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Hintが目指すラジオ受信の革新。AM局によるAM聞けないラジオ誕生
2016年9月7日 08:00
ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏が発起人となり、FMラジオ受信機「Hint(ヒント)」の開発プロジェクトがクラウドファンディングで進められている。起動の高速性、シンプルな操作感などラジオ受信機としての基本姿勢はキープしつつも、Bluetoothスピーカー、さらには信号音感知によるURL通知など、スマホ時代ならではの機能を多数盛り込んだ意欲的な製品だ。その開発舞台裏について、おもにHint設計の実務を担うCerevoの柴田健士氏(デザインエンジニア)に話を伺った。
デザインのコンセプトは「気配」と「ワインボトル」
クラウドファンディングによるHintの開発プロジェクトは7月に発表した。
Hintは当初から「ラジオ局が本気で作るラジオ」とアピールされているが、全ての発端となっているのはニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏。局アナとして放送の最前線で活躍する一方、著書「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」を出版したり、ニッポン放送関連会社の代表取締役CMOも務めるなど、多彩な活動で知られる。
開発の着想から対外発表までの経緯も独特だ。吉田氏が「かっこいいラジオを作りたい」と考えた際、目にとまったのが可変型ヘッドフォン「THP-01」。その発売元であるグッドスマイルカンパニーに吉田氏がコンタクトをとった。
時を同じくして、数々のフィギュア商品で知られるグッドスマイルカンパニーもまた、アニメ「PSYCHO-PASS」の作品内で登場する銃「ドミネーター」を商品化したCerevoに興味を持ち、接触を図った。結果として、企画=吉田アナ(ニッポン放送)、デザイン=グッドスマイルカンパニー、電子機器設計=Cerevoという座組のミーティングが実現。これが2016年初頭のことだったという。そして3月には3社合意の元でGOサインが出て、プロジェクトが具体的に動き出した。
Hintという製品名には大きな意味が込められている。「吉田さんと(Hintのデザイナーである)メチクロさんが徹底的にブレインストーミングする中で、存在することが煩わしくない、まるで“気配”のような存在がラジオの意義ではないか、という結論に辿りついたそうなんですね。そこで、気配を意味する英語のHintをズバリ命名したと」(柴田氏)
「気配」というコンセプトを現実化するため、本体は縦に細長い円筒形とし、ここに無指向性のスピーカーを組み合わせた。これによって、部屋のどこにHintを置いても、その音が届く、つまり気配を感じられる……という訳だ。
また、サイズ感の面ではワインボトルが大きなモチーフとなっている。Hintのフットプリントは直径80mmで、これは一般的なワインボトルのそれとほぼ同じ。四角形が当たり前のラジオを部屋に置くのとはまた違った効果を期待しての設計という。
基本の操作性も非常にシンプルで、電源を入れるだけでほぼ瞬時にFM放送が流れる。例えばテレビは高機能化の一方で電源オン時に多少の待ち時間がかかるようになってしまったが、Hintではそういった要素を極力排除。とにかくまずラジオ音声を流し、Bluetooth機能の準備などはバックグラウンドで行なう仕組みになっている。
なお、製造物責任はCerevoが担うこととなり、故障した場合のサポートなども同社が受け持つ予定。。ただし、Hintはクラウドファンディングを利用しているという性質上、まだ、完成が保証された製品ではない点は留意が必要だ。
製品発表後も仕様改善
