
第439回:24/48のDRMフリーで配信を始めた「Island Sound」とは?
~個人レベルで始める有料音楽配信の実際 ~
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TINGARA、Island Soundのプロデューサーであり、制作からレコーディング、マスタリングまでこなすイシジマヒデオさん |
ただレコード会社が弱体化する中、ミュージシャン、クリエイターたちはどんどん厳しい状況に追い込まれているのも事実だ。普段、いろいろなミュージシャンと話をすることがあるが、誰もが今後どのように生きていくか模索している。そんな中、面白い取り組みをスタートした人がいる。Digital Audio Labratoryに音楽素材を提供してくれているTINGARAのイシジマヒデオさんが、自らのWebサイトで有料でアルバムの高音質配信をスタートさせたのだ。
TINGARAは、1998年にヒデオさんとボーカル&キーボードの米盛つぐみさんの2人で結成されたユニットで、沖縄音楽をベースとした新しいタイプのヒーリング・ミュージックを作り出している。インディーズレーベルを経て2001年にビクターエンタテインメントよりメジャー・デビュー。その後、ビクターエンタテインメントで、何枚かのアルバム、シングルをリリースしてきたが、現在は自主アルバムに切り替え、CDを販売したりiTunes Storeでの販売をしている。
今回ヒデオさんは、TINGARAとは別に「Island Sound」というチームを作り、自然音をレコーディングしたサウンドをアルバムとして制作し、非圧縮の24bit/48kHzのWAVデータをDRMフリーの形で配信しはじめた。Island Soundの取り組みは、多くのミュージシャンや、クリエイターにとっても参考になりそうなので、その詳細についてうかがった。
■ PCM-D50とBME-200でバイノーラル録音
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西表島でレコーディングを行なった安斉紗織さんと、イシジマヒデオさん |
――今回スタートしたIsland Soundとはどんなものなのですか?
バイノーラルマイクを利用して高音質レコーディングした自然音を発表していくレーベルです。私は東京・京橋でIsland Galleryというギャラリーを開いていますが、Island Soundはそのギャラリーの音楽部門という位置づけでもあります。レコーディングメンバーは私と白百合女子大学准教授・工学博士である松前祐司さん、そして当ギャラリーの店長である安斉紗織の3名です。
そのIsland Soundの第1弾として「八重山~神々が集う場所~」をリリースしました。これは日本の最後の秘境とも呼ばれている沖縄県八重山諸島西表島で収録した自然音のみで構成されるアルバムです。自然を取り巻く環境変化で、この先自然音のレコーディングはどんどん厳しい状況になっていくと思われます。そこで、Island Soundでは貴重な地球の音を残していく活動をしていこうとスタートしたものなのです。
――TINGARAでもバイノーラルサウンド、使っていましたよね?
そうですね、そこで培ってきたノウハウを元に、今回は自然音だけの作品としました。
――西表島でのレコーディング、大量の機材を持ち込んでのものだったのですか?
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PCM-D50を手に、BME-200を使った西表島でのレコーディング風景 |
ごくシンプルな最小限の機材です。ソニーのリニアPCMレコーダ「PCM-D50」と、アドフォクスのバイノーラルマイク「BME-200」だけです(笑)。リニアPCMレコーダは、いまかなり高性能なものがいっぱい出ていますが、ちょっと大きいながらも、あえてPCM-D50を使いました。
というのもほかの機材は、みんなボタンを使ってかちかちと入力レベル調整をするものになっているのに対し、PCM-D50だけは滑らかなボリュームを使っての調整となっています。そのためこの機種だけは、レコーディングしながらボリューム調整が可能なんです。モニターしながら「手コンプ」をしているわけですね。フォーマット的には24bit/96kHzでレコーディングしています。
――BME-200は、Digital Audio Laboratoryでも実験素材として使ってみましたが、プロの耳の判断としてどうですか?
たった2万円のマイクではありますが、すごくいいですね。何十万円もするダミーヘッドのマイクと比較しても遜色ないと思います。ただし、録音中は、ツバを飲み込んじゃいけないなど、我慢というか慣れが必要なのも事実。長時間のレコーディングには向きませんが、10分間程度であれば十分使えます。
――私は30秒が限界な感じでしたが……。このようにしてレコーディングした素材を今回そのままの形で配信をしているわけですか?
藤本さんも、フィールドレコーディングをしているので、よく知っていると思いますが、そのままでは思ったとおりの感じでは聴こえません。マイクやレコーダの性能がいいほど、雑音をいっぱい拾ってしまい、そこが目立ってしまいます。森なら森、海なら海と、その場その場に主役がいます。
その主役である聴かせたい音を引き立ててあげるとともに、そうでない音には下がってもらう必要があります。たとえば、キョロロロロと鳴く鳥は2,000Hz近辺、ホホーと鳴く鳥の声はだいたい850Hzあたり。そこをEQで持ち上げるんです。一方でジーーと鳴き続ける虫の声は耳障りに感じてしまうため後ろに下がってもらう、といった具合ですね。
――鳴く瞬間だけをEQで持ち上げる?
