第125回:International CES特別編

「KURO」の遺伝子を継承したパナソニック新生PDP
~色再現性向上、シャープ「QuadPixel」の秘密に迫る~


International CES 2010が開催中のラスベガスコンベンションセンター
 今回のInternational CESでは、映像パネルの根幹技術について、2つの大きな技術革新が発表された。その1つがシャープの新世代液晶パネル。もう1つはパナソニックの新世代プラズマディスプレイパネルだ。

 液晶のシャープ、プラズマのパナソニック。両社のシンボル的な映像パネルの技術革新は、「液晶 VS プラズマの戦い」新ラウンドの幕開けを予感させる。



■ シャープ、黄(Y)を加えた4原色QuadPixelテクノロジー

シャープブース
 シャープが発表したのは、液晶パネルの根幹技術に手を入れる革新技術「QuadPixel」テクノロジーだ。

 フルカラー液晶パネルは、長年赤(R)、緑(G)、青(B)の三原色を用いてきたが、シャープはこれに黄色(Y)を加えた四原色パネルを発表した。そのため、テクノロジーブランド名は「四原色のサブピクセル」を意味する「QuadPixel」(クワッドピクセル)と命名されている。


 黄色追加の理由は、まず「輝度を稼ぐことができる」からだという。また、直接的なわかりやすい特性として、ひまわりのような黄色い華の色、深い黄金色などをより自然界に近い形で発色できるという利点も、もちろんある。 

 また、輝度が稼げるという特性は、逆に考えるとある要求輝度に対して低消費電力でそれを実現できるため、省電力性能的に優位という事でもある。

QuadPixelテクノロジーの発表の様子RGBYによる四原色フルカラー表現を行う技術

 例えば、ある輝度の白を表現しようとした場合、YとBのサブピクセルを電圧オンで光を透過させ、RとGのサブピクセルを電圧オフとして光を非透過させれば(シャープの液晶パネルはMVAで、ノーマリーブラック=電圧オフで非透過)、消費電力は低くできる

QuadPixelテクノロジー採用AQUOSの最上位機LE920シリーズ(北米モデル)

Yの追加で四原色となり、再現可能な色域は広がることに
 また、四原色による黄(Y)の追加によって表現可能な色域は全体的に広く広がることとなる。発表会では、Yと各RGBの組み合わせにより多彩な中間色グラデーションや新中間色が再現できる事が強調された。シャープ関係者によれば「拡大される色域については、テレビ用途を超えて、医療用、デザインワーク用などの業務用転用の可能性も見いだせるはず」とのことであった。 

 これは筆者の推測になるが、人肌は白人、黄色人、黒人いずれにおいても、黄色要素が支配的だとされ、この色域が広がることで肌色の表現範囲が広がることも期待される。

 心配されるのは、単位面積あたりの各RGBサブピクセルの面積低下だ。もともと1ピクセルをRGBで三等分されていた領地に、Yの取り分が発生するのだから当然だ。そのため、RGBの領地が減り、RGBで再現できる色ダイナミックレンジが下がってしまわないのか……という疑問が出てくるのだ。


QuadPixelのイメージイラスト
 結論から言うと「そうした心配はない」とのことだ。その理由として、シャープから2つの回答を得ている。

 1つはRGBYの面積比率が均等でないため。イメージイラストでは均等のように描かれているが、実際には違うというのだ。ただし、具体的な比率は公表しないという。

 もう1つはYの追加が、ほとんどRGBのダイナミックレンジ低下に繋がらないというもの。QuadPixelテクノロジーは、シャープが2009年に発表した光配向技術を実用化して製造するUV2A(UltraViolet induced multi-domain Vertical Alignment)パネルと組み合わされることが必須となっているためだ。


UV2AとQuadPixelテクノロジーはペアとして組み合わされる
 UV2Aパネルについては、AQUOS LX1の記事で詳細に解説しているのでそちらを参照して欲しいが、簡単に言うと、液晶パネル製造段階における光配向技術によって、これまでのMVA液晶には必須だったリブやスリットをなくし、開口率を劇的に向上させたパネルだ。UV2A以前のパネルでは、リブやスリットにより開口率で透過光のロスがあったが、UV2Aパネルではロスが無くなり、新たなYに光を割り当てる余裕が生まれた……こう考えるとわかりやすいかも知れない。

