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「dビデオ」誕生とビジネス成長の秘密とは?

端末と独立したサービスを目指すドコモの戦略

 日本のビデオオンデマンド(VOD)市場を見た時、現在大きな勢力となりつつあるのが「携帯電話事業者」だ。特に、月額料金制の「サブスクリプション・ビデオオンデマンド(SVOD)」においては、数年前からビジネスを展開している既存プレイヤーを尻目に、新興勢力が契約者を増やしている。海外からやってきたHuluも注目されるが、やはり契約者数では、NTTドコモが展開している「dビデオ」が最も勢いがある。

NTTドコモ 常務執行役員 スマートライフビジネス本部長の阿佐美弘恭氏

 ドコモと共同でビジネスを展開するエイベックス・グループ・ホールディングスの決算情報によれば、2013年度第二四半期の段階で契約者数は446万人。日本のVODとしては、他よりも群を抜いた数である。

 では、NTTドコモはなぜ「dビデオ」に注力するのだろうか? 事業はどのような経緯で生まれたのだろうか? そして、「回線契約を伴わないオープンな利用」が公言されているが、そうしたビジネスはどういった形で進んでいくのだろうか?

 ドコモのサービス系のトップであり、dビデオを初めとした「dメニュー」サービスを統括する、NTTドコモ・常務執行役員 スマートライフビジネス本部長の阿佐美弘恭氏に話を聞いた。

30年前から続くNTTの「VOD」、映像への取り組みは阿佐美氏の「悲願」

「VODとNTTには、長い歴史があるんですよ。実は私も、VODからスタートしているんです」

 インタビューの冒頭を、阿佐美氏は昔話から始めた。阿佐美氏は1980年、当時の電電公社、今のNTTに入社した。その当時、最初に手がけたのは、なんと「VODシステム構築の実験」だった。

 といっても、話は30年以上前のことだ。デジタルによる高速通信も、MPEG系圧縮による高効率な伝送も存在しない。

自作の資料でVODの歴史を説明する阿佐美氏

阿佐美:1978年頃から、電電公社はVODの実験をしてきました。私も入社してすぐ、その実験に参加しています。ただその時のものは、120巻のカセットをマシンハンドで送巻して、12のアナログ回線を使って送る、というものでした。実際僕が開発していたんですが、マシンハンドの音がグォーって感じですごくてですね……。そもそも、12回線ではどうやってお客様を捌くのか。当時はもちろん、アナログのメタリック回線でやっていましたが、都内で実験した時には、500m毎に中継器が必要でした。電話線の上で流そうとしていたので、どうしてもこりゃあ実用的にはならないな……と思いながらやってた、というのが正直なところですね。

 その後、阿佐美氏は2003年にNTTドコモへやってくる。あくまでサービス全般を担当するためにやってきたのであり、VODをやるためにやってきた、というわけではないのだが、「ふつふつとVODをやりたい、という気持ちは盛り上がっていた」と話す。

阿佐美:なにしろ、一番最初にやったことですしね。そもそも、「好きな時に好きな映像を見られる」良さはわかっていましたから。いつ、どんな風にしてやるかが問題だったわけで。動画はライフワークだと思っていました。

 だが、2003年当時はまだその時期ではなかった。当時はまだ2G(NTTドコモでいえばmovaの時代だ)の通信網が主力であり、映像配信は難しかったからだ。

電電公社時代に阿佐美氏が手がけていたVODと、dビデオの比較。30年で仕様はここまで広がり、実用的になった

 そこで阿佐美氏が最初に手がけたのは、角川グループや日本テレビと組んでの、コンテンツ制作への出資だ。日本テレビとの合弁事業は「D.N.ドリームパートナーズ」(2006年設立)として、旧角川書店グループ(現KADOKAWAグループ)との連携は2006年11月の同グループへの資本参加と業務提携、という形で実を結んだ。結果、多くの作品の「製作委員会」にNTTドコモは名を連ねることになる。「だから、色んな映画やアニメのエンディングテロップを見ると、私の名前があったりするんですよ」と阿佐美氏は笑う。

 そして、満を持した形でビジネスの準備を始めたのが、2009年5月にスタートした「BeeTV」である。この頃には3G網であるFOMAも定着しており、インフラ面の問題もひと段落しており、映像の配信にも耐えられるようになっていた。

