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本田雅一のAVTrends

一新されたシュアー最上位イヤフォン「SE535」を聴く

見た目とスペック以上の大幅アップデート




左がSE535のメタリックブロンズ、右がSE425のメタリックシルバー

 シュアー(Shure)が久々にコンシューマ向けステレオイヤフォンのラインナップを一新した。といっても、モデルチェンジのアナウンスと外観は1月のコンシューマエレクトロニクスショウ(CES)2010で発表されていたので、モデルチェンジを以前から待ち構えていたという方も少なくないと思う。

 新ラインナップのうち、すでに試聴用に製品版サンプルが出来ているのはSE535のみで、SE425以下についてはまだ未試聴だ。CESでの取材では「SE425の音質向上がもっとも顕著」と話していたので、その進化を確認できないのは残念だ。しかし、試聴してみるとSE535であっても明らかな品位の向上が感じられた。“何が良くなった”ではなく“すべての要素が洗練された”製品に仕上がっている。

 洗練されたのは音だけではなく、装着のしやすさ、装着感などを含めた総合的な使いやすさの面も、やはり一様に進化している。見た目やスペックといった面では大きな変化のない新モデルだが、しかし中身の進化はその“地味さ”に反比例するかのように大きなものだった。

SE535 メタリックブロンズ(SE535-V-J)
SE535 クリアー(SE535-CL-J)

 


■ 全方位的に進化したSE535の音質

SE535のパッケージ

 価格はオープンプライスだが、「SE535」店頭予想価格はが6万円弱となる。密閉型のカナル式イヤホンというカテゴリで見た場合、SE535最大のライバルはUltimate EarsのTriple.fi10 Proになるだろう。また従来からのファンにしてみれば、旧モデルとの違いも気になると思う。今回はその両面から筆を進めていくことにしよう。

 旧モデルSE530とTriple.fi10 Proは、カナル式イヤホンの最高峰として良いライバル関係だったが、それぞれに異なる特徴を持っていた。ストイックなまでにカッチリとした鳴り方をするSE530に対し、Triple.fi10 Proは広い音場感と豊かな低域の量感がある。SE530のタイトかつスピード感に溢れる低域を、ある人は量感不足と感じ、別の人はキックドラムの鋭さにゾクッとするほどの緊張感を覚える。Triple.fi10 Proの良い意味での豊かな音場表現とリラックス感は音楽を楽しく聴かせてくれるが、別の視点から見ると音像はやや曖昧で音の分離もそこそこと感じることがある。


Triple.fi10 Pro Shure SE530

 両者は好みの異なるユーザーに対して、異なる価値観を提供しているという意味でも、とても良いライバルだったように思う。しかし、SE535は新モデル、しかも3年ぶりに出した新作というだけあって、世代の違いを感じさせる良さを持っている。

 もっとも、ハードウェアスペックが大幅に変わったというわけではない。SE535に使われているMicro Driverユニットは、呼称として“Micro Driver”という言葉を使っているものの、これは従来からあるバランスド・アーマチュア・ドライバと構造的に同じものだとシュアー自身が話している。

 ではドライバユニットの世代が新しくなったのかと言うと「そういうわけではなく、従来と同じものだと聞いている」(シュアー広報担当)のだとか。実にシュアーらしい、商売っけのないコメントだが、結果として出てくる音が良くなっているなら、ドライバーが同じだろうが、変わっていようがどちらでもいいことだ。

 SE535を聴き始めて最初に感じるのは透明感だ。サウンドステージに一切の曇りがなく、さまざまな音源の方向や音像がハッキリと感じられる。澄んだ空気の包まれながら草原で深呼吸したような瑞々しい気持ちよさがある。そしてスーッと鼻が通った時のような、なんとも言えない爽快感。

 なお、テストは特に断らない限り、NW-A847に非圧縮、256Kbps MP3、128Kbps MP3といったフォーマットに変換した各楽曲で行なっている。

 カナル式イヤホンは、とかく閉鎖的で解像度は高いが描き出すサウンドステージも小さめという印象がある。前作SE530も正確な描写に定評はあったが、音場は広くなかった。ところがSE535は実に気持ちよく鳴ってくれる。密閉型の枠を超えるものではなく、またTriple.fi10 Proよりも広い音場とまでは言わないが、しかし音の抜けの良さを考え合わせれば、SE535の方が開放的と感じる人も多いだろう。

