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西田宗千佳の
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NHKオンデマンドから見える「ネット配信」の現状と課題

Flash対応の理由とこれからの展開


日本放送協会 NHKオンデマンド室 小原正光部長
 「NHKオンデマンド」の名を知らない人は、AV Watchの読者にはほとんどいないだろう。日本放送協会(NHK)が、PCやテレビ向けに番組を配信しているVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスである。

 だが、その道のりは紆余曲折あった。記憶に新しいところでは、先日4月より、PC向けの配信システムをFlashベースに切り換えたばかりである。現状、NHKオンデマンドはどのような形で利用されているのだろうか? そして、なぜ「受信料を支払っているのに有料配信」なのだろうか?

 実は、多くの人が抱く疑問やNHKオンデマンドの形からは、日本の放送が抱える課題も見えてくる。NHKオンデマンドの事業を手がける、NHKオンデマンド室 部長の小原正光氏に話しを聞いた。




■ 配信の人気は「番組の力」に比例。現状は気楽なPC系が先行

 

 NHKオンデマンドは、2008年12月1日にスタートした。気がつけば、もうスタートから1年半が経過している。

 スタート時から、サービスの軸は2本あった。一つは、ウェブブラウザ経由で利用する「PC向け」。もう一つは、アクトビラ ビデオ・フルやJ:COM オン デマンド、ひかりTV、CATVなどを経由して利用する「テレビ向け」だ。

PC向けのNHKオンデマンド。4月1日よりFlashでの配信に切り替わったため、マックやLinuxでの視聴も可能になった テレビ向けのNHKオンデマンド。写真は「アクトビラ ビデオ・フル」でのもの。この他、J:COM系ケーブルTVや「ひかりTV」などでも視聴可能 NHKオンデマンドのPCでの再生画面。Flashビデオで、ビットレートは384kbps~1.5Mbps。もちろん最大化しての表示も可能

 さらに、それぞれのサービスの軸は2つある。

 一つは、放送日の翌日から、番組を2週間配信する「見逃し番組」。一本当たりの配信料金は、105円から315円。こちらについては、月額料金制で見放題とする「見逃し放題パック」が945円となっている。

 二つめは、最近の番組に限らず、過去の名作を配信する「特選ライブラリー」。ドラマからNHKスペシャルのようなドキュメンタリーまで、ラインナップは幅広い。こちらも価格は「見逃し番組」と同水準だ。

「見逃し番組」の検索画面。番組名や日時から見たい番組を探し出す。放送翌日より14日間、配信が行なわれる 過去の名作を集めた「特選ライブラリー」。シリーズ番組については「パック」で見ることもできるようになっている。記事を執筆した5月末の段階では、1,111件のラインナップがある

 もちろん無料番組もある。だが、こちらはプロモーション用に一部ドラマの第一話を流したりするもので、あくまで「お試し」的扱いだ。当然だが、有料配信である「見逃し番組」、「特選ライブラリー」の利用が中心のサービスといっていいだろう。

 では、実際にはどのような番組が人気になっているのだろう? 小原氏は資料を提示しながら、次のように解説する。本記事に掲載したランキングは、取材時(5月19日)にNHK側より提供を受けたランキング表から、トップ45までを抜粋したものである。

PC系見逃し番組のランキング。4月29日から5月13日までのゴールデンウィークをまたいだ2週間 単品買いが基本の「特選ライブラリー」のPCでの視聴ランキング。集計期間は、3月29日から4月30日までの1カ月だ

小原氏(以下敬称略) 人気は「ドラマ」へ集中しています。今ですと、「龍馬伝」と「チェイス」、そして連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。正直、「ゲゲゲ」がここまで人気が高まるとは予想していませんでした。これだけの数の方が、オンデマンドで朝ドラを見るという習慣をつけているわけです。

 また、NHK教育で放送中の「ハーバード白熱教室」が大ブレイク中です。この番組は色々と報道していただき、特に注目が高いのですが、オンデマンドでは最初からいきなりブレイクしています。ランキングの中でも、教育テレビの中では過去最高位となっています。

 NHK総合で放送中のドラマが強く、上位に集中してはいるのですが、ランキングも20位より下になると、教育テレビやBSの番組が続々とラインナップされてきます。正直、放送視聴では教育テレビの番組というのはなかなか伸びないのですが、オンデマンドのような“選択視聴”だと、タイトルや内容の力で、確実に教育テレビの番組であっても“狙って”見ていただけています。「ハーバード」はその一例です。

