本田雅一のAVTrends

ソニー「Crystal LED Display」開発者インタビュー

生産方法やコストは? “現実感”のある超高画質




ソニーの「Crystal LED Display」

 2012 International CESで、個人的に最も深い感銘を受けた製品はソニーの「Crystal LED Display」だ。

 すでに2回も本連載の中で触れてきたが、この技術を開発したエンジニア達に直接話を伺う機会があったので詳しくお伝えしたい。また、実際の使用環境を想定した視聴についてもレポートする。




■LEDを約600万個並べてディスプレイに

 既報のように、Crystal LED Displayは極小サイズのLEDをガラス面に並べることで作られている。開発したのはソニーの厚木テクノロジセンターにある半導体事業本部で、元々は半導体が専門の部隊だ。

 なお、ソニー側の回答は複数の方々で、名刺をお持ちではなかった方もいたため、本稿の中ではお名前は省略させていただく。

 さて、自発光する素子を多数並べて画素とするアイディアは、とてもシンプルなものだ。おそらく小さなLEDを並べるというアイディアも、世界中のエンジニアが何度も考えてきたアイディアだろう。実際、ソニーの中でも長年、LEDをアレイ状に並べるディスプレイ技術についてはアイディアとしてありながら、“安く実現できる作り方”がなかった。

 ご存知のように液晶、プラズマ、有機ELなどのディスプレイは、大きなマザーグラスに対して均質な、そして多様な処理を繰り返し施すことで、画素を生成していくプロセス技術だ。安定したプロセスを開発すれば安価になる。

 しかし、個々の素子を正しい位置に配置していくとなると“面”に対する処理ではない。誰もが一度は考えるであろうディスプレイ方式を、ではどうやって作っているのか? が、Crystal LED Displayの最大のポイントだ。

--- 一般的なLED素子が並んでいるといったイメージの説明をしていますが、実際に1個ずつ別々に作られたLEDを並べているのでしょうか? それとも、あくまでもそれは概念で、ある程度は面処理でパネルを作っているのでしょうか?

 一般的に使われているLED素子。そのサイズを小型化し、ガラス面に規則正しく並べています。これは概念ではなく、実際にそうした作り方でパネルを生産します。そうした規則正しくLEDを高速に並べる方法を思いつき、実用化の見込みが立ちそうだということで事業化を前提にしたパネル開発をはじめたのは3年前ですね。

--- では、どのぐらいの速度でLEDを並べているのでしょうか? いわゆる“ショーモデル”で、将来的な生産性の向上を無視するのであれば、作れそうですよね? たとえば有機ELパネルと同じような生産コストは実現できるのでしょうか。

 一秒間に数100、数1,000といった単位では実現性が薄いですよね。従って、そうした数字とは“桁”が違うと考えていただいていいと思います。社外秘のデータがまだ多いため、あまり詳しい情報は出せません。どのぐらい“桁が違う”のかも、ここでは控えさせてください

 しかし、3年前から実際の生産技術を開発し、他のディスプレイ技術と同等のコスト削減カーブを描いていけるとの見込みは立っています。ショーモデルではなく、将来の量産を見据えての技術展示です。

将来の量産も見据えて開発されたという

--- LEDの生産技術は、昨今、飛躍的に伸びていますから、それを並べてパネル化する部分の生産性が高ければ、面に対する処理よりも安定した生産ができそうですね。面処理の場合、大型化するとコストが大幅に上がりますが、Crystal LED DisplayはLEDを並べる間隔(あるいはLED自身のサイズ)を変えればサイズも変えられます。サイズによる生産歩留まりの変化などはあるのでしょうか?

 並べる画素の数が同じであれば、大型化しても同じように作ることができます。他ディスプレイ技術と比べ、様々な面でコストを十分に下げられることが解ったので、事業化に向けてのゴーサインが出たという背景があります。技術開発のスタート地点や事業化のスタート地点が異なれば、ある時点でのコストは高くなりますが、生産規模拡大や生産技術開発が進むことで、コストを下げていくことができる技術だと思っています。

--- 個々のLEDを並べていくとなると、600万個を超えるLEDの配線もしなければなりません。その点はあまり問題にならないのでしょうか?

 配線に関しては既存生産技術の応用で解決できます。Crystal LED Displayが実現できた最大の要因は、高速で極小LEDを規則正しく並べて組み立てていくアセンブル技術を思いついたことです。アセンブル技術そのもののは複雑なものではありません。それ故に歩留まりよく作っていけると確信しています。




■高い動画性能が高精細な映像を実現

 さて、実際に作られたCrystal LED Displayの試作機は、既報の通りフルHDの55インチである。黒の表現では完全に発光がオフになる上、最高輝度も高いためコントラストは極めて高い(無限大となる)。

 また、同サイズの液晶テレビと並べていて気付いたのだが、局所コントラストの差は画質面でさらに大きな差を生んでいた。隣接する画素によるコントラスト低下の影響が少なく、滲みのない透明感に溢れた映像だ。筆者が見たデモ映像の中に、黒バックで水の中を魚が泳いでいるシーンがあったが、自分が水槽の中にいるような錯覚を引き起こしそうなほど、現実感ある画質だ。

