本田雅一のAVTrends |
「ナスネ(nasne)」に見るソニーとSCEの一体化
-“つながり”が新たな価値を生み出す
ナスネ(nasne) |
先月発表、7月19日に16,980円で発売される予定のソニー・コンピュータ・エンターテインメント(SCE)のnasne(ナスネ)。500GB HDDを内蔵し、デジタル3波チューナ内蔵で録画機能を持つネットワークストレージという、他にあまり例のない商品性を持つこの製品は、なかなかユニークな製品の作り方がされている。
第一にソニーグループ社内の製品と、かなり密な連携を取ること。意外かもしれないが、SCEの製品はソニー本社の作るエレクトロニクス製品との連動性は高くなかった。近年になって、torne(トルネ)とブルーレイレコーダとの連動などが行なわれるようになったものの、nasneほどソニー製品との親和性を意識している製品は過去になかった。
単に1対1で製品が連携するというのではなく、同じビジョン、ユーザー体験を目標に一体化した機能を提供するというコンセプトで作られている。
第二にソニーグループ内の製品で固めることにより、より良く動作するという点はアップル製品同士のネットワーク連動性が高いことに似ているが、ソニー製以外ともきちんと繋がるように設計されている。さらにはソニー以外の製品とも、少しでもよく連動できるよう、可能な範囲で機能やアプリを用意していく予定とのこと。
nasne(ナスネ) | 背面。アンテナ入力は1系統で、BS/CSと地デジ混合となる。スルー出力も装備 |
これは“製品を通じてユーザーが体験することすべて”が、その製品を購入したユーザーにとっての価値だからだとか。ソニー製品同士なら、よりよく簡単に動く。でもそうじゃないからといって、体験の質は落とさないようにしようというわけだ。
当然ながら、グループ内で摺り合わせを行なう方がより良く動く。そこは自信があるから、セコセコせずにお金を出して買った人の価値を考えよう、と簡単に言えばそういうことだ。
そこで今回のコラムでは、nasneの事例を取り上げながらソニーとSCEの一体化、その先にどんな価値があるか、またソニー以外にも枠を拡げつつネットワーク連動について考えてみたい。nasneの概要はニュース記事のとおりだが、本体の詳細なインタビューについては、別途、西田宗千佳氏が連載の中で取り上げる他、筆者のメールマガジン「モバイル通信リターンズ#005」にてインプレッションを書いた。
■ “つながること”と“共に価値を生み出すこと”
左から、JAPANスタジオ インターナルデベロップメント部 ゲームデザイングループ クリエイティブディレクター 西沢学氏、商品企画部 ハードウェア企画課 課長 渋谷清人氏、ペリフェラル事業部 開発部 2課 課長 河原裕幸氏 |
nasne取材でSCEの開発メンバーと話していた時、直感的に「これはソニー本体の発想では生まれなかった製品だな」と感じた。簡単に言えば、nasneは家庭内LANを通じて他機器にメディアサービスを提供する製品だ。当然、色々な製品とつながり、連動しなければならない。
しかし、ソニーに限らず家電メーカー(自虐的に“日本の”と付けるケースをよく見かけるが、何も日本だけの話ではない)が作るネットワーク連動機能は、お仕着せ的なものになりやすい。これはnasneの製品プランニングを行なってきた開発者自身が、これまでに感じてきた、とも話していた。
以前にも書いたことがあるが、SCEとソニーは企業文化の背景がまったく異なる。SCEはコンピュータ(+ネットワーク)の会社であり、ソニーは家電の会社だ。「ネットワークでソニー製品と連動させようという企画を進めると、決まって1対1で“つなげる”話になってしまう」との企画者のコメントに、ここ何年も感じてきた違和感の“素”を知る思いだった。
画一的に分類してしまうのは危険だが、大まかに言うと家電メーカーは“つながること”を重視し、コンピュータメーカーは“連動すること”を重視する。さらに言えば、“ネットワーク”という言葉の捉え方も違う。このあたりは、筆者がコンピュータ業界から、デジタル家電の世界へと取材範囲を拡げた時に、猛烈に違和感を感じたところだ。
たとえば家電メーカーのひとたちは、かつて、SDカードや記録型光ディスクを通じて連動させることを“ネットワーク”と呼んでいた(さすがに最近はLANやインターネットと区別が付きにくいので、そう呼ばれることはない)。記憶媒体の標準的な取り扱い方を決めておくことで、異なる機器同士が同じメディアデータを簡単に受け渡しできる。
