本田雅一のAVTrends

「DEGアワード ブルーレイディスク大賞」の舞台裏

-18日に大賞を発表。審査員のこだわり



 今回のこの連載は、International CES後に取材したハリウッド映画スタジオの情報を……と思っていたのだが、その前に2月18日に発表される「DEGジャパンアワード・ブルーレイディスク大賞」について、少々、その舞台裏も交えながら、紹介したいと思い立った。

 こういった表彰イベントというのは、受け取る人によって様々な反応を示す。素直に受け取っていただける読者もいれば、賞そのものに作為的な何かを感じるという人もいるかもしれない。実際の審査の舞台裏はもちろん、審査中の議論内容についても特に公開されるものではないので、疑り深い方にはどう話しても理解いただけないかな?とは思いつつも、審査員を拝受している身からすると、それも少々寂しい。

 なにしろ、このイベント。実施している側は、ものすごく本気でマジメ。業界の発展のために少しでも役に立てれば……といった気持ちで運営されている。そのあたりのマジメさ、真剣さをブルーレイディスク大賞の審査にまつわる色々を伝えることで、少しでも理解していただければ幸いだ。


■ DEGアワードの“DEG”とは?

 そもそもDEGとは何なのか。

 DEGとはDigital Entertainment Groupという組織で、DVDのプロモーションを行なう業界団体として米国で始まっているのだが、デジタルメディアでビジネスを行うすべての関係者が集まり、たとえば音楽CDレーベルなども参加している。またソフト、ハード、サービスなど、分野にまったく関係なく参加社がいるのも特徴だ。

 映画スタジオ、ハードウェアメーカー、音楽レーベル、家電量販店、音楽・映像配信サービス会社……などなど、実に幅広い。特にハードウェアメーカーとコンテンツ提供者側が、それぞれの立場を超えて集まるという場ができたのは、DVDがとにかく業界全体に大きな利益をもたらしたからだった。

 そのDEGは現在、DVDとともにBlu-ray Discをプロモーションする機能も備えており、現在は主にBDプロモーションが会の主な目的となってきた。もちろんネット配信などについても話し合われている。そのBDソフトの市場立ち上げに際して、日本ブランチとして立ち上がったのがDEG Japanだ。実はDEGの欧州支部は以前からあったのだが、DVDを生んだ日本にはなかった。

 日本支部設立は一昨年、2008年のことでウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメントが全体の取り纏めを行ない、ソニーが広報部会、パナソニックが技術部会、20世紀フォックスホームエンターテイメントがコンテンツ部会を主宰している。筆者も技術部会に何度か参加して話をしたことがあるが、ハード/ソフト両面から、BDに限らず映像・音楽ビジネスを考える業界団体としてきちんと機能している。

 きちんと機能しているというのは、この手の組織は存在しても活動実績が希薄で、実は集まって情報交換する程度に留まることが多いからだが、DEGは少し毛色が違う。とある日本の映画会社が”本当に活動するの?”と話していたのを耳にしたが、本当に活動しているんです、というのがDEG Japanである。

 この中の広報部会は、発売されるBDソフトをとりまとめてパンフレットを作ったり、店頭でのBDソフトPRのためのイベントなどを仕掛けているのだが、その一環として生まれたのがDEGジャパンアワードだ。

 DEGによる表彰というのは、元から米国の本部で毎年行なわれていたもので、それを日本でも導入したというのが正しいだろう。広報部会のチェアはソニーだが、当然、映画会社系、音楽レーベル系など様々なコンテンツベンダーも参加しており、誰がどう得をするなんて話で決まったものでは当然ない。

 厳正な審査を行なって優れた作品を表彰することで、BDソフトの優秀な画質や音質、インタラクティビティを広く知ってもらうこと。それに表彰を大々的に行なうことでソフトウェアを作る側にも高画質・高音質を意識してもらい、邦画を含むBDソフトの質に対する意識を業界全体で共有していこう。これが主な目的だ。

