大河原克行のデジタル家電 -最前線-
閉店の議論を超え、ソニーがソニーストアを維持する理由
次は札幌店? ソニーマーケ河野社長が語る'16年度戦略
(2016/4/12 10:00)
「カスタマーマーケティングの取り組みをさらに一歩進める1年になる」。ソニーマーケティングの河野弘社長は、4月から始まった2016年度の国内におけるソニー製品の販売、マーケティング戦略をこう語る。2012年に、河野社長が、ソニーマーケティングの社長に就任以来、カスタマーマーケティングを提唱。さらにソニーファンを増やすことに力を注いできた同社は、2016年度も、この取り組みをさらに加速することになる。
製品ジャンルとしては、引き続き、4Kテレビ、デジタルカメラ、ハイレゾを重点領域と位置づける。4月1日には、ソニーストアとして国内4店舗目となるソニーストア福岡天神をオープン。「この店舗が、2016年度のソニーマーケティングの取り組みを象徴する店舗になる」とも語る。河野社長に、国内におけるソニーの販売、マーケティング戦略を聞いた。
ソニーファンの創造を目指す「カスタマーマーケティング」
――ソニーマーケティングでは、「カスタマーマーケティング」という言葉を打ち出しています。この意味を改めて教えてください。
河野氏(以下敬称略):ソニーマーケティングは、ソニー製品のマーケティングおよび営業活動のほか、それに関わるサービスを提供する会社ですが、どうしても、「セルイン」のところに目が行きがちなところがありました。たとえば、目標や評価の考え方も、販売店との交渉結果や、販売店に商品を入荷したところが重視される傾向が強かったのです。
しかし、本来の仕事は、お客様のところにまでちゃんと商品が渡る「セルアウト」です。ここまできて、初めて売り上げがあがるわけです。もちろん、「セルイン」は大切なことです。しかし、その先にいるお客様のことをしっかりと考えていくカタチに、会社の発想を大きく変え、行動様式も変えていく必要を強く感じました。私がソニーマーケティングの社長に就任して以来、掲げてきたソニーマーケティングのミッションは、「ソニーファンの創造」です。そのためには、お客様目線で活動をしていかなくてはなりません。それが、「カスタマーマーケティング」というわけです。
――「カスタマーマーケティング」では、具体的にはどんなことに取り組んでいますか。
河野:「セルアウト」といったときに、お客様が購入する時点を指す場合が多いと思います。しかし、お客様目線での活動を考えた場合、購入時だけでなく、購入前には、商品に関する様々な情報を提供したり、店舗で先行展示を行なったりといった情報発信も必要ですし、購入後にも、ソニー製品を使っていただき、満足度を高めていただくための活動が必要です。購入前、購入時、購入後という、購買に関わるすべてのプロセスにおいて、ソニーマーケティングが関与していくという取り組みがカスタマーマーケティングということになります。
そのなかでもとくに重視しているのが、購入後への取り組みです。それまでは、「売ってしまったらそれで終わり」という意識がどこかにあったといえます。しかし、お客様にとっては、ソニー製品を買った後に、買ってよかった、使ってよかったと思っていただくことが大切です。
私は、2014年まで、ソニー・コンピュータエンタテインメント ジャパンアジアの社長も兼務していましたが、そのときから社内にも、こんな質問を投げかけていました。「新規のお客様と、既存のお客様のどちらを大切にするのか」。これはある種、究極の質問ですが、お客様視点が考えれば、実は、答えは明確だといえます。それは、「既存のお客様」です。もし、既存のお客様を大切にする姿勢がなかったら、どんどん新規のお客様が増えても、購入後の満足度が上がらず、また離れて行ってしまいます。パイは決して広がりません。
しかし、既存のお客様が満足していただければ、またソニーの商品を購入していただける。ソニー・コンピュータエンタテインメントが取り扱っているプレイステーションは、プラットフォームビジネスですから、次もまたソフトウェアを購入していただくためはどうするか、プレイステーションを使いつづけていただくにはどうするか、ということを考えるわけです。まさに、顧客視点でのマーケティングが求められているのです。
そして、ソニーマーケティングのビジネスも同じです。ソニー製品に対するブランドロイヤリティを感じていただき、満足度が高まれば、また次の商品を購入していただける。テレビを購入していただいた方が、それに満足していただければ、次はBDレコーダや、ホームシアターシステムの購入に結びつく可能性があります。αであれば、交換レンズを購入したり、持ち運び用にRXを追加購入してみようという気になるでしょう。ソニーファンを増やすことが、ソニーにとっても、次のビジネスへとつなげることができるというわけです。
