小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第802回
すべてがクラウドに突っ込まれる“ハードウェアの次の世界”へ、NAB 2017
2017年4月27日 08:15
3年ぶりにNAB復帰
現地時間の4月24日より、米ラスベガスにて世界最大の放送機材展「NAB Show 2017」が開催されている。来場者数は10万3,000人を超える、ラスベガスではCESに次ぐ規模の大きなイベントだ。しばらく諸事情で取材に行けていなかったが、今回は3年ぶりの取材である。
今年のNABのテーマは“M.E.T. Effect”。メディア・エンタテイメント・テクノロジーをキーに、様々な「効果」を見ていこうということのようだ。現在会期2日目の取材を終えた時点で、なんとか今後の方向性を掴もうとしているところである。
NABはいわゆるプロ向けのショーなので、なかなかコンシューマに関係するものは少ないのだが、その中でも比較的わかりやすいものをピックアップして、今後の映像制作のトレンドをご紹介したい。
HDR Ready
コンシューマでもここのところ盛り上がっているのが、動画コンテンツのHDR対応だろう。こないだ4Kテレビを買ったばかりで、また次はHDR対応テレビへ買い換えかと憤っている方も多いかもしれないが、実際に映像を見てしまうと「ああ、しょうがねえな」と納得してしまう説得力がある。
現在HDRコンテンツの主流は、映画やVODコンテンツである。これらは元々制作のワークフローとして、カラーグレーディング(絵づくり)の工程が入っているので、HDR用にLog収録した映像を扱うことに不備はない。
だが多くの人が求めているのは、あらゆる映像のHDR化だ。せっかくHDR対応テレビを買っても、Blu-rayしかHDRになりませんというのでは、納得できないだろう。テレビ放送のHDR化が大きく期待されているところだ。
しかし、HDRのためにまた機材更新か、という思いはプロ業界でも同じで、特に放送局では、また高い機材を売りつけられるのではないかという警戒感が強い。もちろんそのあたりはメーカーも敏感に察していて、既存のハードウェアでHDR制作ができるよう、アップデートするという動きが見られた。
日本では4月24日に発表されたが、キヤノンはEOS 5D Mark IVの有償アップグレードにて、Canon Log収録に対応する。これまでドキュメンタリーなどの分野ではテレビでも使われてきた5DがLog対応となることで、HDR番組制作への足がかりとなるはずだ。
ソニーではこの7月に、「PXW-Z150」および「PXW-FS5」のファームウェアアップデートを行なう。これにより、40~60万円レンジのカメラでもHLG(ハイブリッドログガンマ)とITU-R BT.2020での収録が可能になる予定だ。
ご存じのようにHLGは日本の放送局が中心となって策定したHDR方式で、日本で市販されるHDR対応テレビには確実に搭載される。したがって、単純な編集で構わないコンテンツであれば、カラーグレーディングなどを経由せずにHDRコンテンツが制作できる。ソニーではこれを「インスタントHDRワークフロー」と呼んで、ブライダル、イベント、コーポレートといった分野にHDRを広げたい考えだ。
将来的には報道向けの担ぎサイズのカメラもHLG/BT.2020対応させることで、テレビ分野にもこの簡易的なワークフローは拡がっていくだろう。
新製品としては、フィールドレコーダで知られるATOMOSが、今回のNABはなんと19型サイズのHDR対応ディスプレイを備えた「SUMO」を発表した。会場入り口のパネルでも大々的に宣伝しているが、実際に現物をみると想像以上にデカい。
すでに4月上旬より、HDR収録可能なレコーダ「NINJA INFERNO」も発売されているところだが、これは7型モニターである。新しい技術であるHDRの撮影では、確認のために複数人でモニタリングする必要があるだろう。そのためには、19型ぐらいのサイズが必要である。SUMOはフィールドレコーダではなく、スタジオレコーダとして使われていきそうだ。今年の第3四半期に発売予定で、価格は311,852円。4K/60pのApple ProRes/Avid DNx録画に対応している。
注目のコンパクトスイッチャー
ここ数年で大きく巻き返してきた映像機器が、スイッチャーだろう。ライブ映像を切り換えるための装置だ。テレビ放送では大規模なライブ中継が次第に廃れ、編集コンテンツが中心となって久しい。スイッチャーも2000年あたりにはすでに衰退産業と言われたものだが、2010年台に突入した頃からネットのライブ中継がビジネスとしても普通に使われるようになり、新しい映像産業に成長した。
これを契機に、小型のライブスイッチャーが注目を集めるようになってきている。Blackmagic Designでは、初日のプレスカンファレンスにて「ATEM Television Studio Pro HD」を発表した。今年2月に発売が開始された「ATEM Television Studio HD」のコンパネ一体型モデルと考えればいいだろう。
従来スイッチャーのフル機能を使うには、ラック型の本体の他に、別売のコントロールパネルが必要であった。だがこのコントロールパネルが60万円以上するので、多くのユーザーは無償で使えるソフトウェアを使ってどうにか運用してきた。だが基本的に1点操作しかできないPCソフトウェアでは、素早い操作に限界がある。
廉価なハードウェアコントロールパネルの登場が待たれたところではあったが、まさかコンパネ一体型スイッチャーをBlackmagic Designが出してくるとは思わなかった。同社初の一体型が市場にどのようなインパクトを与えるか、注目しておきたい。