 すでに、AQUOS LX1シリーズはUV2Aパネル採用製品だが、RGBサブピクセルベースのパネルである。すると「UV2AパネルはQuadPixelとRGBパネルと併存するのか」という疑問が生まれる。

 これに対しては「しばらくは併存することになる」との返答を得ている。QuadPixelには大きな付加価値が見いだせるため、しばらくは「上質な画質モデル向け」としてAQUOSの上位モデルのブランド力を強めようと言うことなのだろう。

 また、最近ではシャープは、東芝、ソニーなどへの液晶パネル供給を行なっているが、QuadPixelテクノロジーの液晶パネルは外販する予定があるのかどうかも気になるところ。これについて、「当面、その予定はない」という見解を示している。これもやはり、出始めにおいては、QuadPixelテクノロジーの優位性とAQUOSブランドを結びつけたいという商品価値戦略があるからなのだろう。

シャープブースはQuadPixelテクノロジー"一色"に

 このQuadPixelテクノロジーベースのAQUOSは、北米モデルとしてはLE920型番とLE820型番で採用され、両方とも5月の発売を予定している。日本モデルでは型式番も外観デザインも日本専用のものとなり、こちらは2010年春モデルとして発表がなされる予定だ。今から日本モデルの発表も楽しみだ。

北米モデルLE920は左右フレームにLEDエッジライトを仕込み、120Hz倍速駆動と240Hzバックライトスキャンを組み合わせた上位モデルLE820は上下フレームにLEDエッジバックライトを仕込んだ120Hz倍速駆動とバックライトスキャンなしの下位モデルで構成

 


■ パナソニック新生PDPは、パイオニア「KURO」の遺伝子を受け継ぐ

 結論から言うと、パナソニックの新生PDPは、パナソニックの持つ発光高効率化技術によるピーク輝度向上と、パイオニアの予備放電低減技術による黒性能強化の相乗効果によって誕生したパネルとなっている。

 御存知の通り、パイオニアは2008年にPDPの自社生産から撤退を表明し、2009年にはテレビ事業からの撤退も表明した。しかし、同社のPDP技術はパナソニックに引き継がれていくことがアナウンスされ、これはKURO、VIERAの両ファンにとってささやかな朗報となった。

パナソニックブース内に特設された新生PDP(New Neo PDP)技術展示コーナー
 パナソニック関係者も「パイオニアの技術者とのコラボレーションがこんなに早く結実するとは思わなかった」と述べるほどの短時間にコラボパネルが生まれたことは嬉しい限りだ。

 そんな新生パナソニックPDPでは、画素セルに封入された希ガスのレシピの改良が行なわれ、従来よりもキセノン(Xe)の割合が増えている。なお、ネオン(Ne)ガスを使用しなくなったというわけではなく、キセノンの割合を増やした…ということだ。このキセノン率増加によって放電時の電子衝突効率が上がり、発生する紫外線の量を増加させることに成功したという。

 これに加え、新生PDPでは蛍光体も改良。PDPでは、電子と希ガスが衝突した際に発生した紫外線に反応して発光する蛍光体を利用して可視光に変換するが、この蛍光体に新素材を用いている。具体的には、新蛍光体の粒子サイズをより微細化。紫外線の受光率を向上させる効果があり、これによっても発光効率が上がっているのだ。


キセノンガス含有量増加と二段階放電新蛍光体は小粒子

ブラックレイヤーの改善
 そしてもう1つ、表示面側の電極層「ブラックレイヤー」に対しての改良も行なわれている。PDPでは表示面側に放電を行なうための電極がレイアウトされるが、この電極構造を見直し、微細化している。具体的には表示面側から見て、奥行き方向にブラックレイヤーを薄型化し、さらに電極そのものも微細化が施されている。さらに隣接するサブピクセルからの迷光をマスクする目的で長らく実装されてきたブラックストライプ部が除去されている。こうした表示面側の工夫により、画素開口率の拡大が行なわれ、画素セル内で発光した光がより表示面から取り出せるようになったのだ。