 BeeTVは、エイベックス・グループとNTTドコモが合弁でスタートすることになり、サービス主体は「エイベックス通信放送(通称ABC)」が担当することになった。BeeTVのインフラは最終的に、現在のdビデオと一体化していく。dビデオの正式名称が「dビデオ powered by BeeTV」であるのはそのためである。ここから同社の映像配信系ビジネスは本格化していくが、その過程は、携帯電話の端末や回線事情と密接に結びついていた。

フィーチャーフォンの「サイズ」が生んだ「BeeTV」

 BeeTVは2009年にスタートしたが、当初から月額固定制の料金を採用している。そういう意味では、SVODのはしりといえるものだ。だが、現在のSVODとは大きく違う点も存在する。コンテンツのほとんどを「オリジナル」としたことだ。エイベックスグループとの関係を生かし、BeeTVオリジナルの番組を積極的に製作し、まずはBeeTV向けに配信、その後、テレビやDVDなどに展開していく……というモデルを採っていた。

 そうした手法を採った理由は、「当時の携帯電話のディスプレイサイズにあった」と阿佐美氏は説明する。

阿佐美:BeeTVを立ち上げた時の問題は、画面が小さいことでした。当時のフィーチャーフォンは3.3インチ。色々マーケティングしてみたのですが、このサイズだと、既存の「世の中にすでにあるコンテンツ」は見ようとしないんですよ。小さすぎるんです。

 テレビなら全体を見せていいものを、BeeTV向けにはもっと寄ったアングルで作り直したりしました。それに、短くないといけない。要は、短尺で大写しにしてもらわないといけなかったんです。

 オリジナルコンテンツで展開したわけですが、実はオリジナルコンテンツがやりたかったわけではなくて、3.3インチのディスプレイでお客様が見てくれるコンテンツということになると、そのサイズに向けて作らなければならない……ということだったんですよ。フィーチャーフォンで見ていただけるために、コンテンツそのものを作らないといけなくなったんです。

 とはいえ、映像コンテンツを実際に作るのはテレビや映画のスタッフだ。アングルも作品の長さも普段とは大きく異なる。

阿佐美:普段は1時間や2時間でドラマを作っていますよね。15分のものを作ってもらうとなると、それを15分で切り出してもダメなんです。終わる手前に山があって「次回も見たいな」と思ってもらわないといけないわけで。ですから、15分毎に山谷があって、全部見ても山谷がないといけない。これは正直言って、プロデューサーさんなど、制作者の皆様にご迷惑もおかけしました。

 まあ、そうしてコンテンツは貯まっていくのですが、やはり「フィーチャーフォンで見せるためだけのコンテンツは成り立たないのかな……」と思い始めてはいたのです。

 ただし、この時、BeeTVは「大失敗」していたわけではない。月額315円で展開しつつ、順調にユーザー数を増やしていた。2010年3月にはユーザー数100万人を達成、同8月には単月での黒字にも到達している。これは、当時のVOD系としてもかなり大きな数字といえる。

 阿佐美氏が「コンテンツ面で厳しい」と思い始めていた時期、彼らには、同時に別のものも聞こえはじめていた。それが「大画面スマートフォン」の足音だ。

「大画面化」でBeeTVから方向転換、わかりやすいサービスに

阿佐美:スマートフォン、iPhoneでは4から5インチの大きなディスプレイを使っています。このアナログ的な「画面の大きさ」の違いが、状況を大きく変えると考えたのです。

 色々なお客様にリサーチしてみると、4~5インチになると、(テレビなど向けに作られた)既存のコンテンツでも「なんか見ちゃう」という返答が大きかったのです。私はもうちょっと大きなものでないとダメなのかな……と思っていたのですが、意外といけてしまいそうだ、という感触を得られました。

 小さいものではフィーチャーフォン、大きいものではPCと、サイズは色々あったわけですが、どうも「帯に短したすきに長し」のようでした。特に映像を見るには。でも、スマートフォンの画面サイズでリサーチして見ると、けっこう許容するんですよ。

 10インチのタブレットならば、当然見れます。ポータブルDVDプレーヤーの画面サイズって、だいたい7インチから10インチ。その種の製品でそのサイズなんだから、問題なく見るだろうな、という予想も付きます。

