第438回:大幅値下げの波形編集ソフト「WaveLab 7」を試す

~ついにMac OSにも対応。バッチ処理も装備 ~


WaveLab 7

 11月10日、ヤマハからSteinbergの波形編集ソフト「WaveLab 7」が発売される。SONY Creative Softwareの「Sound Forge」と並ぶ、2大ソフトであり、WaveLabとしては4年ぶりのメジャーバージョンアップとなる。

 単に波形編集ソフトなら、オープンソースのAudacityや国産フリーウェアのSoundEngine Freeといったものもある中、どんなことができるのかを探ってみた。



■ 従来のWaveLab 6から大幅な値下げ

WaveLab LE 7がバンドルされるオーディオインターフェイス「CI1」

 今回発売されるWaveLabは、上位版の「WaveLab 7」と、エントリー版の「WaveLab Elements 7」の2種類。ともにオープンプライスだが、実売価格はそれぞれ59,800円前後、9,980円前後。従来のWaveLab 6の実売価格が99,800円前後だったため、大幅な値下げとなっている。

 また、さらに下位バージョンのWaveLab LE 7というソフトもあり、こちらは市販ソフトではなく、YAMAHA/Steinbergブランド製品にバンドルされるもの。8月に発売されたSteinbergのオーディオインターフェイス「CI1」にすでにバンドルされており、製品版より先にLE版がリリースされた格好になっている。

 今回は上位版のWaveLab 7を使ってみたが、プレスリリースで「波形編集ソフト」ではなく「オーディオ編集、マスタリングソフトウェア」としているとおり、AudacityやSoundEngine Freeなどとは向いている方向が違う。いわゆる波形編集ができることは前提としつつ、マスタリング工程に注力している。

 もっとも多くのユーザーにとってマスタリングというのは、なかなか縁遠い世界のようにも感じるかもしれない。マスタリングエンジニアと呼ばれる音のプロが、魔法のような作業をして音を磨き上げている……、そんな世界のようで、実際そのとおりではある。

 ただ、あまり明確に定義されているわけではないが、マスタリングには大きく2つの工程がある。ひとつは、音を磨き上げるという工程。昔のアナログレコードや古いCDのリマスター(リマスタリング)版が登場し、見違えるようにいい音になっているのは、まさにこの工程によるものだ。もうひとつは、CDとして仕上げるための工程だ。

 1つ1つのトラックをどこからどこまでにするのか、曲間をどのくらいの時間に設定するか、さらにはISRCコードやJAN(UPC/EAN)コードといった商品に関する番号登録といったことだ。また最近ではCDのプレス工場へDDP(Disc Description Protocol)というデータで渡すことが一般的になりつつあるが、こうしたデータ形式で出力することもマスタリング作業のひとつといえる。

 WaveLab 7はオーディオの録音にとどまらず、波形編集、そしてこれらマスタリング工程のすべてを司るソフトとなっている。



■ ついに、Mac OSにも対応

WindowsとMac OSのハイブリッド版となった

 詳細の機能に入る前に、今回のバージョンアップにおける大きなトピックスといえるのがMacへの対応だ。Steinbergのメイン製品である「Cubase」や、「NUENDO」がWindows/Macのハイブリッドであったのに、WaveLabだけは従来Windows専用のソフトであった。そのため、せっかく強力なマスタリング機能があるのにMacで使えないとあきらめていた人も多かったと思うが、今回ついにMacにも対応しハイブリッド版となった。

 機能的にはまったく同じなので、どちらでも好きな環境を使えばOKだ。Steinbergはドイツの企業だが、WaveLabは1人のフランス人エンジニアによってフランスで開発されたもの。従来、WindowsとMacのアーキテクチャが大きく違ったため、Mac対応が難しかったようだが、MacがIntel対応したことで2006年よりMac対応プロジェクトをスタートさせ、プログラムの70%を書き直すという大きな修正を行なうことにより、ハイブリッド化が実現されたようだ。

 このことは、従来のWaveLabユーザーであれば、画面を見れば一目で大きく変わったことに気づくだろう。そう、ワークスペースと呼ばれる1つの画面上に複数のウィンドウをレイアウトして、効率よく操作できるようになっている。そのワークスペースには、大きく下記の4つがあり、それぞれで大きく異なる作業をすることになる。

  • 「オーディオファイル」ワークスペース
  • 「オーディオモンタージュ」ワークスペース
  • 「一括処理セット」ワークスペース
  • 「PodCast」ワークスペース
「オーディオファイル」ワークスペース

 まず一番基本である「オーディオファイル」ワークスペースから見ていこう。ここがいわゆる波形編集機能であり、ゲインの調整やフェード処理、タイムストレッチやピッチシフトといった波形編集操作が行なえる。また、VSTプラグインエフェクトを利用してのエフェクト処理もできる。

 WaveLab 7にはEQ、コンプ、リバーブ、マキシマイザと、さまざまなプラグインがあらかじめ装備されている。基本はCubase 5と同じVST3対応のエフェクトだが、レガシーエフェクトとしてVST2対応のエフェクトも数多く装備している。その中には量子化ノイズ除去ソフトとして著名なApogeeの「UV22HR」といったものも用意されている。


