“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第569回:伝説再び! キヤノン「EOS 5D Mark III」

~モワレ対策や操作性など動画撮影機能が向上~


■5D Mark IIの伝説

 この連載でEOS 5D Mark IIをレビューしたのが2008年のことだが、Mark IIが出るまではデジタル一眼で映像作品を撮るとは言っても、まだテスト的なショートクリップのみで、アンテナの高いごく一部のクリエイターが面白がって撮る程度の事であった。

 だがMark IIの登場からここまでの4年間で、動画撮影に関する状況は大きく変わった。ある意味映像業界において、一つの産業を立ち上げたと言っていい。

 Mark IIが決定打となったのは、1080pが撮影できたからである。4年前にはNikon D90などいいカメラも出ていたが、動画は720pまでしか撮れなかった。見向きもされない、とまでは言わないが、フルスペックである必要はあったわけだ。これ以降、撮像素子はフルサイズじゃないといけないのかとか、いろんな議論が噴出したが、それは“1080pが撮れる”という条件がクリアされたあとの話である。

 もう一つの条件として、H.264の40Mbpsという高ビットレートで撮影できたことも大きい。民生機と同じAVCHDじゃあなぁというところをうまくくすぐった。

 元々はスチルカメラなので、本格的な動画撮影を行なうには色々足りない。だがそれを補う機器がいろいろ出てきて、一つの世界を作っていったわけだ。キヤノン側もファームウェアのアップなどで動画機能を強化していったが、ハードウェアの抜本的な問題を解決するには至らなかった。

 後継機種たるMark IIIの発売が永らく待たれていたが、中途半端なモデルは出さないということで、ほぼ3年間の沈黙があったわけである。その間にキヤノンではコンセプトを練り直し、映画に特化した方向で2011年秋に「CINEMA EOS SYSTEM」を立ち上げた。そして現在まで、C300、EOS 1D X、C500といったラインナップを拡充し続けている。

 一方でMark IIの後継機としてのMark IIIは、CINEMA EOS SYSTEMとは別ラインとして3月より発売が開始されている。ボディのみの販売予定価格は358,000円となっているが、ネット上では約30万円といったところだろうか。

 CINEMA EOS SYSTEMのインパクトが大きすぎて、Mark IIIの発表が霞んでしまった印象もあるが、Mark IIはテレビ番組制作などでも使われている。映画クオリティまでは必要ない現場も実際には沢山あるわけで、その点でMark IIIに期待がかかる部分もあるだろう。

 ではさっそく、テストしてみよう。




■かなり改良が進んだボディ

 ではまずボディからだ。もともとMark IIもかなりでっかいカメラだったが、Mark IIIもサイズ感としてはかなりでっかい。デザイン的には、前から見るとMark IIよりもちょっと丸っこくなった印象を受ける。ロゴとかも違うが、全体的に角が丸くなったシルエットで違いが分かる。

若干丸っこくなったボディロゴが目立つようになった。ロゴ上の穴がマイク
1D Xとも違うCMOSセンサー

 カメラスペックとしては、僚誌デジカメWatchが詳しいのでそちらを参照して貰うとして、ここでは動画に関係するスペックに注目してみる。

 撮像素子は約2,230万画素のCMOSを採用、Mark IIより若干増えた程度だ。ISO感度は100~25600となっているが、動画撮影時には100~12800となる。ただ拡張機能を使えば、25600まで使える。


【動画サンプル】
roll.mp4(18.6MB)

ローリングシャッター歪みのテスト
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 読み出しとしては、Mark II時代のセンサーは4ch読み出しだったが、Mark IIIでは8ch読み出しになっている。ローリングシャッター歪みの軽減には有利かと思う。実際にテストしてみたところ、多少の歪みは出るようだが、軽減されていると見ていいのだろうか。実はMark IIレビュー時にはローリングシャッター歪みのテストをしていなかったので、比較できない。このあたりはユーザーの判断に委ねたい。