社内では、「P3」と呼ぶ取り組みを行なっています。これは、約2年前から始めたものなのですが、購入後3カ月以内のお客様に対して、3回コンタクトを取り、「こうした機能があるのを知っていますか」、「いま、こんな楽しみ方が人気です」といった情報を提供しています。これは、購入した商品を使いこなしてもらい、商品の楽しさを最大化するための取り組みです。
また、セミナーに参加をしていただくことで、使い方などを直接お伝えする仕組みも用意しています。たとえば、お母さん向けには、「子どもを可愛く撮影する方法」といったテーマでセミナーを受講していただき、スマホでは実現できないような、αならではの撮影によって、子どもをより可愛く撮影してもらい、αを使うことに対する満足度を高めてもらうといったことにも取り組んでいます。
――カスタマーマーケティングの成果はどんなところに出ていますか。
河野:社内には、それを評価するためのいくつかの指標があります。たとえば、My Sony IDの登録者数の変化、ひとつのお客様に購入していただく金額の変化などです。こうした指標を分析しますと、目標の10~15%増の結果が出ています。その点では手応えがあるといっていいでしょう。
4店舗目のソニーストアを福岡にオープン
――4月1日に福岡に、ソニーストア福岡天神をオープンしました。この狙いはなんですか。
河野:ソニーストアは、カスタマーマーケティングを実現するための重要な拠点です。いま、デジタルマーケティングが注目を集めています。P3も、デジタルマーケティングのひとつですが、それだけで、すべてが完結するとはいえません。デジタルとリアルが組み合わさることで、効果を最大化することができます。
ソニーストアは、リアルの場として、発売前の商品を先行展示したり、セミナーを開催して、ソニー製品の使い方や楽しみ方を知っていただいたりという場になります。これまでソニーストアは、東京・銀座、名古屋・栄、大阪・梅田に出店しており、今回のソニーストア福岡天神への出店が全国で4店舗目。九州エリアへの出店は初めてとなります。福岡においても、ソニー製品に直接触れていただく場を設けることで、ソニーに対するロイヤリティを高めていただけるような取り組みを行っていきます。
私はソニーストアの存在は、とても重要だと思っているんです。いや、ソニーストアがなければ、カスタマーマーケティングを展開できないとさえ思っています。ソニーは、ここ数年、たいへん厳しい業績のなかにありました。グループ全体での構造改革を進めるなかで、固定費となるソニーストアを、閉鎖、縮小することについての議論は、何度となく行なわれてきました。しかし、私は、ソニーストアの存続にこだわり続けました。テレビCMを止めてでも、ソニーストアを存続させた方が、意味があると考えていたからです。
もし、ソニーストアが、購入時点の機能だけしか持たないのであれば、量販店にお願いすればいいわけですから、ソニーストアが存在する意味はなくなります。しかし、ソニーストアは、購入前における情報発信拠点として、また、購入後における満足度を高めるための拠点でもあります。そうなると、ソニーストアの存在は、不可欠になってくる。地域の量販店においても、ソニーストアの存在が、むしろプラス効果になってきます。
実際、名古屋に出店した際には、その後、地域の量販店において、ソニーのシェアが上昇したという結果が出ています。購入者にとっては、近くにソニーストアがあるから、困ったことがあったら、そこに相談をしにいけばいいという安心感を提供できますし、ソニーに関する情報発信も厚くなります。私たちにとって、購入いただくのは、近くの量販店でも構わないわけです。ソニーストアがきっかけになって、ソニーファンが増え、そのエリアにおいて、ソニーのシェア上昇につながるというサイクルができあがることが、ソニーストアの役割なのです。購入前、購入時、購入後という3つのポイントを取ると、その価値はスマイルカーブのように描くことができます。
もちろん、新製品の発売日には、ソニーストアにおいて、数が売れますが、それ以降は、量販店や地域販売店で購入される方が多い。むしろ、ソニーストアが価値を提供できるところは、発売前の商品を、先行的にソニーストアにだけで展示して、それを見ていただいたり、楽しみ方や使い方を学んだりいただいたりといった、購入前、購入後の活動にあります。
実は、ソニーストアでは、カメラのクリーニングサービスを定期的に行なっているのですが、これも、購入者の満足度向上に大きく貢献しています。お客様のなかには、クリーニングしている様子を直接見たい、あるいはソニーのエンジニアと直接話をしたいといって、クリーニングに来られる方もいます。ですから、エンジニアにも、喋るスキルをつけるためのトレーニングを始めているんですよ(笑)。