 一方でSE530が持っていた長所、正確で歪み感の少ない正確な質感描写、明瞭な音像、音の分離の良さといった長所は健在だ。開放的な音場描写と歪み感の少なさが重なり合い、前述のような透明感、爽快感、瑞々しさを感じさせるのだろう。そして、その改善が鳴らす音楽により深い表情と元気、明るさを与えている。

 抽象的で恐縮だが、SE530には無かった華やかさ、熱っぽさがSE535には感じられた。前作では筆者は個人的にTriple.fi10 Proに軍配を上げ、プライベートでも使っていたが、ここまで音楽の表情を豊かに描いてくれるなら、こちらに乗り換える。

 低域の量感に関しても、Triple.fi10 Proとほとんど変わらないレベルと感じる。低音の立ち上がり、収束ともに非常に速いため、バランスド・アーマチュア・ドライバとしてはやや低音の収束が遅いTriple.fi10 Proに比べると、楽曲によっては量感不足を感じることもあるかもしれない。しかし、実際にはきちんとローエンドまで再生帯域は伸びている。

 音楽のジャンルもクラシック、ジャズ、ポップスなどあらゆるジャンルで楽しく聴けるだろう。特に弦楽器とヴォーカルの描写は気に入った。いずれも濃厚に美しく演出するタイプではなく、ストレートに歪み感なく音楽ソースが本来持っている音を引き出す。ロック系も極端に低音の量感を好むのでなければ、悪くない組み合わせだ。

 イヤホンやスピーカー、ヘッドフォンといった製品は、同じドライバユニットでも作り方で音質が大きく変わることは経験上わかっているが、それにしてもドライバが変わっていないといメーカーが言っている上、基本的な構造も大きく変化していない。音の質感が変化することはよくある話だが、ここまで音の品位が高くなるというのは正直驚いた。

 これなら「新モデル」として、従来モデルのユーザーにも訴求できるのではないだろうか。個人的には、シュアー製のイヤホンにこれだけ好印象を抱いたのは、プロ向けに発売されていたE5cというモデル以来だ。しかも当時のE5cよりも、今回のSE530の方が数段、完成度も洗練度も高い。 


■ 接続するプレーヤの個性は出やすい

 SE535は実効感度が高く、日本製の最大出力が低めに設定されたポータブルプレーヤーでも、十分以上の音圧を得られる。よく言う“鳴らしやすさ”といった意味では、このモデルはかなり鳴らしやすい製品だ。

 いくつかポータブルタイプのヘッドフォンアンプを間に挟んでみたが、1〜2万円程度の製品は駆動力が高まる事による利点よりも、アンプを間に挟むことによる鮮度の低下の方が気になった。低価格なポータブルアンプの場合、音の質に魅力のある製品は少ないので、よほど気に入った製品でなければ間にヘッドフォンアンプを入れる必要はない。

 一方、プレーヤー自身の音質差はより明瞭に聴こえてしまう。筆者の手元にあるいくつかのiPod、Walkmanに接続してみた。いずれもSE535の良さを十分に感じることはできたが、より音質の良いプレーヤーは、その良さがさらに強調され、明確に差が認識できる印象を持った。

 iPhone 3GSや第一世代iPod touchでの情報量の少なさや、第2世代iPod nanoの頼りなさに対して、ビデオiPodのエネルギッシュな音や、NW-A847のいかにもHi-Fi調なハイスピードで情報量の多い音などが、曖昧にならずストレートに耳に届く。もちろん、どんなプレーヤーでも、本機の品位の高さは実感できると思うが、それぞれのプレーヤーの持つ個性は出やすいと言えると思う。 


■ 交換式ケーブルとのカプラが装着性も高めた

 遮音性、装着性、装着感なども向上した。

 SE530は音質面で高い評価を得ていたが、ひとつユーザーに不評だったところがある。それがケーブルだ。まずドライバユニット部へのケーブルは直付けのため、断線すると簡単には修理ができなかった。高価なモデルでは多くのモデルが交換可能になっている。また、L/Rチャンネルの分岐部分で一度、ステレオミニプラグを使ったカプラを使うケーブリングも好みによるが、ユーザーからの評判は今ひとつだったようだ。

