【新製品レビュー】

Shure最上位モニターヘッドフォン「SRH940」を聴く

-実売26,800円。「SRH840」の不満点を解消


SRH940

 カナル型(耳栓型)イヤフォンのSEシリーズで人気を集めるShure。イヤフォンのイメージが強いメーカーだが、'09年11月にヘッドフォン市場に参入。第1弾モデルとして、モニターヘッドフォン「SRH840」(実売20,000円前後)、「SRH440」(実売10,000円前後)、「SRH240」(実売7,000円程度)を投入している。

 中でも「SRH840」は、2万円という価格でニュートラルな音が楽しめるモデルとして、モニター用途以外に、一般のユーザーからも人気を集めるモデルだ。その後もDJ用ヘッドフォンなどを投入し、ヘッドフォン市場でも存在感を放つメーカーになっている。

 そんなSHUREの新しいハイエンドモニターとして6月に発売されるのが、「SRH940」だ。型番からわかるように、「SRH840」の上位モデルにあたり、価格はオープンだが、店頭予想価格は26,800円と、SRH840より若干高価になる。どんな音を聴かせてくれるのか、さっそく使ってみた。




■軽くて負担の少ない装着感

左がSRH840、右がSRH940

 一目でわかる特徴は、下位モデルが黒を基調としたカラーに対し、シルバーになっている事。「モニターヘッドフォン=黒」というイメージがあるので、個性的なデザインと言えるだろう。ハウジングは、中央部分と外周で仕上げが異なり、質感が高い。イヤーパッドがSRH840の革系に対し、940はベロア素材になり、高級感を高めている。ただ、これから気温が上がると、装着時に暑く感じるかもしれない。

 ユニット口径は40mmで、SRH840と同じ。ハウジングは密閉型だ。色が明るいのでパッと見るとSRH940の方が大きいイメージだが、ハウジングを並べてみるとそれほど違いは無い。940は若干縦に長い形状になっている。


左がSRH840、右がSRH940ハウジングの大きさはそれほど変わらないイヤーパッドがベロアになっている

 ハウジングは反転可能で、水平にする事も可能。SRH840も反転可能だが、水平にはできなかったので進化ポイントだ。ヘッドアーム方向にハウジングを折りたたむこともでき、コンパクトに持ち運べる。

ハウジングは水平にする事もできるハウジングは、中央部分と外周で仕上げが異なる
ハウジングは反転する事もできるコンパクトに折りたたむことも可能キャリングケースも付属する

 ケーブルを除いた重量は約320gで、SRH840の約372gと比べると50g程度軽量になっている。両手に持ってみると「確かにちょっと軽いな」と感じる程度だが、装着してみると違いはより明瞭で、SRH940の方が大幅に軽く、ソフトな着け心地だ。

 細かく見てみると、ヘッドアーム部分がSRH840の方が太く、SRH940の方が細身で軽い。また、頭頂部に触れるヘッドパッド部分に、4つのお餅のようなクッションが設けられている。頭に乗せると、太いアームが頭全体に触れるSRH840に対し、SRH940は柔らかな点で支えているため、そもそもの重量の軽さと、感覚的な負担の少なさが相乗効果を生んでいるようだ。

 アームの広がり具合を比べてみると、SRH940の方が若干広い。SRH840の場合、上からのしかかるように重さを感じるが、SRH940は上からでなく、真横からシッカリホールドされており、かかる負担が横からのホールドにも分散されている印象。同時に、頭を動かしてみてもズレにくい。長時間の使用でも安定感が維持できるだろう。

アーム部分ヘッドパッドの裏側。4つのクッションが設けられているアームの比較。SRH840と比べると細身になり、横に広くなっていることがわかる
SRH940の装着イメージ
SRH840の装着イメージ

 ケーブルは着脱可能。着脱機構はSRH840などと同じで、通常のステレオミニより一回り細い、ステレオミニミニプラグを採用。コネクタの根元に切り込みが入っており、ハウジング側に差し込んでから回転させることでロックする「Bayonet Clip」式だ。ケーブルはカールタイプの3mと、ストレートの2.5mが付属している。最初から2種類用意されているのは嬉しいポイントだ。

