西田宗千佳のRandomTracking

加速するソニーのHDRテレビ戦略。配信とUHD BDの関係は?

ハイレゾ拡大へモバイルとホームを繋ぐ

 ソニーはIFAで、特にオーディオ商品を中心に新製品を発表し、欧州・日本などでの年末商戦に向けた準備を進めている。今回、テレビとビデオ・オーディオ部門、それぞれの商品企画責任者にお話をうかがうことができたので、そこから、今年後半のソニーの戦略を占ってみたいと思う。

 お話をうかがったのは、ソニーでテレビの商品企画を担当する、ソニービジュアルプロダクツ・TV事業部商品企画部統括部長の長尾和芳氏と、ビデオ・オーディオ製品を担当する、ソニー・ビデオ&サウンド事業本部 V&S商品企画部統括部長の北島行啓氏だ。

テレビの商品企画の責任者である、ソニービジュアルプロダクツ・TV事業部 商品企画部 統括部長の長尾和芳氏

配信を中心にHDRを本格展開

 まずテレビから行こう。今回ソニーは、IFAでは目立った新製品を投入しなかった。それは、基本的な商品群が揃っている状態である、という部分が大きいためだ。

 ただし欧州と中国向けには、ディスプレイ面を湾曲させた、いわゆる「カーブド」のモデル。「S85C」を用意し、欧州では夏から市場投入している。そのため、今回特に目新しい製品としては、カーブドのものがアピールされた、という部分がある。

欧州で人気があるカーブドモデル「S85C」をアピール

長尾氏(以下敬称略):特に欧州・中国では、カーブドに関する期待が大きいため、我々としてはフラットとカーブドの両方を用意しました。一部アジア地域でも出ていますが、やはり欧州が一番多いです。

 一方、テレビにおける最大のアピール点は「HDR」だ。4Kが定着しつつある一方で、次なる映像表現のあり方としては、当然HDRがポイントになってくる。

長尾:4Kでは解像度面で大きなジャンプアップを果たせましたし、色域もBT.2020で広がりました。絵全体から得られるリアリティを考えると、次は光のダイナミックレンジ、ということになります。原画としてちゃんとダイナミックレンジのある情報が入っていれば、確実な向上が見込めます。スタジオやCEA、UHD Allianceも含め、いろいろなところと議論させていただいて、環境を整えてきました。

 そこで、CES以降、この夏で大きく変わったのは、CEAで「HDR Compatible」テレビが定義されたことです。SMPTE ST.2084をベースに、それを表示するディスプレイデバイスのスペックが定まりました。基準が一つしっかりした。これが大きな変化です。

 あとは、AmazonをはじめとしたIPTVの事業者が、実際にHDR対応コンテンツの配信を始めている、ということです。NetflixともAmazonとも、昨年からHDRの話し合いと技術検証を進めてきました。Amazonとも互換性検証をして、対応準備を進めています。

 すなわち、基準が決まったことで「ソニーのテレビのうち、これだけのものがHDR対応」と明確に言えるようになったこと、そして、コンテンツとして、ディスクに先駆けて配信がHDR対応を進めた、ということで、具体的にテレビを拡販するポイントして「HDRの価値が高まった」ということのようだ。

IFA会場ソニーブースに展示されているHDRのデモ。確かに、明るい領域・暗い領域での差もわかるし、全域での色合いなどに大きなプラスの影響が出る点に注目

 Amazon Prime Videoの場合、アメリカ・イギリスではすでにHDR配信が始まっている。イギリスでのスタートは「つい先週のこと」(長尾氏)だという。具体的な各国でのスケジュールは把握できていない、とのことだが、各国での準備が終わり次第、順次スタートしていく形だという。ソニーとしてもそれに対応すべく、配信用クライアントソフトとハード側の準備が行なわれている。日本でもAmazonやNetflixなどのHDR配信を予定しているサービスについては、「具体的なスケジュールは公開できないものの、HDRが可能な製品で対応すべく、準備を進めている状況」(長尾氏)という。

長尾:こうした情報を使い、きちんとテレビ側に合わせてマッピングすれば、確実な効果が期待できます。欧州の場合、CESの段階でアナウンスしていた上位モデルの「X94C/X93C」(日本でいうX9300C/X9400Cシリーズ)だけではなく、X91C/X90C/X85C(日本でいうX8500C)も対応することになります。これは、日々映画会社や配信事業者と行なっている検証の中で、それだけの価値が出るのではないか、と判断して搭載することになりました。そうした機器での対応は、ある意味で信号処理の腕の見せ所です。CESでアナウンスしていた以外の機種についても、明らかなステップアップがそこにある、と感じていただけると思います。