 このためドライバユニットとケーブルをカプラで分割し、簡単に交換できるように改良されている。カプラは、よくある芯を穴に押し込むタイプではなく、脱着が容易で信頼性が高く損失も少ない、微弱な信号を扱うアンテナ用のMMCXというスナップ・ロック式のカプラを用いている。簡単には外れないが、コツをつかむと外しやすい。

ケーブルとドライバユニットが着脱可能となった
ケーブル中ほどにスライダーを装備 ジャックはステレオミニ
ケーブル部

 このカプラはケーブル交換可能という事以外にも、意外な利点を生んでいる。このカプラは自由に回転するため、装着が大幅にしやすく、また装着後の快適性も高まっている。ワイヤをコードに入れて形状を固定し、耳の後ろにコードを回して入れるのだが、まずは耳にソフトフォームを入れてから、カプラ部をクルリと回してケーブルを耳に掛けることが可能だ。慣れてくると、装着完了までの手間をかなり省略できた。装着後も自由にカプラ部分が動き、快適な装着感を維持してくれる。

 また寸法としては大きな違いではないが、ドライバユニット部の形状変更で、装着してからの耳の中への収まりが良くなっている。たとえばTriple.fi10 Proの場合、耳から外へと出っ張る部分が大きいので、飛行機の中などで使っていると頭を横にし辛い。しかし、SE535は耳の中に大部分が収まるので、音楽を聴きながら眠りやすい。遮音性もSE530より若干上がっているように感じた。耳栓代わりにカナル式イヤホンを移動中使おうという人には向いている。

SE535の装着例 Triple.fi10 Proの装着例

 最後にイヤーチップなど付属品と色について触れて終わりにしたい。

同梱品

 イヤーチップは標準でソフト・フォーム・イヤパッドMが装備されており、そのS、M、Lサイズが別途付属する。他にもシリコン樹脂製のソフト・フレックス・イヤパッドのS、M、L、さらにイエロー・フォーム・イヤパッド、トリプルフランジ・イヤパッドも付属する。ボリューム調整機能付きの延長コードと標準ステレオプラグ、飛行機の座席用プラグなども同梱されていた。これら前モデルから、ケースも含めて同じものが付属しているが、イヤーチップの種類によって音はかなり変わる。

 最初から取り付けられているソフト・フォーム・イヤパッドがもっともバランス良く、ソフト・フレックス・イヤパッドはややドンシャリ気味に、イエロー・フォーム・イヤパッドは標準状態とあまり変化せず、トリプルフランジ・イヤパッドでは低域も音の情報量も減って感じられた。特にトリプルフランジ・イヤパッドは音の質感がかなり変わる。どのイヤーチップが好みなのか、購入したならいろいろなタイプのものを順番に使ってみるといいだろう。意外なほど音質が変わる。

キャリングポーチ

 また本体色がブラウンかクリアかでも、僅かに音質が変わる。ブラウンの方がタイトで音像はシャープ。クリアはその分、低域に量感が出る印象だった。よく見るとブラウン本体の内部に金属製のハウジングが組み込まれているので、それが音質に影響を与えているのかも知れない。ただし、クリアもライバル製品や従来モデルに比べれば音像はシャープ。あくまで並べて比較した場合の、ほんの僅かな違いだ。

 ひとつだけ残念な点があるとするなら、ケーブルが1本だけになったこと。SE530ほど細かく継ぎ足すシステムはかえって良くないが、1.6mのみというのもポータブルプレーヤと一緒に使う際には長すぎる。30cmほど短くして、プラグもL字型ではなくストレートの小型プラグにした方が使いやすかったのではないだろうか。

 ケーブル脱着式の長所を活かし、iPhoneなどの携帯電話向けの、マイク付きコードタイプも用意する。また、サードパーティに高音質ケーブル開発の情報は提供したいとのことなので、あるいはケーブル専業メーカーからより扱いやすいケーブルが出てくる可能性はありそうだ。最近ではAKG用の高音質ケーブルをオヤイデ電気が発売して人気を博している例もある。

 いずれにしろ、ハイエンドのカナル式イヤホンの市場における勢力図を一変させる製品であることは間違いない。市場にデモ機が出回ったならば、是非、試してほしい逸品だ。


(2010年 7月 13日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]