さすがにそれをやっているとキリがないし、オートメーションを使ってしまうとかえって気持ち悪いサウンドになってしまうため、やっていません。EQに関してはシーンごとに設定を固め、それを通して使っています。一方、音量も少しいじっています。
レコーディング時も、できるだけ大きいレベルで録るようにはしていますが、やはりクリップしないように控えめには設定しているので、その分編集で上げています。ここではコンプを使っているのですが、ピークを叩くといった使い方はしていません。あくまでも下を持ち上げる使い方なので、ダイナミックレンジを狭めるような使い方ではなく、音楽でのコンプ使用法とは違います。
■ 「WordPress+Welcart Home ショッピングカート+DLSeller」で簡単に有料配信サイト
――その編集、ソフトは何を使っているんですか?
Cubase5にWAVESのプラグインを入れて使っています。
――え? 波形編集ソフトではなくてCubase?
WaveLab 5に先日アップデートしたので、これを使ってマスタリング~CDライティング用には使っていますが、編集は普段慣れ親しんでいるCubaseです。Windows 7は64bit環境を使っているので、Cubase 5も64bit版を使いたいのですが、WAVESが64bit対応していなくて使えないため、Cubaseは32bit版を使っています。
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「究極の自然音 八重山~神々が集う場所~ | Island Sound」のWebサイト |
――ここからが本題ともいえる部分ですが、今回の作品「八重山~神々が集う場所~」、ネットでの配信をスタートさせましたが、その辺の経緯について教えてください。
TINGARAではこれまでもいろいろな形でネット配信は行なってきました。自分たちのサイトで例のJUPITERを無料ダウンロードできるようにしたこともありましたし、iTunesでの配信も行なってきました。実際、数の上ではiTunesが一番売れているのですが、ビジネスとしてみるとまったく成り立ちません。単価も自分たちで設定できませんし、代理店に頼んでいるため48%も取られてしまうので、iTunes単体で見れば実質赤字です。
もちろんiTunesを利用することにも大きなメリットはあります。やはり、多くの人たちに届きますからプロモーションメディアと捉えれば重要です。とはいえ、利益がでないと辛いので、これまでも自分たちで全部できないものかと考えていました。それがようやく今なら実現できる段階に入ったというわけです。
――もう少し具体的に教えてもらえますか?
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今年6月にリニューアルオープンした、Island Galleryのページ |
今年6月、ギャラリーを「ボクネンズアート東京」から「Island Gallery」へと大きくリニューアルしましたが、そのタイミングでブログサイトのシステムを従来のMovable Typeを使ったものからWordPressのものへと変更して作り直したのです。このWordPressを使うのも昔は結構手間がかかったのですが、いまウチで使っている「さくらインターネット」はすべて自動で設定できるので、とても簡単です。
あとはCSSをいじってカスタマイズする程度で簡単にサイトが立ち上げられますから。このWordPressは、さまざまな拡張ができるのが特徴で、プラグインのひとつにネットショッピング用の「Welcart Home ショッピングカート for Wordpress」という国産ソフトがあります。これを使うことで簡単にECサイトを作ることができ、Welcart自体は現在フリーで配布されています。しかも、そのオプションである拡張プラグインに「ダウンロード&サービス販売専用拡張プラグイン DLSeller」というものが28,000円で売られています。その存在を知って、これなら自分でも作れそうだと思ったのです。
――そのDLSellerを使った音楽配信サイトというのは、結構いろいろあるのですか?
DLSellerは、どんなデータのダウンロード販売もできる汎用的なものです。7日間だけ何度でもダウンロードできるとか、月極めでのダウンロードを可能にするなど、さまざまな設定ができるようになっています。ただダウンロード数を見る限りまだわずかですし、実際音楽を配信しているところは見たことがないので、われわれが初めてではないでしょうか?
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ダウンロードページでは、まず登録したメールアドレス、パスワードなどを入力してログインする | 支払い方法を選択する。もっとも現状はクレジットカードしか選択肢はない | 入力を終えると、「Get Download」というボタンが表示されるので、これをクリックする。24bit/48kHzのデータの場合、サイズ的には約988MBとなる。また決済後7日間、何度でもダウンロードが可能となる |
■ PayPalでクレジットカード決済を簡単に実現
――とはいえ、決済が大変なのではないですか?
