西田宗千佳の
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WWDC2012 基調講演 詳報 ハードウエア編

~RetinaディスプレイMacBookで“プロ向け”アピール~


会場となる、Moscone Center West。基調講演を待つ列の先頭は、深夜2時くらいから並んでいたという

 毎年6月は、アメリカ・サンフランシスコにて米Appleの開発者会議「World Wide Developer's Confrence(WWDC)」が開かれる。今年もその時期がやってきた。サンフランシスコから、WWDC基調講演詳報をお伝えする。

 今回は記事が長くなったこともあり、前・後編の2本でお送りする。まずは、会の前半である「ハードウエア」を中心とした話題からだ。今回発表された新MacBookの概要に迫る。なお別記事となる後半では、新OS X、新iOSの話にフォーカスしていく。



■Siriが前説を担当

 アップルといえば秘密主義、と言われるが、ことWWDCに関しては、昨年から軸となるものを先になんとなく発表しておくようになりつつある。今年も、会場にはすでに「主題」をほのめかす垂れ幕がかかっていた。事前に告知されていたのは、次期iOSの「iOS 6」、次期OS Xの「OS X Mountain Lion」。そして、それらをつなぐ「iCloud」である。OSが変わるということは、ハードが変化することもあり得る。そして今回は、トップが名実共にティム・クック氏になって初めてのWWDCでもある。

スタート前から「事前告知」されていたのは、iOS 6とOS X Mountain Lion。この2つは、開発者向けのメッセージとしても主軸になるものだ

 果たしてなにが発表されるのか。スタート前から、(これも毎年のことではあるが)新製品予想があちこちで聞こえてくる中、基調講演はスタートした。

開場前まで、いくつかの垂れ幕は、いかにも怪しげな黒幕に隠されていた。いかにも妄想を誘う演出だ

 すでにニュースリリースが出ているし、本誌にも記事が出ているので、その大まかな内容はご存じの方が多いかも知れない。

 大物は3つ。予告通り、OS X Mountain LionとiOS 6。そして、OS X Mountain Lionを前提とした新MacBookシリーズだった。iPhoneを代表とするiOS機器は発表されなかったが、実はこちらは、おおかたのプレスはそう予想していたもの。ここでiOS 6のベータ版を配布してアプリの開発を促し、その後に来る「新機種」に備えさせるだろう……、と考えられたからだ。アップルの告知によれば、iOS 6の登場は「秋」。ということは、新iPhoneも……という予想が成り立つわけだ。

 それはともかく、実際の基調講演がどのような感じで進んだのか、順を追ってみていくことにしよう。

 大きなイベントには、盛り上げのための「前説」が必要。今回の基調講演で前説を担当したのは、人ではなく「Siri」だった。

まずは「Siri」がお出迎え。iOS 5のキーフィーチャーであり、今回も一つの軸となる機能だけに、ジョークにはデベロッパーの食いつきも良かった

「デベロッパーとしてファイナンス支援を必要としていますか? ……はい、あなたの近くに369のベンチャーキャピタルがいます」

「はい、サムスンの新機種ですか? もちろんとても楽しみですよ。あ、でも、電話じゃなくて冷蔵庫ですけど」

 ……という「設定」のジョークを受けて登場したのが、CEOのティム・クック氏だ。例年のように、クック氏はまずディベロッパーに賛辞を述べ、さらにアップルの好調さを「数字」で表すところからはじまった。


CEOのティム・クック氏。スティーブ・ジョブズ亡き後、初めてのWWDCであり、ここでどのようなメッセージを出すのかが注目されていた

「今年は23回目のWWDCです。WWDCより若い、という人もいるでしょうね。AppStoreの勢いはまさに“現象”と言えるほどです。現在既に、4億を超えるアカウントが存在します。それらはすべてが、クレジットカードに紐付けられ、ワンクリックで買い物ができるものです。世界でもっともたくさんの、クレジットカードアカウントを持つストアサービスといえるでしょう。AppStoreには65万のアプリがあり、そのうち22万5,000がiPadに最適化されたもの。これは我々の競合の数百倍という数です。そして今、AppStoreはひとつのマイルストーンに達しました。アプリの総ダウンロード数が300億を超えたのです。また、50億ドルがアップルからデベロッパーに支払われました」


