーズ」を4月発売

 では、なぜ急に注目されているかと言えば、「3Dで見せるための技術」、「快適な3D映像の制作技術」、「3D映像を流通させるための技術」の3つが揃ってきたからだ。

 たとえば、パナソニックが3Dプラズマのプレゼンテーションでよく使っていた北京オリンピックの映像は、NHKが撮影したものだそうだ。バンクーバオリンピックでも3D映像の撮影に取り組んでおり、その成果は毎日編集されてNHKスタジオパークで3D上映されている。

 先日、その映像を見てきたが、わずか1年半しか経過していないというのに、北京に比べて3Dの質が格段に良くなっていた。北京オリンピックの映像では、手前に飛び出しすぎていて気持ち悪い映像や、現実世界ではない目が左右に開いてしまうような映像がやや目立っていたが、バンクーバーの映像は、それよりもずっと快適。保守的ではあるが、少なくとも不快な思いをさせないという意味で、とても楽になっている。 


■ 他社へのノウハウ供与も行うソニー3Dテクノロジセンター

 オリンピックの場合、撮り直しの効かないライブ映像という事情があるが、シナリオ通りに俳優が演じる映画の場合は、撮影・演出ともに3Dの活用を計画的に行なうことができる。以前、本連載でも「快適な“良い3D映像”のノウハウをグループ内で共有するソニー」として取り上げたことがあった。

 この記事中に登場するバズ・ヘイズ氏は、現在は制作現場から離れ、ソニー・3Dテクノロジセンターで3D映像制作ノウハウを広める啓蒙活動を行なっている。最近でこそ、各スタジオとも独自制作の3D映画を多く作るようになってきたが、昨年ぐらいまではCG制作の3D映画の8割ぐらいがソニーピクチャーズ・イメージワークスで制作され、3D演出のプロデュースをバズ・ヘイズ氏が行なっていた。

SPEのバズ・ヘイズ氏 バズ・ヘイズ氏が関わってきた3D映画の一部

 CGアニメの場合、リアルタイムプレビューの段階で、仮想3Dカメラの設定を何度もやり直して、最適な3D映像を求め何度でもやり直しができる。映像編集の段階でカット割りが変更になり、被写体の深度を変えなければならない……という時も、CGアニメならレンダリングし直すだけで済む。ヘイズ氏は、3D撮影プロダクションのスタッフとも情報交換を行ないながら、3D映像制作のためのノウハウを蓄積してきたわけだ。

SPEテクノロジー担当プレジデントクリストファー・クックソン氏

 1月にハリウッドへ取材に出かけた際、ソニーピクチャーエンターテイメント(SPE)本社で、そのヘイズ氏、それに3Dテクノロジセンター長でSPEテクノロジー担当プレジデントのクリストファー・クックソン氏に話を聞いた。

 以前の記事では、ヘイズ氏のノウハウをソニーグループ内で共有し、様々な製品(エンドユーザー向けの製品だけでなく、業務用機材なども含む)へと3D技術のノウハウを注入する作業を進めていると書いたが、実は3Dテクノロジセンター開設に際しては、他社向けのセミナーも開始しているのだという。このセミナーはすべて無償で提供されているというから驚きだ。

 ワーナーブラザースやパラマウントピクチャーズといった他社のエンジニアや、SPEでの撮影予定がない監督やシネマトグラファー(映画撮影カメラマン)向けに、すでにセミナーが開始されている。ハリウッドの業界全体に対して3D映像のレベルアップを目指した活動だけでなく、テレビ局のスタッフやゲーム開発者向けのプログラムも用意されている。ゲーム開発者向けには実際の3Dカメラの使い方は省き、その代わりに3Dグラフィックスツール上での仮想カメラ制御に関するノウハウを提供するとのことだ。

 クックソン氏は3Dテクノロジセンターの目的を「業界全体で3D映像の質を高めること」と話す。「すべての3D映画の質を高め、3D製作が当たり前になっていくよう業界全体をサポートする」(クックソン氏)。

 


■ 他映画スタジオの3D製作までサポートする理由

 3D映画の製作受注を通して蓄積してきたノウハウを、ソニーはなぜ無償で提供するのだろうか? セミナーの内容は濃く、シネマトグラファー向けセミナーの場合で、3〜4日にわたるトレーニングになるという。

 「質の悪い3D映像を最初に見てしまうと、再び3Dに興味を持ってもらうのは大変なことだ。実際、質の悪い3Dを見ると気分が悪くなったり、目や脳が激しく疲れる。“3D映像を見るのはイヤだ”と思われないようにすることが、最大の目的だ」とクックソン氏は話す。

 3Dへと映像技術が大きく変化するのであれば、ここで一気に変化してくれた方が、3D映像製作のノウハウをもっとも多く持っている自社がもっとも有利。3Dへのと向かう流れを止めたくない。そのためには他社も含めてサポートし、障害を取り除こうということだ。

 ソニー製品というと、多くの人はコンシューマ向けのテレビ、BDレコーダ、カムコーダやデジタルカメラなどを思い浮かべるだろうが、映像関連で言えばテレビ局用、映画撮影用のカメラ、ビデオ保存用機材に編集機材、あるいは映画館向けプロジェクタなど、多岐にわたる業務用映像機材がある。

