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本田雅一のAVTrends

それぞれにとってのスマートテレビ

“スマートテレビ”があなたの心に刺さらない理由




'12年のCESにおけるSamsungのスマートTV展示

 一昨年の9月にサムスンが”スマートテレビ”というキーワードを使い初めて以降、この言葉について何度も記事を書いてきた。と、このように書くと、筆者が”テレビの未来はスマートテレビにある”と考えているように思われるかもしれない。

 しかし、一連の記事の中で伝えてきたのは、”スマートテレビという新しい製品の定義はない”ということだ。

 たとえば、ビデオオンデマンド(VoD)で映像を配信するだけなら、すでにアクトビラやApple TVがやっている。それこそ月額固定の見放題から、レンタルモデル、電子セルスルーまで買い方も色々な支払い方法もある。会員登録が面倒だったり、そもそも借りるまでの手順が使いにくいといった苦情の出るサービスもあるが、VoD機能がスマートテレビと言われても、以前からインターネット接続機能のあるテレビを知っている身からすると”えっ?”という戸惑いを感じる。


アクトビラのトップ画面イメージ Apple TV

 他にもDLNA(メディア共有)対応やYouTubeへの接続機能、あるいはアプリケーションをインストールしてのSNSなどWebサービスへの接続なども、“スマートテレビの一面”として言われることがある。しかし、スマートフォン的な機能が必要ならば、手元にあるスマートフォンやタブレットと使えばいい。

日本テレビのJoiNTV。データ放送を活用

 このようにスマートテレビの姿が定まらない理由は、同じように“ネットに接続されることでテレビがどう変化するのか”を考えているはずなのに、実はまったく異なる切り口でアイディアを絞っているからだ。

 一般的な消費者が考えるネット接続テレビとメーカーが作りたいネット接続テレビ、それに放送局にとってのネット接続テレビ。それぞれの立ち位置で、テレビは違ったものに見えてくる。

 ちょうど、日本テレビ放送網がデータ放送の仕組みとクラウド型サービス、SNSを組み合わせたJoiNTVを発表したばかりなので、それらとの比較も含めながら話を進めよう。



■ テレビメーカーの考える“スマート”

 消費者にとってのスマートテレビに対する要求は、ハッキリしているようで、実はとても漠然としている。スマートテレビというと、スマートフォンやタブレットのようなテレビと想像する。しかし、具体例を示すとさほど欲しいとは言わない。

 ツイッターにつなぎたい? フェイスブックをテレビで見たい? と問うと、ほとんどの人は、テレビでそれらを使う必要がないという。ウェブブラウザにしても、不完全な機能のブラウザが搭載されるぐらいなら、スマートフォンで見ている画面をDLNAを通じて静止画で送った方が手軽に使える

 消費者の立場からすると、“いったい新しい何ができるの?”という問いに向かうものの、スマートテレビという何かの規格があるわけではなく、メーカー各社が工夫してネット対応機能を詰め込んでいるだけなので、誰もハッキリした答えができない。

 それもそのはずで、スマートテレビには“新技術”と言えるようなものは、ほとんど存在しない。今後、より使いやすくなるよう様々な工夫は施されるだろうが、それは“実装のテクニック”の範疇で、まったく新しい要素はない。

 そもそも、サムスンが“スマートテレビ”というキーワードを打ち出さなければ、誰もこれこそが次の世代のテレビだとは打ち出さなかったのではないだろうか。

4月にパナソニックの新社長に就任する津賀一宏氏

 スマートテレビが新しいのは、技術的な側面ではなく、“テレビの使い方”にある。パナソニック新社長になることが決まっている、パナソニックAVC社 社長の津賀一宏氏は昨年末「“スマート”といったところで、テレビは何も変わりませんよ。そこは今も昔も、そしてこれからも同じ。しかし、テレビではなく“ディスプレイ”ならば話は変わります。事業者にとっては全く違う商材です」と話した。

 役員懇親会の席上の立ち話だったが、この言葉の中にパナソニックだけでなく、多くの電機メーカーにとってのスマートテレビの意味が含まれている。



パナソニックはVIERAを「スマートビエラ」と展開 新VODの「もっとTV」

■ “放送以外”のコンテンツはどこを通って流れる?