マルチバンドコンプのMultiBandCompressorリバーブのRoomWorksApogeeのUV22HR

■ スペクトラムエディタで飛行機の音を消す

 さらにWaveLab 7の目玉的なオマケとして、Sonnoxのノイズリダクションプラグインが3つバンドルされている。具体的にはヒスノイズなどを除去する「DeNoiser」、レコードのプチプチノイズを取るための「DeClicker」、そしてハムノイズ除去用の「DeBuzzer」の3つだ。以前にも紹介したインターネットの波形編集ソフト「Sound it! 5.0 Noise Reduction Pack for Windows」にバンドルされているものとほぼ同じもののようだ。

DeNoiser
DeClicker
DeBuzzer

 もちろんユーザーが、好きなプラグインを追加して利用するのもOKだ。なお、もともとあった機能ではあるが、このオーディオファイルワークスペースですごいのはスペクトラムエディタ。時間の経過にしたがってどんな周波数成分が分布しているのか色で確認できるという機能で、これを見ながらいろいろと編集できる。

 先日ヤマハで行なわれたWaveLab 7の発表会において、いくつかのユーザー事例がビデオで紹介されたのだが、松竹でのスペクトラムエディタの利用が面白かった。映画のあるシーンに、空を飛んでいる飛行機の音が入っていたが、その飛行機の音だけをキレイに消し去っていた。この連載でもリニアPCMレコーダで鳥の鳴き声を録音する際、飛行機の音にはいつも悩まされている。手元にもいっぱい、そうした失敗データが残っているので、ちょっと試してみた。

 画面下の方、つまり低音域で黄色や水色になっているのが飛行機のジェット音。これをカーソルで囲んで、除去してみたので、聴き比べてみてほしい。数ステップの作業だったが、キレイに消えている。単純に低域を下げただけのことではあるが、必要に応じて、もっと細かくエディットしていけば、より高音質にターゲットだけを取り除くことができそうだ。


低音域で黄色や水色になっているのが飛行機のジェット音カーソルで囲んで、除去してみた
【除去前】airplane1.mp3【除去後】airplane2.mp3

トラック間の調整などを行ないCDやDVD-Audioとして仕上げていく
 次は「オーディオモンタージュ」ワークスペースについて。この機能自体はWaveLab 6のときと大きくは変わらず、トラック間の調整などを行ないCDやDVD-Audioとして仕上げていく。ライブ音源などの場合、曲と曲の間に歓声がはいったり、MCが入るという構成になるが、そうした設定もできるのは、一般のCDライティングソフトと大きくことなるところだろう。

 WaveLabでは、以前からこのような強力なCDライティング機能を持っているのが売りだったが、競合であるSound Forgeも同様の機能を備えて来たため、今回さらに機能強化を図っている。それが前述のDDPへの対応だ。これまでDDPに対応したソフトは数少なく、以前に紹介したMAGIXのSequoiaも、最新版のSequoia 11が398,000円と高価。それ以外では、クリムゾンテクノロジーのDDP TOOLSやSONIC STUDIOのPreMaster CDといったものがある程度だろう。

 WaveLab 7はDDPの書き出しとともに読み込みにも対応。試しに以前、DDP TOOLSを取り上げた際に書き出したデータを読み込んでみると、完全な形で再現することができた。まだDDPは業務用のデータ形式であることは間違いないが、互換性がしっかりとれ、この価格帯のソフトがサポートしてくると、もっと幅広く普及していきそうだ。


DDPの書き出しとともに読み込みにも対応DDP TOOLSを取り上げた際に書き出したデータを読み込むと、完全な形で再現することができた


■ 高機能なバッチ処理を搭載

 競合であるSound Forgeにこれまで遅れをとっていたのが、数多くのデータを効率よく編集していくという点。Sound Forgeではエフェクト処理、プロセス処理やファイル形式の変換作業をバッチ処理で行なえるため、大量のデータを扱うゲームクリエイターなどの間で標準ツールとなっていたが、WaveLab 7では「一括処理スペース」ワークスペースによって、同様の機能を取り入れた。ここでは、エフェクト処理などを順番にこなしていくことができるようになっており、その処理速度を上げるため、マルチコアCPUに対応し、マルチタスクでの処理を実現できるようにしている。

「一括処理スペース」ワークスペースでバッチ処理が可能になったマルチコアCPUにも対応している

 またファイル形式変換用には、この画面とは別に「オーディオファイルのバッチ変換」、ファイル名変更用には「ファイル名変更のバッチ処理」という機能が用意され、効率のいい変換処理を可能にしている。

オーディオファイルのバッチ変換マルチコアCPUにも対応している

「PodCast」ワークスペース
 そして最後が「PodCast」ワークスペース。その名のとおり、PodCastのための機能で、すでに編集されたMP3ファイルを配置するとともに、文書を入れてPodCastのエピソードファイルとして完成させるとともに、サーバーへアップロードするというものだ。PodCast用ソフトは、フリーウェアなども含めていろいろあるので、オマケ機能と捉えていいと思うが、WaveLabで放送内容の録音から編集、送信まで一括して行なえることを考えると、PodCastでの放送を行なっている人にとっては非常に便利な機能なのかもしれない。

 WaveLab 7の新機能を中心に紹介したが、DDPが扱えるようになった意味は大きく、これまで波形編集ツールが少なかったMacで利用できるメリットもある。ここでは紹介できなかった、数多くの機能が備わっているので、音楽CDライティング用にはもちろん、マスタリングで音を磨いてみたいという人など、多くの人にお勧めできるソフトだ。



(2010年 11月 1日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]