明確なコンセプトを打ち立てる一方で、現在はまだクラウドファンディングで出資者を募っているという機動性を活かし、製品改良にも取り組んでいる。
まず大きな改良は、スピーカー仕様の変更。当初の発表では、1つの本体内蔵スピーカーの音をリフレクターで反射させる方式だったが、高音用のツイータと低音用のウーファを追加搭載し、3Way方式へと変更する予定だ。
「開発初期段階では、人の声がいかに美しく聞こえるようにするかを重要視していたんですが、ラジオならば音楽も当然流れます。ですから、音に関しては徹底的に強化していく方向に路線変更しました。Hintは基本的にラジオですが、それこそ『いいBluetoothスピーカー買えたな』と思ってもらえるようにしたいです」(柴田氏)
メインとなるスピーカーユニットも、当初は50mm径のものを採用予定だったが、より大きな60mm径を選択する方向で動いているという。
バッテリー仕様も大きな変更が予定されている。専用のリチウムイオン電池で駆動する方式は変わらないが、本体に装着したまま充電ができるようにする。「当初の計画では充電器を別に同梱する予定だったのですが、充電器を新規に設計する手間と、充電機構を本体内蔵するためのコストを天秤にかけて、後者を選択しました」(柴田氏)
なお、HintではOSを使用していないが、ファームウェアの書き換えは可能。出荷後のバグ修正アップデートなども原理的には行なえる。
AM局なのにAM非対応!? 音で文字列をスマホに転送する「Toneconnect」
ラジオとしての仕様も相当挑戦的だ。まず、AM放送局であるニッポン放送が開発に大きく関与しているにも関わらず、HintはFM受信専用機であり、AM放送用の電子回路をそもそも搭載していない。ワイドFM(FM補完放送)でニッポン放送が聞けるという背景はあるにせよ、かなり思い切った部分と言える。
FM受信用のアンテナは本体内蔵式となっていて、ロッドアンテナやリード線は外出しされない。ただし、F型接栓のアンテナ入力端子が設けられている。また、ヘッドフォン端子も搭載する(LINE IN端子は非搭載)。
Hintに搭載する機能については、開発初期段階でさまざまなものが検討された。「かっこいいラジオであると同時に、吉田さんの中には『IoTっぽい何か』を作りたいという願いもあったそうなんです。そこでよくよく考えてみると、身近にToneconnectがあるじゃないか、と(笑)」(柴田氏)
Toneconnectは、吉田氏が代表取締役CMOを務める株式会社トーンコネクトが開発した技術。DTMF音(電話のダイヤル音)をスマホのマイクで集音させることで、URLなどの各種情報を伝達させられる。
HintにおけるToneconnectはこれをさらに派生させたもので、Bluetoothを併用する点が特徴。ラジオ放送あるいはBluetoothスピーカー機能でHintからDTMF音が流れると、これをHint本体側で自動処理。BLE(Bluetooth Low Energy)ビーコン経由でスマホへ文字列情報を無線伝送する。
ビーコンを受信するには、GoogleのEddystone技術を使う。Android端末はもちろん、iOSでもChromeアプリをインストールすれば利用できる。Toneconnectのためだけの専用アプリをインストールさせる必要がなく、音を拾うためにわざわざアプリを立ち上げる手間もかからない。
「実はHintの開発初期の段階では、AndroidにおけるEddystoneの扱いがまだベータ版だったんです。それが7月の発表会本番の前後で、結果として正式版になったんですが、一般的な開発だと恐らくは様子見しますよね。そこをやってしまうあたりが、この3社のノリの良さかもしれません(笑)」(柴田氏)
ニッポン放送におけるDTMF音の配信は現在「検討中」。ただし、吉田氏が司会を務める番組では先行的に実施される見込みだ。
なぜradiko直接受信ができない? 録音は?