 テレビという製品は“テレビ放送を受信して表示する装置”、つまりテレビ受像機だ。コンテンツは放送局が提供し、そこで広告や受信料という形の収益を生むが、電機メーカーは機材を売り切ったら、そこで終わり。その先のビジネスはない。

 これに対してメーカーが提案するスマートテレビの、特にスマート(?)な部分(すなわちネット接続機能)は、テレビメーカーが提供する“窓口”を通してネット上のサービスと接続される。

 放送を受信するテレビ受像機である限り、テレビメーカーは売り切りのビジネスしかできないが、そこにテレビ放送を受信する以外の使い方(つまりテレビではなくディスプレイとして使う)が生まれてくれば、そこではコンテンツオーナーと消費者の間に入ることができる。

 コンテンツが消費されれば、どのような形か(購読なのかレンタルなのか、売りきりなのか)は別にして、そこに経済活動が生まれる。コンテンツを消費する場(スマートテレビ)を提供することで、消費者は簡単にコンテンツにアクセスし、手軽に購入やレンタルが可能となり、メーカーはそこでの収益の一部をコンテンツオーナーとシェアすることが可能になる。

 こうした話になると、“アクトビラは使いにくい”などの話になるが、どこか別の事業者あるいはメーカーやコンテンツオーナーが提供するサービスに接続する機能を提供することと、(メーカー視点での)スマートテレビは異なる。

 今までテレビ受像機というハードウェアだけで、“テレビ”として販売してきたが、今後はコンテンツを届ける仕組み(サーバーや課金、権利管理や使いやすいユーザーインターフェイス技術を含む)をハードウェアと一体化して販売する、ということだ。

 付け加えると、これは“囲い込み”ではない。

 コンテンツオーナーは、どんな流通にでも出す権利があるし、出した方が得だからだ。映画会社なら、映画をネットで販売してくれる配信サービスへの協力を断る理由はない。光ディスク時代は物理的な搬送メディアをひとつに決める必要があったが、ネット配信でハードとサービスが一体化されているならば、それぞれに個別に供給すればいい(オーナーシップ管理の問題は残るかもしれないが)。

 したがって、ある時点でどこかのメーカーだけが機能やコンテンツに勝っているという状況になっても、いずれもはどのメーカーにも同じようなコンテンツが供給されるようになる。

 ちなみに、全世界でのテレビの出荷台数は、2011年の場合で2億〜2億2,000万台程度。この中で、たとえば10%程度の世界シェアを持っているメーカー(ソニー、パナソニック程度)ならば、ザックリと毎年2,000万台のテレビを届けていることになる。ならば、その窓(画面)に届くネットコンテンツは、メーカーがきちんと使いやすく機能として実装しますよ、といっているわけだ。


■ テレビ局にとっての“スマート”なテレビを考える

 この構図をテレビ局の立場で考えてみよう。

 毎週、テレビの前で画面を見ている時間が30時間と仮定して、そのうち3時間をネットコンテンツに費やしたとしたらテレビを使っている時間は同じでも、テレビ放送を見ている時間は27時間になる。言い換えると、このテレビは「90%テレビ受像機+10%ディスプレイ」だ(実際にはゲーム機接続などもあるからこれほど単純ではないが)。

 極論すれば、メーカー主導のスマートテレビとは、テレビ放送を見る時間を減らして、ネットを通じてコンテンツを消費してもらうテレビなので、(特定の局ではなく)テレビ放送の視聴者全体が減ることを意味している。

 とはいえ、これはメーカーが考えるスマートテレビなのだから、テレビ局なりのスマートテレビの形を考えるべきだろう。テレビ局は番組製作や報道スタッフも抱えているため、コンテンツオーナーとして、メーカーの提供する”スマートなディスプレイ部分”に関与はできるが、言うまでもなく、それは本業ではない。

 昨今は日本のテレビ番組をアジア各国でインターネット配信すると、なかなか馬鹿にできない収益を挙げられるとのことだが、それは本業でキッチリ稼いで製作費を作れるからこそであって、本業が落ち込めば配信もなにもなくなる。

 余談だが、広告関係の方は、この話を聞いて「ネット配信が増えるとCMスポットの価格は上がるんじゃ?」と思っているかもしれない。番組あたりの視聴者数が減ればCMが到達する人数も減るため、より多くのCMを打たなければならなくなる。テレビ以外に、幅広い人たちに訴求できるメディアは他に存在しないので、結果的にCM枠が不足して価格が高騰する可能性がある。

