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第655回

ソニー新CEO・田中健二氏に聞く「クリエイターシフト」のいま。TCLとの合弁はどうなる?

4月からソニー株式会社・代表取締役社長CEOに就任した田中健二氏

ソニーグループの中でエンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)事業を担当する「ソニー株式会社」。4月から同社の代表取締役社長CEOに就任した田中健二氏への取材機会を得た。

田中氏には以前インタビューしているが、その時に話題の主軸であったのは、ソニーが進み始めていた「クリエイターシフト」だった。

ET&S事業のトップに就任した田中氏が進めるのも、クリエイター向けのビジネスだ。ただし、これまでとは価値も形も、影響する業種も変わってきている。

それはどういうことなのか? 解説を交えつつ確認していく。

また、ソニーのET&S分野といえば、テレビやホームシアター、クリスタルLEDなどのディスプレイに関わる分野を分社化し、中国TCLとの合弁会社を設立するという動きがある。

この計画はどうなっていて、どのような分野に影響してくるのだろうか? そうした点についても最新のコメントが得られた。

ソニーは「感動を創る会社」を目指す

今のソニーとはどんな会社なのか?

ソニーグループはエンターテインメントを軸に複数の事業領域を持つコングロマリットになった。その中で柱の1つとなるソニーも、クリエイティビティを支えるビジネスへとシフトしている。

田中CEO(以下敬称略):私たちがソニーという会社をもう1回定義するに際して考えているのは、やはり「感動を創る会社」だということ。これが我々のDNAだと思っていて、「感動を作る」ということを中心に置いて会社の経営をしていきたいと考えています。

一方、これも我々の文化的なDNAだと思っているのが「自由闊達」と「オープン」。

「自由闊達」は弊社の設立趣意書の中にもある言葉ですが、エンジニアたちがどんどん自由闊達に色々なことができるように考えています。

さらに、それぞれがオープンである。

かつてはサイロ化みたいな文化もあったので、よりオープンにやっていくということを考えています。

これらをベースに、スピード感を持って成長しましょう、ということで進めています。

田中CEOが示す、ソニーの方向性。感動を創る会社を、「自由闊達」と「オープン」が支える

スポーツをデータ化することでエンタメ事業に

ソニーとして現在特に力を入れているのが「スポーツエンタテインメント事業」と「空間コンテンツ事業」だ。

前者は画像認識によるスポーツの判定技術である「Hawk-Eye」を主軸とした事業だ。

スポーツエンタテインメント事業の概要。3つの軸で成り立っている
Hawk-Eyeは幅広いプロスポーツに判定技術として導入されている

現在は単に判定技術としての導入だけでなく、スポーツ全般の可視化技術ともなっている。サッカーや野球、フットボール、ホッケーなど、多くのトップスポーツで使われているが、日本でもNPB(日本野球機構、プロ野球)の全球場に導入され、データ収集と解析に使われている。中でもNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)での活用例については、1月に筆者も取材して記事にしている。

Hawk-Eye技術はソニーが買収によって手に入れたものだが、その後、ソニーやさらに買収したKinaTrax社の技術を統合し、競技者の行動の効率やトレーニングの状況まで把握できるようになった。「この調子でトレーニングするとけがをする可能性があるのでクールダウンすべき」といったことを把握できるようにまでなった。

KinaTrax社の技術により、体を映像からキャプチャして「バイオメカニクス」解析
映像や体に装着した機器からトレーニング中などのパフォーマンスを詳細に解析
体に装着するセンサー。背中にセンサー本体を入れて使うが、センサーは非常に軽量で、選手のパフォーマンスを妨げない

競技場のすべてをリアルタイムに3Dデータ化することも可能になった。選手をキャラクターに置き換えてファンエンゲージメントに使うなど、スポーツのデータを「空間データ」として扱って、新しい価値を生み出そうとしている。

各スポーツリーグやキャラクターIPを持つ企業と連携、ファンエンゲージメントにも活用

先日、DAZN Japanの笹本裕CEOへのインタビューの中で、「スポーツ配信の中でのデータとAIの活用」が語られた。こうした手法はスポーツビジネス全体の傾向であり、ソニーはそのど真ん中にいる。

ただ現状、こうした技術はトップ・プロスポーツの分野で使われている。

だが田中CEOは、「大学やアマチュアなどの領域へ、いかに我々の技術を広げていくかが重要。過去のソニーのビジネスを考えると、そうした技術には長けた会社だとも思っている」と話す。

