本田雅一のAVTrends

スマートTVブーム? ネット時代の映像ディスプレイを考える

クラウドのメディア化とスマートTV




 今年の1月、ラスベガスで開催されたInternational CESを取材していた段階では、まさかこれほど“スマートテレビ”というキーワードが、大きなトピックになるとは思っていなかった。もちろん、スマートテレビと名乗る製品がたくさん出てきていたのは確かだが、それに対する読者の反応は実に鈍いものだったからだ。

 読者の反応が鈍いテーマを、無理にゴリ押ししても逆効果。スマートテレビというキーワードが2010年9月から登場していることを考えると、そろそろ飽きられる頃じゃないかなどという考えもあった。

CESのSamsungブース

 ところが、今年に入るとスマートテレビに関連した仕事依頼が急増し始めた。スマートテレビという言葉は電機メーカー(最初はサムスン)が使い出したもので、今では中国メーカーも必ず商品の説明キーワードで盛り込む、“何かはよく解らないけれど、なんだか流行しているもの”になっている。

 こうした流行に伴って、いくつかのキーワードがスマートテレビと共に用いられることが多くなってきている。UltraVioletである。スマートテレビ、UltraVioletともに本連載で取り上げたことがあるが、この二つを安易に結びつけてしまうと、本来の趣旨を見失う。

 “スマートテレビ = ネットのサービスが利用できるテレビ”が、実は間違った認識(Connected TV、IPTVといったテレビやセットトップボックスは、ずいぶん前から存在してきたもの)が散見されはじめ、中にはUltraVioletのようなクラウド型の映像流通の枠組みまでもが、スマートテレビの要件のように言われることもある。

 しかし繰り返しになるが、これらは別々のトレンドが一部交錯しているだけで、それぞれに目指しているもの、現時点での状況も異なる。以前、スマートテレビを、ステークホルダごとの立ち位置の違いから、色々な捉え方があるんだよと本連載で紹介したが、ここでは機能面での違いによる分類を行なって見ることにしよう。



■ スマートテレビ、再びのおさらい

 折しもスマートフォン、タブレットがブレイクし始めていた2010年秋にスタートしたスマートテレビだが、スマートフォンやタブレットの“スマート”とは何か? という部分からスタートし、スマートテレビについてごくごく簡単に振り返ってみる。「またか」って? 頭をリセットすることはとても重要だ。特にこれまでになかった分野について考えるときは。

 スマートフォンやタブレットにとっての“スマート”とは、クラウド型のインターネットサービスを活用し、手元の装置で様々な価値を受け取ることが可能なことを表現している、と考えていいと思う。画面という窓と、使いやすいタッチパネルを通じて、インターネットの向こう側にあるアプリケーションを使うための製品。それこそが“スマート”の定義じゃないだろうか。

 これをテレビに適用するとどうだろうか? 単にネットに繋がっているだけでは、それはスマートテレビとは言えない。利用シナリオ(テレビの場合は、何かのコンテンツをディスプレイ上で楽しむ手法)に合わせて、簡単に多様なサービスを使いこなし、コンテンツを自由に楽しめなければならない。

 そのようなわけで、メーカーは“スマートテレビ”をキーワードに、

  • リラックスして使える、複雑な操作がやりやすい操作手法
  • 家庭内LANでのコンテンツ共有
  • インターネットサービスを使うためのアプリ対応
  • ネットを通じた多様なコンテンツ(動画、音楽、コミックなど)の受信・表示

 といった要素が網羅的に盛り込まれている。

 たとえば操作方法に関して、韓国の2メーカーは音声操作やジェスチャー操作を重視しているし、ソニーはスマートフォン連携でスマートフォンの画面をポインティングデバイスのように使えたり、手元の機器で見ているコンテンツのURLを転送するなどの機能を搭載した。LGは特徴的な、空中で動かすだけでマウスカーソルが動作するフリースタイルマウス機能を持つリモコンを装備している。

 ネットコンテンツは、パナソニックのビエラキャストや“もっとテレビ”、それにHuluなどが日本でも使われ始め、今後の広がりもありそうだ。それが何時なのかはわからないが、そのうちテレビの使い方そのものが変わってくるのかもしれない。

もっとTVHulu

 しかし、俺はネットを通じたコンテンツ配信機能なんか押しつけられたくはないよ、という人もいるだろう。もちろん、コンテンツは押しつけるものではないが、そこに映像ソースがあるのなら、それをよりよく(より簡単に・よりキレイに)見せるというのは正しい進化の方向性だ。