 4月の番組改編以降、新番組が受けている、という状況ですね。番組を単品でお買いになる方が多く、番組の力が強いと、それが確実に反映されてきます。

 ただ、改変が一段落して6月、7月になると一般的に「中だるみ」しやすくなります。しかも、今年はこの時期にワールドカップがあり、定時の放送の多くがお休みします。これは、NHKオンデマンド的には厳しいな、と予想しています。事実、2月のオリンピックの時期にも、同じような傾向が見られました。オリンピック放送そのものもそこそこお買い上げいただけたのですが、通常の番組の分が減ったのが大きかったです。

 これらは、PC向け配信のデータです。テレビ向けについては各配信事業者を介するため、詳しいデータが出てこないのです。売上ベースでは集計されるのですが、例えば「見放題パックの購入者がなにを見たのか」といったデータがわからないのです。実はテレビ向けの場合、単品での販売率は結構高いのですが、そちらの傾向は把握しています。テレビ向けの場合、配信プラットフォームで人気の傾向はまったく違いますね。例えば、J:COMとアクトビラでは傾向が全然違います。各社をまとめたデータを出しても「平均値」に過ぎないので、有用な情報が出てこないんです。

 実際、データを見て見ると実に面白い。「見逃し番組」トップ200位までのうち、NHK総合の番組は100。教育が48、BS-hiが28、BS1が15、BS2が9という内訳になっており、意外なほど教育が強い。

「特選ライブラリー」の方もドラマが強いのは同様なのだが、トップに並ぶ無料配信分を除外し、「有料配信」だけに絞って見ると、トップはドキュメンタリーに入れ替わる。どちらも、「オンデマンドは指名買い」という事実を裏付ける結果だ。

 人気番組について、NHK側の想定とは違った点も少なくない最も大きいのは「過去作品」に対する人気だ。

小原 特選ライブラリーには、たくさんの過去の名作を用意しました。例えば、NHK特集「シルクロード」や連続テレビ小説「おしん」などです。昔のものだけに、非常に大変な手間とコストをかけて権利処理を行なったのですが……。

 これが、全然購入していただけないのです。単品の特選ライブラリーでは。結局人気は、最新、最近の番組の番組に集中しています。「シルクロード」や「おしん」は、結局ほとんど購入されていないんです。費用対効果を考えると、できる限り新しい番組に注力すべきだ、という形になっています。
 


 

■ 「利便性」から利用はPCが先行。右肩上がりでも「利用者総数」の不足に苦しむ

 現状での利用者構成比を、小原氏は「一昨年にスタートした段階では同じくらいだったのですが、その後PCの方が増え、テレビを引き離した」と説明する。

小原 やはりテレビ向けの映像は美しいですから、我々「テレビ屋」はテレビに期待していたんです。とはいえ、最初から「PCの方が先行して伸びるだろう」と予想はしていました。事実徐々に、使い勝手の問題からPCが伸びて、引き離されていきました。

 確かにテレビは絵はきれいなんですが、番組を見つけるのが難しい。PCは、検索で簡単に見つけられますからね。このあたりの改善は、今課題になっています。テレビ放送の延長線上としてのVOD、という姿はあると思うんですけれどね。

 現状でも、J:COMさんでは、ウェブ上でVOD作品を簡単に探し、そこに掲載された独自の数字コードを入力すると、テレビ上でもその番組を見られる「Gコード」に似た仕組みを採用しておられます。まだ試案ですが、そういったものを、サービスをまたいだ形で用意できれば、番組を見つけにくいという問題は解決できるのではないか、と考えているところです。

 使い勝手の面ではPCが先行しているのですが、番組の視聴傾向そのものは、PCでもテレビでもさほど差はないようです。

 今年3月には、PCが55対テレビ45、というところまで売上比率が上がってきたのですが、また4月には差が開きました。企業の人事異動の季節だからですね。アクトビラについては、テレビの多くに標準装備されているためか、利用者の伸びはとても大きくなっています。しかし、利用者のパイでいえば、CATV系の方が多いです。

