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第419回:低価格バイノーラルマイクで立体録音にトライ

〜ローランド「CS-10EM」とアドフォクス「BME-200」 〜


独NEUMANNの「KU-100」

 バイノーラルマイクというものをご存知だろうか? これは外耳まで付いている人の頭を模したダミーヘッドの耳の部分にマイクを埋め込んだもののことで、非常にリアルな立体感を得られるというマイクだ。独NEUMANN(ノイマン)のKU-100などが有名であるが、100万円近い価格であるため、なかなか一般人に手が出せる代物ではない。

 そんな中、1〜2万円で入手できる手ごろなバイノーラルマイクもいくつかある。著名なものとしては国内の補聴器メーカーであるアドフォクスが出している「BME-200」があるが、先日ローランドもリニアPCMレコーダー「R-05」と同時に、「CS-10EM」をリリースした。筆者もバイノーラルマイクを使うのは初めてだったが、どんな音になるものなのか試してみた。


アドフォクスの「BME-200」 ローランドの「CS-10EM」


■ バイノーラルマイクとは

 バイノーラルマイクというものがあることは、以前から知ってはいたものの、実際に使ってレコーディングしているという話を聞いたのは、2006年に自然音録音家であるジョー奥田氏にインタビューした時が初めてだった。ジョー奥田氏もKU-100をかついで森林の奥まで入り込んで録音されているとのことだったが、その後も何度か音を聴かせていただき、そのリアルさに驚いた記憶がある。

 「わざわざ、こんなマネキンのようなマイクを使うなんて、奇妙だし滑稽……」とも思えるが、これによって音が立体的に捉えられるのには、やはり科学的な根拠がある。人が音を捉える際、単に音源からやってくる音波を直接捉えているだけでなく、耳たぶであったり、頭部であったり、体のさまざまな部分によって反射したり回折した音も一緒に捉え、その微妙な時間差や、音の大きさの違いによって脳が音源のやってくる方向を知覚したり、動きを捉えるのだと考えられているのである。

 それなら、外耳までついたダミーヘッドを使い、耳の穴の部分にマイクを設置すれば、人間が実際に捉えているのと同じ音をキャッチできるはずだ、という発想なのが、バイノーラルマイクなのだ。

 なお、バイノーラルマイクは耳の位置で捕捉した音なので、再生する際もヘッドフォンを使わないと無意味だとも言われている。確かにその通りで、ヘッドフォンで聴くと非常に立体的な音となり、あまりにもリアルすぎて怖いくらいの臨場感がある。だが、これまでバイノーラルマイクで捉えた音をスピーカーで再生したこともあったが、音が破綻してしまうといったことはなく、それなりに臨場感はあったように覚えている。

 そんなバイノーラルマイクだが、100万円もするダミーヘッドモデルがある一方で、安いものだと三洋電機が「HM-250」という実売価格5,000円程度の製品をだしていたり、Webで検索をすると数百円で自作したといったブログも出てくる。ずいぶん極端に値段が違うものだが、これら格安のバイノーラルマイクに共通するのは、ダミーヘッドではなく、自分の頭そのものを使ってしまうということ。つまり、自分の耳にマイクを突っ込んで録音しようというわけだ。とくに自作派の人たちは、コンデンサマイク素子を買ってきて自分で耳の中に入るように加工して使っており、加工の方法など努力している過程のブログ記事を読むだけでも面白い。捉えた音なども公開されているが、音質面ではなかなか厳しいところがあるのも事実だ。

 バイノーラルマイクについて、いつもテスト用の音源を使わせていただいているTINGARAから、3、4年ほど前に、東京都青梅市にあるアドフォクスという会社が出している「BME-200」という製品がなかなかいい、紹介してもらった。実際、最近のTINGARAの作品でもBME-200を使って録音した野外の音などが使われている。

 BME-200は基本的にインターネットを使った直販での購入ということになるが、価格は21,000円で、やはり自分の耳に入れるタイプのものだ。ただし、単にマイクを耳に突っ込むマイクというわけではなく、ヘッドフォンの役割も兼ね備えている構造になっていて、耳の内側向きにスピーカー、外側向きにマイクが取り付けられているので、リニアPCMレコーダーなどと組み合わせて使えば、モニターしながらのレコーディングが可能になる。