アップルが保持しているAppStoreで利用されているアカウントの数は4億を突破。このほとんどがクレジットカードで決済されている。すなわち「ビジネスになる」という、アップルの主張だアプリの総ダウンロード数は300億を突破。昨年の3月に250億を超えたばかりだから、3カ月で50億ダウンロードされた計算になる

 iOS向けアプリを中心としたビジネスは依然好調であり、それがデベロッパーに支えられていて、さらにデベロッパーにそれだけの還元が行なわれている、という主張である。実際、Androidでは有料アプリケーション販売の苦戦が伝えられており、この点では好対照といえる。

 その後、クック氏は1本のビデオを紹介した。そこに登場したのは、iPhoneの助けによって山歩きをする視覚障害者や、iPadで学習する子供達、医療現場で活躍するiPadアプリなどの姿だ。

「アプリは人々の人間的生活に、大きなインパクトを残しています。人々がアプリで幸せを見つけていくことを、私はとてもファンタスティックなことと感じているのです」

 ビデオの中でそう語られる。そこに、再び壇上へ戻ってきたクック氏がさらにこう付け加える。

「私は、あなたの夢を実現できるプラットフォームをご提供できることを、ほんとうにうれしく思います。そしてアップルのチームは、さらにハードワークを重ね、あなた方の夢をさらに未来へ向かわせるためのイノベーションをお届けすることになりました」

 すなわちそれは、アプリを作る「デベロッパー」によって変革がもたらされ、それを後押しする技術をアップルが提供する、という関係だ。



■MacBook Air/MacBook ProはIvyBridge採用に

本日のテーマが公開。新MacBook・OS X・iOS6の順に話が進んでいった

 そうして、物心両面からデベロッパーのやる気を鼓舞した上で、本題に入る。

「さて、今回我々は、ノートブックのラインナップを新しくご紹介します……」

 クック氏がそう語り、今日の話題は確定した。すなわち、「新MacBook」、「OS X Mountain Lion」、そして「iOS」ということだ。


新MacBookについて解説する、マーケティング担当上級副社長のフィル・シラー氏

 まずは新MacBookについて、ワールドワイドプロダクトマーケティング担当上級副社長のフィル・シラー氏が語り始めた。

「まずMacBook Airのことから話しましょう。このデザインはまさにブレイクスルーでした。誰もがコピーしようとしているけれど、そんなに簡単じゃないことがわかったようですね(笑)」


まずは現行の「MacBook Air」、「MacBook Pro」のラインナップについて解説。この4種類については、内部はスペックアップしたものの、ボディデザインに変更はない

 チクリとUltrabookのことに釘をさしてから、新Airの説明に入った。とはいえ、デザインに自信をもっているからか、まだ変える時期ではないと考えているのだろう。今回の新モデルも、デザイン面での変更はない。変化は、インテルの新プラットフォーム「IvyBridge」ベースのプロセッサーになったこと、SSDの容量が最大512GBになり、読み込み速度が最大500MB/秒と2倍になったこと、そして、USB 3.0が搭載されたことが中心。すなわち、時期に合わせた順当なアップデートといえるだろう。


新MacBook Airのスペック的変化。基本的には、IvyBridge採用によるスピードアップ、メモリやSSDの強化といった点が中心だ
USBポートは「USB 3.0」へ。コネクタ数は同じ搭載カメラは720p対応に。これも、現在のWebカメラとしてはあってしかるべき仕様といえる

 MacBook Proも同様だ。CPUがIvyBridge系になり、Proのみに搭載機種が用意されているディスクリート型GPUがNVIDIAの最新アーキテクチャ「Kepler」を使った「GeForce GT 650M」となり、こちらも高速化した。

