大河原克行のデジタル家電 -最前線-

鴻海 郭台銘会長来日でシャープの構造改革が加速

~今週中にもシャープへの出資見直しで直接協議か?~


鴻海精密工業 郭台銘会長(3月の資本提携会見時)

 台湾鴻海グループの郭台銘(テリー・ゴー)会長が、8月30日にも大阪府堺のSDP(堺ディスプレイプロダクト)を訪問する予定が明らかになった。さらに、シャープ側とも週内に協議の場を持つ可能性も指摘しており、シャープへの出資に関する協議を行なうことになりそうだ。また、中小型液晶パネルの拡販についても話し合いが行なわれる公算も強い。

 一方でシャープは、大阪府堺市の堺工場に関して、今年中の売却を目指す方針を示したほか、堺の液晶パネル生産拠点であるSDPの操業率が80%にまで高まっていることも明らかにした。この分野においては、「大型液晶の過剰在庫が最大の問題」とし、在庫削減を図りながら、操業率を高めるという難しい舵取りを迫られる。



■ 30日には大阪・堺のSDPを訪問予定

グリーンフロント堺

 すでに来日している鴻海グループの郭台銘会長の訪日の目的は、台湾からの台日経済交流訪問団への随行だ。だが、訪日期間中の8月30日には、SDPを訪問する予定であり、SDPの現状を視察する。受け入れはSDPが対応するため、この訪問時には、シャープ側への出席要請は無いという。

 SDPは、8月からシャープの連結対象から外れており、独立会社となっている。そのため、ここにシャープの幹部が直接迎える必要がないというのがその理由だ。

 しかし、その一方で、「訪問団随行のスケジュール優先であり、流動的ではあるが」としながらも、郭台銘会長の訪日期間中の空き時間に、シャープ関係者と会談を行なう方向で調整していることも明らかにしている。

 「ここでは協業の話を行なう予定である。出資比率と取得価格が重要なファクターだが、出資比率については、当初からの合意事項であり変更はない。シャープの株価下落に伴う取得価格の見直しが、現在の主たる論点になる」とシャープ幹部は語る。

 当初の契約では1株あたり550円の買い取り価格で合意していたが、現在は3分の1にまでシャープの株価が下落。これについて、台湾投資委員会が、鴻海グループに説明を求めている段階だ。

 シャープとの直接協議で、買い取り価格の見直しが焦点になるのは明らかだ。

 「台湾投資委員会への申請は鴻海グループが行なうことだが、早ければ早いほど良い」とシャープ側では語る。

 さらに、出資条件の見直し以外の案件についても協議が行なわれる予定で、すでに明らかになっている中国市場向けのスマートフォンを今年秋に前倒しで投入することに加え、中小型液晶パネルの拡販についても協議していくことを示した。

 また、液晶パネルの後半工程であるモジュール生産を行なう中国・南京およびメキシコの工場では、鴻海グループ売却を視野に入れた交渉を開始している。

 仮に、両工場を売却するか、SDPの枠組みに組み入れることが決定すれば、約3,000人の社員が、シャープの連結従業員から外れるという大規模なオフバランス化が実現することになる。

 シャープ側との協議が行なわれた際に、その交渉結果について、共同声明を出すかどうかは現時点では未定だが、「早く合意して公表したい」というのがシャープの本音であるのは間違いない。


■ 堺工場は80%の操業率に、亀山第2の操業率が課題に

シャープ 亀山工場

 シャープでは、第1四半期(2012年4~6月)に、400億円規模の液晶パネルの在庫消化を行なっており、今後、堺工場において、新規顧客向けをはじとめする外部向けの液晶パネル生産を進める。

 同社では、「リードタイムを優先して既存モデルの在庫を転用するケースもあるが、スペックが異なるため、在庫を新規発注分に単純に充当することはできない。新規顧客からは筐体設計に基づいた新たなデザインインが必要になり、これが新たな製造分となる。在庫削減を図りながら操業を上げるという、難しいコントロールが必要となるが、在庫は上期中に適正化する。下期以降は、シャープでの内需のほか、外販および鴻海グループ経由での出荷によって操業率が高まる」とする。