 なお、原稿執筆段階では、日本でのHDR対応アップデート機種の正式な情報はアナウンスされていない。欧州の状況をにらみつつ、おそらく近日中にあるであろう、日本国内向けの情報刷新をご確認いただきたい。

ソニーの中で揺れる「配信のスピード感」と「ディスクメディアの価値」

 これまで、映像の変化は放送か、もしくは光ディスクに代表される物理メディアがリードする形だった。だが「4K」と「HDR」については、それらのメディアよりも先に、ネット配信が対応する形になった。「ここが4K時代になっての大きな変化だ」と長尾氏は言う。

長尾:物理メディアや放送は、フォーマットや規格をガチッと決めて、そこからエコシステムを作るものでした。しかしそれでは、リードタイムが長くかかっていました。

 そういう意味では、配信の場合、ある程度のデファクトに合わせてメーカーとサービスプロバイダー、スタジオがお互いに見ながら、「ある程度の互換性があるシステム」をつくった段階で動けます。そのスピード感が全く違います。立ち上がりが今までに比べ、早いです。

 ですから、ハードウエアでできる分とコンテンツの供給のタイミングを合わせるのが、非常にやりやすくなりました。

 ただし、とはいえ規格がバラバラになるのは困りますから、CEAなど色々な場で話し合いをさせていただき、標準化はしっかりやっていく活動も合わせてやっていきました。

 そこで気になる部分がある。ハイクオリティな映像を届ける、という意味では、未だ光ディスクの意味合いは大きい。配信用の4Kコンテンツの平均ビットレートは、現状15Mbpsに過ぎず、いかにHEVCを使っているとはいえ、理想的な画質とは言いかねる。光ディスク、すなわちUltra HD Blu-ray(UHD BD)を使えば、ディスクからの転送ビットレートは100Mbpsを超え、映画を2時間収録する、という想定でも、映像ストリームだけで40Mbpsを割り当てられる。大きな差があるが、現状ソニーは、自社でのUHD BDプレーヤー製品の予定を公表していない。9月2日のプレスカンファレンス後、平井一夫社長も、記者の質問に答える形で、以下のように説明している。

「(UHD BDについては)今日の時点でアナウンスできる商品はない。ですが、準備ができたところから順次お伝えしていきます」

 すなわち、DVD・BD時代に先陣争いをしてきたソニーが、次の「新光ディスク対応製品」については、先陣争いに参加しない、と宣言したに等しい。

 直接の事業部となる「ビデオ&サウンド」担当の北尾氏は、次のように話す。

ソニー・ビデオ&サウンド事業本部 V&S商品企画部統括部長の北島行啓氏

北島:第一に、規格化には弊社もしっかりと参加し、フルにコミットしています。また決して、UHD BDの商品化にネガティブなわけではありません。

 しかし、お客様のデマンドは、どんどんストリーミングの方に移行しています。弊社のブルーレイプレーヤーについても、ストリーミングが再生できて、それを楽しんでいただけるところに軸足を置いています。規格としてのディスクがどうお客様に受け入れられ、伝わっていくのかを見定めさせていただきたいと思っていまして、その状況を見つつ、製品化を考えていきたいと思います。

 UHD BDの最前線にソニーがいない、という印象を与えてしまっているとすれば、大変申し訳ないことです。

 しかし、決して否定的ではないのです。

 ただ、具体的な商品を提示する時期については、デマンドであるとか広がりを見て判断したいと思います。そういう意味で、過去のブルーレイ開発との時のイメージと異なる印象を与えているのであれば、申し訳ないとは思っています。

 筆者の理解として、現状、ソニーがプライオリティを置いているのはストリーミングへの対応であり、それが顧客のニーズにも合致している。一方で、映像の先端を切り開くものとして、光ディスクの「先陣争い」をすることは、ビジネス上有利ではない、という判断があるのだろう。プレーヤー開発用SoCの選別や調達の問題もある、という話も聞こえてはくるが、「まずはスピード感もあってデマンドも大きな配信での対応を優先したい」と優先順位を定める、という判断はわかる。わかるが、一抹の寂しさを感じるのも、また事実である。

Android TVのパフォーマンスは改善へ

 今年からソニーは、テレビ開発用プラットフォームとして、Googleと共に開発している「Android TV」を採用している。商品としては世に出せているものの、もともと8月を予定していた録画機能の提供が9月に延びたこと、動作速度に対する不満があることなど、順風満帆、とはいかないようだ。

 そういう部分をどう評価しているのだろうか?