 4月にテレビ系サービスが落ち込むのは、季節要因だ。CATVなどは住居に紐づけられたサービスなので、引っ越しの時期に契約者数も左右される。有料衛星放送などでも、同様の傾向が見られるが、他方で、PC向けサービスのようにネットさえあれば使えるもののほうが、引っ越しの影響は少なくなる。

NHKオンデマンド会員数の推移

 取材は5月19日に行なったが、その時点で出ていたのは、PC系での4月までの会員数・利用者数の動向だ。テレビ系は各サービス事業者を通じて集計され、結果が出るまでに1カ月かかるため、現状では3月末までの結果となる。

小原 PCでは視聴のために、無料の会員登録が必要なので、そちらの結果がリアルタイムにわかります。今年の1月末には、「紅白歌合戦」や「龍馬伝」があったためか、会員数が非常に増え、35万6,000人になりました。そして、2月1日からは「見逃し見放題パック」の料金を、それまでの1,470円から945円に下げたので、さらに増えて38万2,000人になっています。

 そして、4月からは、PC用の配信プラットフォームをFlashに変更しました。とはいえ、それによる会員数の伸びというのは少ないですね。それでも、43万5,000人に達しています。ちなみに、昨日(5月18日)現在で、まだ5月も半ばですが、45万人に達しました。ここまでのペースは非常に速いです。1月から計算すれば、おおむね10万人増えたことになります。

 問題は(有料番組の)購入率です。実のところ、2月、3月には会員全体の5%台だったのですが、4月には6.2%、1ポイント上げるところまできました。売上については、先ほども述べたように、1月は「紅白」、「龍馬伝」の効果で過去最高を達成しました。

 他方、2月は売上が25%落ちました。オリンピックの影響に加え、2月に「見逃し放題パック」の価格を下げたので、単純にその分売上が下がった、という事情もあります。

 それが、3月にはプラスに転じました。前月比で8%のアップです。そして、4月にはPC系が前月比で17%アップ。この時点で、1月の大ブレイク時に匹敵するくらいに売上が伸びてきています。このような経済状況の中でも、とりあえず右肩上がりにはなっているんですよ。

 ですが、まだ利用者の絶対数は少ない。我々も長期的な計画を立てて望んでいますが、赤字の解消には、売上が現在の5、6倍になる必要があります。こういったサービスに「興味がある」と答える方はまだまだ多くいらっしゃるはず。ブロードバンドサービスの利用者数から見れば、あと100万人、200万人いらっしゃっても不思議はないと思っています。

 世の中では、まだ「ネットは無料」という意識が強く、有料配信へのハードルが高いのでしょう。テレビでの放送終了時に「NHKオンデマンドで配信中」とロゴを入れてもらったり、CMを入れたり、ウェブサイトにバナー広告を入れたりと、告知の努力をしてまいりましたので、そろそろ「NHKオンデマンド」という存在そのものは知られてきたようなのですが、まだどのような番組を見られるのかは、浸透しきれていないのだと思います。

 NHKが有料会員増加の切り札と考えているのは、見逃し番組を月額固定料金で見放題にする「見逃し放題パック」だ。2月に大胆な料金引き下げを行なったのも、ここにニーズがあるとの判断があったためだ。結局売上は3月に持ち直しているのだから、NHK側の判断は正しかった、ということになる。

小原 現状の売上では、テレビ・PCの両方を合算した場合「見逃し放題パック」が売上のほぼ半分を占めます。残りが単品やパックの売上です。

 2月の値下げ前まで、見逃し放題パックの加入者は9,600件でした。それが、値下げ後に30%増加して1万2,700件になりました。そのうち6割がPCの利用者です。今月も2,000名のペースで増えていますので、見逃し放題パックの加入者は、テレビ・PCをあわせ、5月中に2万件を超えると思われます。

 このまま月に2,000契約増加、というペースを保てるのならば、ようやく普及の端緒についた、といえるのではないでしょうか。


 

■ 「Flashビデオ」採用までの紆余曲折とは? モバイル向けには「課金」の問題も

 利用者を増やすための方策として、4月1日より導入されたのが「Flashビデオ」への移行だ。これまでは、映像の配信にWidnows Media Videoを利用しており、プラットフォームとしてもWindowsしか利用できなかった。

 Flash対応によりMacなどのプラットフォームでも利用できるようになったわけだ。ただ、一度作った配信システムを入れ替えたわけで、そのコストは相当なものになったはず。なぜこの時期にこのような決断を下したのだろうか?