これは家電製品をLANやインターネットに接続する率が低かった(現在でもそれは同じ)という背景もあるが、家電製品が単独で機能する“完全パッケージ”として作られてきた事も影響していると思う。家電メーカーは、まずその製品単独で機能を実現させることを考える。“完パケ”が基本で、さらに付加価値として、完パケ製品をつなげていくことで利便性を高めていくという考え方だ。
だから、完成された製品の中身、それ自身の価値にまでは踏み込まず、完パケ製品同士を1対1でつなぐという、ネットワーク活用の発想になるのではないか。この場合、つながる事は確かだが、当たり前に二つの機器が接続されるだけでは新しい価値を生み出すことはできない。
コンピュータやソフトウェア、ネットワークサービスといったところを始点として考えると、家電メーカー的発想には違和感を感じるだろう。元々、パソコンなど汎用コンピュータ自身には、“機能を実現するための道具”しかない。ディスプレイ、キーボード、マウス、カメラ、最近ならば各種センサー類、ネットワーク機能などの道具を使い、機能を実現するのはアプリケーションソフトウェアだ。しかも、アプリケーションソフトウェアは自分でインストールするものだから、同じ製品でもユーザーごとに実現されている機能(すなわち製品を通して利用者が得られる価値)も異なる。
さらにインターネットに接続されていることが当たり前になったことで、ユーザーはネットワークサービスを含めた全体を、ひとつの価値の塊として感じる。コンピュータメーカーやネットワークサービスの企画、開発をしている人たちは、製品を完全なパッケージではなく、異なるジャンルにまたがって提供されているものを連動させ、共存することで新しい価値を生み出そうとする。
では家電メーカー的発想を急に改めることができるか? というと、これもなかなか難しい。というのも、完パケ製品をひとつひとつ、丁寧につないでいくやり方は、それはそれで従来からのユーザーには判りやすい側面もあるからだ。これからは、消費者もネット世代が増えていくとはいえ、急に変えることは難しい。そんなこんなで、世の中の環境が大きく変化しはじめるまで”変化できなかった”のかもしれない。
■ 複数レイヤに渡る互換性という考え方
もっとも、“つなぐことが目的化しがち”という部分に関しては、製品担当同士ではうまくコミュニケーションできるようになってきた、とも話していた。2009年に現在ソニー社長の平井一夫氏がエレクトロニクス事業を担当するようになり、人材交流が増えたことも原因かもしれないが、遅ればせながらネットワークに対する意識の変化もあったのだろう。
nasneの例で言えば、“つなぐ”だけではなく、nasneの機能を自身の機能として取り込み、連動させるようになってきたそうだ。つながることが目的ではなく、つながったあとに、ユーザーがどんな価値を受けることができるのか。使いやすさや動作レスポンスなど、つながったその先の体験レベルを高めることが、SCEとソニー製品との間でも話されるようになってきているという。
nasneはSCEの製品なので、PlayStation 3上で動作するtorneでより良く動作するように作られている。nasneがいくつネットワーク上に存在していても、torneからはその数を意識することなく、利用するチューナの振り分けが自動的に行なわれるし、どのnasneに録画されていても、ひとつのリストとして管理、検索、絞り込みができる。トリック再生やサムネイル付きのジャンプ機能など、内蔵ハードディスクと変わらない操作感は、LANを通じて連動する録画機器としては、他に例がないほどのスムースさだ。
当然、Playstation Vitaにも同様の機能が提供される予定で、Vitaにチューナとレコーダが内蔵されたかのようにnasneが機能する。nasneはPS3を通じPlaystation Portableに“おでかけ転送”が行なえるが、Vitaでは直接、本体だけでお出かけ転送が可能になる。同じメーカー同士なんだから、当たり前だという意見もあるだろう。その通りだ。アップルは実際、それをきちんとやってきた。
しかし、当然ながら“一緒に動くことを前提に作ったもの同士”でなければ、”まるで内蔵ハードディスクのように”は動いてくれない。そこで、SCEはnasneの互換性対策を三段階で行なっている。
まず一番よく動作するのが、nasneとtorneのように独自手順で連動する互換レイヤ。これはみっちりと摺り合わせをしなければならないが、ユーザーは最大限の価値を得られる。しかし、接続できる機器は限定される。