新MacBook Proのスペック。Airと同様、IvyBridge・Keplerといった、最新のアーキテクチャを採用したモデルに変わった、というところだ

■次世代MacBook ProはRetinaディスプレイ採用

 どちらも、価格的にも性能的にも、ライバルの水準から言えば申し分ない。だが、これだけでは「ちょっと面白くない」のも事実。あまり変わったように感じないからだ。

「さて、じゃあ我々の次は?」

 ニヤリと笑いながら、シラー氏はそう切り出した。画面には、ヴェールにつつまれたMacBookとおぼしき製品の姿が映し出される。一瞬「あれで終わり?」と落胆した会場は一気にヒートアップする。

ヴェールにつつまれた形で画面に現れた「新型」。噂は正しかったのか? 会場が一気に盛り上がった

「ご存じのように、MacBook Airのエンジニアチームは、コンシューマー向けのノートブックに新しいビジョンをもたらしました。そして我々は、彼らにたずねたのです。『次世代のMacBook Proを作るのはどう考える?』と」

 もちろん、それが次世代MacBook Proだ。

次世代MacBook Pro(正式名称はのちほど)をお披露目するシラー氏。側面を見せて薄さを強調し、指と比べてみせる

「我々は、次世代のMacBook Proに『キラー』な新しいディスプレイを求めました」

 もうこの瞬間に、ある程度答えは出たようなものだ。会場の歓声はさらに高まるが、シラー氏は先に、本体のデザインを公開した。

「みてください。私の指と同じくらいに薄い!」

 次世代MacBook Proの厚みは0.71インチ(1.8cm)。これは、MacBook Airの最厚部と同じくらいで、現行MacBook Pro(2.41cm)よりぐっと薄い。重量は4.46ポンド(2.02kg)で、やはり現行MacBookより軽く、「これまでで最も軽いPro」となる。

 他方、Ethernet端子や光学ドライブはなくなり、その分、薄く・軽くなった。Airと同じコンセプトで作ったプロ向けモデル、といった趣だ。

厚みは1.8cm。Airに迫る薄さで、従来のProより6mm以上薄い
サイズは15.4型。フットプリントは若干小さく。それ以上に、重量が2.02kgと、現行機種に比べ500g程度軽くなっていることが大きい

 そしてようやくこう付け加えた。

「そう、みなさんご期待通り。これはRetina ディスプレイを採用しています」

 新世代MacBook Proの正式名称は「MacBook Pro Retina ディスプレイモデル」。新機種と同じ「MacBook Pro」ブランドながら、ディスプレイの種類で区別することになる。(以下本記事では「Retinaモデル」と呼称する)

 ディスプレイは、15.4型と、MacBook Pro 15型モデルとほぼ同じである。しかし、解像度はその4倍である2,880×1,800ドット。ppi(pixel per inch)にして約220ppiとなる。これは、iPhoneやiPadに比べ、面積あたりの解像度は低いが、“肉眼で1ドット単位では容易に識別できない”という意味では共通している。


新世代MacBook Proの正式名称は「MacBook Pro Retinaディスプレイモデル」。15.4型/2,880×1,800ドット(518万4,000ドット)のディスプレイを採用、ppiは220となる解像度は従来の4倍にノートパソコンで世界最高の解像度であるとアピール

 当然OSに組みこまれた各種アプリケーションで最適化されており、Retinaディスプレイの解像度の高さを生かし、文字や写真がなめらかで見やすくなる。それだけでなく、PhotoshopやAutoCAD、Final Cut Proなどの主要プロ向けアプリケーションが、アップルと開発元の協力によってRetinaディスプレイに対応する。これは、MacBook Proが一般的なビジネスだけでなく、アートや設計などのプロも狙った製品であることから、必須ともいえる対応だ。

