本田雅一のAVTrends

“3Dテレビ不要論”への疑問とテレビ市場の今

~2010年夏のテレビ市場を読み解く~




 このところ「3Dテレビの普及」に関する記事が、数多く書かれた。理由は単純で3Dテレビの実売に関する数字が出始めた事で、業界紙でその分析記事が書かれたからだ。それを元に新聞記事やウェブのニュースが書かれ、さらにはそれらを元にしたネット系のニュースサイトで分析記事が書かれるという連鎖が起きたからだ。残念な事にその中には情報元への確認がされていないものも多数ある

シャープはAQUOS クアトロン 3Dを7月末から投入

 たまたまなのか、それとも意図したものかは分からないが、3D映像のビジネスに関しての状況は、少々歪んだ形で伝わっているようだ。

 情報が二次情報、三次情報……と伝搬していく中で、徐々にその本質を失っていく現象が頻繁にみられることは、自分の専門分野のニュースを見ていてよく知っているつもりだ。多くの人は、そうした情報伝搬に伴う“変質”を考慮しながら読んでいるのだと思う。

 とは言うものの、今回ばかりは少々おかしな報道が多かった。“おかしい”と思うのは筆者の主観なので、ここではいくつかの事実を挙げて読者自身で判断を下せるように情報を提供したい。自分の意見は、その後に記すことにする。


パナソニックは3D VIERA第2弾「VIERA RT2Bシリーズ」を投入。宣伝キャラクターには滝川クリステルさんを起用ソニーは3D BRAVIAを3シリーズで積極展開東芝も8月から3D REGZAを投入。10月には3D CELL REGZAも

 


■ テレビ市場とデジタル機器市場の違い

 昨今のデジタル家電製品の売り上げはパターン化しており、皮肉を込めて言うならば、新機能と新デザインに身をまとった新製品が発売されると、瞬間的に売り上げが高まった後、あとは全く売れなくなる。アップルの製品だけはそうならないが、その理由については別の機会に解説したい。ロングテールなどほとんど存在しないに近く、オンライン販売サイトが「あなたにはこの製品が向いている」とオススメしたところで、新製品以外はほとんど売れない。

 と、少々、極端に表現してみたが、昨今のデジタル家電市場は至極シンプルだが、テレビ市場は他のデジタル家電とはかなり違う。日本市場を例に取ると、カラーテレビは1980年にほぼ100%の世帯普及率となって以来、ずっと高い状態でキープされている。販売台数は年間900万~1,000万台でほぼ一定で、この20年では850万台前後まで落ち込んだのが最低でほとんど変化していない。

 それだけ成熟した分野ということで、これはアナログ受像器からデジタル製品になっても変わっていない。つまりテレビは多くの場合、新製品が発売されたから買い換えるのではなく、買い換える時期が来たら買い換える製品であり、頻繁に新製品に換える人はごく僅かということだ。

 そんなテレビ市場も、昨年からは大きな変化が訪れている。言うまでもなくエコポイントと地上アナログ放送の停波がその原因だ。

 JEITA(電子情報技術産業協会)が発表している数字によると2008年のテレビ市場は1,009万9,000台と平年より若干良い程度だったが、2009年になると1,587万7,000台にまで、まさに激増した。

 今年はアナログ停波まで1年を切った影響で1,700万台と業界内では予想されていたが、エコポイント延長による効果もあって、物流の混乱さえなければ1,800~2,000万台になると今では考えられている。いずれにしても過去最高なわけだ。

 前述したようにテレビ市場は完全に成熟しきったインフラ事業のようなものだ。二つの”イベント”が重なったことによる市場の加熱は、毎年一定だったテレビ需要に”波”を作る。テレビメーカーが上記の状況を喜んでいるか? というと、実はその逆だ。おそらく1年後の2011年には、アナログ停波ギリギリに買い換える世帯のこともあり、平年並みの年間950~1,000万台に市場規模は踏みとどまるだろうが、その先には大幅な台数の落ち込みがある。