 その他のスペックとして、感度は100dB/mW。再生周波数帯域は5Hz~30kHz。最大許容入力は1,000mW。インピーダンスは42Ωとなっている。SRH840の周波数帯域は5Hz~25kHzなので、高域のレンジが拡大したことがわかる。

ケーブルはカールタイプの3mと、ストレートの2.5mが付属ケーブルのロック部分はBayonet Clip式ユニット口径は40mmで、SRH840と同じ


■音を聴いてみる

 試聴にはヘッドフォンアンプとしてiBasso Audio「D12 Hj」やフォステクス「HP-P1」
を使用。プレーヤーはiPhone 3GSと第6世代iPod nano。「D12 Hj」は、ALO AudioのDockケーブルで接続している

 いつもの「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生。音が出た瞬間にわかるのは抜けの良さだ。高域の解像度が非常に高く、ヴォーカルの口の開閉が明瞭。サ行が鋭く耳に飛び込んで来る。歌の途中、息継ぎの「フッ」という小さな声がいつもより目立つ。「山下達郎/アトムの子」のドラム乱打も、シンバルなどの鋭い高域が鮮烈だ。

モニターヘッドフォンの定番、ソニー「MDR-CD900ST」
 分解能も高く、シンバルの「シャララ…」という綺羅びやかな音も、細かい音が重なりあって、その音になっている事がよくわかる。モニターヘッドフォンの定番、ソニー「MDR-CD900ST」も高域描写がわかりやすいが、「SRH940」も同様。詳細は後述するが、実際に「CD900ST」と比べてみると、高域の鋭さは「SRH940」の方がより鋭敏だ。

 一方で、細かな高音全てを描写しすぎるきらいもあり、音が少なくなった一瞬に、音場全体に広がっている、かすかな「シャー」というホワイトノイズが通常のヘッドフォンより目立つ。高域のコントラストを強調して再生しているようなイメージだ。

 抜けの良さは特筆すべきレベルで、密閉型とは思えないほど音場が広い。ハウジングに反射して戻ってくる音を感じず、広い音場に高音がどこまでも広がっていくイメージ。SRH840との最大の違いがここにある。

 「抜けが良く、高域の分解能が高い」と書くと、開放型のヘッドフォンやコンデンサ型ヘッドフォンのような、高域がしなやかで、スッキリした音を思い浮かべる人も多いだろう。

 傾向としてはそれに近いのだが、SRH940の場合、高域の描写に特徴がある。しなやかさが少なく、音楽的に心地良いと感じるよりも、細かなノイズや、サ行のキツさなど、粗のような部分を克明に浮かび上がらせるような音なのだ。「粗探しがしやすい音がほしい」というエンジニアやDTMユーザーにはピッタリだが、ゆったり音楽鑑賞がしたいという一般ユーザーにとっては、もう少し高域をおだやかにして欲しいというのが正直な感想だ。



■低域も進化

 高域の事ばかりを書くと、ハイ上がりなヘッドフォンと思われそうだが、低音も量感豊かなものが出ている。中低域を膨らませるタイプではなく、中低域の張り出しを抑えながら、最低音付近を主張を強めにしたバランス。ロックで、中高域の音数が増え、音圧が増した状態でも、ベースラインやスネアの動きがよく見える。その低域も、ボワボワ膨張したものではなく、締まりがあり、歯切れが良く、明瞭だ。一番高い音と一番低い音がよくわかるヘッドフォンである。

 ここでSRH840に切り替えると、あらゆる意味で音がおとなしくなる。SRH840の高域も付帯音が少なく、ナチュラルだが、SRH940と比べると頭が抑えられたような印象。分解能もSRH940より一段落ちるため、ヴォーカルやシンバルの細かい音は、一枚ベールがかかったように見えにくくなる。

 音像も、SRH940は前へ前へと、飛び出す勢いがあるが、SRH840ではヴォーカルもギターもベースも、全員一歩後ろに下がり、横一列に行儀よく並ぶ。どちらのモデルもモニターヘッドフォンだが、SRH940は音が聞き取りやすいモニターライクなバランス、SRH840は民生用ヘッドフォンに近い、音楽鑑賞向けの音場表現と言えるだろう。