 じゃあ、このサイズの中で、テレビドラマだとかハリウッド映画だとかを流してしまえばいいじゃないか……。ある意味思い込みなんですが、そう考えたわけです。

 そうした着想の元に結論を出したのが、「dビデオスタートの1年前だ」と阿佐美氏は言う。すなわち、2010年秋頃には、BeeTVからdビデオへの移行は始まったのである。回り道だった気もするが、結果、ドコモはBeeTVの「オリジナルありき」の路線から、「レンタルビデオモデル」へと舵を切ることになる。

 dビデオになるにあたっては、もう一つの変更があった。BeeTVはあくまでABCという合弁会社が運営するサービスだった。「別の言い方をすれば、iモードにおける公式サイトの一つ、のような扱い」と阿佐美氏は言う。だがdビデオをスタートするにあたって、サービス主体はNTTドコモに変わる。

阿佐美:dビデオは人にお任せせず、ドコモ自身でやってしまおう、ということになりました。もちろんエイベックスさんのご協力はいただくわけですが。dビデオはドコモ自身のサービスにすることになりました。

 そうした場合、単に映像のライセンスを借りて来るだけでは差別化できません。そこで、元々はフィーチャーフォン向けのコンテンツだったBeeTVを、(他のSVODとは)差別化できるコンテンツ、ということで位置づけようよ、という風になったんです。

 dビデオは誰もが、どこのサービスでも見れる有名な映画タイトルもありますが、BeeTVのオリジナルもある。そして、トータルで価格を500円にしましょう、ということにしました。

 BeeTV時代、サービス料金は税込み315円だった。現在のdビデオは税込み525円。約200円の価格アップとなった。これはBeeTVにコンテンツを追加してアップグレードした、という扱いであるからだ。そもそもBeeTVには100万を越える加入者がいた。その加入者に積み上げしていくことで、順調な顧客獲得が行なえる……との計算もあった。「BeeTVなくしてdビデオはなかった」と阿佐美氏は言う。

 オリジナルコンテンツを付加価値に、一般的な知名度のあるコンテンツを軸にしたことは、顧客獲得にもプラスに働く。

阿佐美:店頭でサービスをお勧めしてくれる方々の声からも、次のような情報が入ってきていました。

「オリジナルのコンテンツは、誰も見たことがないので中身が分からず、薦めづらい。なにかしら見たことがあるものならば、内容が分かっているので薦めやすい」と。見たことがあることで親近感がわき、お薦めしやすい、ということなんです。そう言われてみればそうかな……と。

 こうした発想の転換を阿佐美氏は「天動説」と呼ぶ。dビデオを月額課金・定額制にしたのも、リサーチの結果、それまで常識的だったモデルをひっくり返した「天動説の一つ」と呼ぶ。

阿佐美:結局、都度課金は面倒臭いんですよ。結局、見るまで面白いかわかりませんよね。見ないと分からないのではご迷惑がかかる。物理的なレンタルビデオ屋さんで「迷う」のは、それぞれにお金がかかるから迷うんだと思うんです。時々失敗もありますよね(笑)。

 膨大なストックがあるなら、「まだ見ぬ旧作はまだ見ぬ新作だ」ということにしてしまい、定額制にしてしまおう……と。これは社内でも相当に議論がありました。

 この背後にあるのは、新作のビデオを大量に仕入れるのは難しい……という想定があった。レンタルビデオ店などの主力製品である新作を、定額モデルには採り入れにくい。だが、だからこそ「新作中心のレンタルビデオサービスとは競合しない」と阿佐美氏は言う。

阿佐美:ただ、単に置いておいても見られるわけではないですから、「涙を誘う作品」のような特集を積極的に展開するようにしています。棚にあるものを引っ張り出してお客様にみていただく努力をしないと、なかなか作品の存在には気づいてもらえません。このマネジメントだけは、しっかりしないといけない、と考えています。せっかくあるものなんだから、見ていただかなくちゃもったいないじゃないですか。500円という価格は、正直安いです。でも、そこも含めチャレンジです。レンタルビデオ店へ行く手間と選ぶ手間、それを天秤にかけて選んでいただければ……。

 阿佐美氏は、ストック中心の今のあり方は「発展途上」だという。新作の都度課金も「あって当たり前」との発想からだ。新作は都度課金で提供し、そうでないものは定額で提供するという、二本立てでのビジネスを進めていく予定だ。

 ただし現状は、都度課金よりも先に進めているものがある。それは「マルチデバイス」「ネットワークフリー」展開だ。

阿佐美:スマホだけでなく、Wi-Fiのタブレットでも見るとすれば、当然マルチデバイスやネットワークフリーが必要になります。そうやって、お客様に「見方のバリエーション」を提供した方がいいのだろう……ということで、この半年は注力してやってきました。