 審査員はAV評論家の麻倉怜士氏、藤原陽祐氏、それに私といったAV関係のソフトウェア/ハードウェアの評価を業務として行なっているメンバーに加え、キネマ旬報、スクリーン、DVDで~た、HiViといった専門誌の編集長、AVハードウェア機器メーカーの代表、日本オーディオ協会サラウンドオーディオ研究会代表といったメンバーで、今年は総勢15名となっている。 



■ 審査の裏側

 審査員にはソフト供給側の人間はいないので、審査員側はとにかく“より良いソフトを作る意識が高まって、素晴らしいソフトがたくさん出て欲しい”という意味合いから受けている人がほとんどだ。なにしろ、他の同様の賞も同じだと思うが、審査を行なうために、かなり大きなエネルギーが必要で、ちょっとやってみたいかな? といった虚栄心など吹き飛んでしまう。

 なにしろ、エントリーされた作品は、すべて評価しなければ投票できないのだ。エントリー作品はソフト会社からの自薦(1社3作品まで)と、我々審査員からの他薦(ひとり3作品まで)を集計して行なう。エントリー可能なタイトルは12月いっぱいまでなのだが、エントリー作品決定は12月初旬までに行なう必要があるので、必然的に12月発売の作品は自薦が多くなる。一部の作品は事前に見るチャンスがある場合もあるので、その場合は他薦の場合もある。

 昨年、第1回目のDEGジャパンアワードでは、DEG会員企業の発売する作品のみがエントリーされた。特にそうした規定があるわけではなかったが、会員企業の自薦によるエントリー制度だったためだ。

 そこで、今年からは非会員からも自薦によるエントリーを受け付けると共に、我々審査員も推薦作をオファーすることができるようになった。もちろん、DEG参加企業以外の作品を推すことが可能である。これは昨年の反省から改良した点だ。

 たとえば劇場版ヱヴァンゲリヲンは、DEG会員ではないキングレコードの発売だが、今回は審査の対象となっているし、鉄道DVDで日本一のシェアを持つビコムというソフト会社も作品をエントリーするなど、エントリー作品の幅は大きく拡がるなど、規模は急拡大している。

 たとえば昨年の第1回は選考対象作品数が約450に過ぎなかったが、今年は約1,100作品にまで増加し、参加企業数は14社から17社へ、1次審査にエントリー作品も36作品から50作品まで増加している。

 とはいえ自薦によるエントリー後に、審査員の推薦エントリーという手順にすれば、自薦と他薦の重複がなくなるため、さらにエントリー作品を増やすことができるはずだ。そうした事も含め、あと一回ぐらいは制度の見直しが図られるかもしれないが、一度落ち着けばずっと同じ手法での審査手順となるはずだ。


■ そっと静かに、心穏やかに

 そっと静かに、そして心穏やかに。個人的に作品を選ぶ際は、頭の中でそう繰り返している。なぜなら、作品の善し悪しに心を動かされないように気をつけなければならないからだ。こういう審査を頼まれる人は、少なからず映画が好きで、映画を愛しているからこそ、その周辺で仕事をしているという方が多い。

 私だってそれは同じだから、好きな映画ならば多少、画質が悪くとも楽しんでしまえるし、音質に関しても同じだ。好みの作品に対しては、どうしても寛容になりがちになる。しかし、DEGジャパンアワードは“良い映画”を選ぶ賞でも、“良いアニメ”を選ぶ賞でもない。良い映像作品を選び、表彰する役割の賞は別に存在する。DEGジャパンアワードは、あくまでも“パッケージソフトとして画質や音質が良い”ディスクを選定する賞なのだ。

 ただし、ひとつだけ例外がある。審査員特別賞。これだけは、審査員が自分たちの映画に対する想いをぶつけることができるのだ。これについては、後で紹介しよう。

 さて、集まった50作品を、本当にちゃんと見てるの? と疑問に思う人もいるだろう。1本2時間としても、全部見るには最低でも100時間はかかってしまう。筆者だって、外部からこのアワードを見ていたら、そんなの時間的に無理だよと思うに違いない。

