藤本健のDigital Audio Laboratory
第669回:Bluetooth MIDI伝送で何ができる? 対応5製品とiPad連携などを試す
第669回:Bluetooth MIDI伝送で何ができる? 対応5製品とiPad連携などを試す
(2016/2/29 11:30)
2016年に入ってから楽器メーカー各社から続々とBluetooth製品が発表/発売されている。ここでいうBluetoothとはオーディオを伝送するためのものではなくMIDIを伝送するもの。その背景にはアメリカのMIDI協議会であるMMAや日本の音楽電子事業協会(AMEI)においてBluetoothでMIDIを伝送する方式が固まったことがあるようだ。MIDI over Bluetooth Low Energy、通称BLE-MIDIと呼ばれるこの規格に沿った製品がいろいろ出てきた。実際これらがどんなものであり、どんな違いがあるのか見てみよう。
広がるBluetooth MIDI伝送
BluetoothでMIDIを伝送するという手法は、今年に入って突然登場してきたというわけではない。製品の実現という意味では、一番最初にリリースしたのは、米国サンフランシスコのシリコンバレーにあるmiseluという会社。日本人の吉川欣也氏がCEOのmiseluが、かなりトリッキーなMIDIキーボード「C.24」をクラウドファンディングのKICKSTARTERで出資受付/販売を始めたのが2013年11月で、筆者もいち早くそれに参加した。ただ開発は当初予定より遅れ、製品として登場したのが2014年12月。国内では、ソフトバンク経由で発売された。
そのmiseluをスピンアウトした元ヤマハのエンジニア、廣井真氏も国内でQuicco Sound(キッコ・サウンド)という会社を立ち上げ、2014年5月にやはりクラウドファンディングであるIndieGoGoで「mi.1」というMIDIアダプタの販売を開始。その後11月からは製品として販売しているので、実質的にはmi.1のほうがC.24より先の登場ということになった。
その裏で動いていたのはApple。iOS 8にBluetoothでMIDIを飛ばす仕組みを搭載すると同時に、Mac OS X 10.10 Yosemiteにもこれを搭載していた。実際、2014年11月の時点では筆者もiPadとMac OS X間でBluetoothでMIDI伝送できることを確認していたのだが、実は2014年末時点では各社規格がバラバラで、お互いでうまく接続ができないという状況だったのだ。
ところが、その後、水面下において楽器メーカーなど各社が調整を進め、実質的にAppleのプロトコルにほぼ合わせる形で仕様が固まっていった。その過程においてApple側も一部仕様を楽器メーカーの要望に合わせる形となり、現在のMIDI over Bluetooth LE(以下BLE-MIDI)となったのである。仕様が決まる前に製品化していたC.24やmi.1もファームウェアアップデートという形で、BLE-MIDIに対応し、互換性の問題も基本的にクリアに。そうした下地が整ったことにより、今年に入り、ローランドから「A-01」というコントローラー、コルグからは「microKEY AIR」というワイヤレスMIDIキーボード、さらにヤマハからは「MD-BT01」、「UD-BT01」という2種類のMIDIアダプタが登場し、国内勢はこれでほぼ出揃った。海外でもCMEがクラウドファンディングを行なったBLE-MIDI対応のXKey Airの出荷が始まったという情報も出てきている。このXKey Airはまだ入手できていないが、それ以外はすべて手元にそろっているので、その使い勝手や違いなどを紹介していこう。
ご存知のとおりMIDIは楽器同士を接続する規格であり30年以上前にできたもの。ケーブル1本で接続する場合は一方通行の通信となり、古い規格であるだけに、31.25kbpsという転送速度。データ欠落がないように冗長性が持たされているため、実行速度はさらに遅くなるが、それでも演奏情報であれば送る容量も少ないので実用上大きな支障がないということで、今でも現役の規格なのだ。今回のBLE-MIDIはそのMIDIをそのままBluetooth LE上で飛ばすというもの。もちろん一方通行ではなくMIDIケーブル2本分に相当する双方通信を可能にするものなので、ケーブルの配線が不要になり、飛躍的に便利になるのだが、Bluetoothだからこその制約もある。
その最大のネックとなるのは、BLE-MIDIの接続にはホストとクライアントが存在するという点。つまり、BLE-MIDI対応の機器同士を自由に接続できるのではなく、現時点においては、これらの機器は基本的にクライアントであり、ホストとなるPCやiOSデバイスなどに接続しなくてはならないのだ。たとえばmi.1やMD-BT01は既存のMIDI機器のMIDI IN/OUT端子に取り付ければそれを簡単にBLE-MIDI対応させられるというコンセプトの製品なのだが、仮にmi.1を接続した機器とMD-BT01を接続した機器でやり取りするには、お互い直接会話できないため、いったんホストであるPCやiOSデバイスを経由しないとならないという面倒な点があるのだ。