 その結果として、「ドコモ回線を一切使わず、自宅の無線LANで見れてしまっているのだから、ドコモとの回線契約がなくてもサービスだけ使えるようになるのは、おかしくないよね」という方向性で進んでいます。

 さらにそこで「ドコモの回線も使っていただけていればもっとハッピー」という形になるよう、今色々考えているところです。キャリアフリーは年度末に向けてやっていくので、それまでに、いかに「ドコモのネットワークを使っていればハッピー」という付加価値をつけるかが問題です。

 ただその時も「ドコモ回線からだと100見れるけれど、他だと制限がある」みたいなことはしません。サービスグレードは一緒だが、ドコモの回線だとハッピーになる、という風になるよう、今悩んでいるところです。

 現状dビデオは、ドコモIDさえあれば、タブレットやPC、dスティックのような「HDMIドングル」でも視聴可能になっている。阿佐美氏は「まず一段落」と話す。テレビで見るという意味では、ゲーム機などへの対応が求められる部分もあるが、現状では「否定しない」という段階だ。

阿佐美:なかなか開発も大変なので、そうした部分はパートナーとの話し合いの中でやっていきます。やることについてはまったく否定しません。

 むしろ現在、阿佐美氏が大切にしようとしているのは「付加価値」の追求だ。

阿佐美:dビデオをスタートした2011年11月当時は、「dブック」「dミュージック」しかありませんでした。しかし今はアニメストアができて、ゲームもできて、ショッピングとしてファッション・トラベル・キッズとラインナップは揃ってきています。そろそろ、こうしたサービスとの連携を考える必要が出てきました。

 先日は「進撃の巨人」でちょっと仕掛けをやってみました。コミックストアで見ると「アニメストアでやっているよ」と誘導をして、アニメストアで見た人には「コミックの売り場にあるよ」と誘導することで、けっこうな相互送客が見込めました。

 去年は、映画「悪の教典」の映画版を作る脇でサイドストーリーを作ってdビデオで配信し、主題歌がエグザイルなのでdミュージックで配信し、ブックでも連携し……といったことをやってみました。

 いろんなメディアの違いを楽しんでもらうところまでやってきたかな、ということで、チャレンジしている最中です。

「見るものがない」時に見られるサービスの提供がカギ

 dビデオが伸びたのは、ドコモショップなどでスマートフォンが拡販される時、同時に「お勧めサービス」として提示され、契約者には割引などの特典が提供されたことが大きい。

 ただ、そういう契約手法を採るサービスは他にも多数あるが、そのまま顧客が定着するサービスは多くない。解約率は一般に公開されていないものの、他のサービスよりはかなり低い。だからこそ、サービス開始から2年という短い期間で、一気に450万加入以上まで伸びたと考えられる。そうした背景にあった戦略を問うと、阿佐美氏は笑いながらこう答えた。

阿佐美:高尚な戦略なんてないですよ。単に、好きだから、思い込みでやっただけです。ただ「見たい!」という要求に素直に応えていくことが大切だったのだと思います。

 正直サービスをIT的に見れば、たいしたものではないです。でも、お客様のニーズやウォンツには応えられたのではないでしょうか。凄いことができると言って説明するよりも、テレビドラマの連続モノが見れますよ、アメリカのドラマが見れますよ、といったことが大切だったはずです。

 これは、店員さんが自信をもってお勧めできるということ。難しくないから、自分で見て楽しいと分かっているものは、堂々とお勧めできる。そこがしっかりハマったんでしょう。書かれた資料を読むのではなく、実感を伴った営業が出来た、ということです。

 こんな例もある。

 ある東北のドコモショップでは、スマートフォンの契約者に対するdビデオの加入率が100%に近かった。「無理に契約してしまったのでは……」と恐る恐る聞いてみると、まったくそうではなかったという。

阿佐美:要は、そのお店の近くには、レンタルビデオ店が1つもなかったんです。そうした部分で支持されることもあるんだろうな、と納得しました。

 説明してもわかりにくいサービスもあります。そういうものもあっていいんですが、本当にコンシューマを相手にしている我々のようなビジネスで、幅広く受け入れられるのは、身近なものなのだな、と。気づくのが遅いよ、と言われるかも知れませんが……。