 画像処理エンジンは、EOS 1D Xにも搭載されたDIGIC 5+。処理速度は従来エンジンの17倍高速化したという。

 動画撮影モードは、Mark IIが1080pと480pしかなかったが、Mark IIIでは720pでの撮影モードが増えた。また圧縮形式も、従来のIPPではなく、Iフレームオンリー(All-I)か、IPBとなった。


解像度圧縮モードフレームレートビットレート
※ファイルサイズから逆算
サンプル
1,920×1,080All-I30p約90Mbps7W0C5597.mov
(117MB)
1,920×1,080IBP30p約30Mbps7W0C5598.mov
(45.4MB)
1,920×1,080All-I24p約90Mbps7W0C5599.mov
(130MB)
1,920×1,080IBP24p約30Mbps7W0C5600.mov
(45.5MB)
1,280×720All-I60p約80Mbps7W0C5601.mov
(108MB)
1,280×720IBP60p約27Mbps7W0C5602.mov
(41.4MB)
640×480IBP30p約10Mbps7W0C5603.mov
(16MB)

ビットレートはAll-Iモードでは大幅に増えることになった。業務用コーデックではPanasonicのAVC Intraで100Mbps、200Mbpsといった前例があるので、それほど驚くような巨大ビットレートではない。ただ、All-Iで撮るならば、メモリーカード容量はMark IIの倍以上見ておかないといけないということである。

メモリーカードスロットは、CFとSDのデュアルスロットとなった。動画については、リレー記録ができる。またファイルシステムの制限から、いわゆる4GBの壁があるわけだが、これも4GBを越えると自動分割するようになっている。ビットレートの増加によるデメリットはあらかじめ塞いであるという格好だ。

メモリーカードはデュアルスロットに2つのカードでリレー記録も可能
イヤホン端子付きは大きな変化

 逆サイドには接続端子類がある。USB、ミニHDMI装備は以前と同じだが、従来のアナログAV端子の代わりにイヤホン端子が付いた。このカメラでアナログコンポジットで絵を出そうというニーズもそうそうないわけで、現場で音声のモニターができるという点では、妥当な改良だろう。

 ちなみに音声記録は、48.00kHz、16Bit、2ch、384kbpsとなっている。ただ本体のマイクはモノラルなので、2chステレオで録れるのは別途ステレオマイクやミキサーを接続したときだけだ。

 背面に回って見よう。もっとも大きな変化は、動画専用のスタート・ストップボタンが付いたことである。リングスイッチを動画に倒しておくと、動画撮影のトリガーになる。隣のモードはライブビューの切り換えだ。


大きく変わった背面ボタン類録画専用ボタンが付いた

 ジョイスティック的な操作ができるマルチコントローラとサブダイヤルの間には、クイック設定ボタンが設置された。これは動画の録画中に機能を呼び出すショートカットとなる。

 設定で「動画サイレント設定」を有効にしておくと、サブダイヤルのSETボタンの周りをタッチしただけで、上下左右のメニュー操作ができるようになる。ダイヤルを回すとカリカリ音が入るので、それを避けるための機能だ。

 液晶左のボタンは変化が大きい部分だ。ピクチャースタイル呼び出しのショートカットボタンが付いたことで、ハイエンドカメラでそれあり? という反応もあるようだが、それだけプロセッサで絵を作るというのは市民権を得てきたということだろう。

 個人的には、フォーカスを見るためのマグニファイボタンが付いたのは大きい。電源ボタンもサブダイヤル下ではなく、モードダイヤルの近くに移動した。比較的大きくて堅いボタンなので、カメラの取り回し中に間違って電源を切ってしまうことがなくなった。

動画撮影中はタッチ操作による設定変更が可能ピクチャースタイルもボタンで一発呼び出しに電源スイッチの位置変更も地味にうれしいポイント


■安心の撮影機能

 ではさっそく撮影である。今回使用したレンズは、以下の3本だ。

EF24-105mm F4L IS USMF50mm F1.2L USMEF85mm F1.2L II USM
【動画サンプル】
sample.mp4(215MB)