2つ目はiOSにおける問題点なのだが、iOSにおいてBLE-MIDIがまだオマケ的な扱いであり、使い勝手が悪いという点。現時点では、iOSの設定メニューの中にはBLE-MIDIの接続機能がない。GarageBandなどDTMアプリケーションの設定項目としてBLE-MIDI接続機能が用意されている形になっているので、それを使って接続する必要があるのだ。もっとも、接続さえしてしまえば、その先はiOSがハンドリングしているので、接続に用いたアプリは落としてしまっても構わないというのもちょっと妙なところではある。さらに問題となるのは、一度Bluetooth接続を切断後、再度同じ手順で接続をしなくてはならないことだ。BluetoothスピーカーやBleutoothマウスなどは、電源を入れれば自動的に再接続されるのにそうなっていないため、いちいちつなぎ直さなければならないのが面倒なところ。
問題点ばかり書き並べてしまったが、やはりワイヤレスでMIDI接続できるというのは自由度が増すという面で非常に便利であり、一度使ったら元に戻れないほどの快適性があるのも事実。自宅のDTM環境で使う場合、配線が不要になるという面で、機材周りがとってもスッキリするし、ステージで使うということを考えてもかなり便利そうだ。
5つの機器と、iOS/Macとの接続をチェック
今回試す5つの製品について、改めて簡単に紹介しよう。
C.24(miselu)
もともとiPad 2のカバーとして使えるサイズで設計されたもので、非常に薄い形状だが、ボタンを押すと飛び出す絵本のように24鍵キーボードとして使えるギミックが施されている。鍵盤にはバネではなくマグネットを使用したのもユニークなところで、25鍵ではなくあえて24鍵にしたことで、複数台を並べてレンジの広いキーボードとして使える形になっている。
mi.1(Quicco Sound)
MIDIの入力端子、出力端子のそれぞれに取り付けることで、従来からあるMIDI機器をBLE-MIDIに対応させることができるアダプタ。MIDI OUT端子から出ている5Vの信号を電源用として利用するためバッテリーなど別途電源がいらないのが大きな特徴となっている。iOSアプリを利用したファームウェアのアップデートで機能進化させてきている。
A-01(ローランド)
MIDI、USB、CV/GATEとともにBLE-MIDI、さらにモノラルのシンセ音源を搭載した機材で、これと合体させるミニ鍵盤K-25mとセットとなったA-01Kとして販売されている。それぞれの信号を自由にルーティング変更できるため、アナログシンセを含む新旧機器を接続できるゲートウェイマシンとして利用できる。
microKEY AIR(コルグ)
USB-MIDIキーボードであるmicroKEYシリーズにBLE-MIDI機能を搭載したもの。単3電池×2本で駆動し、ワイヤレスキーボードとして利用できる。25鍵、37鍵、49鍵、61鍵の4種類のモデルが存在。USB端子もあるので、BLE-MIDIを使用せずにUSB-MIDIキーボードとして使うこともできる。
MD-BT01(ヤマハ)
MIDIの入出力端子に接続して従来機をBLE-MIDI化するアダプタ。電源をMIDI OUT端子からとるという面でも仕様・構成的に見て、Quicco Soundのmi.1とほぼ同等のものといえる。大きさ的にはmi.1よりもかなり大きくなっている。
UD-BT01(ヤマハ)
MIDIのUSBクラスコンプライアントな機材をBLE-MIDI化するアダプタ。USB-ACアダプタとUSB-MIDI機器に挟むような形で接続して使う。ヤマハの機材に限らず他社機材でもBLE-MIDI化でき、USBバスパワーで動作する機材も利用できる。USB-ACアダプタの代わりにUSBモバイルバッテリーを利用すれば完全ワイヤレスなMIDI機器を簡単に構成することができる。
これら5つの機材においては、どれもまったく同じようにiPadやiPhoneに接続して利用できる。BLE-MIDI接続機能を持ったアプリとして、GarageBandのほかにも、KORG Module、YAMAHA Synth Bookなどいろいろなものがあるが、前述のとおり、アプリレベルではなくOSレベルで接続されていることは、以下の実験を行なうと簡単に分かる。
例えばGaregeBandで接続後、GarageBandを終了し、続いてKORG Moduleを起動して、BLE-MIDI接続画面に移るのだ。すると、GarageBandで接続したとおりの接続になっていることが確認できる。この際、1台のiPadやiPhoneに複数のデバイスを接続することもでき、便利に使うことができる。
一方、Macへの接続も、それぞれ同様に行なえる。Mac OS X 10.10 Yosemite以降、Audio-MIDI設定のMIDIスタジオの中にBluetoothという項目ができ、これをダブルクリックすることで、各種デバイスを見つけることができ、接続できる。こちらはOS側が接続機能を提供してくれているので、アプリ側ではとくに必要はなく、接続してしまえば、普通のMIDIデバイスとして使えるわけだ。ただし、Mac OS XもiOS同様、一度切断してしまうと、電源を入れなおしても自動再接続はされず、同じ手順を踏む必要があるのがちょっと面倒なところではある。
Windoswsでも使える? 肝心のレイテンシーは?