 実際、サービスの利用トラフィックを見ると、面白いことがわかってくる、と阿佐美氏は言う。

阿佐美:サービスの利用量が増えてくるのは、夜9時からなんです。

 家に帰って食事し、7時・8時くらいの時間は、バラエティなどの「みんなが見る番組」が流れています。9時くらいになると、連続ドラマか映画です。そうすると「このドラマは見ない」「この映画は見ない」という、好き嫌いがはっきりと分かれる。テレビが提供しているコンテンツがターゲットされてしまっているんです。そのターゲットから外れた人々がどこに来るかというと、ここ(dビデオ)にくるんです。そこからトラフィックが上がる、という特徴がありますね。

KADOKAWAとの関係から生まれた「dアニメストア」

 dビデオには、姉妹サービスとして「dアニメストア」というサービスがある。こちらは月額420円で、dビデオとは独立した形で存在している。トラフィックや利用形態も、こちらはdビデオとは異なる。

阿佐美:アニメは1本が短いこともあり、ダウンロードしておき、通勤中に、行きに1話・帰りに1話、1週間で1クール分見る……みたいな使い方が多いです。通勤を楽しくするものとして使っていただけているようですね。

 dビデオでは、テレビドラマにハマッた方は止められない……という状況のようですね(笑)

 そうなると、やっぱり見放題じゃないと厳しい。都度課金で全話だと、現状、なかなか買っていただける価格にはならないです。

 基本的にコンテンツを出される方々も、それなりのレベニューシェアができるのであれば、コンテンツがどう見られているかは、気にはなるけれど大きな問題ではない、そうです。きちんとマネタイズされているかが重要です。

 要は、いかにたくさん見てもらえて収入として帰ってくるかが大切、ということなのだろう。

 dアニメストアは、dビデオとは独立してサービスが存在している。その成立にはKADOKAWAグループが大きな意味を持っている。

阿佐美:以前からKADOKAWAさんとはコンテンツファンドをやっていました。それは時期が来たので整理したのですが、KADOKAWAさんとは一緒にやりたかった。そして、KADOKAWAさんはアニメがお得意です。角川歴彦会長とも長くお話をさせていただいていたので、流れの中で「じゃあ、一緒にやりましょう」ということになりました。急にやろう、といっても難しかったでしょうね。

 dアニメストアを運営しているのは、ドコモとKADOKAWAの合弁会社であるドコモ・アニメストア。KADOKAWAのアニメコンテンツに対する知見やコンテンツ収集能力などを生かしての運営となっている。

 そして、dビデオとも少し違うのは、ドコモ・アニメストア自身がコンテンツファンドの能力も持っており、製作に出資できるようになっている、ということだ。

阿佐美:BeeTVの「オリジナルのものを作る」という部分は、dビデオの重要な部分を担っています。アニメストアについてもコンテンツ出資の機能があって、アニメの製作委員会に対して、少しでも、5%でも10%でもかかわっていけます。コンテンツの上流にいる人達とのいい関係を保とうと考えています。単に、ライセンスを引っ張ってくるだけではない関係、製作にも関われるようにと考えています。

 ちなみに、なぜ「dビデオ」と「dアニメストア」はわかれているのだろうか? レンタルビデオ店はアニメも扱うもの。実際、dビデオにもアニメコーナーはある。

 しかし現状、「ビジネスとして、dビデオとdアニメストアは明確に分かれている」と阿佐美氏は説明する。

阿佐美:理由は簡単で、コンテンツが違うからです。これは私の趣向でもありますが……。

 双方は、見る人が違うでしょう? 大人が趣味として見るアニメと、子供が見るものを一緒にしては、マーケティング上マズイのかな、と思ったんです。

 深夜アニメに代表される、要はKADOKAWAのアセットはdアニメストアで、家族で一緒に見るような作品はdビデオで展開しています。若干かぶっているところもあって、それはしょうがないかな、と思っているんです。

 結果的に、パートナーであるKADOKAWAさんの強みは、その方が発揮できています。

 要は「ちびまる子ちゃん」はdビデオ、「まどか☆マギカ」はdアニメストア、ってことですよ。見ている層は全然違うじゃないですか。dビデオのアニメのCMを深夜に流したんですけど、ぜんぜん受けなかったです。やっぱりしょこたん、中川翔子さんとかがしっかりアピールしてくれないとウケが悪くて(笑)