そこでnasneは、DLNAとDTCP-IPにも対応している。正確に言えば、DLNAとDTCP-IPに対応した上で、さらによりよく動作するよう手順を拡張しているから、torneの動きがよく、機能的にも優れた実装が行なえるのだが、最低限、DLNAとDTCP-IPに対応していれば、それぞれに対応する機器でnasneのビデオを見れたり、あるいはネットワークを通じたダビングもできてしまう。
とはいえ、DLNAとDTCP-IPの運用は曖昧なので、機能面でも動作レスポンスの面でも、何かを保証はできない。動作保証はできないけれど、連動するための最低限の道筋は付けておきますよ、ということだ。これが最低限の互換レイヤとして用意されている。
加えてDLNAとDTCP-IPを基礎にしているけれど、よりよく動作するよう摺り合わせたアプリケーションを用意して、nasneの機能を生かす方法も用意されている。それがXperiaやVAIOに対する、専用アプリケーションソフトでの対応というわけだ。作り込みのレベルにもよるが、SCEはソニーに対してよりよく動作するための開発支援を提供している。これが中間の互換レイヤということになる。
もっとも、この中間的な互換レイヤ、すなわちよりよく、確実にnasneと連動するためのアプリケーションは、何もソニーグループ内部だけに閉じたものにする気はないという。たとえばiOS搭載機器でnasneを楽しむアプリケーションの提供も検討したい、とのことだ。
nasneが提供するのは、自宅内に置かれる“パーソナルクラウド”とも言うべきサーバー機能だが、その価値は連動する機器が多いほど高まる。ならば、接続する機器を限定する必要はない。
■ 付加価値の向上を止めない
さらにもうひとつ、コンピュータメーカーにはあるが、家電メーカーにはないコンセプトが盛り込まれている。それは継続的な発展、付加価値の向上だ。
torneが、シンプルなUSB地デジチューナという周辺機器を活用するアプリケーションソフトとして、バージョンアップを繰り返すことでより良いものになっていったように、torneも周辺のソフトウェアやnasne自身のアップデートで、継続的に付加価値を高めていく。
もちろん、開発は順番にしか行なえないから、一度にすべてが可能になるわけではない。しかし、継続してどんどん新しい仕掛けを提案していき、ひとつの製品がソフトウェアのアップデートや、連動する機器の数が増えていくことで、買い換えることなく価値が高まっていくよう、継続的な取り組みをしていくとのことだ。
たとえば、特定の番組と再生位置を示すURLを使い、SNSと連動して自分の持っているnasne上に録画データがあればジャンプしてくれたり、特定シーンだけを抜き出したプレイリストを他ユーザーと共有したり、特定チャンネルをサイクリック録画(継続して録画して容量がなくなったら古い方から消す)したりなどなど、アイディア次第で色々な事ができるはずだ。
nasneの開発陣自身、色々なアップデートの計画を持っているようだ。当たり前の機能(DTCP-IPでネットダビングなど)を網羅したなら、その先には新しい使い方の提案を用意しているとのこと。
まさに“パーソナルクラウド”と呼べる、計画的にサービスの質を高めていく思想で開発されているnasneだが、“テレビ録画とメディア配信”を中心にした機能は、テレビ録画の文化が根付いてる日本ならではのものだ。これを米国に持っていっても、そのままでは売れない。
しかし、“nasneのやり方”は他にも応用が利くだろう。すなわち、家庭内LANの中にあって何らかのサービスを提供する安価で小型な装置。日本ではそれが放送/録画サーバーだったが、録画文化のほとんどないアメリカでは、別のやり方がある。
SCE自身もnasneを世界展開したいとの考えはあるという。
たとえば、アメリカではPS3をホームサーバー、メディアサーバーとして使っている人が多いそうだ。nasneをメディアサーバとしてのPS3に対するコンパニオン機器として活用できるよう、アメリカ向けnasneの機能も練り込んでいるとのこと。nasneが、より賢くメディアを蓄積し、あらゆる機器からメディアにアクセスできるとすれば、それはそれで面白いものになるかもしれない。
どういう方向に進化を続ける? という質問は煙に巻かれたが、これだけ自由な発想で作られた製品だ。もっと便利に、誰もが使いたい録画サーバー、メディアサーバーとして進化するだろう。そして、このコンセプトがソニー製品へと伝搬していくことを期待したいものだ。