ここで、「iOSやMac OS Xではなく、BLE-MIDIをWindowsで使えないのか? 」という疑問を持つ方もいるだろう。MMAがBLE-MIDIを規格として制定したこともあり、マイクロソフト側もこれへ対応する方向で動いているようだが、現時点では対応していない。ところが、コルグがmicroKEY Airをリリースしたタイミングで、「KORG BLE-MIDI Driver for Windows」というドライバを無料でダウンロード可能になっており、Windowsで使える。しかも、コルグ製品であるmicroKEY Airだけでなく、他社機材も接続できるようになっているのだ。
使い方としては、このドライバをインストールした上で、まずWindowsのBluetooth機能を用いてBLE-MIDIのデバイスとペアリングする。これでもうMIDIとして接続されるので、あとはDAWなどから見えるKORG BLE-MIDIというポートにアクセスすればいい。実際に試してみたところ、microKEY Airで接続できたのはもちろんのこと、ローランドのA-01でも接続して使うことができた。ところが、C.24、mi.1、MD-BT01、UD-BT01ともにWindowsから見えるのにペアリングしようとすると「追加できませんでした」というエラー表示が出てうまくいかない。これは筆者が試せていないCMEのXKey Airでも同じ現象になる模様だ。
当初、筆者の使っているPCのBluetoothアダプタの問題なのかと思って、複数のアダプタを買って試してみたが、Bluetooth 4.0対応したPCで試してみたがやっぱりダメ。さらにはMacにBootcampを使ってWindowsをインストールしたマシンでもダメであることが判明。さらにいろいろ調べていくとコルグのドライバが原因ではなく、Windows側に原因があるようで、セキュリティに関連する問題であることが分かった。具体的には「ボンディング(Bonding)」というものが、あるかどうかだったのだ。Windowsはペアリング時に「ボンディングあり」の機器であれば接続できるが、「ボンディングなし」の機器の場合は接続しない仕様となっており、microKEY AirとA-01はボンディングありだが、ほかはボンディングなしとなっている模様で、今のところ解決手段がない状況。
ただ、Quicco SoundのCEO、廣井氏に聞いてみたところ「この問題への対応を検討している」とのことだったので、今後ファームウェアのアップデートなど使えるようになる可能性もありそうだ。
さて、ここまで見てきて「気になるのは、そんなことよりレイテンシーだ」という人も多いだろう。実はBLE-MIDIが使えるかどうかの最大のポイントは、有線のMIDI接続と比較してレイテンシーがあるのかどうか、だ。中にはMIDIケーブルを使った接続にも納得がいかず、「USB接続でのMIDI伝送でだいぶよくなった」という人もいるくらい、シビアな問題だ。
結論から言ってしまうと、有線のMIDI接続と比較すれば明らかにレイテンシーが大きく音の遅れを感じる。比較測定実験ができていないが、感覚値でいうと有線と比較して10~20msecの遅延があり、その遅延も機器によって微妙に差もありそうなのだ。そのため、ピアノなどアタックの速い音源を演奏する場合には厳しい面があるが、ある程度慣れで弾けるレベルであるのも事実。今後、このレイテンシーがもう少し小さくなる可能性はありそうだが、これをよしとするかどうかはユーザーの判断次第、というところだろう。機会があれば、このレイテンシーの測定方法を確立して、比較してみたいと思っているところだ。
今後、まだまだBLE-MIDIに対応した機材が続々と出てくることが予想されるが、現在あるさまざまな問題が徐々に解決されていくことを期待したい。