BME-200 耳の内側向きにスピーカー、外側向きにマイクが取り付けられている

 2008年の楽器フェスティバルにアドフォクスが出展していたのを見かけて、話を聞いてみたところ、同社は補聴器などを出しているメーカーであり、確かに構造的には補聴器とも似ている。また同社はナカミチ出身のエンジニアたちが作った会社というだけに、かなり音にこだわりをもった製品作りをしている。

 そんな、あるい細々とつづいていたバイノーラル録音市場に、ローランドが投入したのが「CS-10EM」だ。構造的にはアドフォクスのBME-200と同様で、ヘッドフォンとマイクが一体化されており、カナル型のヘッドフォンになっている。ついに大手メーカーがバイノーラルマイクに参入したということで、ナマ録派の人たちに新たなブームが起きそうな予感もする。そこで、バイノーラルマイクは初心者ではあるものの、どんな違いが出るものなのか、BME-200とCS-10EMのそれぞれを録り比べてみることにした。


CS-10EM 耳穴深くに装着できるカナル型を採用している

 手元に届いたBME-200とCS-10EMは、いずれもマイク機能とヘッドフォン機能を備えているため、接続端子は当然2つずつある。それぞれステレオミニの端子となっており、マイクだけ、ヘッドフォンだけとしても使えるようになっている。耳に入れる部分の大きさを比較するとアドフォクスのBME-200が一回り大きい。また、それぞれ外側向きマイクが備え付けられているのもわかる。

 マイク部分はプラグインパワー対応となっており、外から電圧をかけないと使えないようになっている。リニアPCMレコーダで利用するのならば、最近の製品ならほぼすべてプラグインパワーに対応しているから問題はないはずだ。


接続端子は入力と出力で2つに分かれている 左がBME-200、右がCS-10EM


■ 2つのバイノーラルマイクとレコーダの内蔵マイクを比較

 今回、録り比べるにあたっては、リニアPCMレコーダとしてローランドのR-05を利用した。また、せっかくなので、BME-200とCS-10EMのほかに、R-05内蔵マイクも使って録り比べてみることにしたた。ちょうど、箱根に出かける機会があったので、まずは森の中に入って野鳥の鳴き声を24bit/96kHzの設定で捉えてみたところ、いきなりトラブル発生。それぞれ3つのマイクで、いい具合に録れているなと思っていたのだが、CS-10EMを使っていると、R-05のレコーディングレベルが1秒に1回くらいの頻度で、定期的にピークに達していたの

 決して大きな鳴き声を捉えているのではなく、鳥の声自体は、あまりメータが振れていないのに、それとは無関係にピークに来ていた。最初、まったく気づかなかったのだが、よく聴いてみると、ごく短い音で「ピキッ」、「ピキッ」とピークを超えた際に発生するクリップノイズが出ている。理由は簡単で、スピーカーとマイクが表裏に取り付けられているため、レベルを大きくすると、スピーカーの音をマイクが拾って発振してしまうのだ。

 この1秒に1回程度で起こっていたのは、発振の前兆ともいえるもの。さらにもう少し入力レベルを上げていくと、完全に「ピー」という音で発振してしまう。このことはBME-200でも同様でBME-200のほうが、やや音の回り込みが少ないようだったが、CS-10EMの設定よりちょっとレベルを上げると、同様の現象が起こった。

 というわけで、野鳥の声など、小さい音を捉える際には、ヘッドフォン出力レベルも含めたレベル設定がなかなか難しいことも実感しつつ、同じ場所で3つのマイクで録音してみた。同時に録音したわけではないので、内容には違いがあるが、それ以上にマイクの特性の違いがハッキリ出ているのがお分かりいただけるだろう。レベルが小さいだけに、ノイズがかなり目立つことは確かだが、そのノイズの出方にも違いがある。

 ただ、対象となる鳥が目の前にいたわけではないので、立体感というのが、思ったほどは出てこない。BME-200、CS-10EMともにR-05内蔵マイクよりも、鳥の声の聴こえる位置が分かるのだが、際立ってというほどではない。

