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ZENSORからOBERONへ、“若者でも買える高音質スピーカー”を生むDALIの秘密

リーズナブルかつ高音質なスピーカー「ZENSOR(センソール)」シリーズで知られる、デンマークのDALI。ZENSORの後継シリーズ「OBERON(オベロン)」が9月末に発売され、再び注目を集めているが、どのようなメーカーで、どのようにスピーカーを作っているのかは、意外と知られていない。ヒットモデルはどのように生まれるのか? 来日したDALI本社のエリアセールスマネージャー MICHAEL NIELSEN氏に話を聞いた。

OBERON1のライトオークと、DALI本社のエリアセールスマネージャー MICHAEL NIELSEN氏

設立当初から「若者でも購入できるクオリティスピーカー」を手がける

DALIの始まりは、デンマークのハイファイ・ストア・チェーンである「Denmark’s Hi-Fi Klub(現在のHi-Fi Klubben)」にある。1983年、ストアで人気のある大型で高価なスピーカーではフォローできないユーザー層に対し、アプローチできるスピーカーを自社で作ろうと、NADというブランドでスピーカーの設計・製造を開始。

製品の開発・生産の一部は、当初Hi-Fi Klubbenの創業者であるピーター・リンドルフ氏の自宅地下室で行なわれ、その後、自宅に近い小さな街スカナボーやリューといったさまざまな場所に施設を借りて製造が続けられた。

NADのスピーカーを売り出しはじめてから2年後、DALI(Danish Audiophile Loudspeaker Industries)ブランドが立ち上げられ、主に、コンパクトな2ウェイ・スピーカーを手がけた。中でも人気を博したのは、キャビネットサイズ13リットル、6.5インチのウーファを搭載したブックシェルフ「DALI 2」。1985年当時のデンマークの学生援助金SUの月額を下回る、現在の貨幣価値に換算すると約11,000円とリーズナブルで、一人暮らしを始めたばかりの若者でも購入でき、ハイクオリティなサウンドが楽しめるスピーカーとしてヒットモデルとなった。

その後も精力的に製品を開発。デンマークだけでなく、現在では世界的なスピーカーブランドに成長。70カ国に向けて輸出を行なっている。

新製品のOBERONシリーズ

本社はデンマークのノーアエ。1,600人ほどの小さな村で、牧草地帯が広がり、そこにDALIの大きな本社がある。100人ほどのスペシャリストが集まり、スピーカーの設計、製造、組み立てまで実施。キャビネットからユニットの取り付けネジに至るまで、ほぼ全てのスピーカーの設計をDALIが手がけている。さらに、6,000m2の倉庫も併設されているそうだ。

デンマークのノーアエにある本社

さら、中国の寧波市(ニンボー)に、DALIの全額出資の工場も2007年に建設。デンマークと同レベルの工場で、エントリーモデルの製造や、デンマークの工場で組み立てを行なっているモデルの一部のコンポーネントやパーツも製造されている。

NIELSEN氏は、3人いるエリアセールスマネージャーの1人として、日本と中東、アフリカ、インドを担当している。

「新たなスピーカーを開発する際は、チーム体制で行なっています。各国市場からのニーズや、セールス担当からの情報、エンジニアのアイデアなどを持ち寄り、どのような形の製品にするか話し合い、プロジェクトとして立ち上げます。各プロジェクトにプロダクトマネージャーがアサインされ、開発する製品に適したメカニカルエンジニア、アコースティックエンジニア、ソフトウェアエンジニアなどを選び、チームを作り、開発していきます。1人のカリスマエンジニアが開発して……というような形ではありません」。

DALIの強みを、NIELSEN氏は「ブレない深掘り」と語る。「他のメーカーは、取り扱う製品のレンジを広げ、新しい製品に手を出し、それが思うように行かないと、他に手を出して……と、裾野を広げがちです。それではメーカーとして、フォーカスがどこに対して絞られているかわからなくなります。我々は、狭い範囲の中で、35年間“深掘り“をしてきました。そこで得た専門知識を、各カテゴリにも活用し、製品の競争力を高めています。それが我々の強みであり、そのアイデンティティは近年より強くなっていると言えます」。

低価格カテゴリで強さを発揮したヒットモデルとして、ZENSORがある。「ZENSORの前のモデルは、5カ国にしか輸出していませんでしたが、ZENSORは70カ国の内、2カ国以外で扱う人気モデルになりました。特にイギリス、ドイツ、日本で多くの支持を集めたスピーカーになりました。しかし、“安くてパフォーマンスが高い製品をとにかく出そう”と考えているわけではありません。各プライスレンジにおいて、ベストなバリューの製品を作ろうと心がけています」。

左が現行のZENSOR1、右が新しいOBERON1

多くのメーカーは、キャビネットやドライバユニットの製造を他社に委託し、コスト削減を図っている。一方で、DALIは重要なパーツはすべて自社で製造している。これはコスト的に有利な事なのだろうか? NIELSEN氏は「YESであり、NOでもあります」と笑う。