小原 時計の針を、NHKオンデマンドのサービスが始まる前の、2007年5月まで戻してからお話しましょう。

 その頃、NHK内で「NHKオンデマンド準備室」が設立されました。もっとも、その頃はサービス名称を「アーカイブズオンデマンド」と言っていたのですが。その頃はまだ「法案」が通っていなかったんです。我々の場合、法案が通らないと予算もつけられません。とはいえ待っていても始まりませんので、当時から検討を進めていたのですが。

 最終的に2007年12月に法案が通り、「サービス開始を2008年12月とする」と定まりました。そこで初めて我々は、予算がついてシステム設計を行なうことができるようになったんです。ですから、2007年の12月の段階で、どのシステムをPC系で使うのがいいのか、ということを議論せねばなりませんでした。

 そこで重要だったのがDRMです。2007年当時、YouTubeなど他の映像配信では、DRMを利用しないものが主流でした。当然のことながら課金も必要ない。

 我々に重要なのは、DRMをちゃんとかけ、課金認証をきちんとする、の2点です。これを同時にできるには、当時はWindows Mediaしかなかったんです。当時、有料課金を行なっておられた事業者さんもWindows Mediaを採用しておられましたよね。海外ではメジャーリーグ(MLB)もそうでした。

 課金認証をしっかりやるには、ブラウザも大切でした。2007年はInternet Exploer(IE)が主流で、IE+Windows Mediaしか選べなかったんです。

 アドビからも非公式には「Flashで対応できる」と言われていたのですが、まだ発表前という状況だったのです。マイクロソフトの「Sliverlight」も当時はまだわからない。難しい判断だったのですが、保守的に安全に、実績あるWindows系でやることを決断したのです。

 小原氏の言う「法案」とは、放送法のことである。NHKの事業内容は放送法で規定されており、2007年当時、NHKはネットを使った有料の映像配信事業を行なうことができなかった。

 さらにNHKにはもう一つ予算申請という難点もあった。一般企業ならば、事業化の予算は自社の責任で捻出できれば活用できる。しかし特殊法人であり公共放送であるNHKの場合には、予算についても国会での承認を得る必要があり、対応速度では色々と不利だ。

小原 Windowsと一言で言っても、当時ですら2000/XP/Vistaと3種類ありましたから、そのための調整にも時間がかかりました。

 ですが、実際にやってみるともっと大変だったんです。セキュリティレベルを最大に上げていたので、通常配布されているWindows Media Playerでは対応できない。パッチをあてないとDRMに耐えられないということだったのですが、この作業がうまくいかない方が多くて、多くの方が視聴できなかったんです。

 決済に使うウェブブラウザにしても、当時はまだIE6が主流。でも6ではうまくいかない……。要は、ユーザー側にもそれなりのテクニックがないとダメだ、ということが、やってみて初めてわかり、青くなりました。このことで、相当のお客様を逃してしまったはずです。我々も、数年間の赤字は織り込み済みだったのですが、このような赤字状況では厳しい。マスコミにも叩かれましたが……。

 そこでわかりました。もう、IE+Windows Mediaではユーザーを呼べない、と。その後Flashでの動画配信はデファクトになり、我々の後に参入された民放さんは、当たり前のようにFlashビデオを採用されていらっしゃいました。しかも、DRMも課金認証もきちんとできている。

 ところが我々は、その時点ですでに数千本、当時で特選ライブラリーが2,000本、追加番組を毎月600本を提供していましたから、すぐには変えられない。

 その準備と、FlashビデオでDRMと課金認証がうまくできるか、その際にOSやブラウザフリーで動作するかどうかの検証も必要でした。これにさらに1年かかりました。実際に切り替えたのは、ご存じの通り2010年4月です。しかし、我々現場の判断として、Flashへの切り換えを決定したのは2009年4月のことです。

 当初の技術判断は困難ではあったし、NHKという組織の特殊性がマイナス要因であったこともあるのだろう。だがどちらにしろ、NHKオンデマンドはとんだ「遠回り」を強いられたわけだ。

 では、今後のサービス方針はどうなるのだろう? 特に気になるのがモバイル環境への展開だ。

小原 アップルとアドビが揉めてはいますが、それはiPadのような端末のお話ですよね。気になってはいますが、すぐに今の体制を変更しなければいけない、とは考えていません。