動画サンプル。EDIUS 6でネイティブ編集後、H.264の平均28Mbps/VBRで出力したもの
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 ズームレンズのみ、レンズ内手ぶれ補正機能を持っている。単焦点はどちらもF1.2の明るいレンズだが、撮影当日は快晴ということもあり、ISO感度を最低の100まで下げても、開放で撮れるシーンは少ない。また開放ではボケ過ぎというところもあるので、動画サンプルでは開けてもだいたいF2.8ぐらいまでとなっている。

 AFのポイントは中央に四角で表示されるが、マルチコントローラを使って任意の場所に移動できるので、いわゆる置きピンのようなことがカメラのアングル替えなしにできる。このあたりはMark IIと同じ使い勝手だ。


F2.8ぐらいでちょうどいいボケ味にAFポイントが四角で表示される

 AFはなかなか精度がよく、明るい場所では外れることは少ないが、暗所で低コントラストな状況ではそれほど上手くない。その場合は、拡大機能があるので、液晶表示だけでもそれほどフォーカスには不安はない。

AFが苦手なシーンでも拡大機能でマニュアルフォーカスは楽高コントラストな環境でもうまく収まっている発色もなかなか綺麗
豊富なAF機能があるが、動画撮影での連続追従はしない

 昨今のミラーレスでは、コンティニュアスAFの搭載が標準になっているが、Mark IIIには搭載されなかった。もっともそのためにフォローフォーカスなどの装備があるわけで、そもそもこのクラスのカメラでの動画撮影を一人で行なうというのは難しい。

 背面のリングスイッチを動画に倒しておけば、常時ミラーアップして、ライブビューで立ち上がるようになる。それでもレンズ交換時には自動的にミラーが下がるので、撮像素子にダメージが加わることはない。この点ではいつもセンサー剥き出しのミラーレスとは違う安心感がある。


【動画サンプル】
stab.mp4(35MB)

手ぶれ補正のサンプル
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 手ぶれ補正は、Mark IIのレビューとレンズが同じなので、効果としては変わっていないが、歩き撮影は前回やっていなかったので、他機種との比較という意味で掲載しておこう。

 背面の液晶モニターは輝度をAUTOにしておいただけだが、明るい場所でもわざわざ手をかざして見る必要がなく、十分な明るさだ。オートパワーオフを1分に設定したが、1分経過するとミラーが下がり、ライブビューも停止する。

 元々Mark II時代から熱によるエラーはほとんど心配されなかったが、バッテリーの持ちという面でも安心できる。ちなみに撮影中は2時間近く、ほとんど電源を入れっぱなしで持ち回ったが、撮影終了後もバッテリは半分程度維持していた。


タイムコードの設定が可能に

 動画に特化した機能としては、タイムコードを入力することが可能になった。レックランやフリーランといった、業務用カムコーダではおなじみの設定ができる。

 ただ最近はもっぱらノンリニア編集が主流なので、タイムコードはそれほど重要ではなくなってきている。本格的にタイムコード運用をするならば、マルチカメラ撮影で他のカメラと同期するとか、音声のレコーダと同期するといった使い方が考えられるだろう。

 ただそこまでやるならば、タイムコードのマスター/スレーブ機能がないとあんまり意味がない。さらに言えば1フレーム以下の精度を出すためには、外部同期を受け付ける機能も必要だ。

 現時点での機能では、フリーランにしておいて現在時刻を記録するというぐらいの使い方になる。ただそれでも、GPSユニットを接続することができるようなので、そのデータと合わせれば、当日の太陽の位置が算出できるため、あとでセットやCGでの合成を行なう時に、ライティングの参考になるだろう。




■動画向け改善ポイントとエフェクト

録画中の設定変更がダイヤルのタッチで可能

 動画に特化した機能として、「動画サイレント設定」がある。これは、動画の撮影中に読み出せるクイック設定メニューに対して、サブダイヤルを回すことなく、ダイヤルをタッチすることでパラメータを無音で設定変更できる機能だ。

 マニュアルモードで撮影している時は、シャッタースピード、絞り、ISO感度が設定変更できる。音声はマニュアルレベル調整にしておけば、これも入力レベルの調整ができる。