 だが、もちろん、そんなことは家電メーカーは織り込み済みだ。また、3Dテレビとの関連性も実のところあまりない。なぜなら、上記の大きな売り上げの変動を作っている購買層と、3Dテレビの購買層はかなり違った人たちだからだ。 


■ 大型テレビの“規模感”

 “テレビ市場”とひとくくりにされることもあるが、そのダイナミックレンジは想像以上に広い。キッチン用の12インチ程度、あるいは寝室用の20インチ前後のテレビもあれば、50インチオーバーの大型テレビもある。“自動車市場は~”と言っても、軽自動車から高級車、あるいはスポーツカー、セダンからSUVまであり、それぞれに購買層が異なるのと同じだ。

 アナログ停波で売り上げが伸びているのは、主に20インチ台から32インチ台の製品だと言われている。一方、エコポイントがその威力を発揮してし、市場を大きく伸ばしているのは37~42インチ程度のテレビである。

 つまり昨年、今年と大きく増えているテレビの売り上げ台数は、画面サイズ、機能、画質などを求めている人たちではなく、一番には手軽で安価であることを求めている。おそらく、今年は昨年、一昨年に比べると大型テレビの比率は下がるかもしれない。

 ディスプレイサーチ発表の数字によると、昨年販売されたテレビの総台数は約1億7,000万台で、37インチ以上は全体の約40%(およそ7,000万台)。さらに50インチ以上となると約6%(およそ1,000万台)だ。

 想像しているよりも、大型テレビの市場が小さいと感じるかもしれない。日本では50インチ以上の割合は10%ほどで、もう少し割合は多くなるから、その印象はおおむね正しい。統計上は37インチ以上が大型テレビとして区分されていることが多いが、現在は42インチはミドルクラスになっているので、46インチ以上が大型テレビとして分類した方が感覚的には合う。ところが、そうした区分の統計数値は手元にはない。メーカーなどからの情報からすると、昨今は中・小型の比率が上がっていることもあり、46インチ以上はかなり多く見積もっても全体の15%以下だそうだ(台数ベース)。

 3Dテレビの普及に関して違和感の感じた最初の理由は、この規模感に合っていないからだ。6月、3Dテレビ市場にはそれまでのパナソニックに加え、ソニーが加わったが、その割合は“わずか”0.8%だったという。

 しかし3Dテレビは大型テレビから順に投入されており、当面は中小型での拡販は考えられていない。3Dテレビの当初のユーザーは後述する理由で50インチ以上の顧客がターゲットだからだ。従って大型テレビが占める15%中の0.8%(つまり大型テレビを選んだ人の約5%)だったと考えるのが妥当だろう。加えて上記には“3Dレディ”の製品、つまりメガネを購入すると3Dになる製品の数字が含まれていないそうだ。

 さらに6月というタイミングで言うと、実は製造上の問題からソニーは3Dテレビの最上位シリーズをほとんど出荷できずに終わっており、事実上、0.8%という数字はパナソニックだけで作ったものだ。この時、国内シェアナンバーワンのシャープが7月末にクアトロンの3D版を発売すると予告しており、3Dの表示品質を比較検討したい消費者は購入を見送っている。

 筆者は「3Dテレビが普及しないと論ずるのはオカシイ」と書きたいわけではない。3Dテレビのスタートダッシュだけを見て、しかも2社目も統計にほとんど入っていない数字を見て、普及しそうだ、いや普及しそうにない、と論じる事に、全く意味がないと言いたいのだ。あえて今、書くならば「まだどうなるか分からない」とするしかないだろう。 


■ 3Dテレビが生まれた理由

 だいたい、3Dなんて技術はうさんくさすぎる。そう思っている読者は多いはずだ。筆者も最初に3Dテレビのデモをしたいと、2008年のCEATEC直前に声をかけられたときは、耳を疑ったものだ。「そこまで新しいネタがないのか!?」と。

 詳細を書くと、ここでは書ききれない長い物語になってしまうが、3Dテレビが生まれてきたのは、“3Dテレビという新技術が生まれたから、それをなんとかして消費者に売りつけたい”からではない。テレビに3D表示機能を付加する技術は以前からあった。たとえばサムスンは2007年に欧州と韓国で3D対応プラズマテレビを発売し、事業的には大失敗に終わっている。