 将来のことはまだ話せませんが、今回Flash化に伴い、ビットレートの低い384kbpsを増やした、ということは一つのヒントかと思っています。現在も、3Gの通信カードや公衆無線LANなどのモバイル環境で、384kbpsの番組を見ていただいている方がいらっしゃいまして、非常に好評です。ハイビジョン放送はPCでは用意していないこともあわせ、「利便性のPC、落ち着いて見るテレビ」と棲み分けていただければ、と思います。

 そしてもう一つ、携帯電話などのモバイルプラットフォームに乗れない理由を、小原氏は「見逃し放題パックにある」と語る。

小原 現在のモバイル配信では、「キャリア課金による1番組あたり数百円」という形での決済が中心です。我々は、事業全体で見るとクレジットカード課金から離れるわけにはいきません。また、キャリア課金の場合、キャリアさん側も手数料などの点で、かなり厳しい条件をお持ちですし……。

 今後は、iPadのような機器が増えてきて、そうした機器で見たい、というニーズが増える可能性はあると考えています。ですが、問題は「どこまで費用をかけるのか」ということ。今、我々が黒字ならばどんどんやるのですが、大きな赤字を出している状態ですから、慎重に考えねばなりません。現在、状況をウオッチし、検討を重ねているところです。 


■ 「放送と通信の壁」が「NHKオンデマンド無償化」を阻む

 ここで、多くの人が考えているであろう「根本的な疑問」をぶつけてみよう。NHKは、「受信料で運営される公共放送」だ。NHKで作られた番組は、当然そこから予算を準備して作られる。

 ならば、映像配信をする場合にも「無料」でできるのでは? イギリスの公共放送であるBBCは、NHKオンデマンドの「見逃し番組」に近いサービスを無料で行なっている。

 その疑問に、小原氏はこう答える。「その話は、根本に戻らないと解説ができませんね」

小原 日本ではずっと、放送と通信は別の体系で行なわれてきた、ということです。2000年の頭までは、放送と通信は全く別の体系、行政システムで、法的にも別になっていました。2007年の法改正までは、「NHKは放送機関だから電気通信回線を使った番組提供はダメ」となっていました。

 法改正はされましたが、現状は「受信料は放送のためだけに使いなさい」というルールになっています。もしそこで受信料でネット配信を行なうと、「民業圧迫」ということになるので、放送事業とNHKオンデマンドは会計分離をし、別区分でやってください、と法律に書かれている。だから有料なのです。映像を出す方にとっては、法律で決まっているので手も足も出ないんです。通信と放送が完全に透明になっていれば、話は違うのですが。

 すなわち、シンプルに答えを言うなら、「法律でそういうルールになっているから」ということになる。そして、さらにそこにつながっているのは、「民間放送の映像配信」の状況だ。

小原 そういった形を実現するために問題になるのは、民間放送の映像配信がほとんど有料モデルになってしまったことです。

 現在、無料なのは「第二日テレ」ぐらいで、多くは有料モデルです。権利処理が大変、ということもあるでしょうが、テレビと同じ「広告による無料のビジネスモデル」を構築できていない。ネットには広告費が落ちているのに、個別で組み立てるとビジネスになっていかないんです。

 理想は、民放さんが通信でも放送と同じように「無料モデル」が成立するようになることです。そうなっていれば、我々が無料配信しても「民業圧迫」にはなりませんから。つまり、一番いいのは、みんながネットで「広告モデル」を成立させることなんです。新聞でも雑誌でもそうでしょう。ただし、今は「ネットの広告では金がとれない」という話になっている。

 そこに我々が「受信料で無料」と言い出したらどうなります? 「民業圧迫」で、業界の秩序を完全に破壊してしまう、ということになるのです。

 この流れは、放送と通信の事情に通じている方でなければご存じないかもしれない。だが、現状では「やりたくてもできない」という事情がある、ということだ。

 純粋に消費者の側に立てば、NHKが無料配信をしたとしても、単純に「民業圧迫」とはいえないと思う。「ネットネイティブ」な映像配信事業者は無料でもビジネスを成立させているところもある。だが、そういった論理が通じないのが、放送と通信を阻む「本当の壁」である。ネットという世界で「通信出身」企業が戦えても、「放送出身」企業が戦えないのであれば、「民業圧迫」とされるからだ。