すなわち、プロスポーツをより楽しく見るための技術を消費者の元へと提供していくことも、ソニーのビジネスの中には含まれるという判断なのだろう。

空間コンテンツ事業から「フィジカルAI」へ

空間コンテンツ事業とは、撮影用のバーチャルプロダクションや空間の3D化に関する事業だ。詳しくは以下で記事化している。

これもある意味、カメラと映像処理技術、AIを組み合わせたものと言っていい。ソニーは全体を「ニューコンテンツクリエイション事業」と位置づけ、その中に空間コンテンツも含まれる。映画向けのカメラなどとも連携し、ニューコンテンツクリエイション事業領域全体で、新しい映像制作のスタイルを生み出すのが目的だ。

例えば、3D空間内での位置やレンズの状態を把握するための「OCELLUS」というトラッキングシステム。カメラにつけるイメージセンサーで位置を把握するため、撮影場所にセンサーやマーカーなどを配置する必要がない。そのため、撮影準備がごく短時間で終了し、場所も選ばない。

「OCELLUS」を取り付けた撮影用カメラ。バーチャルプロダクションやARなどへの対応が容易になる

また、映画用カメラ「VENICE」のサブシステムである「VENICE エクステンションシステム Mini」は、2つ並べた時の感覚が「瞳孔間距離(IPD)65mm」に合わせてある。そのため、映画クオリティの3D映像撮影も容易になるという。

「VENICE エクステンションシステム Mini」は、3D撮影を想定して開発

現在は撮影コストも嵩む。そこで移動せずバーチャルプロダクションで撮影……というパターンも多い。だが実際のセットをそのまま3Dデータにして使うことも多いのだという。再撮影の時に利用したり、帯番組で「セットを毎回組む」ことを止めて撮影効率をアップしたりと、現場から様々な用途が提案され始めているという。

田中:映画産業というのは、多くの人たちのすり合わせによって素晴らしい作品ができています。そのために、莫大な時間と莫大な工数がかかっているんですよ。よって、半年にいっぺんに大作映画を作れますかっていうと、作れない。

こういった課題を解決していくために、我々はデジタルツインやバーチャルプロダクションのような、色々な仕組みを使い、より短いスパンで、もしくはより感動体験をエンハンスする仕組みを提供し、世の中にエンターテインメントソリューションを広げていくことはできるんじゃないかなと考えています。

田中CEOは、こうした事業からつながるものとして「フィジカルAI」を挙げる。

フィジカルAIとは、ロボットや自動運転車など「現実世界で動く機械」と連動して使われるAIのこと。現在のAI技術と仮想空間上に作った「デジタルツイン」などを組み合わせ、効率的な学習をした上で活用する。空間コンテンツ事業やスポーツビジネス事業で使われている技術は、大半がそのままフィジカルAIでも活用できる。

田中:まず僕らは、フィジカルAIもエンターテイメント中心にやっていくんですけども、プラットフォームを何に利用できるかを考えると、多々あるでしょう。ただし、一番我々がやるべきことは何かというと、単に箱を作ることではなく、「その産業や現場のお困り事はなんですか」ということを、きちんと話せるような状況を作っていかなきゃいけない。

今はまだその状況にはないです。ただ一歩一歩、顧客との接点を作り始めているという状況だと考えています。

モチベーションは「現場」から生み出す

こうした流れは、ソニーにとって「領域を絞る」ことでもある。後述するように、テレビ事業の分社化など、クリエイティビティ領域以外では自社が直接関与する商品点数を減らしている。

このことはビジネス判断としては理解できるものの、「多くのコンシューマが使う機器とそのプロモーション」がソニーの認知度を高め、ある意味で社員のモチベーションにつながっていた部分もある。

B2Bに近い業界向けになると、過去のソニーが持っていたようなモチベーションの維持とは異なってくるはずだ。この点を田中CEOに聞くと、「現場、という点が重要」と答えた。

田中:2つの領域があると思うんです。

1つは社内。イコール社員。

社内で考えてみると、今回デモを担当したメンバーは、モチベーションが非常に高いです。なぜ高いかというと、現場に行って、クリエイターたち、もしくはアスリートたちと接して、いろんな課題を解決する、もしくは彼らの期待を超えていくことをしているからです。

現場での変化を目の当たりにしていると、社員はモチベーションが下がることはないです。逆に止めるのが大変なぐらい。問題ないと思っています。

一方で社外。これはソニーのアピアランス、どれだけソニーが見えていますか、という話だと思うんですね。

見せ方が過去はハードウェアというタンジブルな(触れる・実体のある)、形のあるものでした。

もちろんこれからも我々は形のあるものをやります。

ですが形のあるものだけではなくて、サービスのようなものにおいても、ソニーをどう意識していただけるか。ソニーのサービスを使うから素晴らしい、と思っていただけるのか。