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すでにPalyPalアカウントを持っている場合は、それを入力すればより簡単に決済できる |
それが簡単で、システムとしてクレジットカードで決済して、ダウンロードできるようになっているのです。各種クレジットカードが利用できるのですが、PayPalを利用しているのがミソなんですよ。
――PayPalって海外では広まっているみたいですが、国内ではあまり普及しているとはいえませんよね……。
小額決済のPayPalとしては、確かに国内ではあまり普及していないのですが、これ、売る側の立場にとってはすごく便利で、有利な仕組みなんです。普通クレジットカード決済を可能にするためには、結構大変な手続きが必要です。決済システムの代理店は何社かありますが、どこも登記簿謄本などが必要になるほか、審査だけで3週間近くかかります。しかも最初に何万円払えとか……、手数料もかなり取られ、基本的に個人を相手にしたものでもありません。
それが、PayPal経由でクレジットカード決済もできるんです。しかもPayPalなら個人でも簡単に開くことができ、審査などもほとんどありません。PayPalに紐づくクレジットカードを登録すればOKで、そのカードに振り込まれてくるんです。通常はカードから支払うのに対し、この場合はカードにお金が入ってくるわけです。また手数料も4%程度と安いので、個人であったり、小規模な企業が決済をするには非常に強力な武器になります。
――そうした仕組み、システムを整えて有料配信をスタートさせたわけですね
はい、商品としてはダウンロード可能なデータと、CDのパッケージの大きく2通りがありますが、ダウンロードを10月15日より先行スタートさせ、10月23日からパッケージの販売もはじめました。またダウンロードデータには24bit/48kHz、16bit/44.1kHz、MP3の3通りを用意して、いずれもDRMなどによる制限はつけず、価格もアルバムで800円という設定にしました。またCDは1,200円で、アートフォトとセットにした3,000円というパッケージも用意しています。
――結局、ダウンロード版、3つとも同じ価格設定にしたんですね
当初は24bit/48kHzを1,200円、16bit/44.1kHzを1,000円、MP3を800円という設定にしようと考えていました。が、ちょうど発売をする直前に藤本さんとのskypeでのチャットでアドバイスをされたのをキッカケに、すべて揃えました。結果的にとてもよかったと思ってます。
――あ、OTOTOYでのDSD配信の話ですね。サンレコの編集長がDSDであろうと24bit/48kHzであろうと、音楽としては同じであり、単なるフォーマットの違いだからと価格統一したという話をしたんですよね。
それはそのとおりだと思いました。あくまでも、こちら側の都合でしかないですから、そこで値段差をつけるのは変だなと、素直に思いました。
■ 売れたのは、24bit/48kHzが9割
――スタートして2週間以上経ちましたが、どのフォーマットが売れているんですか
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パッケージ版としてリリースされたCD。価格は1,200円とダウンロード版より400円高い |
――しかし、24bit/48kHzが9割というのはすごいですね
みなさんが、しっかりした再生環境を持っているかどうかはわかりませんが、同じ値段ならいい音のデータを買いたいという心理が働いたんだと思います。このデータをもっといい音で聴きたいと、オーディオインターフェイスを購入したりスピーカーを購入して、再生環境を充実させてくれれば、きっとほかにも高音質なデータが欲しいと思うようになるでしょう。とてもいいスパイラルができるのではないかと期待しているんです。
――24bit/96kHzでレコーディングしているなら、24bit/96kHz版があってもいいのでは
さすがに24bit/96kHzだとダウンロードサイズが大きいかなと思い、48kHzにしました。また、24bit/48kHzならiPodでも再生できるという話だったので、そうしたのですが、今度96kHz版も出してみようかな。単純に1つ追加するだけの話ですからね。
――実際、自分で直接売るというビジネスをスタートさせてみていかがですか
レコード会社を通してCDを出したり、iTunes経由で配信するのとはまったく違っていいですよ。TINGARAではアルバムが5万枚くらい売れましたが、誰が買ってくれたのかをまったく把握することができません。それはiTunesでも同様です。
それに対し、自分のサイトで売るわけですから、お客さんに直接アプローチすることができるわけじゃないですか。だからこそ、自分でダウンロードシステムを作りたいとずっと思っていたんです。それがようやく現実となり、とてもうれしいです。今のところ大きなトラブルもなく運営することができています。何かお手本があったわけではないので、まさに人柱状態で、オープンさせるまでに、それなりに苦労もしましたが、その甲斐はあったと思います。
今後、このシステムを利用しながらIsland Soundの第2弾、第3弾とリリースしながら、TINGARAのアルバムも計画しています。個人での活動だと、広がりにも限界がありますが、多くのミュージシャン、クリエーターの間にもこうした仕組みが広がっていけばいいなと思っています。
――本日はありがとうございました。