 エコポイントや地デジ移行時期は異常だったが、通常、テレビの買い換えサイクルは7~10年ぐらい。今という時間軸で考えた時、“テレビ放送以外のコンテンツを楽しむ”ためには、どんな商品であることが必要か? という観点で考えた時、インターネットや家庭内のネットワークに接続された様々な機器の中ににあるコンテンツ(動画だけでなく、写真やコミックなどもある)を表示させよう。

 それがスマートテレビというもの、という(かなり緩い)切り口で考えてみると、納得しやすいと思う。「テレビがスマート化なんかする必要があるのだろうか? 放送波をいかに美しく表示するのがテレビの価値ではなかったのか? DVDやBlu-rayが高画質に再生できてこそのテレビではないのか? 」という意見にも同意するところはあるが、それがテレビの本質だとしても、時代環境の変化とともにプラスアルファで別の要素も求められているということだ。


■ クラウドのメディア化と“コンテンツの流通革命”

 つまり、テレビを取り巻くコンテンツの流れが変化してきているのだ。

 昨年、“iCloudとクラウドメディアの夜明け”という本を書いた。この中で書いているのは、デジタルメディア……すなわちデジタル化されたコンテンツを封入しておく媒体……が持っていた役割を、クラウド(ネットワークサービス)が持つようになる、という話だ。クラウドそのものがメディアになる、という意味でクラウドメディアと名付けた。

 クラウドそのものがメディアとして機能するため、映像も音楽も写真も、あらゆるデジタルメディアがクラウドの中に溶け込んでいく。今は一部のコンテンツ、限られた品質のコンテンツしか収められなくとも、そのうちクラウドには、世の中にあるすべてのデジタルメディアが溶けていくだろう。

 たとえばこのゴールデンウィーク、筆者は高画質なBlu-rayを存分に楽しんでいる。プロジェクターの大画面で見る映画が大好きだ。しかし、これは筆者が映画ファンだからに他ならない。AVファンから見るテレビと、一般的な目で見るテレビはまた違う。

 個人的な視点をさておき、一歩引いた目で俯瞰してみると世の中の色々な変化がみえてくる。Blu-rayはたくさんの板を作ってパッケージし、在庫を持って世界中に流通させなければならない。これはなかなか大変なことだ。大量にコンテンツが物理的なメディアで流通している時代には通用しても、インターネットの時代にはそぐわない。流通量がある数を下回るようになると、物理メディアはとても効率が悪くなる。

 流通させるのが大変だから、ニッチマーケットを狙う業者はインターネットへと向かう。将来はクラウドメディア化していくだろう。高音質を売りにしている音楽レーベルはSACDを作って売るのを諦めて、インターネットで高品質フォーマットの音楽をダウンロード販売する方向へと舵が切られてきている。

 メディアがもクラウド化するというと、利便性の向上や使用権管理などに目が行きがちだが、視点を変えると単純に流通の負担が軽くなるという特性を生かすケースも増えているということだ。上記の高音質レーベルの場合、DRMフリー、すなわちコピー制限なしの状態で高音質フォーマットの音楽ファイルが販売されている場合もある。

 コンテンツの大きさ(容量)が異なるため、今という時で考えた時、映像の流通は音楽ほどには進んでいない。しかし、程度の違いこそあれ、いずれは映画やアニメ、テレビ番組にも同じような変化が起こると考えるべきだ。実際、すでにたくさんのクラウドを通じた映像配信サービスが存在する。将来は今の音楽配信と同じぐらいに一般的になると考えられる。

 実際、米国の状況を見ると、画質なんかどっちでもいい古いテレビ番組などは、どんどん低画質のインターネット配信に流れている。過去に製作した資産を生かした方が、コンテンツオーナーとしても利が大きいからだ。そうして力を付けた配信会社は、さらに多くの顧客を獲得するため、画質を強化していく。

 多くの顧客を獲得できるようになると、資金も潤沢になって、今度はコンテンツの質が良くなっていく可能性もある。現時点では、どの動画配信サービスも(一部の流行とは裏腹に)財政的に厳しいものが多いようだが、Netflix(ネットフリックス)はどはネット配信専用にテレビドラマの(もちろんハイビジョン品質)買い付けを行っていたり、オリジナルコンテンツ制作へと乗り出している。

 日本で言えば、ニコニコ動画がサブカルチャーを中心に、新しいコンテンツの流れを作り、そこに新しい文化が生まれている。これは従来的なテレビ文化とは、少しばかり違うものかもしれないが、動画コンテンツの中で今よりもさらに無視できない存在になっていくだろう。