IoT的なアプローチを取ろうとする中で、ラジオのIPサイマル配信放送サービス「radiko」をHintで直接ストリーミング受信する方向性は検討されなかったのだろうか? BluetoothスピーカーやAVアンプなどにおいて、AF/FMの放送波に加えてradikoの直接受信を実現している機種は少なからず市場にある。
「そこはもう吉田さんのFMへのこだわりです。吉田さんと最初に打ち合わせしたとき、『柴田さん何でラジオを聞いてます?』と質問されたので、『radiko』と答えました。すると『確かにradikoは便利なんだけど、そこは一度、音質がいいFMでラジオで聞いてほしい』と言われるほどで」(柴田氏)
「これは7月の発表会の裏話なんですが……実は会場がFMの電波が入らない地下だったんです。なので、radikoの音をHintのBluetoothスピーカーで出力してデモしようと思ったんですが、吉田さんから『いや、それはダメです』と反対されまして(笑) それくらいFMへのこだわりがつまってるんです」(柴田氏)
radikoは周波数チューニングにともなうノイズの苦労とは無縁である一方、圧縮音源ゆえに、FM電波による放送と比べて音質面で不利とされる。また、エンコードに伴うラグのため、時報や緊急地震速報がradikoでは行われていないなど、番組内容についても若干の違いがある。
「これは僕の想像ですが、ニッポン放送がAMのノウハウを貯めてきた中でFMに出会い、より高音質で音楽を届けられるとか、可能性がバーッと広がったと思うんです。その今だからこそ、radikoとはまた違うFMの良さを知らしめたいという願いがあるんじゃないでしょうか」(柴田氏)
こういった哲学に加え、「電源をオンにしたらすぐに聞ける」というシンプルさを優先した背景もあるという。radiko対応する以上、インターネット接続のためのWi-Fiが事実上必須となるが、設定の手間も増え、動作速度にも影響する。「どうしてもradikoが聞きたいときはBluetoothスピーカー機能を使ってほしい」というのが開発者側のメッセージだ。
録音機能についても、さまざまな観点から最終的には非搭載とした。「まずはコストに跳ね返ってしまうことですね。それと『シンプルなラジオにする』というのも大きな目標になっていますが、録音に対応するとボタンが増え、操作性も複雑になってしまいます。なので今回は見送りました」(柴田氏)
実際、Hintを操作する上での主要なインターフェイスは、電源ボタンのほかにチューニングと音量のダイヤル程度。表示系も周波数インジケーター、動作状況確認用のLED程度に抑えられている。
「どの機能をのせ、どの機能を削るかは本当に悩みどころでした。アイデアそのものは沢山あって、例えばもう少し小型なモバイルモデルを作ろうとか、機能面ではDTMF音でイコライザーを制御するなんてのもありました」(柴田氏)
ファンディング成立に向けた隠し球(?)企画も
Hint製品化に向けたクラウドファンディングの締切日は9月20日。この日までに1,300万円の出資が集められなければ、Hintは製品化しない。取材時点(8月末)では期間を半分残して、進捗率も約50%超。必ずしも安心できる数値ではなかった。
仮にクラウドファンディングが未成立に終わったとしたら「そこはもうスッパリ諦めます」(柴田氏)とし、その他の手段を使った製品化などは考えていないとした。
「1,300万円のほとんどは金型費です。なので、出資が集まらないと金型を起こせない。本当に作れないのです」(柴田氏)
なお、9月6日に1,300万円を達成。無事製品化へ進む事となった。
ここ数年でクラウドファンディングの認知はグッと高まった。だかその案件の中には、すでに製品が完成していて、先行販売やプロモーション的にクラウドファンディングを行なう例も目立つ。それに対してHintは、製品化の可否そのものも完全に出資者へと委ねた「ガチ」な事例だ。
ただ柴田氏は「無指向性スピーカーのラジオかつBluetoothスピーカーという、世にほとんどない製品だけに、出資を検討される方への説明がまだまだ必要だと思っています。例えば、お年を召したラジオ聴取者となると、そもそもBluetoothをご存じなかったりするかもしれません。そこを乗り越えていかないと」と話す。
PRの一環として、8月19日からは毎週金曜日に吉田アナら開発者が参加してのネット生放送を行なう。柴田氏も出演予定で、「その場の流れで、新しく機能を増やしたり、思いきって仕様を変更するといったこともあるかもしれません。私も開発者としてその場でお答えします」と述べ、非常に楽しみにしているという。
加えて、出資メニューの1つとして新たに「声優モデル」などを追加した。電源オンなどの本体操作に応じてナビゲーション音声が流れるようにするというもので、技術面での課題はクリア済み。起用する声優は、野島健児さん、中村繪里子さん、田所あずささん。加えて、デザイナーのメチクロさんモデルも展開する。
柴田氏は、今回のクラウドファンディング成立の暁には、さらに第2弾・第3弾の企画も実現させたいと意気込む。「ラジオというと、古くて成熟しきった機械であり、メディアかもしれません。ですが、最新のテクノロジーと融合することで、もっともっと面白く変化していけると思います。Hintがきっかけでそれこそ新しい番組や企画が生まれたら最高ですね」(柴田氏)