 サブダイヤルで反応するのは、中央ボタンの周囲の平たいエリアだ。外周部のギザギザが付いているあたりでは反応しない。ダイヤル部分なので、つい円形に回しそうになるが、実際には上下左右キーの変わりになるというものだ。パラメータを上下で選択し、値を左右キーで変えるという操作になる。

 芝居ものの撮影であれば、撮影途中で変えるケースは少ないだろうが、長回しの取材などでは役に立つだろう。もっとも最長で1カット30分以内しか録れないという制限がある。


モワレ、偽色は確かに軽減されている

 Mark IIの動画撮影で大きな問題になっていたのが、細かい模様の撮影時に発生するモワレと偽色だ。これに関しては、なんとか出ないように撮影する、撮影後に画像処理でなんとかする、ボディを改造してさらにローパスフィルタを入れるなど、いくつかの対策が講じられてきた。

 Mark IIIでは、モワレに対しても低減されているというが、具体的にどのような方法なのかはあきらかにされていない。ローパスフィルタをより強めにしただけなのか、画像処理も関係あるのかなどは不明だが、今回撮影してみた限りでは、モワレが出そうな部分でもそれらしい現象は出ていないようだ。

 撮像素子の目玉としては、高感度撮影ができるというところもポイントである。動画では標準で100~12800の間で可変となっているが、拡張設定を使うことで2倍のISO 25600まで撮影できる。

【動画サンプル】
room.mp4(102MB)

室内撮影、高感度撮影サンプル
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 実際にテスト撮影してみた。レンズはズームレンズで、絞りはF4開放だ。最後の2カットが25600だが、画面下のところにノイズが見られる。元々マニュアルにも25600ではノイズが出ると書いてあるので、お勧めではないことは承知だが、それでもこの感度で写った方がいいというケースもあるだろう。

 最後にピクチャースタイルについて見てみよう。メニュー内にも設定はあるが、液晶左のボタンから簡単に呼び出せるようになっている。モードとしては「オート」含めた7つ、そしてユーザープリセットが3つある。それぞれに対してシャープネス、コントラスト、色の濃さ、色合いの4つがマニュアル調整できるようになっている。

 ここではプリセット状態の7モードを掲載しておく。


モード静止画切り出し
オート
スタンダード
ポートレート
風景
ニュートラル
忠実設定
モノクロ
動画サンプル

scene.mp4
(118MB)


■総論

 Mark II全盛の頃は、はやくMark IIIを、という声が強かったものだが、それに代わるソリューションが数多く出てくる中で、実に遅い登場、という感じもしないでもない。キヤノンとしても、静止画のカメラをどこまで動画に振るか、という課題の中で、動画は動画専用のカメラ(CINEMA EOS SYSTEM)を開発、という方向に振ったわけである。

 その中で動画“も”撮れるフルサイズ一眼、というポジションにそのまま居る、という選択をしたのが5Dというシリーズ、ということになるだろうか。なお、Mark IIも併売されるそうだ。

 モワレや偽色の低減など、改善点も見られるが、解像度がトレードオフになっているという意見もある。光学フィルタで高周波を切る限り、どうしてもそこが犠牲になる。抜本的にはそんな高画素センサーを動画に使うからだろという話なのだが、いやそれは静止画のカメラですから、という堂々巡りになる議論だ。

 ただこのローパスフィルタが解像度に悪影響を及ぼしているというのは既に共通認識となっており、富士フイルムやニコンはローパスフィルターなしモデルを投入するといった動きに繋がってきている。

 キレキレの絵じゃなくていい、という映像も当然あるわけで、この改良されたMark IIIという存在、そしてこの価格だからできること、それを踏まえてどういう現場に投入していくかというのは、まさに映像の狙いがしっかりわかっている人が判断していくしかないわけである。

 考えてみればボディだけで30万円はちっとも安いカメラではないが、C300やC500の値段を考えるとものすごく安いように見える。うっかり買える価格というのがまた危険なわけだが、映像業界ではもはや一つの産業として成立している部分もあるので、Mark IIのリプレイスとして静かに浸透していくことだろう。

(2012年 5月 30日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。

[Reported by 小寺信良]