長尾:新しいプラットフォームの上で、チップセットも全く新規開発という状況もあり、正直申し上げて、一部機能のアップデートが遅延し、操作性の面で改善が必要な部分が多々あるのも認識しています。アップデートによって改善していき、お約束している機能はきちんと提供して、ご満足いただけるものにしていきたいです。

 OSに関しては、アメリカでは先日「5.1」へのアップデートがあり、他の地域でも進化させる予定です。Googleと連携して進めていきます。

 一方パフォーマンスについては、ハードウエア起因とOS起因の部分、ソフト起因の部分がありますが、ソフトの改善だけでも、かなりパフォーマンスの進化が目指せることがわかっています。そうしたチューンナップも目指します。

 Android TVの採用は、当初からの、「自社内で継続的に使い続けることで最終的にベネフィットが増す」という考え方でした。最初の立ち上がりの年は、思いの外苦労していることは否めません。しかし、使い続けることでよくなります。この手法で何機種も開発していくことが、「使い続けることで良くなる」という、本来の目的に合致するものと思われます。

「付加価値モバイルオーディオ」を求める若年層が増大

 話をオーディオに移そう。

 今年のIFAで、ソニーはオーディオ関連の新製品を大量投入した。しかもほとんどがハイレゾ対応だ。特に「h.ear」は、明確に「Beats」を好む層に向けた製品だ。

 そうした方策の狙いはどこにあるのだろうか?

北島:ハイレゾについては、ちょうど2013年のIFAから打ち出させていただいていますが、ビジネスとお客様の広がりを肌で感じています。

 そこで「高音質で楽しみたい」という要求は、一定層の、従来からのオーディオ・ラバーの方々だけではなく、若年層の方々にも広がっているのは間違いありません。ですので、かなり思い切って、十代の層も意識しました。

 これまで高音質の機器というのは、黒だったりシルバーだったりと「いかにもオーディオ機器」という部分があったのですが、それを戦略的に刷新し、ヘッドフォンについて「h.ear」という形でファッショナブルな形でやらせていただきました。CAS-1も同じです。若い方々に、高音質で家の中でオーディオを楽しんでいただきたい、という狙いです。

新ウォークマンとハイレゾヘッドフォンの新ブランド「h.ear」。ハイレゾ対応でありながらビビッドなカラーとデザインが特徴だ。
ハイレゾ対応ウォークマンも、カラー展開とカジュアルさを重視したAシリーズがメイン。欧州でもAシリーズがスマッシュヒットしたことを受けての展開だ

 従来、オーディオは顧客がピラミッド状になっていて、低価格なもので満足する人々が圧倒的に多く、高年齢・高収入でこだわりがある少数の人々向けの圧倒的に高音質なものがある、という形に近かった。だが北島氏は、「その構造は崩れてきている」ともいう。ポイントはやはり若者。そこでモバイルを中心に「高音質なものにそれなりのバリューを求める層」が増えてきた結果、下層よりも上の層が厚くなりつつある、という分析をしている。

北島:若い方々の高音質機器に対する支出意欲は、ものすごく高まっていると思います。

 例えば(最上位ウォークマン)ZX2と最高峰のヘッドホンであるMDR-Z7の組み合わせを、お客様がオーディオのプロショップで試す方が多い。しかもそれが、ほとんど若い層の方々で、自分の持ち込んだ音楽を入れてみて、すごく熱心に聴き比べていらっしゃるんです。

 台湾などには大学の前に「ミュージックカフェ」のようなお店が出来ています。そこに若いお客様が入り、高価なアンプとヘッドホンで音楽を聴くのを楽しんでいる。ヘッドホンを変えながら自分の好みの音を探す、という行動を1時間くらい続けた上で、気に入ったものを購入して楽しむ、という体験をされているんですよ。それを目の当たりにした時、「音楽に対する考え方やニーズ、従来の顧客ピラミッドであるとかというものは変わっているのだな」とはっきり認識したんです。

