鳥居一豊の「良作×良品

普及BDプレーヤーで味わう「ブレードランナー」の世界観

約2万円の「BDP-440」で“専用機ならでは”の質感


【ブレードランナー
ファイナル・カット 製作25周年記念エディション】
【Amazon.co.jp限定】ブレードランナー ファイナル・カット 製作25周年記念エディション(2枚組) ブルーレイ スチールブック仕様(完全数量限定) [Blu-ray]
発売日:2012年3月9日
価格:2,980円 (※2012年3月22日現在2,682円)
ワーナー・ホーム・ビデオ
(c)Blade Runner Partnership and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

  今回は「ブレードランナー ファイナル・カット 制作25周年記念エディション ブルーレイ スチールブック仕様」を取り上げる。リドリー・スコットが「エイリアン」の次に手がけたこの作品は、'82年の公開当時は難解なテーマや暗鬱とした未来社会像があまり受け入れられなかったことでも有名。だが、一部の熱狂的なファンに支持され、そしてすぐに訪れたパッケージビデオの登場にともなって高い評価を得るようになり、今ではSF映画の傑作のひとつとして、多くの人に愛されている。

 パッケージソフトの良いところは、見たいシーンを何度でも繰り返して再生できること。酸性雨が降り注ぎ、もやで霞んだ街並みを、「2杯で十分ですよ」と言われてもなお、4杯と言わず何度でも見て、作品世界に耽溺しその物語に酔いしれることができる。

 以後、ビデオからLD、DVD、そしてBDと、メディアが切り替わるたびに発売されてきた。また、さまざまなバリエーションがあることも特徴。北米での「劇場公開版」を皮切りに、残酷なシーンなど未公開シーンを追加した「特別版」、国内では「最終版」と呼ばれるディレクター・カット版、そして制作25周年を記念してフィルムの修復やデジタルによる修正などを加えた「ファイナル・カット版」がある(これに加え、公開前の「ワークプリント版」と呼ばれるものもあり、DVDのアルティメット・コレクターズ・エディションに収録されている)。

 僕自身、リバイバル上映で「劇場公開版」を見て以来、ビデオ、LD、DVD、BDと飽きもせずに手に入れて、いずれもさんざん繰り返して見ている。何度見ても飽きない、年齢を経て再見するたびに新しい発見がある。これは優れた映像作品に欠かせない魅力であり、こういうタイトルこそパッケージで所有する価値があると考えている。それがおそらく間違っていないのは、ここまで述べたようにさまざまなバージョンが何度も何度もメディアを越えて発売され続けている点からも明らかだろう。


■ 所有欲を満たす「スチールブック仕様」

 この作品は、いつか必ず取り上げたいと思っていた作品だが、すでにBD版も発売されており、取り上げるタイミングが難しかった。そこに、「スチールブック仕様」というパッケージが登場したため、これ幸いと取り上げることにした。

 このスチールブック仕様は、言ってしまえばパッケージをリニューアルしただけの再発売で、Amazon.comのみの限定発売。中身はすでに発売されている通常版とまったく同じだ。実際のところ、「我ながら、よく訓練されたファンだなぁ」と思いつつ半ば御布施気分で購入したのだが、このパッケージが想像以上によく出来ていて、パッケージを眺めながら個人的には良い買い物だったと満足している。

「スチールブック仕様」のパッケージ。デッカードの姿をモノクロで映したアートが渋い
ワーナー・ホーム・ビデオ
(c)Blade Runner Partnership and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
外側のパッケージを見開きで撮影。本で言う背表紙の部分のデザインもセンスよくまとめられている
ワーナー・ホーム・ビデオ
(c)Blade Runner Partnership and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
パッケージを開けた状態。内側は樹脂製のパッケージで、外にスチール製のカバーを取り付けていることがわかる。ディスク2枚組で、ほかにはチラシが一枚というストイックな内容だ
(c)Blade Runner Partnership and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