 コンシューマ向け機器とは異なり、業務用機器は一度、業界内で標準的な地位を確立してしまえば、長い間、その地位を保つことが容易だ。しかし、そんな業務用機材もシェアが大きく動く場合がある。

 かつてアナログからデジタルへと放送用機材が切り替わっていく中で、それまでソニーの独壇場だった放送用機材の世界にパナソニックが割って入った事があった。大きくパラダイムが入る時、業界のルールが変化する時というのは、シェアが大きく動きやすい。

 映像技術が3Dの方向に動いていくのであれば、当然、ソニーにとってはそれまでのシェアを奪われるリスクが増える一方、より業界内での盤石な足場を作るチャンスともなる。無償で3Dに関連した技術サポートを行なうことで業界内での足場を固め、「3Dならばソニー」というイメージを定着させることで、次の時代への足場を固めようというわけだ。 


■ “3Dは日常の風景と同じぐらい自然にできる”とヘイズ氏

 さて、その3Dテクノロジセンター。毎日、セミナーばかりを開いているわけではない。常に快適な3D映像のためのノウハウを開発し続けている。昨今の3D映像は奥行きの表現に3Dを使う事が多く、以前のような疲れる3Dは少なくなってきた。

 今後、どこまで快適にできるのだろうか? という素朴な疑問をヘイズ氏にぶつけてみると「人間は朝起きてから夜寝るまで、ずっと3Dを見て生活している(=外界を立体的に見て生活している)し、それで気分が悪くなる事もない。それくらい自然な3D映画が理想だ」(ヘイズ氏)。

 3D映像を長時間見ていると、なぜ疲れるのか。漠然と疲れるとは感じていても、そのメカニズムはあまり知られていない。ヘイズ氏によると、代表的には以下のようなケースで3D映像が人間の脳を疲れさせるという。

 まず被写体がスクリーンより手前に、極端に近く見える演出を多用すると疲れる。画面より近い(すなわち飛び出て見える)被写体は、視線を中央に交差させて(目を寄せて)見る。これ自身は自然な行為だが、人間はそれに連動して近くの被写体にピントを合わせようとする。

良い3D、悪い3Dの事例を、実際のカメラを用いてトレーニング

 ところが、実際に映像が描かれているのはスクリーンの位置だから、フォーカスは遠くに合わせる必要がある。このような状況は通常の生活の中ではあり得ないため、頭が混乱して疲れとなるわけだ。奥へと展開する場合も基本的には同じ事が言えるが、遠方方向へのフォーカスのズレは、近傍方向に比べると遙かに少ないため、ほとんど疲れに影響しない。奥行きを表現する3D映像は疲れにくいのに、手前に飛び出す演出で気持ち悪くなる人が多いのは、こうした理由からだ。

 他にも3Dの撮影パラメータが適していない場合も、おかしな事になる。ユーザーが見るスクリーンサイズと視聴距離をきちんと考えて撮影していないと、左右の眼が外向きにならないと、正常に被写体が見えない3D映像が撮影できてしまう。こちらも現実世界ではあり得ないシチュエーションのため、無理に注視して被写体を追いかけているうちに疲れが蓄積してくる。

 このような、“疲れる3D映像のパターン”をいくつも抽出し、そうした映像が生まれてしまう原因を研究し、それを避けるための撮影術や3D特有の演出(見る人がフォーカスしようとする深度を映像演出で誘導すること)を行なうことで、快適な3Dを作る事は可能だというのがヘイズ氏の主張だ。 


■ 得られたノウハウをフィードバックすれば、コンシューマ3D製品だって良くなる

映像が快適な範囲に入っていることを示すセーフティゾーンの解説をするエンジニア

 3Dテクノロジセンターで行なわれた“快適な3D”映像製作のための講義は、実に多岐にわたるものだった。たとえばレンズを通して3D撮影を実写で行なう際、二つのレンズが斜め方向に動くとパースがついて風景が異なる方向に歪むため、背景のパースがうまく合わなくなる場合があるという。

 パナソニックが試作していたハンディ3Dカメラでは、レンズの向きを変えずに左右にシフトさせることで視線の交差ポイントを制御していたが、ヘイズ氏は左右方向にカメラのセンサーを大きく使い、実際にはカメラレンズを動かさずに、使う映像の位置をメタ情報で記録していく方法が有効だろうと話す。これならば、後編集でもパララックス調整を画質劣化なしに行なえる。

 もちろん、カメラをどのように使うかといったノウハウは、将来の3Dパラメータ自動制御、それにコンシューマ向け3Dカムコーダなどにも繋げていくことができる。ソニーではワールドワイドから、特に優秀なエンジニア150人を集めて、3D映像技術を活かしたコンシューマ製品の企画についてディスカッションを行なったという。この中で出てきたアイディアの中には有望なものも少なくないとクックソン氏は話した。

 コンシューマが自在に3D映像を自分で撮影できる時代が来るのは、もう少し先の事かもしれない。しかし、そうした製品は一日で出来るものではない。

 ヘイズ氏は「4年前、現在の3D映像製作技術に関わっていたのは、ハリウッドの中でもたった6人で、誰も見向きもしなかった。まだ3D映像製作技術の研究は始まったばかり。疲れない3D映像を当たり前のものにするには、まだまだみんなでハードワークする必要がある。だから日本や欧州の映像エンジニアにも、我々のノウハウを提供して、3Dの世界をさらに拡げていきたい」と意欲を見せた。

(2010年 2月 23日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]