また、エンジニアと話しをしているうちに、新たなレンズが欲しくなったり、アクセサリーが欲しくなるということもあるようで、それも販売増につながっています。12月および1月に、百数十人のαユーザーが、ソニーストアのイベントを通じて、カメラのクリーニングをしたのですが、その方々が翌月に合計で190万円ものカメラアクセサリーをご購入いただきました。クリーニングを通じて、満足度が高まり、さらに、新たな商品をご購入いただけたわけです。ソニーをもっと好きになっていただく場がソニーストアということになります。
――ソニーストアの評価はなにを基準にして考えていますか。
河野:販売拠点としての役割がありますから、まずは一定の収入が必要ですし、ストアを存続させるためには、最低限の粗利を確保する必要があります。しかし、私自身、一番重視したいのは、来店するお客様の数です。どれだけの方々に入店していただいているのか、セミナーを受講していただいているのか、満足していただいているのか、My Sony IDに登録をしていただいているのかといったことが大切です。つまり、ソニーファンづくりにつながっているのかということを重視していきたいですね。
――今後もソニーストアの出店は続けていくのですか。
河野:今回の福岡への出店は、私が福岡出身ということもあり、まさに悲願の出店(笑)でしたが、次はやはり札幌への出店を考えたいですね。実は、物件は探し始めています。ただ、なかなかいい物件に当たらないというのが正直なところです。北海道のお客様にもソニーストアのメリットを早くお届けしたいと考えています。
2016年度もカスタマーマーケティングに注力
――2016年度のソニーマーケティングの重点ポイントはなんですか。
河野:2016年度も、ソニーファンを増やすこと、そのためにカスタマーマーケティングを深化させることが重点ポイントとなります。基本戦略は変わりません。商品でいえば、4K、α、ハイレゾということになります。
そして、私は、今回オープンしたソニーストア福岡天神が、2016年度のソニーマーケティングの取り組みを象徴する店舗になると考えています。ソニーストア福岡天神では、「すべては、写真と音楽を愛する人に。」をメッセージに、土地柄も考慮して、カメラと音楽を重視した店づくりとしました。まだ使ったことがない人から上級者までのあらゆる人たちをケアしていく店舗になります。
さらに、イベントを通じて、PlayStation VRのような最新技術を体験していただいたり、刻印サービスや、キャラクターやアーティストとのコラボレーションモデルの販売なども行なっていきます。ソニーストアがあることで、商品が持つ本質価値に、顧客体験の価値を組み合わせることができ、これによって、ソニーが目指す高付加価値の提案につながるというわけです。
また、ソニーストア福岡天神では、ソニーコンスーマーセールス九州支社が同居する、初めてのハイブリッドオフィスとしています。もともとソニーコンスーマーセールス九州支社は、同じ福岡市内の長浜に拠点を置いていたのですが、今回のソニーストア福岡天神の出店にあわせて、ストアの2階部分に入ってもらいました。管理部門以外は、フリーアドレスを採用することで、従来のオフィスの7掛けぐらいのスペースにしています。これは、私がどうしてもやりたかった支社の姿なのです。たとえば、量販店や地域販売店の方々が、最新の商品を見てみたいという場合には、ここに来れば、すぐにそれを見ることができます。
また、販売パートナーの方々への教育もここを使って実施することもできますし、ストアを使ったお客様への提案活動も一緒に行うことができます。ソニーストアそのものが、支社の機能のひとつとなって活用できるというわけです。
2016年度には、量販店との関係強化により、収益性の改善にも取り組みたいと考えています。リベートの適正化、在庫管理に関するオペレーションの改善などにも踏み込んでいきます。お互いのロスを無くして、収益性を高めていくことを目指します。
さらに、ソニーストアを活用したカスタマーマーケティングの展開も強化します。ソニーストアでは、ハイレゾとαに力を注ぐ格好になりますが、とくにαにおける購入前、購入時、購入後のすべてを強化したいと考えています。プロカメラマンによって構成される「プロサポート会員」を、現在の1.5倍から2倍規模へと増やし、これにあわせて、プロサポート会員を講師にした有料の撮影セミナーの回数を2倍にまでふやしたいと考えています。
また、このセミナーは、ソニーストアだけで展開するのではなく、2015年度からは、量販店においても実施しています。2016年度は、これもさらに増やしたいですね。
今後も、好奇心を喚起する感動体験を提供し、商品を購入したあとも楽しんでいただき、ソニーを買ってよかったと思っていただけることを目指します。