 BDソフトは、基本的にはほぼ同様のサイズのトールケースが一般的で色も多くはブルー。ちょっと毛色を変えてケースの色を変えたものもあるが、アニメ作品に多い特別なパッケージとなると、クリアケース仕様やボックスセット仕様などになる。個人的には、ボックスセットは収納スペースが大きく邪魔になるので嫌いだ。サイズが大きくて棚に入らないこともある。クリアケース仕様は自分が粗忽者のせいもあって、すぐにケースが傷だらけになって嫌だ。これならば、通常のブルーのケースで構わない。

 ところが、スチールブック仕様はなかなかいい。ケースサイズは通常のものと変わらないので、すっきりと棚に置いておける。スチールケースは樹脂製のケースに薄い金属のカバーを貼り付けたものだが、仕上がりは丁寧で高級感もある。表面に印刷されたパッケージアートも渋い仕上がりだ。決して派手ではないが、所有する喜びのあるパッケージで、ずっと手元に置いておきたい作品にふさわしいと思う。当然だが、「2001年宇宙の旅」のスチールブック仕様も手に入れた。繰り返すが、パッケージ以外の内容は通常版とまったく同じものなので、すでに同タイトルを持っていて“パッケージに興味がなければ”、重複して買う必要はない。


■ミドルクラスでも実売2万円台! 専用機のBDプレーヤーで作品を味わい尽くす

パイオニア「BDP-440」

 続いてはハードだ。個人的に極めて思い入れのある作品だけに、可能ならばハイエンド級の製品をお借りして、最上の状態で見てみたいと思った。だが、それで至高の感動を得たとしても当たり前の話でしかない。そこで思いついたのが、専用機であるBDプレーヤー。国内ではBDと言えばレコーダーが主流だが、薄型テレビに録画機能が付いているのが当たり前という現在、積極的にテレビ番組の録画やBD保存を行なうのでなければ、録画テレビ+BDプレーヤーの組み合わせも選択肢として考えたい。

 そこで今回はパイオニアの「BDP-440」をピックアップした。実売約2万円とエントリークラスの製品ながら、上級機に近いしっかりとしたシャーシを持ち、機能も充実している。現在のエントリークラスのBDプレーヤーは、「BDP-440」のように実売2万円前後の価格が主流で、1万円台のモデルもある。BDレコーダが安価でも4~5万円程度であることを考えると、録画テレビ+BDプレーヤーという組み合わせは、価格も手頃だし、タイムシフト視聴のための録画ができ、BDソフトの再生もできるという、お買い得感のあるものと言える。

 もちろん、価格が優先ではない。BDプレーヤーは、今や設置性に優れたスリムな筐体を採用したものが増えているが、以前これらの価格帯のモデルをまとめて視聴したところ、薄型筐体は特に音質面で不満を感じがちだった。それはおそらく、電源トランスをはじめとする比較的大きくなりやすい部品を使うことができず、オーディオ機器的なクオリティという意味では不利になっているためと思われる。

 その点、「BDP-440」の筐体は大きい。実売7万円前後の上級モデルである「BDP-LX55」と同サイズのシャーシを採用しており、いわゆる普通のコンポーネントサイズだ。使用するパーツの選択肢が広がることや広いスペースに余裕を持って部品を配置できるメリットがある。そのぶん設置スペースは大きくなるが、画質・音質を求めると筐体のサイズは大きい方が有利なのは間違いない。

パイオニア「BDP-440」の前面。ドライブをセンターに配置したオーソドックなレイアウトを採用。シンプルですっきりとしたデザインだ背面。HDMIのほかはビデオ出力と光デジタル音声出力、Ethernet、USB端子などが並ぶボディの左上面にある「Blu-ray 3D」のロゴ。3Dソフトの再生などにもしっかりと対応している
ボディの右上面には再生に対応したフォーマットロゴが並ぶ。SACD、DVDオーディオにも対応したユニバーサル仕様であることもポイント