 しかし、全部の作品をチェックするのは審査員の義務だ。エントリーされた全作品は審査員にサンプル盤が配布されるので、すべてに目を通さなければならない。目を通していなければ、審査における議論にも参加できない。

 各作品には、推薦者が「この時間帯のこのシーンで、こんな部分に注目」といったガイドが付けられているので、その部分の画質と音質を評価すれば、大まかに作品の実力はわかるのだが、シーン毎に画質のバラツキが多い作品もあるので(音質に関しては、どのシーンでもだいたい揃っている)、実際には全編をチェックしなければ気持ちが落ち着かない。

 このため、年末年始と投票締め切り間際は、徹夜状態になってしまうが、そこはそれ。映像作品が好きな人間として、きちんとやらなければ気が済まないという人しか、審査員を引き受けたりはしていない。 


■ どんでん返しの多い二次審査

 さて、一次審査に関しては各カテゴリごと1位から3位までを決め、審査員が投票。1位から3位までには、それぞれ3~1の得点が与えられ、一般審査員の投票結果などを合わせて集計。各カテゴリごと、得点の上位3作品(同点の場合は同スコアの作品すべて)が二次審査に進む。

 この二次審査で多いのが、一次審査の結果上は目立たなかった作品が圧倒的支持を得る大どんでん返しだ。

 この二次審査では、審査員は同じ部屋に集まって、作品の代表的なシーンを見直し、どの作品が良いかを挙手で決める。昨年と今年で会場は異なったが、今年は某社が保有するクリスティ(ウシオ電機)製の業務用デジタルプロジェクタで大スクリーンに投影して審査した。

 業務用プロジェクタで巨大(200~250インチ程度)スクリーンに投影すると、それまで見えづらかった映像の問題に気付きやすいことが挙げられるので、投票先を変える人も出てくる。また得票数トップの作品でも過半数の支持が得られなかった場合は再投票となるため、ここで順位が入れ替わる可能性もある。

 前回大賞に輝いた「ダークナイト」などはまさにそれで、AV専門家筋以外は“そこそこ”の得票状況だったダークナイトが、二次審査では圧倒的に支持された。

 もっとも、二次審査の結果が奇抜なものになりやすい、という意味ではない。むしろ意図の見えづらい一次審査の順位が、二次審査において明確化。その過程で順位が入れ替わるという感じだ。

 よく「DEGに参加している主要映画会社の作品ばかり選ばれるんでしょ?」と言われるのだが、選んでいる側からすると、逆に有力なコンテンツベンダー以外の作品が残ってくれればいいな、という気持ちの方が強い。予定調和で選んでいるように思われることは、選定する側としても本意ではないからだ。

 実際、第1回ではDEGの幹事を担当するコンテンツベンダーが受賞を逃しているし、すでに審査は終了し来週結果が発表される第2回でも、受賞作はいくつかのコンテンツベンダーに集まってしまった。しかし、偏りが出たのは、そのコンテンツベンダーが良い作品を提供したからだから、ここで“バランスを取る”なんてことはしない。

 そうした予定調和、調整、インチキをしないことが、まだ若いこのアワードを成功させ、ひいては少しでも良いコンテンツを作ろうという機運を、ホームビデオ業界の中に作ることこそが重要だと思うからだ。 


 ■ 審査員の“意志”が詰まった審査員特別賞

 ところで“付け足し”のように見えるかもしれないが、実はひじょうに力を込めて選んでいるのが審査員特別賞だ。この賞は1次審査を残れなかった作品も対象で、多数決では残れなかったが、個々の審査員が“この作品こそは表彰されるべき”と考える、思い入れの強い作品を一人一作品限定で推挙。なぜその作品を表彰すべきかを、推挙した審査員自身がプレゼンテーションする。