OS搭載の各種アプリはもちろん、AdobeやAutodeskなどのプロ向けアプリケーションもRetinaモデルに最適化される

 Retinaモデルは、同時発表された他のMacBookシリーズと同じく、IvyBridge・Kepler系のプラットフォームを採用している。また、SSDの容量は、カスタムオーダーの場合、最大768GBまで増やせる。他のモデルは512GBまでだから、より多いことになる。それでいて、バッテリ動作時間は、MacBook Proと同じく7時間。性能面からみればかなり贅沢な作りといえる。

 例えばFinal Cut Proを使った場合、Retinaディスプレイで1080pのビデオを縮小せず、完全に表示できるようになるだけでなく、9つのビデオストリームを同時に扱うことも可能になる。また、ハードウエア的なMacBook Pro/通常モデルとの違いとしては、Thunderboltインターフェースが2つあること、そして、MacBookシリーズとしては初めて、HDMIを搭載していることも挙げられる。

Retinaモデルの内部。バッテリが大半を占め、冷却気候も大幅に変わったCPUはクアッドコア。最大2.7GHzのものを搭載できるストレージはSSDのみ。最大768GBまで搭載可能
バッテリ動作時間は7時間で、他のMacBook Proと同等であるインターフェース。電源用コネクタがより薄い「MagSafe2」になった(旧MagSafeとの変換コネクタもあり)。Thunderboltは2つ、HDMIも初めて装備しているThunderboltには、BlackMagic CinemaCamera(2.5Kの解像度で撮影できるムービーカメラ)などの接続も想定。ここもプロ向けだ

 そして、画面上には、Retinaモデルを含めた5機種が並ぶことになった。だがここで、もうひとつ分かることもある。

 従来、MacBook Proには17型モデルがあったが、これは今回から無くなる。最上位モデルがRetinaモデルになり、ディスプレイサイズとしては15インチクラスが最大、ということになったのだ。

EthernetやFireWireがなくなったので、Thunderbolt経由でつなぐアダプタが発売されるRetinaモデルのスペック。日本では2ラインナップになっているMacBookシリーズ全ラインナップ。最上位がRetinaモデルになり、17型モデルが姿を消した

 おそらく、17型の大きさを求める人は据え置き利用が多く、それなら外部ディスプレイで用が足りること、性能面ではRetinaディスプレイ化するためにかなり贅沢なものが必要で、Retinaモデルはコスト的にもかなり差別化したものになったことなどが背景にあると予想される。

 基調講演終了後、会場外にRetinaモデルの実機が展示されたので(残念ながら、触ることは叶わなかった)、そのインプレッションもお伝えしよう。

 率直に言って「薄い」、「美しい」。

 一見したところ、ボディの仕上げは若干変わったようで、より上品な印象を受ける。ディスプレイはやはり美しいが、一般的なアプリケーションが動作していたわけではないので、最終的な決断は下さないでおく。また、Retina化したことによって、PCとして表示する情報量(iPadとは扱い方が当然違うだろう)がどうなるかは、まだ現地ではよくわからない。

 電源コネクタはより薄い「MagSafe2」になったが、電圧・電流量などは変わっていないようで、別売の変換アダプタを介することで、旧MagSafeのアダプタも使えるという。

 ピュアなモバイルファンから見ると、「結局大きい」、「Airの完全刷新が良かった」と思われそうだが、アップルを支えるプロビジネスを思えば、この機種が求められているのもわかる。また他方で、Retinaを冠するに足る解像度のディスプレイと、それを支えられるプロセッサの価格は高価であり、プロモデルにしか向けられなかったであろうことも容易に想像できる。

 しかし、新OSやRetinaモデルで準備が整い、タブレットで進む高解像度化によってパネルの生産量が増えれば、低価格モデルにもRetinaの波はやってくるだろう。

 別の見方をすれば、今年はその「先触れ」でもあるのだ。

展示されたRetinaモデルを撮影。まるで薄さが半分になってしまった(実際にはそこまでではない)ようなインパクトを受けるMagSafe2を接写。機構・電圧などは同じだが、薄さに合わせて変更に。変換コネクタが別途販売される

(2012年 6月 12日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]