 価格を考えると驚くのだが、本機は2万円台と言ってもミドルクラスモデルであり、BD/DVD/CDの再生だけでなく、SACDやDVDオーディオにも対応したユニーバーサルプレーヤーだ。もちろん、BDの3Dソフトの再生やドルビーTrueHDやDTS-HD Master Audioなどにも対応しており、プレーヤーとしての機能は十分以上。

 さらに、LAN経由でPCのHDDやNASに保存した動画/静止画/音楽を再生できるDLNAクライアント機能を備え、YouTubeの視聴などにも対応する。USBメモリーに保存した各種コンテンツの再生も行なえるなど、かなり多機能。僕は古いオーディオ、ビジュアルマニアなので、ストイックに単機能を追求した専用機が大好きだが、今やBD再生機能のみというと、高い安いに関わらず贅沢な代物と思われがちだ。その点、最近注目度の高いネットワークプレーヤーとしても使えると考えると、製品としての魅力、お買い得度は増していると言える。

DLNAクライアント機能である「ホームメディアギャラリー」を選ぶと、ネットワーク内にあるサーバー機器が表示される。BDレコーダも認識しているが、著作権保護されたテレビ放送の録画番組の再生はできないNASにある音楽データを表示したところ。24bit/96kHzのハイサンプリング音源にも対応しているのはありがたい。WMA、WAVE、MP3などに対応するが、FLACには非対応ネットワークコンテンツでは、YouTubeと写真共有サービスのPicasaに対応。手軽にネット上の動画や静止画も楽しめる

■ 各種設定項目を一通り確認。さらに、ちょっとしたグレードアップも施す

 まずは「BDP-440」を自宅の視聴機器に接続し、設定を一通り確認してみた。BDプレーヤーと言っても、すでに述べたように機能は増えている傾向で、初期設定のための準備は必要。本機の場合は設定に「セットアップナビ」が用意されているので、これを使えば簡単に基本的な準備を整えられる。これらを怠けていると、痛い目に合う。例えば、デジタル音声出力の初期設定は、HDオーディオ出力がオフになっていることが多く、喜び勇んでBDを再生し「やっぱHDオーディオは音がいい」なんて思っていても、実は音声はドルビーデジタルだったり、さらに2チャンネルのダウンミックス音声だったなんてこともある。特にAVアンプやホームシアター機器を組み合わせて使っている場合に注意が必要だ。

画質調整の「シャープネス」の項目。低/中/高の3段階が選べるので好みに合わせて選択する。「低」を選ぶのはりんかくの強調感を嫌う筆者の好み

 このほか、HDMI出力の連携機能やネットワークの設定などを行なう。画質系では映像調整機能も備わっていたので、一通り確認してみた。明るさや色合いといった画質調整のほか、シャープネスが3段階、ディテールが4モード、ノイズリダクションがオフを含めた4段階選択可能だ。

 基本的な画質調整はテレビ側で行なうので、こちらはいじっていない。シャープネスは不要な強調感が増すのを嫌って「低」、ディテールは「標準」とした。そのほかのモードである「ファイン」はディテールは立つが映像がシャキシャキと硬めになる傾向。「シネマ」はちょっと穏やかでソフトな印象になった。ここで「カスタム」を選択すると、すべての設定値を好みで調整できるようになる。ノイズリダクションについては、BD再生では基本的にオフに相当する「0」でいい。


「ディテール」の項目では、標準/ファイン/シネマのほか、自由に調整値をメモリーできる「カスタム」がある「ディテール」項目の「カスタム」メニュー。明るさなどの調整は±10の範囲で調整。ディテール調整に当たるCTIは0~3の4段階の選択が可能「ノイズリダクション」の項目。0~3の4段階で、「0」はオフ。BDソフトなどソースが高品質なものならば、オフで問題ないはず