 次の、踏み切りの近くで電車が通過する音を捉えてみた。こちらは電車との距離が2mほどのところで録ったので、先ほどの鳥の時とは大きく状況が違う。当然、マイクの入力レベルはずっと絞っているため、発振する心配はまったくない。また24bit/96kHzで録ることもないだろうと思い、24bit/48kHzで録音してみたのだが、こちらは内蔵マイクとバイノーラルマイクで圧倒的な差が出た。リニアPCMの音で聴くまでもなく、MP3で十分すぎるほどよく分かるので、3つを聴き比べてみてほしい。

 内蔵マイクだと、なんとなくステレオ感がわかるのに対し、バイノーラルマイクでは、どの辺に車輪があって、どう動いているかまで、まるで見ているような感覚で分かってしまう。これがバイノーラルマイクの威力なのかと感激してしまう。素材がかなり大きい音であるためか、電車の音だからなのか、BME-200とCS-10EMの間で、それほど大きな音質の違いは感じられなかったがどうだろうか? なお、この音をスピーカーで聴いてみると、確かにヘッドフォンでのリアルさと比較するとだいぶ落ちはするが、それでもそれなりの立体感が出る。バイノーラルマイクで録った音は絶対にヘッドフォンで再生すべきというほど、神経質にならなくてもいいように感じる。

 次に交差点に立って、クルマの音も録ってみた。これも電車のときと、同じ設定、同じ処理を行ったがバイノーラルマイクでの立体感が非常によく出る。聴いてみると、やはりBME-200とCS-10EMに音質の違いがあるのも見えてくる。極端に違うわけではないが、BME-200のほうが、レンジが広くより自然な感じに思える。

録音サンプル:野鳥

bme-200_bird.wav(11.2MB)

cs-10em_bird.wav(11.2MB) r-05_bird.wav(11.2MB)
録音サンプル:踏み切り付近
bme-200_train.mp3(640KB) cs-10em_train.mp3(638KB) r-05_train.mp3(594KB)
録音サンプル:交差点付近
bme-200_car.mp3(466KB) cs-10em_car.mp3(474KB) r-05_car.mp3(485KB)
編集部注:野鳥は24bit/96kHz、踏み切り/交差点は24bit/48kHzで録音。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。



■ 音質面でそれぞれに違いも

 最後に音楽も試してみた。バイノーラルマイクは音楽を録るものではない、という主張をときどき聞くが、どんな音になるか、いつものようにTINGARAのJUPITERを使って確認してみたいところ。R-05の内蔵マイクは以前テストしているので、BME-200、CS-10EMのそれぞれでテストしてみた。

 その結果、案外いい音で録れるではないか、というのが第一印象。とはいえ、これによって特に立体感が増すわけではなく、内蔵マイクと比較すると、やや低域が弱め。こうやって音楽で聴くと、BME-200とCS-10EMの違いもより浮かび上がってくる。やはりBME-200のほうが落ち着いた感じな音なのに対し、CS10EMは高域が強め。この辺は周波数分析結果からも少し見えてくる。ただしS/N的には、内蔵マイクの方がよく、バイノーラルはちょっとホワイトノイズが混じったように聴こえる。

録音サンプル:楽曲(Jupiter)
bme-200_music1644.wav(7.08MB)

cs-10em_music1644.wav(7.07MB)

楽曲データ提供:TINGARA
編集部注:録音ファイルは24bit/96kHzで録音した音声を編集し16bit/44.1kHzフォーマットで保存したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。


R-05のマイク使用時 BME-200 CS-10EM

 実際試していないのでわからないが、オペラのように動きがある音楽の場合は、結構バイノーラルマイクも使えるのかもしれない。

 以上、いろいろと試してみたが、BME-200とCS-10EMのどちらがいいかは好みが分かれるかもしれないが、とにかくバイノーラルマイクは普通のマイクとは明らかに違い、音が立体的でリアルに録れる。興味のある方はぜひ試してみてほしい。


(2010年 6月 7日)

= 藤本健 =  リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またAll Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by 藤本健]