 シャープによると、堺工場の液晶パネル生産拠点であるSDPの操業率が80%にまで高まっていることを明らかにしており、まずはこれを維持していくことになる。

 また、シャープでは、堺工場に今年中に売却することを目指す方針も示した。

 一方、中小型液晶パネル事業も、現時点では手放しで評価できる段階にはない。

 車載向け、スマートフォン向け、ゲームアミューズメント用途のパネルを生産する天理工場、多気工場は安定した需要に支えられており、また、スマートフォン向け液晶パネル専用工場となっている亀山第1工場も好調だ。

 しかし、IGZO液晶の主要拠点であり、タブレットおよびモニター、テレビまでのパネル生産が可能な第8世代の液晶パネル生産ラインを持つ亀山第2工場は、逆に生産能力が大きすぎることから操業を埋めきれていないのが現状であり、まだ操業率があがってはいない。同社でも操業率が低いことを明らかにする。

 あるシャープ幹部は、「亀山第2工場の操業率に困っているのは確か。中小型液晶パネルでも、鴻海グループとの協業を進めていくことになる」とする。

 鴻海グループとの協業を進める一方で、Ultrabookやタブレット端末向けなど、タッチパネル液晶を活用する用途での需要拡大によって、稼働率を高めていく考えだ。

 「中小型液晶パネルは、Windows 8登場以降のさらなる需要拡大が見込めるため、亀山第2工場は、秋口から操業が上がると見ている。鴻海が一番強いのはモニターのビジネス。大口の客先も持っている。操業損さえ埋まれば黒字に転換できる。中小型液晶パネル事業は、下期以降の黒字化を見込んでいる」とする。


■ 下期に営業黒字化を達成目指す

 下期の業績見通しについては、「変動リスクは欧州の債務危機。これが急激に深刻化しなければ、計画通りに営業黒字化を達成できると考えている」と強調しており、回復基調への道筋を早期に確立したい考えだ。

 また、来年度に迎えるCP(コマーシャルペーパー)の償還については、基本的には融資でカバーする方向性を打ち出し、「自助努力で借入を極力縮小する。在庫圧縮を進め、できるだけ融資額を減らしたい。また、余剰在庫の消化、債権の流動化などにより、1,000億円以上の資産圧縮を行ないたい」との方針を示す。

 東京・市ヶ谷のシャープ市ヶ谷ビルなどの都内の施設の売却については、「売却先が見つかれば速やかに進める。今年中に目処を付ける」とする一方で、新たに関東の物流拠点の集約にも言及。「関東の物流拠点集約は、2013年度を予定している」とした。


■ 2,000人規模の希望退職を実施へ

 シャープは、8月28日付けで、2,000人規模の希望退職を実施すると発表した。

 これまでにもシャープは、5,000人の削減計画を発表。すでに鴻海グループとの提携により、SDPをオフバランス化し、約1,300人が連結社員から外れている。

 今回発表した希望退職では、シャープおよび国内連結子会社を対象に、11月1日から11月14日までの期間に約2000人の希望退職を募集。12月15日を退職日とする。これにより、270億円の費用が発生すると見込んでいる。

 「リストラは何度もやるものではないため、慎重を期して行う。労働組合と合意した上で、年内には完了したいと考えている」(シャープ幹部)とする。


■ どんな結論が出るのか

 シャープの構造改革の動きは、この8月になって活発化している。

 そして、その最大のヤマ場が、今週中に、日本で行われる郭台銘会長とシャープ幹部の会談ということになる。

 その場で、果たしてどんな結論が出るのだろうか。その結果次第で、シャープの再生への動きが加速するのか、それとも足踏みするのかが決まりそうだ。

(2012年 8月 29日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など