 今回の調整値は出荷時状態のまま。一通り試してみたところ、一番素直な映像になっていたためだ。ディテールに関しては好みで選んでいい。映像がくっきりとするかだけでなく、不自然な強調感がでないかも注意して効果を確認しよう。ノイズリダクションはDVDやYouTubeの低ビットレート映像では有効なので、ソースによって使い分けるといいだろう。

 この後で、テレビ側の画質調整を行なう。基本的には視聴する部屋の明るさに合わせて、明るさとコントラストを調整し、そのうえで色合いと色の濃さを整えるいつもの方法だ。試してみると面白いのだが、同じようにテストチャートを使って調整しても、再生機器によって調整値はかなり変わる。この違いが再生機器による画質傾向の差だ。テレビ側で同じに見えるように調整したかというと、実はそうではなく、バランスを揃えているだけなので機器の画質の違いはより明瞭になる。

 実際に自分で手に入れた機器の場合は、ここまでが最初の準備で、あとは実際に画質を見ながらBDプレーヤー側のディテールやシャープネスなどの値を調整し、追い込んでいく。本機の場合は、カスタム値を複数メモリーできないので、特定のソフトだけ追い込まず、いろいろな種類のソフトを見ていずれも問題なく再生できるようにしておいた方が使いやすい。細かく追い込むのはテレビ側と決めておけば、ソフトごとの細かな調整もあまり煩雑にならない。

 こうした調整に加えて、今回は家で余っていた1万円ほどの電源ケーブル(フルテックのFP-220Ag)に交換している。この種のアクセサリー使用は好みが分かれるところだが、HDMIケーブルなどに比べ、電源ケーブルの交換は効果が大きいのでおすすめ。映像・音声ともにS/N感が向上し情報量が増すといった効果が期待できる。


■ 現代的な感覚で見ても圧倒される、2019年の未来社会を見つめる

 では、いよいよ「ブレードランナー ファイナル・カット」を上映しよう。文字だけのタイトルバックやスタッフやキャストのテロップ、冒頭の解説の後、特徴的な深く響くドラムの音で始まるメインタイトル曲が流れ、2019年(あと7年後だ!!)のロスアンゼルスの光景が現れる。

 「ファイナルカット」ではデジタルによる修正も行なわれているが、オリジナルの特撮シーンは光学合成や多重露光を多用したアナログ的な手法によるもの。時折派手に炎を吹き上げる工場とおぼしき煙突の向こうにいくつものビルが立ち並び、霞んだ遠くにピラミッド型の建物が見える。未来SFの定番である空飛ぶ車も飛び交う。

 この景色は、公開当時は大きなインパクトがあったし、希望に満ちているはずの未来がこんなに黄昏れたものであるはずがないと拒否反応を示した人が多かったのも理解できる。しかし、現代的な感覚で見ればこれはかなり現代と符号する部分が多い。古い建物はそのまま残され、そこにハイテクが奇妙に同居している都市の景観は日本中どこでも目にするだろう。この映像は光学合成による画質劣化を嫌って元々65mmフィルムで撮影されていたが、従来のパッケージ(上映用フィルムも含む)は、制作者によれば質の悪いレンズで35mmに焼き付けられた粗悪な素材が使われていたようで、「ファイナル・カット」で初めてその65mmフィルムが素材として採用されたという。

 その映像は、上映当時の印象を上回る鮮明さで、ビルの細部の灯りまで鮮明だし、ピラミッド型のビルのディテールの緻密さにも驚かされる。このあたりの再現は「BDP-440」でも十全に再現されており、格段に増えた情報量を余すところなく再現しきっている。ロマンチックでありながら、妙にもの悲しく感じるメインタイトル曲もスケール感豊かに再現される。「ファイナル・カット」で蘇った暗部の豊かな色彩もしっかりと描き出されており、初めて見る人にも十分なインパクトを与えるし、劇場で見た人ならば、そのときの記憶が鮮やかに思い出されるだろう。