 何が流行するのか、サブカルチャーなのか、高品位なのかといった議論はあまり適切ではない。そこにニーズがあれば、ネットの中には多様なサービスが生まれていく。今はネットで映画を見るには、ちょっと……と思っていても、いずれは通信コストやサーバコストが下がることで、映画を鑑賞するに足る品質でネット配信されるようになるだろう。コストが下がれば、ニッチマーケットも拡がりやすい。

ニコニコ超会議で展示されたVIERAのniconico対応niconico対応BRAVIAの試作機

■ UltraVioletとスマートテレビ

 そんな中で、なぜかUltraVioletの話をTwitterで質問されることが何度かあった。

 UltraVioletに関しては、ハリウッドでの状況やディズニーが異なるアプローチで取り組んでいることを紹介している。詳しくはそちらを読んでいただけると幸いだが、簡単に言えばBlu-rayディスクのオマケとして、映画パッケージを購入した利用者にインターネットストリーミングでの視聴権利を与えましょう、というもの。

 現時点でUltraVioletにはすべての機能が揃っておらず、参加する映画スタジオ(主にはワーナー、ユニバーサル、ソニー・ピクチャー)ごとに視聴対応できる端末も異なったりするので、説明が難しい。最終的にはCFFという共通ファイルフォーマットで配信され、対応する機器ならば何を使っても楽しめる、映像メディアの標準規格のように作られている。

 UltraVioletは紫外線という意味だが、Blu-ray(青い光)よりもさらに波長が短い……究極の光メディアをイメージし、それをクラウドの中で実現するというコンセプトから、UltraVioletの名前は付けられた。

 UltraVioletがスマートテレビと同じ文脈で語られることが多いのは、UltraVioletにライツロッカーという機能があり、スマートテレビやクラウド型のメディア配信サービスとの親和性が高いからだろう。ライツロッカーとは、ライツ、すなわち著作権に関する管理情報をネット上に預けておくというもの。

 僕は、あなたは、この映画やアニメを見る権利を持っている。そうした情報をインターネットから参照できるようにしておき、どんな機器からでも、どんな場所からでも、権利を所有しているコンテンツを楽しめる。ライツロッカーの考え方は、物理的なパッケージの流通概念を捨てて、ネットカルチャーとの親和性が高い所有権モデルで管理するということ。これを映画スタジオ側が主導したことを評価する声は確かにある。

 ただ、ライツロッカーの概念そのものはUltraVioletが元祖ではなく、それ以前からディズニーが推し進めていたKeyChestほか、色々な枠組みがあるので、UltraVioletがスマートテレビと親和性の高い、映像コンテンツ流通の救世主となるか? というと、よく解らないのが現状だと思う。

 米国でもUltraVioletがすごく流行っているか? というと、あまりそうした話は聞かない。もちろん、Blu-rayのパッケージとして販売されているので、デジタルコピー特典などと同じように使われてはいるが、これから先がどうなるかはわからない。

 テレビという視点では、テレビ側がUltraVioletに対応してユーザーIDを登録しておけば、オンデマンド配信を受けることができればいいのだろう。将来的に映画スタジオは、流通をすっ飛ばして直接、顧客に映像ソフトを届けることで中間流通の一層をしたいと考えている。ライツロッカーの導入は、その未来のために向けた、映画スタジオ側の妥協案とも言えるだろう。

 ただし、UltraVioletに関してはワーナーが積極的であるものの、ソニー・ピクチャーは取り組みの意欲がかなり下がってきていると聞いている。ソニーは自身でソニー・エンターテインメント・ネットワーク(SEN)を展開しているからだ。映画の部分では重なる部分も多く、二つのインフラをグループ内に持つのは効率的とは言えない。UltraVioletとSENはかなり技術的背景が異なるので、これを一本化することは難しため、UltraVioletからソニー・ピクチャーがいずれ撤退するのではないか? と予想している。

 また、日本での動向もまだ不安定だ。UltraVioletに関して日本での可能性を検討する勉強会が昨年から行なわれていたが、日本の映像コンテンツ市場の規模とUltraViolet運用のコストのバランスに対する認識は、コンテンツオーナーごとにかなり感覚の差がある。日本のコンテンツオーナーは、将来的に視聴権利の販売といったEST(エレクトロニック・セルスルー。電子的な売り切り販売)を好まず、物理的なパッケージ販売を重視しているという背景もあるだろう。