グループ全体で言うと、ソニーのコンテンツIPというものがどう素晴らしいか理解していただく。

正直な話、今のお客様はハードのソニーとソフトのソニー、もしくはコンテンツのソニーを分けて見られるわけではないでしょう。一体の会社、「面白いことをする会社」という風に見ていただければ、全然構わないと思っています。

TCLとの合弁はどうなる? 新たな「クリエーション」領域の開拓も

一方で本誌読者の多くにとって気になるのは、やはり、ずっとソニーが手掛けてきた「家電」の事業だろう。

今年1月、ソニーはTCLとの間でホームエンタテインメント領域における戦略的提携を発表、先日「BRAVIA株式会社」を設立した。

BRAVIA株式会社の事業開始は2027年4月であり、現状は準備段階だ。

合弁会社にはテレビのほか、ホームシアター向けのオーディオ機器、「Crystal LED」の名称で知られる業務用LEDの領域などが含まれる。

ヘッドフォンを含むパーソナルオーディオは含まれず、カメラなども対象外だ。

この位置付けはどう考えるべきなのだろうか?

田中:オーディオについては面白い話があります。あるアニメ制作者の方々と話した時のことです。アニメでは拳を大きくしたりオーラを描いたりと、色々な形で臨場感を出そうとするのですが、「音、サウンド一発で世界が変わってしまう。人間の意識はそのくらい、ビジュアルよりもサウンドだ」というのです。

クリエーションとオーディオは相性が良く、「クリエーションに近づく」という文脈には非常に合致します。ですから、どこかとジョイントベンチャーをしましょう、という考えは全くない。むしろサウンドは強化していきたいです。

未来の話をすると、ソニーセミコンダクターソリューションズとは過去からずっと未来に向けての仕込みをやっています。フィジカルAIも、非常にソニーとの相性がいい。ソニーのハード・センサー・レンズ・カメラからデジタルツインを作っていくようなことは、当然視野に入っています。

パーソナルとホームが切り分けられている理由は、我々がクリエーションをする時により「プラスアルファ」が残っているもの、要は未来に対してより変化を起こせるものを、我々がやるべきだと思っているからです。

そういう考え方だと、Crystal LEDのような、バーチャルプロダクションでもコアになっている技術が合弁の対象であるのが不思議にも思える。

田中:Crystal LEDの話については、色々な考え方があると思います。

単にデバイスの話なら「デバイスは調達すればいい」という考え方もあります。こちら(ソニー)の方に持つべきなのか、BRAVIA株式会社の中で「こんなものがあります」と見せる形なのか……。

我々のスコープ(狙い)は、むしろ「ディスプレイ上に何を表現するか」という方向に移ってきています。すなわち、ディスプレイの革新はBRAVIA株式会社に行く、と考えていただければ。

すなわち、映像を表示する「ディスプレイ」とそれに付随するホームシアター向けオーディオの部分は、ソニーが革新を提示する形ではなく、新会社であるBRAVIAが手がけるもの……ということなのだろう。

個人的に気になっている点がある。

クリエイティビティを支えるデバイスの中でも、個人に近いYouTuberなどに向けた製品については、新たな潮流がDJIやInsta360のような中国系企業からもたらされ、ソニーの存在感がほとんどない。

クリエイティビティを軸にするなら、こうした領域も重要であるはずだ。田中CEOもこの点を認める。

田中:この領域も、我々にとって機会のある市場だと思っています。

過去を考えてみると、デジカメであったりハンディカムであったり、一般的なコンシューマーマーケット製品は、多くの部分がスマートフォンに置き換えられてしまいました。

そこで我々は、スマートフォンに行けない領域、ミラーレスやシネマのカメラ、Vlog用のカメラなどの領域に陣地を広げてきました。

DJIは素晴らしい会社だと思います。彼らが我々に気づかせてくれたことは何かというと、「コンシューマ市場の中でも、スマートフォンにはできないこともいっぱいありますよ」ということです。ソニーはコンシューマーからちょっと上に土俵をずらしたんですけども、コンシューマーの中でもできることあるんだな……ということを教えていただきました。

こういう部分はやっぱり、コンシューマー向けであってもやるべきだと思ってます。

ただその時、他社と同じことやるのかというとそうではなくて。

これから先重要になってくるのは、AIという新しいテクノロジーの核を生かすこと。撮影者を理解する、もしくは被写体を理解する、こういったものを使いながら、一般コンシューマーにもチャンスがあるところには出ていく必要があります。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41