 最も大きな違いは音場の広さで、SRH940はハウジングの存在を感じさせない抜けの良さだが、SRH840に変えると、急にレコーディングスタジオの壁がせり出してきて部屋が狭くなったように感じる。「ここまでで音の広がりは終わりです」という限界線が知覚できるようだ。窮屈、とまではいかないが、各音像の距離も近くなるため、スケールが小さく、こじんまりとまとまった音に聴こえてしまう。SRH840をしばらく聴いた後、SRH940に切り替えると、部屋の外に出て深呼吸をしたような開放感を感じる。

 古い録音のジャズや、クラブミュージックなど、録音現場の密度やライブ会場の圧縮された空気感を感じたい場合は、SRH840の音場がハマるだろう。だが、そうした一部の音楽を除いた大半の曲では、SRH940の音場の広さが有利に働くだろう。密閉型ヘッドフォンは基本的に閉塞感をともなう再生機であるため、やはり抜けの良さは大きな利点と言える。

 低音では、SRH840も量感のある低い音を出しているが、最も低い音の沈み込みはSRH940の方が深い。Kenny Barron Trio「The Moment」から「Fragile」を再生し、ルーファスリードのアコースティックベースを聴き比べると、SRH840では量感豊富なものの、沈み込みやキレが足りず、「ブォーン、ブーン」とゆるんだゴムひものように聴こえる。SRH940は「グォーン」と一段低く、なおかつ硬い、地鳴りのような低域が脳に響いてくる。これを体験してしまうと、SRH840の低音は物足りなく感じてしまう。

 以上のように、音場の広さや抜けの良さ、高域の分解能、最低音の伸びなど、ポイントごとに比べてみると、SRH940の方が優れていると感じる。一方、全体のバランスや、高域のしなやかさ、聴きやすさで比べると、SRH840の方が好ましいと感じる場合もある。音楽の情報をより多く聴きとりたいという目的ではSRH940が適しており、長時間ゆったりと音楽を楽しみたいという場合はSRH840の方が良い場合もあるだろう。



■他社製品とも比較

ソニーの「MDR-Z1000」
 最近注目のモニターとして、ソニーの「MDR-Z1000」や、ビクター「HA-MX10-B」と比較すると、音のナチュラルさを追求し、若干低域が強いが全体のバランスを重視した「MDR-Z1000」、クリアで美しい高域と、量感豊かで心地良い低域を両立させ、音楽を気持よく聴かせる「HA-MX10-BHP」に対し、SRH940は締まりの良い低域と、一歩間違うと“痛い”と感じるほど鋭敏な高域を組み合わせた印象だ。


ビクター「HA-MX10-B」
 高域がキツ目の「MDR-CD900ST」と比べても、よりその傾向が強い。ユニットをカリカリにチューンナップして出した高域という印象で、個人的にはULTRASONEの「HFI」や「PRO」ラインのそれに似ていると感じた。

 この高域をどう判断するかが、SRH940の評価で最も重要になるだろう。個人的には「そこまで頑張らなくてもいいよ」という感じで、もうすこししなやかさが欲しい。ただ、このサウンドは48時間程度エージングした状態での音であるため、初期段階のキツさがかなり残った音だと思われる。100時間、200時間と使い込むうちに、高域のキツさは薄れ、よりウェルバランスに近づくだろう。そうなった時に、本領を発揮するバランスと言えるかもしれない。




■Shureヘッドフォンの新しい音

 同社のモニターヘッドフォンのラインで音質を考えると、バランスの良さや色付けの少なさが特徴のSRH840に対し、不足していた高域の抜けや分解能をアップさせ、最低域の沈み込みも付加。細かい音がわかりやすいようにコントラストを上げ、音楽の良いところも悪いところも聴きとりやすくしたモデルがSRH940と表現できる。

 モニターとして正常進化であり、装着感の向上も製品としての魅力を増している。同時に最上位モデルとして、後発参入であるShureのヘッドフォンが、着実に進化している事を実感させてくれるモデルと言えるだろう。


(2011年 4月 28日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]