CESの会場で展示された液晶ディスプレイとの比較

 さらに動画性能が極めて高い。プラズマはインパルス発光の繰り返しで階調を表現しているため、動画解像度が高いことが知られている。静止画では精細感ある液晶の絵も、動き始めると途端に解像感が落ちる。ところが、Crystal LED Displayは、プラズマと比べても大幅に解像度が高い。

 というよりも、動いている時と止まっている時の解像感が、全く変わらないように見える。この動画解像度の高さとコントラストの高さが相まって、同じフルHD解像度でも液晶やプラズマよりも、高解像度のディスプレイに見える。

 さらに色再現の面でも、高純度の色に濁りがなく、きちんと階調がリニアにつながって見える。派手な色再現のディスプレイはたくさんあるが、ここまで純度の高い色を出しながら、階調性の高さも感じさせるものは他に見たことがない。

 視聴した部屋の灯りを100カンデラ以下の明るさから300カンデラぐらいまで、変化させてもらったが、蛍光灯の光が直接画面を照らす環境下で比べても、Crystal LED Displayのコントラストや発色の良さは低下幅が小さく、さらに他方式との差が広がる。

 これまで多くのテレビ、多くのディスプレイ方式を評価してきたが、画質の面でこれほど弱点のない技術は見たことがない。ディスプレイ用光源として理想的な、RGB LEDのアレイで表示を行なっているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 しかし、現実に目の前に存在し、実利用環境に近い場所で、いつもの映像がまったく違って見えることを体験すると、何か騙された気分になってくる。従来とは全く違う絵なのに、現実感がある。これまでのディスプレイは何だったのだろうか? と自問したくなるデキだ。

 従来のディスプレイ技術では、ソニーのプロフェッショナル向け有機ELディスプレイが、最も高画質だと思っていたが、有機ELに対しても大きなアドバンテージを感じる。




■“半導体自身が光る”ことが、高画質を生み出している

プレスカンファレンスの模様

--- LEDで階調を制御するとなると、デジタルでの階調表現になっているはずですよね? どのぐらいの発光周波数で階調を制御しているのですか?

 具体的な数字は現時点で申し上げられませんが、デジタル駆動であることを意識させない高い階調性が確保されています。もちろん、カラーブレイキングもまったく認識できません。それだけ高速な駆動です

 半導体回路で発光を制御するのは他ディスプレイ方式と同じですが、Crystal LED Displayは半導体自身が光る点が大きく違います。プラズマなら放電が始まってから蛍光体が応答し、その後の残光も残ります。液晶ならば回路が駆動された後、液晶素子が応答しますから遅れます。有機ELも応答速度が速いだけで、回路駆動の後に有機材料が反応します。Crystal LED Displayではそうした“駆動後の応答”が存在しないため、超高速の発光制御が行なえます、LEDを駆動する信号で階調を自在に作れます

--- 並べるLEDの歩留まりによる色ムラや輝度ムラは出ないのでしょうか? あるいは、生産時にうまく調整する方法があるのでしょうか?

 デモ用のCrystal LED Displayは、輝度、色ともにムラを感じることはできないと思います。デモ用機材として特別な調整をしているわけではなく、生産したものをそのまま持ってきていますから、ムラに関しても心配は無用です。

 また、(劣化しやすい)有機材料を全く用いていないため、経年変化にも大変に強く安定したディスプレイになります。55インチで70W程度の消費電力は、プラズマの250~300W、液晶の140~150Wと比べれば違いは明らかです。


 最後に3Dの映像も見せていただいたが、こちらも“応答時間”という概念がないCrystal LED Displayらしく、まったくクロストークを感じさせない映像だった。クロストークは、メガネ自身に使われる液晶シャッターの遮光率に依存することになるが、クロストークが出やすい輝度差の大きいシーンでも、二重像を見ることはなかった。

 同様にクロストークを感じさせない3D表示ができる、有機ELヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T1」の3Dは720pだが、本機の3Dは1080pで、しかもコントラストが圧倒的に高い。その映像世界の違いは、体験してみないと決してわからないだろう。いずれ、どこかで一般公開される機会があれば、是非とも未来を感じて欲しい。そんな未体験の3D品質だった。



■LEDの普及が後押しに?

 さて、“お約束”として実用化のターゲット時期についても尋ねてみたが、当然、答えることはできないとのこと。しかし、会話の中からは、そう遠くない時期の実用化が見えているという印象を受けた。

 生産技術よりも、むしろ無数のLEDを使うことの方が、コストの面では効いてくるのではないだろうか。エンジニアの方々との話では、そうしたことを感じた。

 現在、LEDの生産は飛躍的に伸びており、コスト低下は著しい。世界中の照明が変化していく中、LED自身の生産規模の大きさを、Crystal LED Displayの生産コスト圧縮に応用できるというところにも、この技術の将来性、素性の良さがあるように思う。LED自身のコストが下がれば、4K対応などもアセンブルの時間の問題だけで、すぐに出来てしまう。

 また、今回はCESという場で家庭向けテレビのディスプレイ技術として紹介されたが、業務用の安定した、信頼できる映像再現ができるマスターモニターとしての可能性も高いだろう。経年変化に強いという特徴は、放送局に好まれるに違いない。

 今年のNABにも当然、Crystal LED Displayの技術展示は行なわれると思うが、来年あたりはもしかすると、マスターモニターの新しい方式として、Crystal LED Displayが実用化されている可能性もあるだろう。今後の発展が実に楽しみだ。


(2012年 1月 13日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]