発光効率4倍の秘密
 これだけではなく、さらに放電時の駆動方式にも改良を施している。これまでのPDPでは、電極にチャージした高電荷で一気に放電していたが、新生PDPでは、放電を二段階に分けて行なう駆動へと変更した。これにより、希ガスの利用効率(ひいては発光効率)が向上する。1回目の放電は2回目の放電よりも電圧をやや低めに行なうのがミソだそうで、単純比較では、この分が省電力にも結びつけられるのだとか。

 まとめると、「希ガスレシピの変更」、「蛍光体改善」、「開口率向上」、「新駆動方式の採用」といった技術革新により、新生PDPは2007年PDP比、4倍の発光効率が得られることとなったのだ。


新生PDPの優位点
 これとは別に、予備放電の低減にはパイオニアのKUROの技術が盛り込まれているそうで、これが黒表現や暗部階調表現の向上、迷光の低減を実現していると見られる。具体的には、アドレス側に電子発生源を配置したセル構造にすることで、予備放電を低減させている。この構造はKUROとそっくりだ。

 パイオニアのKURO最終型はコントラストのスペックは非公開で一説によれば10万:1相当だったと言われるが、今期のパナソニックの新生PDPでは、発光効率の向上と、KUROの遺伝子を継承した暗部性能の向上で、コントラスト比500万:1を達成したとしている。


新生PDPはフィルターデザインも一新。この図解はパイオニアKUROのDCRの解説とそっくり新生PDPの予備放電低減技術の解説図解。こちらもKUROの図解とそっくり。パイオニアKUROの遺伝子は受け継がれていることがはっきりと分かる


 数値に意味があるのかの議論はともかく、これは驚愕すべき値といえる。ブース内の新生PDPの体験試聴コーナーでは新生PDPと2009年モデルのVIERAとのコントラスト比較が行なえたが、2009年モデルも十分に黒が黒いが、新生PDPはさらに黒く、そしてピーク輝度が鋭い。

ネイティブコントラスト比は500万:1



■ 高速発光、そして短残光。動画解像度は1080本以上

 新生PDPは、根本的な画質性能を向上させたわけだが、同時に、優秀な動画性能と、パナソニックが推進する3Dテレビに求められる要求性能をもクリアすることとなった。

新生PDPは高速発光で短残光
 新生PDPで用いられた新希ガスレシピ、新駆動方式は、発光効率だけでなく、ピーク輝度が得られるまでの発光時間を劇的に高速化している。さらに、新しい小粒子蛍光体はディケイタイム(残光時間)を2009年パネル比で約1/3にまで短縮させたとしている。

 「高速発光」と「短残光」、この画素発光特性による映像表示は、つまりは理想的なインパルス表示ということになる。理想的なインパルス表示は、残像の少ない動画表示特性をもたらす。ブラウン管にかなりよく似た動画表示特性をもたらすのだ。

 動画表示性能指標はAPDC方式が有名で、動画解像度スコアとして1080本が最高スコアとなっているが、パナソニック関係者は、「新生PDPはAPDC方式で1080本以上になっているが、これ以上のスコアがないので、その良さを謳えない」と、嬉しくももどかしそうだった。

実は動画解像度は1080本以上動画解像度の違いを示したデモ。左が動画解像度1080本、右が900本。写真で撮影しても違いは分かる

 では、この「動画解像度1080本以上」というオーバーキルな動画性能を活かす道筋はないのか……というとそんなことはない。それが3D表示だ。

 左右の眼用の映像を交互に表示して、これをアクティブ液晶シャッター方式の眼鏡で、左右の眼に適宜切り換えてみせるフレームシーケンシャル方式の立体視では、的確に左右の映像を表示する必要がある。