 この映画は、冒頭をしっかりと描けるかどうかで、作品の印象は大きく変わる。そして、ある意味とても有名な「強力わかもと」の宣伝を眺めながら、酸性雨が降り注ぐ雑然とした路地に降り立つ。極彩色のネオンで騒々しく彩られた雑踏で繰り広げられるデッカードと寿司マスターとのやりとりを見ていると、自分もこの場所に居るような錯覚を覚える。

 日本や中国などのアジア文化のさまざまなモチーフを取り込んで混沌とした街並みを生み出したセンスは、その後、後続のSF作品の多くのその影響を見ることができ、その意味で新鮮さは薄れているが、それでもここまでの退廃とけだるいムードを濃厚に再現したものは他にないと言ってもいい。「ブレードランナー」の主役と言ってもいい、この未来社会、この暗く沈んだ世界観をきちんと感じられるかどうかが重要だ。


■ レプリカントたちを追うデッカード。それぞれの思いが複雑に交錯する

 この作品の筋書き自体は、人類に反乱を起こしたレプリカント(人造人間)を、言わば特捜刑事であるブレードランナーが追うというシンプルなもの。主人公であるデッカードは、腕利きのブレードランナーという設定だ。

タイレル社へ向かうデッカード。窓の向こうにピラミッド型の建物が見える。黄金色に染まった都市の景色が壮観だ。

 チャプター7は、捜査の手始めとしてレプリカントを生み出したタイレル社に向かう場面。暮れかけた光に照らされて、黄金色に染まった都市をスピナー(空飛ぶ自動車)が駆けていく。決して最新の特撮映画のようにくっきりと鮮明ではないが、ソフトであってもみっちりとディテールが詰まっている。こうしたアナログ制作時代の映像は、中間色の再現がなにより重要になるが、その点でも「BDP-440」は合格点。決して鮮明な色再現ではないが、細かい色までしっかりと再現でき、薄汚れた雰囲気もよく出ている。

 タイレル社の社内では、レプリカントを判定するテストのために明るすぎる室内を暗くするが、その色調の変化が息を呑むほど美しい。部屋はかなり暗くなるが、暗部は潰れずテストを行なうデッカードの表情もよく見える。

 「BDP-440」は若干フィルムの粒子感のザワつきが目に付くものの、階調感はかなり良好で、影の部分の再現も明瞭だ。安価なBDプレーヤーの場合、暗部の再現が苦手で黒が沈み気味になるものは少なくないが、ここにおいて本機は同価格帯の製品を明らかに上回る実力を備えていた。

 デッカードはレプリカントたちの捜査を進めていく。自分のアパートに戻ると、彼は捜査中に手に入れた写真の画像解析を行なうが、これがなんと音声入力。制作年代を考えると驚くほどの先見性だ。それ以上に未来的であるのが、解析している写真。映像で見るとその写真はごく普通にプリントされたものだが、画像解析の様子を詳しく見ていくとそれが3D写真であることがわかる。映像を拡大し、視点を移動すると手前の物体に隠れていたものが見えてくる。こうしたガジェットの数々の出来もSF作品の魅力を高めてくれるが、本作は実にさまざまなアイデアに満ちていて面白い。

 ともあれ、デッカードが最新のレプリカントたちを追い、その一人であるレイチェルと心を交わしていく過程で、自身の心情にも大きな変化が現れる。チャプター22では、自分がレプリカントだと気付いて絶望したレイチェルとのラブシーンが描かれる。個人的にかなり好きなシーンだ。ブラインド越しの柔らかい光。ふたりの表情も豊かに再現されているし、ハードボイルド物が好きな人ならば、セリフ回しだけでも痺れるシーンだろう。