パナソニックは会期前に行なわれたプレスカンファレンスにて、カメラコントローラ一体型の小型スイッチャー「AV HLC100」を発表した。同社は2010年に、リモートカメラ「AW-HE50」、カメラコントローラ「AW-RP50」、スイッチャー「AW-HS50」の50シリーズを発売している。未だ現役機種として売れているシリーズだが、これのカメラコントローラとスイッチャーの規模を大きくして、オーディオ機能まで加えて一体化したような製品である。
会期中に実物を見ることはできたが、まだプロトタイプでほとんどハードウェアは動作していなかった。価格は未定だが、秋頃の発売を目指しているというから、今年のInterBEEでは実動機が見られそうだ。
すべてがクラウドに突っ込まれる世界
現在我々が楽しんでいるネット系の映像配信サービスは、基本的にはクラウドサービスだ。元のコンテンツをストリーミング用にエンコードし、DRMを付け、配信サーバへアップロードし、サービス管理システムを経由して我々が視聴することになる。
こうしたソリューションを展示しているのが、AWSのブースだ。かなり大きなエリアを占めており、多くの人でごった返していた。NABでAWSのブースが盛況と言うこと自体、一つの未来図を示しているとも言える。
H.265のハードウェアエンコーダで知られたElemental Technologiesという会社をご存じだろうか。これが2015年にAmazonの関連会社であるAWS(Amazon Web Services)に買収され、クラウドエンコーダとして成長した。
今回の展示では、IPライブ中継とサーバ上のコンテンツをプログラムによって自動送出する「Live Channel Playout」、キャプチャされたライブストリームをフレーム単位で切り出し、VODコンテンツ化する「Content Monetization」、SDRの映像をHLGとHDR10へ変換、あるいはHLGとHDR10を相互変換する「File-Based Video Processing」を出展した。
またAWSはこの3月に、カナダのThinkbox Softwareを買収し、AWS内に組み込んでいる。これはいわゆるオールマイティなクラウドエンコーダで、条件を付けるとそれに合致するスケジュールでサーバを予約し、レンダリングしてくれると言うものだ。
ハイエンドなCPUを持つサーバは時間単位でのレンタルになるわけだが、深夜帯はユーザーが減るため、昼間に比べて1/5~1/10の価格で売られている。Thinkbox Deadlineというツールでは、例えば「価格が1/10になったときにレンダラーを20台確保」といった条件を付けておけば、それに合致するタイミングで自動的にサーバを確保、キューに溜まったタスクを実行してくれる。
対応レンダラーは30以上あり、筆者がわかる範囲でも3DSMax、Blender、Cinema 4D、Houdini、Lightwave、Maya、Mental Ray、Renderman、Rhino、Soft Image等々、3DCGでポピュラーなものはあらかた対応している。ローカルに強力なCPUが必要なくなると言う世界は、制作コストのバジェットが下げられるという方向に捉えるのではなく、映像制作者の利益率が上がるのだと捉えるべきだろう。
ソニーにもAWS上で動く制作支援ツール「Ci」がある。すでに3年ほど前に発表されているが、今回のNABで改めて紹介された。
カメラに装着した4GモデムからCiに映像をアップロードすると、クラウド上で自動的にプロキシデータを生成、現場から離れたスタッフが、スマートフォンやタブレットを使って撮影されたクリップの内容を確認できる。
ブラウザからCiにログインすることで、様々なツールを使う事ができる。簡単なラフ編集はもちろん、クリップにコメントを付けたり、画面上に直接指示を書き込む事もできる。映像制作の現場には、プロデューサー、ディレクター、エディター、カラリストなど多くの人間が関与するが、それらの人が一堂に集まるまで作業が始められないというのでは、効率が悪い。Ciは単にクラウド上のファイルストレージとして使うわけではなく、制作スタッフが遠隔地にいても、制作が遅滞なく行なわれるようにするためのツールなのである。
このようなクラウドパワーによって映像をドライブする動きは、映像制作のセオリーを根底からひっくり返すパワーを持っている。すでに昨年、編集ツールのEDIUSをAWS上で動かすという体験をしたところだが、恐らく数年のうちにプロ用カメラはIP出力のポートを持つようになるだろう。つまりファイルベースの映像だけでなく、ライブ映像もクラウド上にアップされることになる。
それらの映像は、クラウド上のソフトウェアスイッチャー上でスイッチングや合成がリアルタイムで行なわれるようになるだろう。これまでハードウェアのスイッチャーが手元に必要だったのは、映像信号がシリアルデジタルによるリアルタイム処理だったからだ。
だがすでにデジタル放送は、1フレームの遅延もなく現場と同じタイミングで放送されるものではなくなっている。そこのタガが外れれば、何秒遅れてもあとは大して変わらない。映像をIP化するという意味は、すべてクラウドに巻き取られるという意味でもある。
あと10年もすれば、放送は電波だけでなく、IPで行なわれるようになるだろう。かつてケーブルテレビが第三の波と呼ばれたのと同じインパクトで、IP放送がやってくる。そのとき手元に残るハードウェアは、カメラとコントロールパネルだけ、という世界はありうる話だ。
これを単なるホラ話ととるか、実現可能な夢ととるかで、この世界で生き残れるかどうかが違ってくるだろう。