 理由は言うまでもなく、3Dで見るソフトがまったくなかったからである。もちろん、それをライバルメーカーが知らないはずはない。

 ではなぜ3Dテレビを日本メーカーは主導したのか(サムスンとLGも3Dテレビを発売しているが、それは日本のメーカーが敷いたレールに便乗したものだ。)。ハリウッドの映画会社が望んだからである。ご存知のように、3D映画の事業は予想を超える大きな伸びを示している。

 昨年、全米では20本の3D映画が公開されたそうだが、今年は50本を越える予定だそうだ。日本でも3D対応館の増加と共に、3D映画の興行成績は上がり続けている。昨年はアバターが大ヒットしたが、今年になって3D映画館を独占できたアリス・イン・ワンダーランドは、公開直後の2日間では、アバターの倍以上の興行成績を挙げたという。

 アリス・イン・ワンダーランドの入場者のうち81%は、3Dでの上映を選んでいる。今は3Dブームの最中という事を考えてもなかなかの数字だ。映画業界が3D制作を推進する理由もわかる。

 3Dで制作したソフトは、3Dで販売したい。これはサラウンド音声で収録した劇場用のオーディオトラックを、そのままパッケージに封入すれば、商品としての価値を高めることができる、というのと同じで、ホームビデオ業界では至極自然な考え方だ。

 つまり3Dのソフトは映画から始まるのだ。今はソフトがない。最初なのだから当然だが、せっかく3Dで制作した作品を、その魅力を家庭に届けることなく2Dソフトとしてのみ販売するというのは考えにくい。Blu-ray 3D規格は2D/3D互換なので、3D映画は3D規格でも販売すると考えるのが妥当で、現時点でソフトがないうのは批判にならない。むしろソフトを売りたいとソフト屋が言うから、そのシナリオにハード屋が乗ったのだ。

 無論、まだ市場がどう反応するかは分からない。分からないが、ハードウェアの普及がソフトの登場を妨げるという事はない。実のところ、メーカーが3Dテレビの販売の的を大型テレビから広げようとしているのは、3Dコンテンツの中心が映画になると知っているからだ。 


■ 3D放送と日本の事情

 これについては以前も書いたことがあるが、テレビ放送が本格的に3D化されることは、当面の間はない。なぜなら日本の視聴者が主に観ている地上デジタル放送は、多チャンネル化を前提としたものではないからだ。

 現在は3D放送用の技術仕様が決められていないため、ひとつのチャンネルで2D/3Dを同時に放送する手段がない。将来はひとつの放送ストリームに2D/3Dを織り込む放送規格が定義されるだろうが、その場合は放送機材の入れ替えや受像器側の対応も必要になるので、そう簡単には普及しないし、放送局側も積極的にはなれないだろう。

 従って3D放送は当面の間(それも10年単位の長い間)、サイドバイサイドという左右に画素を2分割してステレオ映像を放送する方式に限定される。ところがサイドバイサイドは2Dテレビとの互換性がないので、放送局は二つのチャンネルに分けて3Dと2Dを同時放送しなければならない。

 開局当初から3D放送を売りにしているBS11を除くと、スカバー!にしろJ:COMにしろ、多チャンネルメディアのみが3D放送を行なっているのは、そんな事情からだ。北米では多チャンネル放送が主流なので、この点に問題はないが、地デジメインの日本では3D放送は、一部のスポーツやコンサートの有料放送に限られるだろう。

 とはいえ、もともと3D映像は日常的に見て愉しいというものではない。“3Dで見せたい”ものでなければ、3Dで観ても愉しくないし、3Dでの表現を意図していない無作為な3D映像作品を観て、実のところあまり面白いとも思えない。

 上記のような日本市場の事情はあるが、3Dの楽しさそのものに大きな影響はないだろう。すべての放送が3Dになるということは、おそらく業界内の誰も期待していないと思う。もし、そうなると売り込まれたのであれば、売り込んだ相手を疑ってもいいかもしれない。


■ 3Dテレビは高くつく?