 これらの特殊効果をあまり使っていないシーンを見ていても、「ファイナル・カット」で映像がよりクリアになって蘇ったことには大きな価値があると思う。薄汚れてはいるが巧みなデザインで構成された未来の風景をよりリアルに感じられる。雰囲気や情感を伝えられる優れた表現力は、単純なディテール再現だけでは得られないものだ。「BDP-440」は比較的身近な価格ではあるが、その範囲内でじっくりと作り込まれた製品だとわかるし、パイオニアがこれまでに蓄積してきた画作りや音作りのノウハウがきちんと受け継がれている。安価だからといって軽視できない表現力だ。

デッカードとレイチェルのラブシーン。未公開のカットにはもっと官能的な映像も含まれていたが、結局のところカットされた。正解逃亡したレプリカントを追って、雑踏を駆けるデッカード。スモークと雨で煙った街並みの雑然とした様子がよくわかる場面

■ ロイ・バッティの親殺し。そして、クライマックスへ

 デッカードによって次第に追い詰められていくレプリカントのロイは、やがて自分たちの産みの親であるタイレル博士と対面する。ろうそくの炎がゆらめく室内で、ロイはタイレル博士に接吻し、なんとも表現しがたい表情でその頭を両手で握りつぶす。凄惨な殺害シーンではあるが、その美しさも屈指だ。この場面は、ロイの表情が豊かに再現される必要があるし、薄暗い映像を薄暗いまま見通しよく描く豊かな階調感も重要だ。作り手の意図や思い入れをダイレクトに表現できること、これはハイビジョン時代のAV機器では不可欠な要素だが、それをしっかりと堪能するためにも、良い機器をチョイスするだけでなく、しっかりと使いこなしてやることも重要だと思う。

ロイに追い詰められ、ビルから転落しかけるデッカード。この場面も上部のほとんどはマットペイントであることがわかる

 そして、ついにデッカードとロイが対峙するクライマックスへ突入する。緊迫した2人の戦いは一瞬たりとも見逃せないシーンの連続だ。その戦いの結末は決して爽快感のあるものではなく、深く考えさせられてしまう。「ファイナル・カット」は初見の人にとって物語の最後はあっけないと感じるだろうし、なにより見終わった後のカタルシスがない。

 気楽に楽しめる内容ではないし、とっつきにくい難解な作品であるのは否定しない。ストーリー自体は単純なのだが、そこで提示されるテーマはシビアで重い。とにかくいろいろと考えさせられる映画だ。わかりやすさや爽快さを映画に求めるなら、映画ごときに深く考えさせられるのが面倒なら、見ない方がよい作品だと思う。

 蛇足だが、「ブレードランナー」はいくつものバージョンが発表されるごとに、それぞれシーンの追加や削除などの改変がいろいろと行なわれている。これについては見る人によって賛否両論だ。BDでも「ファイナル・カット」のほか、初期の劇場公開版、特別版、最終版をひとつにまとめた「ブレードランナー クロニクル」が発売されているので、興味のある人は見比べてみるといいだろう。特に劇場公開版や特別版は、ストーリーやデッカードの心情を説明するナレーションが随所に挿入されているので、難解な内容を理解する助けにもなる。カタルシスが得られるエンディングも用意されている。

 「ファイナル・カット」での大きな改変は、ふたりの対決のラストで飛び立っていくハトのカット。それ以前のものでは、酸性雨降りまくりの状況にも関わらず、ハトは晴れ渡った青空へ羽ばたいていくのだが、この空が状況に即した曇天の空へと修正された。

 ストーリー解釈に関わる部分なので詳しいことは省くが、個人的には受け入れがたい改悪だ。劇場公開版や特別版は見たけど、その後のものは見ていないという人には、ぜひ見て欲しい。感想を聞きたい、じっくりと語り合いたい。