 片方の眼用の映像が消しきれないうちに、反対の眼のシャッターが開いてしまっては、映像のオーバーラップ像(要するに残像)を見ることになってしまう。

新生PDPの理想的なインパルス表示は3Dに適している
純正アクティブシャッター3D眼鏡は、同社の新生PDPの表示特性に最適化している

 新生PDPでは、この卓越したインパルス表示性能により、かなり理想的なフレームシーケンシャル方式の3Dを実現できるというわけなのだ。

 「動画に弱い」といわれた液晶も、「2倍速駆動」、「4倍速駆動」、「補間フレームの挿入」といった残像低減技術によって、2D表示における残像問題はおよそ克服できたと言われている。ただ、ここにきて巻き起こった3Dテレビブームにおいて、パナソニックとしては、この新生PDPこそがフレームシーケンシャル方式の3Dの大本命だと主張する。「動画に強いPDP」のキャッチコピーは、新生PDP以降「3Dに強いPDP」に置き換わろうとしている。

液晶はフレーム描画の際に線順次式に書き込まれるためフレームシーケンシャル方式の立体においてはオーバーラップ像が知覚されやすい液晶の場合、パネル解像度が上がれば上がるほど立体視においてオーバーラップ像が出やすいが、プラズマの場合は描画速度が格段に速い面順次式の書き込みであるため立体視においてこの心配がない


■ 3Dにおけるプラズマ、液晶の特性

 新生PDPにおいて、気になるその他のポイントについて、パナソニック関係者やパナソニック情報筋に取材を試みたところ、いくつかの情報が集まった。

 まず、PDPにおいて気になる階調生成にまつわるスペックについて。PDPは階調表現をアナログではなく、画素の明滅頻度による時間積分生成方式を採用しているが、この時間積分の一単位がいわゆるサブフィールドと呼ばれる。パナソニックは2009年PDPからサブフィールドを従来の480Hzから600Hzに増加しているが、これは新生PDPにおいても変わらないと言うことだ。

発光効率4倍によって同一輝度における消費電力が減少したブース内のデモコーナーでは、同一映像を表示しての、新生PDPと2009年PDPとの消費電力比較を公開していた新生PDPの消費電力は2007年比で1/4、2009年比で40%減

 単純計算をすると、3D表示においては、600Hz分のサブフィールドのうち、左右の目用の映像表示にはそれぞれ300Hzずつのサブフィールドしか割り当てられないことになってしまう。つまり、PDPの3D表示は、キレのある立体感こそ得られるが、階調特性が2D時の半分になってしまうのではないか……という不安がつきまとうのである。

 これについて「片目あたりのサブフィールド数は非公開」としながらも、「3D表示時は単位時間あたりの書き込み回数は増加させている」という情報が得られた。言葉の足りない分を補って解釈するならば、「片目あたりの階調特性の低下は最低限である」ということのようだ。

 ここは液晶陣営から「PDPによる3Dは階調が不足する」といった攻撃ポイントに発展する可能性がある。ただし、パナソニック関係者は「まだまだPDPは発展のヘッドルームがあるため、現在残されている課題もいずれ克服できると信じている」としている。

PDPの将来性

 PDPの画素セルはよく蛍光灯に喩えられるが、現在のPDPの画素セルの発光効率は蛍光灯と比較してわずか1/10でしかない。単純計算で、まだまだ10倍の進化の伸びしろがある……というわけだ。

 いずれにせよ、現時点では、一般ユーザーの視点に立てば3Dテレビの購入の際、「液晶のアナログな階調の豊かさを取るか」、「プラズマの動画のキレを取るか」という究極の選択を迫られることになる。ただ、突き詰めて考えると「液晶の階調特性か、プラズマの動画性能か」という元来言われてきた「選択」に再び回帰しただけのことだったりする。

 パナソニックの新生PDPは、3D対応の製品だけでなく、もちろん通常の2Dテレビ製品にも採用される。具体的には、2010年春のモデルから採用される予定だという。筆者的には3D機能だけでなく、2Dの画質が劇的に向上した点にも着目してもらいたいと思う。

新生PDPを採用したTC-P50V25。3D対応VIERAだVTシリーズは3D対応、Gシリーズは2D専用の新生PDP採用製品。写真は42V型の「TC-P42G25」

 

(2010年 1月 10日)

[Reported by トライゼット西川善司]

西川善司
大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。映画DVDのタイトル所持数は1,000を超え、現在はBDのコレクションが増加中。ブログはこちらこちら。近著には映像機器の仕組みや原理を解説した「図解 次世代ディスプレイがわかる」(技術評論社:ISBN:978-4774136769)がある。