■塗り替えられる業界地図
過去ビデオ編集用のソフトウェアは、米国主導で進んできた。プロ用ではAvid Media Composer、Media100といったシステムが台頭し、コンシューマではAbobe Premiereの存在は際だっていた。昔はビデオのフォーマットそのものに大した種類もなく、日米のビデオ事情というのは対して変わらなかったため、ほとんど不自由はなかったものだ。
しかしハイビジョン時代になり、ハイビジョンカメラが日本主導でどんどん広がる割には、米国製のソフトウェアがそれになかなか追従してこないこともあって、米国製のソフトウェアが使いづらくなっていた。新フォーマットに対応するまで、だいたい1年ぐらいのタイムラグを辛抱しなければならないという、歯がゆい思いをしていたものである。
その隙をうまくついたのが台湾のUlead製品や、国内開発の強みを生かしたThomson/CanopusのEDIUSシリーズであった。また機能的に同等でありながら低価格で提供し、次第に業界地図を塗り替えていった。
この価格破壊をプロレベルに持ち込んだのが、Appleである。'06年にはプロ向け高解像度合成ソフト「Shake」を33万円から6万2千円に値下げするなど、アグレッシブな戦略を取り、これもまた業界地図を塗り替えていった。
Appleのコンシューマ向けマルチメディアパッケージである「iLife」に含まれるiMovieは、昨年のiMovie '08で大幅な改善を果たし、ハイビジョンに対応、また斬新なGUIでビデオ編集への敷居を大幅に下げた。だが簡単であるが故に、ちょっと踏み込もうとするとすぐ底に届いてしまうようなところがあった。
1月末に発売されたiLife '09に含まれるiMovie '09では、従来の詳細編集機能を強化し、映像の補正機能や細かい編集作業にも対応できるようになった。またアニメーション機能なども盛り込み、簡単だが見栄えのする映像編集が可能になっている。
生まれ変わったApple iMovie '09の実力を、さっそくテストしてみよう。
■取り込み機能も強化
iLife '09は、1月28日より発売が開始されている。価格は8,800円で、デジタル写真ライブラリソフト「iPhoto」、動画管理/編集ソフト「iMovie」、音楽制作ソフト「GarageBand」、DVDオーサリングソフト「iDVD」、Webサイト作成などが行なえる「iWeb」の5本がパッケージされており、かなりお買い得だ。iMovieだけでなくiPhotoもかなり改良されているので、この2つだけで考えても十分元が取れる価格設定である。
iPhotoのデータベース内にある動画ファイルは自動登録される |
iPhotoとiMovieは、一部データベースを共有する。先にiPhotoで写真や動画の入ったフォルダをまとめて登録しておくと、iMovieの起動時にiPhotoとのデータベースを見に行って、動画がある場合は自動的にiPhoto Videoとしてイベントライブラリ内に登録してくれる。昨今はデジカメでも動画対応のものが増えており、写真と動画を区別しない状況にうまく対応する設計になっている。
ただ双方とも、様々な自動解析を行ないつつ読み込むので、過去の膨大なライブラリを読み込ませる場合は、ある程度の覚悟が必要だ。01年ぐらいから録り貯めた写真と動画を読み込ませたら、iPhotoへの登録だけで丸一日、そこからiMovieへの登録でさらに5時間ほどかかった。今回使用したマシンは、MacBookPro 3.1(Intel Core 2 Duo 2.4GHz/メモリ 2GB 667MHz DDR2)である。
AVCHDファイルの取り込みは、カメラを直接接続しての取り込みのほか、「カメラアーカイブ」からの取り込みも可能になっている。カメラアーカイブとは、AVCHDカメラで記録したメディアの、ルート以下のフォルダ構造やサムネイル情報など全部を含めてHDDやDVDにそのままコピーしてある状態である。AVCHDの映像ファイルである.MTSファイルのみしか保存していない状態では、読み込みができない。これはFinal Cut Proも同様である。
フォルダ構造のルートを指定すると、内部のファイルを自動解析して専用の読み込み画面が表示される。試しに素材として、前回撮影したPanasonic「HDC-HS300」のバックアップデータを取り込んでみた。取り込み画面では、各クリップの秒数が表示されるほか、手動で取り込みクリップを選択することも可能だ。
またiMovie '09を使って、カメラアーカイブを作ることもできる。カメラからの取り込みウィンドウ内にある「すべてをアーカイブ」ボタンをクリックすると、自動的にアーカイブを作ってくれるようになっている。