 このあたりは、スマートテレビうんぬんではなく、コンテンツ販売のテクニック的な側面が強い。もし、スマートテレビという文脈で話をするなら、UltraVioletというキーワードではなく、ライツロッカー、クラウドのメディアとしての利用、といった“考え方”そのものをキャッチアップする方がいいと思う。


■ “スマートテレビ”と“コネクテッドテレビ”

 さて、少しテレビ本体の話に戻ろう。

 従来のテレビは単なる“テレビ受像機”だった。しかし、これからのテレビは違う。インターネットを通じて降り注いでくる、多様なメディアを表示するための”多目的ディスプレイ”になっていくということ。

 スマートテレビの定義は曖昧だが、このインターネットを通じてコンテンツが流通するという部分を取り出すと、ここにもいくつかの種類がある。米国では“コネクテッドテレビ”、日本式に言うならネットテレビとも言うべき部分は、これからのテレビを考える上で大きな意味を持つ。ここでは平たく、“ネットテレビ”と表現するが、これには大きく分けて三つのタイプがある。

 まず、スマートフォン型のネットテレビ。日本では発売されていないが、Google TVがその代表格だ。インターネットにある、あまたのコンテンツを検索し、テレビを通じてそれを楽しもうというものだ。従来のテレビとは楽しみ方が大きく違うので、まだ世の中にはあまり受け入れられていない。

 もうひとつはテレビメーカー提供型。テレビ放送を表示したり、Blu-rayを表示するだけならば、テレビのやらなきゃいけないことは限られている。しかし、ネットを通じてコンテンツがあるなら、そこへの接続口を製品の中に作り、アプリや映像をメーカーが選別、開発して、ネットコンテンツを消費してもらおうというもの。メーカーにしてみれば、ここで初めて消費者とコンテンツオーナーとの間に立ってのビジネスができるので積極的に推進している。

 もうひとつが放送業者主導型。といってもテレビ放送局とは限らない。ネットを使った放送局を含め、コンテンツを集めて流す。それこそテレビと同じように、大量のコンテンツをユーザーが望むままに見せる。チャンネル契約すれば、1本づつ購入する必要もない。

ネット接続型テレビ3つの進化

 さて、今のところ人気を集めているのは、最後の放送業者主導型ネットテレビだ。ネット配信では、1本ずつ“購入”するのは見合わないし、またレンタルにしては1本あたりの価格がまだ高い。そのうちネットの方が安くなる可能性はあるが、画質が十分なところまでに行くには時間がかかるだろう。画質(=容量)を良くすることは、ネットではコストが比例して上がることを示しているからだ。

 ただ、ネットテレビはまだまだこれから変わっていく。

 これまでDVDやBlu-rayを好む人が多かった理由は、それが高画質だからだけではない。自分の見たい作品が、すぐに手元で再生できるから、所有したいと思ってきたわけだ。

 ところがクラウドメディアの時代になると、品質はともかく、見たい時に見たい作品を見ることが可能になる。世の中の、どれだけの人たちが、より良い画質の映像を欲しがるのか、どれだけの人が、実は便利に見ることができれば十分だったか。その動向によっては、高品質レーベルがSACDからネット配信に切り替えたように、Blu-rayを求める人たちにネット配信で応じる事になるのかもしれない。

 その場で配信するストリーム配信だけでなく、将来はダウンロードしてBlu-rayに焼いて所有する(すでにアクトビラなどでは行なわれている)といったことも増えるかもしれない。その方が効率が良くなれば……だけれども。

 どこか寂しい気もするが、さほど嘆くこともない。なぜなら、物理的なディスクから解放されれば、3D映像でも、4K映像でも、自由に配信が可能になるからだ。実際、3D映像に関しては世界各国で3D映像のネット配信サービスが開始されている。

 今すぐに何かが変わるわけではない。テレビはまだ従来通りの使われ方をしている時間が90%以上だろう。しかし、徐々に変化していく先には、必ずしも便利だけど画質の悪い世界ばかりではない。むしろ、ディスクフォーマットに縛られない自由なコンテンツの流れが生まれる可能性だってある。

 同様にプレミアムコンテンツではなく、ニコニコ動画の例で挙げたようにサブカルチャーとしての映像コンテンツの世界が、一気に膨れあがっていき、産業として確立するようになるかもしれない。

 このように考えるとスマートテレビ、あるいはスマートテレビ的機能を搭載したBDレコーダなどの見方も、かなり変わってくるのではないだろうか。


(2012年 5月 4日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

 個人メディアサービス「MAGon」では「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を毎月第2・4週木曜日に配信中。


[Reported by 本田雅一]