 「NHKは儲けたいから有料にしている」という意見もあろうが、やりたくてもできないのも事実。状況を改善するには、「業界の壁」を取り払う必要があるということだ。

 


 

■ コンテンツ増加を阻むのはやはり「権利」「許諾」の壁

 もう一つ、NHKオンデマンドに関してよくある批判は、「番組が少ない」というものだ。埼玉県川口市には、NHKが保有している過去の映像・音源60万件が保存されており、そのうち、権利処理が終わっている約6,600件が、全国の「専用回線で結ばれたNHKの設備」の中で「番組公開ライブラリー」として公開されている。

「公開ライブラリーがあって、そこで見せているなら、その映像をNHKオンデマンドで配信できないのか?」と思う人は多いだろう。

 だがこちらも、答えは「No」だ。

小原 NHKアーカイブスの公開ライブラリーは、「NHKの限定された建物の中でのみ、無料で」という、きわめて限られた条件の下で公開する、という形で許諾に合意したものなのです。特に昔の紅白歌合戦や歌番組が人気なのですが、そういった番組の場合、ネット配信のための許諾を得るのはほぼ不可能です。今でも、ネット配信を認めないプロダクションさんもいらっしゃいます。

 このことも、ビジネススタートまでの1年で思い知ったことです。過去の作品のための権利処理コストは、膨大なものになるんです。1本辺りに、のべ時間にして2、3週間かかり、コストは人件費を含め数十万円もかかります。

 これでも、1本200円から300円で数千本売れれば元が取れます。ところが、「数十本」しか売れないんですよ。

「売れない」理由は、冒頭で述べた「古い作品の不人気」だ。過去の名作を求める声も大きいので、NHKオンデマンドもそこに注力したが、結果はまったく違うものとなった。

小原 当初は、名作と呼ばれるものをとにかくしっかり並べたい、と考えました。ところが、フタをあけてみると、メインユーザーは30代から50代の男性。この年齢層だと、「おしん」を知らない、もしくは知っていても見たいと思わない。コアな層が20代になってからのコンテンツでないと興味を持たないようなのです。

 同様に、NHKスペシャル「電子立国・ニッポンの自叙伝」はウケるんですが、「シルクロード」シリーズ、「ポロロッカ・アマゾンの大逆流」などの、名作と呼ばれる作品ですら厳しいのです。やはり「単品で料金を支払う」形では、購入に至ってもらいづらいのでしょう。

 そこでNHKは、人気の高い最新の番組を中心とした「見逃し番組」に注力することになる。だがこちらも、放送から14日後には公開が終わってしまう。以前は10日と、さらに短かった。どうせ配信するのだから、ずっとあってもいいだろう、と思うのだが、やはりここでも「許諾」の壁がある。

小原 2週間の「見逃し番組」向けと、ずっと見られる「特選ライブラリー」向けとでは、許諾の条件が異なるのです。

 そこで用意したのが「シームレス番組」です。これは、見逃し番組の期限が切れると、そのまま特選ライブラリーに移行し、1年間は購入ができる形で配信が続く、という形態。現在は限られたタイトルからこちらに移行していますが、今後はラインナップを増やしていきます。例えば、放映中の「恐竜ドラマ・プライミーバル」シリーズはすぐシームレスに移行する予定ですし、秋に放映予定のドラマもシームレスで展開します。

 現在、日本のあらゆる「ネット配信」の現場で、「許諾」が大きな問題となっている。今回採り上げたNHKオンデマンドもそうだし、話題の電子書籍も同様だ。

 ビジネス構造的に、元々「権利処理の一括管理」に向いていたアメリカは先行しているが、日本はそういった事情を想定していなかったので、とにかく手間とコストがかかりすぎる。日本の配信サービスが遅れているのは、「儲けが見えない上で大変すぎる」からなのだ。

 もちろん、NHKオンデマンドを含む、各企業には努力を期待したい。だが、もっと大きなところから、事態をスムーズにすすめるための仕組みを作って解決せねばいけない時期に来ているのではないか、とも思う。

(2010年 5月 28日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「iPad VS. キンドル日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)、「iPhone仕事術!ビジネスで役立つ74の方法」(朝日新聞出版)、「クラウドの象徴 セールスフォース」(インプレスジャパン)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]