iMovie '09はAVCHDのネイティブ編集をサポートしていない。従って取り込み処理を行なうと、ユーザー/ムービー/iMovieイベント内のプロジェクト名フォルダに、Apple Intermediate Codecに変換したファイルが作成される。一方以前撮影したSONY「MHS-CM1」も取り込んでみたが、こちらはMPEG-4 AVC/H.264 Main Profileの.MP4ファイルなので、ネイティブで編集できるようだ。
カメラアーカイブからの取り込みに対応 | カメラアーカイブ機能を使ってAVCHDファイルを取り込む | カメラからの取り込み時に「カメラアーカイブ」を作成可能 |
■細かい編集ニーズに対応
iMovie'09全体。全バージョンと大きく変わったようには見えない |
編集の段取りとしては、前バージョンと大きく変わるところはない。イベント欄のサムネイル上にマウスを置くだけで内容がスクラブできる。そこで必要な範囲を切り取り、プロジェクト内にドラッグして作品を組み立てていく。
ただ今回は、ダブルクリックで表示される「インスペクタ」で、いろいろな設定が可能になっている。素材クリップよりも、プロジェクトに登録したクリップのインスペクタのほうが項目が充実している。
まず「クリップ」タブで目に入ってくるのが、「手ぶれ補正」である。ソフトウェアによる手ぶれ補正は、数年前からプロ用のプラグインなどで実用化されてきたが、コンシューマ用のソフトウェアで標準実装されるのは珍しい。
素材クリップのインスペクタ。手ぶれ補正解析の指定ができる | プロジェクト登録後のインスペクタ。手ぶれ補正以外にも使える機能が多い |
stab.mov(48.6MB) |
補正効果は高いが、インターレースにうまく対応できていない |
編集部注:iMovie ’09で編集後、QuickTime書き出しでHDVフォーマットに出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
原理としては、映像内の定点を観測し、そこがぶれないように画角のトリミングを行なうわけである。ある意味ビデオカメラの電子式手ぶれ補正と似たようなものだが、映像の外側領域がないため、結果的には若干拡大することになる。画質的にも当然劣化が発生するため、手ブレがないのとどちらが良いのかはユーザー自身が判断することになる。手ブレ補正の演算は、取り込み時に行なうこともできるが、各クリップごとに行なうこともできる。
手ぶれ補正の演算にかかる時間は、カットの性質によってかなり左右される。途中でフォーカスが外れていたりすると解析が難しくなり、そのぶん時間がかかるわけだが、一般的なカットの場合、実時間の8倍から10倍ぐらいを目安に考えておく必要があるだろう。
ただ拡大に伴うインターレースの処理がうまくできないようだ。1080iで書き出すと、フィールド成分の櫛形映像も拡大されてしまって、うまくない。おそらく素材に対して等倍で書き出すことは想定しておらず、YouTubeやiPodなどへ縮小することを前提に考えているのだろう。
ビデオエフェクトをクリックすると、インスペクタウインドウがくるっと回転してエフェクト一覧が表示される。このサムネイル上でマウスを動かすと、プレビュー画面上でエフェクトがかかった状態でスクラブできる。エフェクトを決定してもレンダリングする必要なく、エフェクトがかかった状態で動画再生可能だ。
「ビデオ」タブでは、露出やコントラスト、RGBバランスやホワイトバランスといった映像の補正が可能だ。一応「自動」モードもあるが、イマドキのカメラならばそれほど大きく外したりはしないだろう。それよりもホワイトバランスの設定を間違えたなど、派手に間違ったものの修正ができる点は大きな進歩と言える。
ビデオエフェクトは効果をリアルタイムでプレビュー可能 | クリップのカラーコレクションも可能 | オーディオはノーマライズや自動フェードなどに対応 |
また今回は、プロジェクト上のクリップに別のクリップをドラッグして重ねることで、いくつかのオプションを示すようになった。ただ単にドラッグするだけでは、かなりおおざっぱな割り込みがなされるだけだが、細かいタイミング調整が必要な場合は、「環境設定」で「高度なツールを表示」にチェックを付けておくと、タイミング補正用の画面に行くことができる。
クリップの上にクリップを重ねると、動作オプションが表示される | 細かいトリミングを行なうための画面も別に用意されている |
ここでは2つのカット間のタイミング調整だけでなく、音を次のカットに引き延ばしたりといったこともできるようになった。従来の「ざっくり繋がってればなにもしてないよりマシ」的な発想から、全カットではないが、一部分だけでも細かく詰める必要があるような場合にも対応できるようになった。
■テーマと地図エフェクト