 実は阿佐美氏自身も、かなりのアニメ好きだ。アニメ好きだからこそ、「アニメ好き向けのストアはきちんと作らなければ」という発想でストアを作っているのだ。

一時的な契約量停滞は「iPhone」のせい? 端末と独立したモデル構築を目指す

 dビデオに代表するビジネスモデルに移行することは、ドコモにとって大きな価値を持つ。そこには、「過去のドコモ」からの決別、という意味が込められている。

阿佐美:iモードのビジネスモデルは「従量制課金」のモデルなんですよ。従量制の時はパケットで儲けています。データとしてなにが流れようが、我々はパケットの流れで儲けました。コンテンツベンダーさんにがんばっていただいて、我々はそのパケットで利益を出せば良かった。

 しかし、その後ダブル定額になり、完全定額になりました。FOMAからXi(LTE)になって、速度が上がった分だけ若干の差分はいただきましたが、それ以上はないじゃないですか。これからは、別のところでお金をいただける領域に出て行かないといけないんです。

 ネットワークが速くなってなにができるか? まずは動画ですよね。BeeTVをやっていて限界もわかっていますし、スマホのLTEならば、普通のものが見れるのはわかっていました。きわめて当たり前の中でやってきたんです。そういう意味でも、BeeTVをやっていなかったら、dビデオはできなかったです。

dビデオの会員数の推移(出典:エイベックス・グループ・ホールディングスの決算資料から)。順調に会員数を伸ばし、BeeTVとの累計では552万人、dビデオだけでも446万人となっている

 ただし、dビデオも減速が見える。エイベックスの決算を見ると、直近の四半期では契約数の停滞が見える。阿佐美氏もそれを認めるが、「想定されたこと」とも言う。

阿佐美:停滞は、iPhoneを採用したことと関係しています。

 我々のポリシーとして、「ドコモのネットワークで使いたい方に、いち早くご提供する」というやり方にしました。だからメールもdビデオもない状態で、9月20日に販売を開始しました。

 9月10日に我々がiPhoneの取り扱いを発表すると、「えっ?!」ということで、購入を検討していたお客様が「待ち」に入りました。それは、他キャリアでiPhoneを検討しておられた方だけでなく、ドコモのAndroidを検討しておられた方もです。

 また、9月20日にiPhoneを買っていただいたとしても、dビデオをiPhoneで提供できるのは10月10日からでした。その間、お使いいただけないのに契約をお勧めすることもできません。

 そうした関係もあり、契約が踊り場にさしかかったのは事実です。

 メールが10月1日、dビデオが10月10日、dアニメストアがやっと11月1日に利用可能になって、やっと店頭での販売側も慣れてきました。今後11月、12月で、停滞していた分を巻き返せるかが重要です。

 すなわち、iPhoneでのサービス構築に伴う停滞であり、dビデオそのものの解約者が増え始めたわけではない……というのが阿佐美氏の説明だ。

阿佐美:サービスの魅力はなにも変わっていません。そもそも我々はマルチOSの中でサービス提供を考えています。今年の春にTizenへの取り組みを発表した際にも、同様の説明をしました。

 端末はお好きなものを使ってください。ただし、端末にひも付くプラットフォーム、例えばAppStoreやGoogle Playはそれぞれでしか使えません。でも、ドコモのサービスは違う。AndroidからiOSに機種変更しても使えますし、逆もできる。これまではAndroidしかなかったのでそういう部分が見えにくかったのですが、iOSがドコモから出て整理できたので、この辺が見えてきました。もちろん、9月に混乱の時期はありましたが。

 売り出し時期はまだ未定ですが、Tizenもそういう発想でやります。

 そういう意味で、我々の中では、機種変更によってサービスが解約される危険性はかなり低くなってきています。片方では使えない、となると解約につながりますので。

 端末にひも付いたサービスの中で定額サービスをするのは、まだなかなかハードルが高いです。彼らといかに共存するかという意味でも重要な施策かと思います。

 別にGoogle憎しじゃないんですよ。Google Playの場合、キャリア課金の仕組みを入れていただいて大きく成功しています。彼らからは、我々にもレベニューシェアをいただけていますので。端末ベンダーのエコシステムとドコモというキャリアーのエコシステムをどう共存するか、という施策の一つだと思っています。

 我々はネットワークとサービスを提供し、端末はお客様が自由に選んでいただく構造に、今、サービスモデルを変えつつあるのです。

 すなわちdビデオの「定額」というやり方は、端末側のコンテンツストアと棲み分けるための施策でもあるのだ。

西田 宗千佳