 とはいえ、それも一時的なもので、YouTubeとニコ生と地上波テレビの、どれを見ようか? と悩みながらコンテンツを消費する若い世代に代替わりしていけば、広告媒体としての大きな価値変化がどこかで起きるかもしれない。

 そんなことを考えながら、先日の日テレJoiNTVの発表を見ると興味深い。テレビ局は番組を放送する免許と設備、組織を持っているが、テレビ受像機を開発しているわけではないから、メーカーの考えるスマートテレビに対して何かアクションを起こそうとしても手出しはできない。

 そこで、JoiNTVはデータ放送の仕組みと、クラウド型ウェブサービス、それにSNSを組み合わせて、放送局主導での新しいテレビの形を提案した。データ放送は、最初の数年でロクに誰も使ってくれない、とのことでどこも力を入れておらず、“今さらデータ放送”という声が聞こえてきそうだが、実は面白い可能性を持っている。


■ クラウドがデータ放送を変える(かも?)

 データ放送で表示されるコンテンツは、BMLという一種のHTMLで記述されてる。テレビ専用のHTMLサブセットと考えればいいが、JavaScriptもしっかり動作するので、そこそこの仕掛けを組み込める。

 別途、クラウド上にアプリケーションを実装しておき、BMLからそれを呼び出せば、たいていのウェブサービスはデータ放送の画面から利用できることになる。具体的にどのように使おうとしているかは、別途、JoiNTVの発表記事を参照していただきたいが、自由度が高いだけに、単にFacebookとの連動をさせるだけでなく、より多くの使い方へと発展させることが可能だ。

 たとえば、番組中でレストランが紹介された時、“食べたい”とマークをしておくと、先着何名様かに割引クーポンを発行。SNSにクーポンと店のインフォメーションが届く、なんてこともできる。温泉宿、関連キャラクターグッズ、コンサートチケット、CDやDVD、ブルーレイの販売、CM連動での各種サービスなど、可能性は大きく広がる。

 ここで書いているのは、あくまで可能性なのでJoiNTVが何をするのかは、日テレ次第だ。今月中は関東地区のみで放送されているiConで実験的な番組が作られるが、実際にやりたいことはFacebookへと、視聴記録をペタペタと貼ることではなく、その先にある。

 広告代理店の販売するCM枠を気にせず、直接、視聴者とコミュニケーションできるわけで、“データ通信”という古い仕組みを使っているとはいえ発展性は小さくない。

 日本において、テレビ受像機を持つ世帯数は5,000万といわれているが、地デジ移行によってほぼ全数がデータ放送対応となっている(ついでに言えば、動作速度も以前に比べれはるかに向上した)。このうちネットにつながれているのは、10〜20%の間とされる(CATV経由でネットに繋がっているものが多いそうだ)から、500万から1000万世帯が、インターネットと連動できるテレビを保有していることになる。世帯視聴率10%の番組なら、50万から100万人が参加してくれる可能性がある。

 もちろん、自ら進んでコンテンツにアクセスし、参加することを楽しんでいるソーシャルメディアの視聴者と、数字を直接比較しても意味はない。しかし、JoiNTVを見て改めてテレビにネットワークサービスを組み合わせることの面白さを感じる。


■ とはいえ、消費者にとってのスマートテレビは?

 ところで、ここまで読み進めて、エンドユーザーが置き去りにされている、と感じた方もいるかもしれない。確かに“スマートテレビになったから買い換えよう!”なんて話ならば、文句の一つも言いたくなるかもしれないが、たいていの場合、テレビは徐々に浸透するものだ。JoiNTVに関して言えば、すでに世の中のテレビはすべてデータ放送対応だし、メーカー主導のスマートテレビも、買い換えを促すというよりは、“新しいコンテンツ流通のインフラが徐々に浸透していく”という方が、感覚的に正しいのだと想う。

 何より現時点において、テレビはまだ“95%以上テレビ受像機”だ。スマートテレビをまったく新しいテレビ、新しい機能として捉えるのではなく、どのテレビが面白そうなコンテンツを、面倒な手続きなしに届けてくれる、使いやすいスマート機能を搭載しているのかな? と、少し違った角度から見るといい。

 失敗したら困る? いやいや、それは大丈夫。

 テレビを新しいサービスに対応させるためのモジュールは、ちょっと大きなドングルぐらいのサイズになってきている。まだまだ95%テレビ受像機なのだから、消費者は落ち着いてお気に入りの受像機を買えばいいのだ。

(2012年 3月 9日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]