■ヴァンゲリスの美しいシンセサイザーの調べがじんわりと心に染みる

 そして、エンドロール。改変についてはいろいろあるものの、やはり良い映画だ。エンドロールを見ながらあらためて思う。映画を最後の最後まで見てしまうのは、それはスタッフ名を確認したいマニア心だけでなく、映画の余韻を味わう贅沢なひとときを味わいたいがためだ。ヴァンゲリスの音楽が心に染みる。これは本作には欠かせないものだし、名曲中の名曲である「メインタイトル」をはじめ、レイチェルとのラブシーンで使われる「メモリーズ・オブ・グリーン」など、いずれも美しくせつないメロディが感動的だ。

 「BDP-440」の音は、忠実度の高いストレートなもので、情報量も豊かと十分な実力を持っている。低音域の伸びや力感が不足気味だったが、電源ケーブルを変えた効果で芯のある実体感が出てきた。デリケートな弱音の表現も上手で、どことなく懐かしさを感じる音楽の雰囲気がよく伝わる。

 トータルで言って、映像・音質ともになかなかの実力と言えるし、BDプレーヤーとして満足度はかなり高い。愛着のある作品、長年見てきた映画の名作を初めて見たときの驚きや興奮が鮮やかに蘇る表現力も備えていた。

 BDプレーヤーの成熟度はかなりのものだと改めて実感した。はっきり言えば「PlayStation 3で再生するのとたいした違いはないんじゃないの?」と思いがちだったが、さすがにこの表現力をPS3に求めるのは厳しく、見終わった後の満足度に差を感じてしまう。極めて微妙だが、重要な差だ。

 冒頭でも述べたが、もしもテレビ録画でBD保存やより多くの番組を同時間の番組録画を含めて快適に予約録画し、タイムシフト視聴するといった使い方を必要としないのであれば、録画機能付きテレビとBDプレーヤーの組み合わせは価格的にメリットがある。それ以上に、BD再生に特化した画作りと音作りは、クオリティの高いBDソフトを満喫するのにも申し分ない。おおざっぱな言い方で申し訳ないが、BDレコーダで同じクオリティの画と音を求めるならば、10万円近い価格となるミドルクラス以上のモデルを吟味して選ぶ必要があるだろう。


■ 10年経っても棚の一番目立つところに置いておきたい作品

 初見から20年以上は経過している本作は、常に何らかのバージョンが筆者のソフト棚の一番良いところに置かれている。それくらい、ちょくちょく視聴するタイトルということだ。LDの大きな紙ジャケットは中身が再生できなくなった今でも捨てる気がしないが、DVDやBDの樹脂製のパッケージはすっかり汚れてあまり見た目がよろしくない。だが、スチールブック仕様のパッケージは、樹脂のパッケージほど傷みやすくないだろうし、金属のキズやへたり感は逆に良い味わいを醸し出すことも経験しているので、このパッケージも10年後には良い感じに育ってくれることを期待している。

 動画配信サービスが着実に普及しつつある現在、パッケージ信仰もそろそろ終わりが近いのかもしれないが、それでも個人的なベストと呼べる作品くらいは手元に置いておきたい。「ブレードランナー」はまさにそういうタイトルだと思うし、「BDP-440」での視聴も十分以上に満足できるものだった。これぞまさに至福のオーディオ・ビジュアル体験と言えるものだ。

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製作25周年記念エディション(2枚組)
ブルーレイ スチールブック仕様
パイオニア
BDP-440


(2012年 3月 22日)


= 鳥居一豊 = 1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダーからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。現在は、アパートの6畳間に50型のプラズマテレビと5.1chシステムを構築。仕事を超えて趣味の映画やアニメを鑑賞している。BDレコーダは常時2台稼動しており、週に40~60本程度の番組を録画。映画、アニメともにSF/ファンタジー系が大好物。最近はハイビジョン収録による高精細なドキュメント作品も愛好する。ゲームも大好きで3Dゲームのために3Dテレビを追加購入したほど。

[Reported by 鳥居一豊]