 それぞれのプレゼンテーションが終わった後に、特別賞を与えたいと思う作品に再投票。今、プレゼンテーションしたばかりなのだから、自分の作品に投票する人が多いのでは?と思うだろうが、実際には他人の視点を借りて作品を再評価するチャンスとなり、結果的に投票する作品を変える人も多い。

 たとえば前回の審査員特別賞は、以下の4作品だった。 

  • NHKスペシャル 映像詩 里山II 命めぐる水辺
  • 平井堅/Ken Hirai Live Tour 2008 “FANKIN' POP”
  • ザ・マジックアワー ブルーレイディスク
  • 眠れる森の美女 プラチナ・エディション

 「里山II」の高画質は誰もが認めるところだったが、作品としてみると映画ほどのインパクトを感じられない。これはドキュメンタリだから致し方ない部分もあるのだが、フィルム撮りではなく、ビデオ映像として作られたコンテンツの最高峰なのだからと特別賞とした。今年、ビデオ映像作品が別カテゴリになっているのは、この作品が存在したことで映画とは別枠を設けた方がいいと判断したためだ。

 平井堅の“FANKIN' POP”は、とにかく驚くほど映像のS/Nが良かった。コンサートや舞台ものの映像は、とかく背景などにノイズが目立ちやすいのだが、この作品では最新のハイビジョンカメラを用いることで高S/Nを獲得し、クリアで黒の引き締まった良好な映像を見せた。

 ザ・マジックアワーは、昨年の段階ではブルーレイらしい映像を見せた邦画作品がほとんど無かった中で、唯一、ブルーレイとして楽しめる品位を出していたことが、賞に選んだもっとも大きな理由だった。実はザ・マジックアワーは一次審査を突破しておらず、映画作品に邦画作品が1本も無かったのだが、邦画からも1作品をという審査員の一致した気持ちから選抜された。なお、今年は1次審査を突破してノミネートされた邦画が6作品に増えた。

 眠れる森の美女に関しては、説明は不要だろう。50年も昔のフィルムを修復し、アニメ作品としては唯一、70ミリフィルムに収められた作品を見事に復元した技術は賞賛に値するものだった。なにしろ100インチはおろか、200インチぐらいまで引き延ばして投影しても、全く違和感を感じない。その後、このシリーズからはピノキオ、白雪姫といった作品が登場している。この眠れる森の美女の存在は「ベストレストア賞」という、新しい受賞カテゴリを生むきっかけにもなった。 


■ もっと、もっと、身近なアワードに

 第2回DEGジャパンアワードの表彰が迫っているが、その結果は誰もが納得するものになっているという自信がある。アワードの将来を一審査員が決められるものではないが、DEGジャパンアワードはこれから、もっともっと身近なアワードになっていって欲しいと思っている。

 たとえば日本のBD市場はアニメ中心に動いており、まだ映画ソフトの動きは固い。ゲーム機やハイビジョンレコーダのコアユーザー層と重なるアニメファン層の方が、映画ファンよりもBDソフトを楽しむインフラを持つ人が多かったからだ。今後、フルHD機器やブルーレイ機器の普及で映画ファンもBDを見るようになると思うが、コアなアニメファン層を無視してアワードの運営はできない。

 だからこそ、今年はユーザー特別賞を設けたと伺っている。アニメファンというわけではない筆者だが、なるほどユーザー特別賞の作品を見ると確かにクオリティが高い。受賞作は本選の審査にノミネートされていなかったのだが、もしエントリーされていればかなり良い結果が得られたと思う。

 作品エントリーの垣根を低くして、映画に限定せずに幅広い作品がさらに手軽にエントリーできる受け入れ体勢が必要ということだろう。アワードの受賞作品と、実際にBDソフトを楽しんでいるユーザーの間に、超えられない死の谷を作ってはならないのだ。

 

(2010年 2月 9日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]