「ユニットの場合、一般的なものを作るのであれば、我々が自社で作るより、もっと大量に生産する他社に委託した方が、はるかに安く作れます。しかし、SMCのような特殊なユニットを作ろうとした場合、他社に委託すると、こちらの意見を他社にフィードバックし、出来上がったものをチェックしてフィードバックして、というやり取りが、何度も何度も必要になります。企業によっては、その作業につきあってくれなくなるでしょうし、完成したとしても結果的にコストはもの凄く高くなるはずです」。つまり、DALIのように独自技術を投入した、こだわりのユニットを作る場合は、自社で製造した方が結果的にコスト面でも有利になるようだ。

ハイエンドオーディオの世界に触れたいユーザーに届ける「OBERON」

9月から発売を開始した「OBERON」の名前は、ペア57,000円のブックシェルフ型「OBERON1」から、1台78,000円のフロア型「OBERON7」まで、6製品をラインナップ。壁面設置の「OBERON/ONWALL」も用意されている。詳細はニュース記事でお伝えした通りだ。なお、「OBERON」は、中世ヨーロッパの伝承に登場する妖精王の名前で、シェークスピアの戯曲「真夏の世の夢」の登場キャラクターでもある。

ブックシェルフ型「OBERON1」
左からOBERON1、OBERON3、OBERON7、OBERON5、OBERON/ONWALL(右上)、OBERON/VOKAL(右下)。カラーはダークウォルナット

共通する特徴は、上位モデルOPTICONなどに搭載する「SMC(ソフト・マグネティック・コンパウンド)」を、このクラスで初めて搭載した事。ウーファーのドライバに「SMCマグネット・システム」を使っており、磁気回路内部で発生する磁気変調とエディカレント(渦電流)を低減、3次高調波歪を大きく低減するといった効果がある。

通常の磁気回路のポールピースは、酸化鉄の砂鉄を原料としている。SMC磁気回路では、砂鉄の一粒一粒に化学的なコーティングを施しており、高い透磁率を持ちながら絶縁性のある素材で、発熱性が低いのも特徴。通常の酸化鉄の導電率が銅の1/10であるのに対し、SMCの導電率は銅の1/10,000のため、電流歪みを抑制できる。実際にZENSORと比較測定すると、1kHzにおいて3次高調波歪みで10dBの差があるという。なお、ウーファーの振動板は、DALIのトレードマークとも言えるウッドファイバーコーンだ。

SMC磁気回路の概要

OBERONへのSMC磁気回路投入について、NIELSEN氏は「ZENSORは7年半ほど前に発売以来、販売価格は変えていませんが、実は原価は毎年上昇していました。そのため、この先も作り続けるのが困難になり、続けようとすると原価が上昇している分、価格も25%や30%、アップしなければならなくなります。それならば、と新たに開発したのがOBERONです」と語る。

ZENSORと比べると価格は少しアップしているが、「ZENSORの利点、音楽性を継承しながら、上位モデルのEPICON、RUBICON、OPTICONの重要な技術であるSMCを、ドライバに取り込み、より魅力のある製品にしました。スペック的に向上しているだけでなく、実際に耳でヒアリングしてもその良さはわかっていただけると思います」と自信を見せる。一方で、「ただ、何にでもSMCを入れればいいというものでもありません。チョコをやたら入れればケーキが美味しくなるのかと言うと、そうではないのと同じ。その製品に適切な技術を、バランスをとりながら投入していく事も重要です」。

OBERONのターゲット層としては、「ZENSORを購入しようと考えていたユーザーが第一のターゲットですが、OBERONは新たなテクノロジーを盛り込む事で、それよりも少し上の、ハイエンドオーディオのフレーバーを楽しみたいと考えている、新たなカスタマーにも訴求していきたいと考えています」。

デザインにもこだわった。「“デンマークらしいのデザイン”と感じていただけるような製品として具現化できたと考えています。デザインに敏感なユーザーにも、興味を持っていただき、聴いていただければ嬉しいです。(購入に際して)奥様の理解も得やすいかもしれません(笑)」(NIELSEN氏)。

ライトオークモデル

OBERONのような、パッシブのオーディオスピーカーが存在する一方で、日本も含め、市場ではBluetoothスピーカーやスマートスピーカーが話題だ。NIELSEN氏も「パッシブのオーディオスピーカー市場の規模は、わずかですが縮小傾向にあります。しかし、DALIはその中でも、伸長しているメーカーです。しかし、それでもいつかはマーケット全体のシュリンクに捕まってしまうでしょう」と分析する。

「ですので、マーケットで何が起きているのか、何がトレンドになっているのかは、常に注視しています。そして我々もアクティブスピーカーやBluetoothスピーカーを展開しています。また、カスタムインストレーション用のスピーカーも、伸びています。これまでのオーディオ&シアタースピーカー、Bluetoothなどのアクティブスピーカー、カスタムインストレーション向け、この3本を柱として事業を拡大しています。しかし、いずれの分野でも、“ブレずに深掘り”しているという根本的な部分は同じです。また、アーティストや映画製作者などが作り出したサウンドを、そのままリスナーへと届けるというサウンドフィロソフィーも共通しています」。

山崎健太郎