 だが、注意深く店頭やインターネットでの不満の声を聞いていると、どうやら3Dテレビに批判する人の多くは、3Dテレビが高いことにも不満を持っているようだ。調査会社BCNのレポートによると「通常のテレビより5~9万円高い」という。

 だが6月の数字で6万円高いのは当たり前だ。前述したように市場にはほとんどパナソニックの3Dテレビしかなく、この時期に3Dテレビをわざわざ安売りする理由はない。むしろ競争のある2Dテレビのミドルクラスと5万円、ローエンドシリーズと9万円程度の差ならば、差は小さいぐらいだ。

 3Dテレビにも今後、様々なバリエーションが増えていくと思うが、3D表示機能は標準画質がハイビジョン画質になった時とは異なり、テレビの本質的な機能はそのままに”追加機能”を加えたものだ。

 何年かすれば、中型以上のほとんどのテレビが3D表示機能を備えるようになるだろう。北米でサムスンが発売した最初の液晶3Dテレビは、実物を見るとあからさまにヒドイ出来で、クロストークが凄まじく、CESで展示された試作機とは全くの別モノだったが、そうしたトンでもない製品もなくなり、品質も安定してくるはずだ。

 メーカー数が揃ってくれば、当然ながら価格競争も始まる。時間が経過すれば上位モデルから中位モデル、下位モデルへと3D表示機能は拡がっていく。そのうち、3Dテレビの価格バリエーションが拡がる事は目に見えているのだから、「3Dテレビ=高い」というのも、やはり表現として正しくない。3D表示機能はまだ高価なモデルにしか搭載されていない、と表現するのが正しいのではないだろうか。 


■ これから出てくるソフトを楽しみたいか否か

 最初に申し上げたとおり、筆者は3Dテレビが普及するか、普及しないかについて、まだ有効な実データが揃っていないと考えている。ただ、3D表示を行なえるテレビは、年々、増えていくだろう。これは間違いない。3D映画ソフトが制作される限り、その販売は続いていくからだ。

 かつて「レンタルも始まっていない、ソフトもほとんどない、あっても値段の高いBlu-rayなんか買う人間はいない」と言われた。まぁ、確かに業界が期待したほど売れているとは言い難いが、映像ソフト市場そのものの縮小が響いているのであって、Blu-rayだけが期待値を下回っているわけではなく、今やBlu-rayは当たり前のメディアになった。

 テレビというのは、一度購入したらば、多くの人が5~10年使う足の長い製品だ。このところ、各種要因で買い換えサイクルが変化していたが、来年の後半からは現在の加熱からの反動による落ち込みを経た後に、以前と同じペースに戻っていく。今、買う製品を10年ぐらいは使いたいというのが多くの消費者の考えだ。

 その所有している期間に、レンタルなり購入するなりで、Blu-ray 3Dを手にした時、それを3Dで観たいと思うか、観たいと思わないか。有料放送で好きなアーティストのコンサートが3Dで流される時に、それを3Dで観たいかどうか。

 3Dテレビを選ぶかどうかの選択は、実はとてもシンプルなものだ。その判断を下すための材料は、残念ながらまだ揃っていないが、今買い換えようという人は、今、決めなければならない。それが現在、購買者が置かれている状況なのだ。

 とても将来の普及について語れるとは思えないが、筆者が個人的に購入するとしたら、3D表示機能が付いたものを選ぶだろう。なぜなら筆者は映画が好きで、またコンサート映像のソフトも好きだからだ。それらの3Dソフトが出た時には、是非とも3Dで楽しみたい。スポーツ中継が有料でも3Dで行なわれたら、おそらく有料放送を契約してでも見ようと思う。しかし、地上波のドラマやバラエティばかりしか観ないという方には、3Dテレビは(現時点では)必要ないと思う。

 将来は3D表示機能も当たり前になるだろうが、今は選択が必要である。自分で状況を判断し、自らの視聴スタイルに合わせて3D機能について選ぶべき時なのだ。

(2010年 8月 10日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]