iMovie '09の目玉として、地図アニメーションを自動的に作ってくれる機能が加わった。アニメーションは、地球儀の球面か平面か、また地図のタイプで合計12パターンから選択できるようになっている。これを任意のポイントにドラッグして、表示されるインスペクタで始点と終点となる地名を入力すると、2点間の移動のアニメーションを自動的に作成してくれる。
地図アニメーションを自動生成できる | 2点の地名を入力するだけ |
あいにく世界地図対応なので、国内旅行では東京-沖縄ぐらい離れないと移動感がないというデメリットがあるが、海外旅行の思い出を編集するにはここぞとばかりに使ってみたい機能だ。
トランジションエフェクトは手動で設定することも可能だが、エフェクトの「テーマを設定」を選択するだけで、オープニングとエンディングにアニメーション処理を行ない、各クリップ間にも適切なトランジションを自動的に付加してくれる。そのまま使ってもいいし、自分なりにエフェクトを変えることも可能なので、とりあえず何かやってみるというファーストステップにはいいだろう。
sample.mov(188MB) |
テーマ、地図アニメーションを使った編集例 |
編集部注:iMovie ’09で編集後、QuickTime書き出しでHDVフォーマットに出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
人間、自由になんでもやっていいと言われると全然第一歩が踏み出せないが、誰かが何かやったものに対して批判するのはすぐできるという特性を持っている。テーマを使用するというのはつまりそういうことで、ほとんどおまかせの中でちょっと違うんだよなーというところを見つけて修正することで、少しずつ映像制作に対するノウハウを学ぶことができるわけである。
最終的な映像出力に関しては、相変わらず微妙なサイズのフォーマットしか用意されていない。アメリカ人ならこれで十分なのだろうが、日本人のほとんどは旅行のビデオをYouTubeで一般公開などしないし、iPodに転送してことあるごとに人に見せて回る人というのもそう多くはないだろう。
広範なフォーマットに書き出すには、QuickTimeを使った書き出しを利用することになる。AVCHDへの書き戻し機能などはなく、エンコード画質もビットレート指定ではなくスライダで決める程度なので、ハイビジョン画質への出力は今ひとつだ。
複雑なトランジションの設定例。各パーツにどの映像を入れるかを視覚的に設定できる | テーマを選択すれば、自動的にオープニング、エンディングを作ってくれる | 書き出しフォーマットは相変わらず微妙 |
■総論
iMovie '09は、従来型のタイムライン方式に拘束されない簡単操作で、ビデオ編集の経験のない人でもなんとなーくソフトウェア側が提供してくれるおまかせの設定で、そこそこのものを作ってくれるという点で優れている。例えばクリップ選択しただけである程度の範囲が自動的に選択されるが、この長さも4秒となっており、現代の感覚では丁度良いカットの長さである。その4秒間で、どの部分を使うかを探すだけでいい。
しかしそれでは簡単すぎて、細かい調整ができないのが不満という人も居るだろう。そういう人向けに「高度なツール」を拡張した点は、評価できる。これらの機能は常時アクセスできるのではなく、必要な人だけ表示させることができるという2段構えになっている。
新しく搭載された手ぶれ補正機能は、なかなか強力だ。元々は同社のハイエンド合成ソフト「Shake」に搭載されていた機能を、取り入れたものだそうである。一般の人からすれば演算に時間がかかってイライラするかもしれないが、昔はプロ用プラグインを使って、1カットを補正するのに数時間かかったことを考えれば、数分で終了するわけだからずいぶん高速化されたものだ。
地図アニメーション機能も、ワールドワイドに移動するか、アメリカ国内のような広い国土を移動する場合ぐらいしか使えないが、出発地と目的地を入れるだけでアニメーションが作れるというのは、画期的である。ジオタグの導入など、今後は地図データとの連動が進む中で、今後の発展に期待したい機能だ。
昔はMacといえば、なんらかの専門分野の人ならともかく、普通の人が使うコンピュータとしては割高感があったものだが、最近はWindows PCとの差はそれほど大きくない。OS自体も安定しており、長期間再起動なしで使える。そしてAppleが提供するソフトウェアは、自社設計のハードウェア限定で動作するので、これも変な条件が付かずに動いてくれるのもメリットだ。
特にUIに関しては、いつも斬新なものをいち早く提供する会社でもある。今回のiMovie ’09では、クリップ同士を重ねたり、サムネイル上をドラッグすることで何か機能するといった独特な操作性を持っている。単に面として存在するコンテンツではない、時間軸を持った動画というものを平面上でいかに扱っていくかという、新しいUIの実験に立ち会える場にもなっている。