モバイルとホームをつなぐ価値観を展開

 結果、ソニーはオーディオ戦略を見直そうとしている。

 今までは、ESシリーズのようなハイエンド商品とカジュアル商品はまったく異なるカテゴリーであったし、担当エンジニアもチューニングも違った。だが、CAS-1ではその垣根がなくなり、ESシリーズのエンジニアが本気でコンパクトオーディオに向き合っている。

コンパクトオーディオ「CAS-1」

北島:商品戦略・商品企画としては、「ホームオーディオ」の価値観を転換しなくてはいけない時期なのだと思います。

 従来の430(注:横幅約430mm)の単品コンポをビルドアップして……というお客様はもちろんいらして、重要です。しかし「モバイル機器」向けのアンプ性能などがどんどん進化していて、ポータブルアンプにプレーヤーをつなぎ、自宅で音楽を聴いている、という人々が増えています。ですから、ESで培ったアナログアンプの技術を使い、お客様に小型の商品をモバイル機器と連携して楽しんでいただけるものを狙って技術開発をしました。これが「CAS-1」ですね。

 そこで重要なのが、CAS-1で「スピーカー」という価値観を持ち込んでいることだ。モバイル機器を重視すると、どうしても「ヘッドホン+ヘッドホンアンプ」の世界に行くが、そこで優れた音質のスピーカーと、小さな音でも良い音を楽しめる要素を盛り込んでいる。ここにも戦略的狙いがある。

北島:やはりスピーカーをつないでより広い音場感で楽しみたいとか、リラックスして聞きたいという要素はあります。なので、モバイルのヘッドホンの世界とスピーカー、両方を追求し、それぞれのアンプも独立してやっています。

 CAS-1の場合、従来のように「十分なスペースがあって良い音を聞ける」というお客様の環境が少なくなっている、という分析にも基づいています。80dBくらいの小音量でも、ニアフィールドで楽しんでいただけることは狙いました。

 では「ヘッドホンが当たり前」「投資するならヘッドホン環境」という若い層に対し、スピーカーのよさを広げるには、どういう戦略を持っているのだろうか?

北島:ウォークマンのZX1であったりA10であったりをご購入されたお客様のアンケート調査を行なうと、最初に高音質で楽しむのはやっぱりヘッドホンです。しかし、お客様が「次に購入したい商品」はなにかを調べると、ワイヤレススピーカーの「SRS-X99」だったり、システムステレオの「HAP-S1」だったりと、次には家の中でスピーカーで高音質を楽しみたい、と考えているのです。「ヘッドホンで楽しんだ高音質を、次はリラックスして楽しみたい」というカスタマー・ジャーニーは確実にあります。

 それが、ワイヤレススピーカーやサウンドバーに広がると見ています。

 すなわち、デバイスとしては「手元のスマホ」「ポータブルオーディオプレーヤー」を使うが、そこから先としてワイヤレスでスピーカーへ、という動きがある、ということである。

北島:ですから、そういうところで、高音質伝送できるLDACには、とても大きな意味があるんです。CAS-1でBluetoothとLDACに対応しているのも、まったく同じ理由です。モバイルはホームにつながっていくとおもいます。モバイルにある音楽をできるだけ快適にスピーカー環境でも聞いていただく、という形を作る必要があります。

 この点は、過去の試みから強い手応えを感じています。LDACは、そうした環境の中で高音質を楽しんでいただくための技術です。

 すなわち、LDACは「モバイルとモバイル」をつなぐものとしてだけでなく、「モバイルとホーム」をつなぐ意味合いで高音質化していたわけだ。

北島:弊社では、「ヘッドホン」「ワイヤレススピーカー」「サウンドバー」の市場が成長すると思っています。テレビサイドのリビングにあるサウンドバーで、ウォークマンの音を簡単・快適に楽しんでいただく、という点は強く意識しています。ですから、サラウンドを求めるようなニーズが多いサウンドバーでも「2chのハイレゾオーディオ」にこだわるんです。

 高音質がモバイルからホームまで全部つながる、という方向性には、強い手応えを感じています。

 音楽はモバイル中心で動くようになって久しい。だが、そこで「モバイルの中で高音質・高付加価値」を追い求めるだけでなく、リビングとモバイルをつなぐ部分にリソースをかけ、市場開拓を狙うのが、「若年層のモバイル」に続く。ソニーのもう一つの「隠れた戦略」と言えそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41