密閉型の高級ヘッドフォン、期待の「ATH-ES10」を試す

-オーテクのポータブル最大の53mmが生む低音


ATH-ES10

11月13日発売

標準価格:47,250円

実売価格:31,000円~39,800円程度
       (2009年11月27日現在)

ULTRASONEの「edition8」
ゼンハイザー「HD800」
 beyerdynamicの「T1」やULTRASONEの「edition8」、ゼンハイザー「HD800」など、10万円を越える超高級モデルが各社から発売され、ヘッドフォン市場の価格バリエーションも多様化してきた。しかし、ヘッドフォン選びでは価格帯よりも、“用途”で区分する事が重要になる。前述の3製品にしても「T1」と「HD800」は大型ハウジングのセミオープン(T1)、オープン型(HD800)で、基本は屋内使用。一方「edition8」は音漏れの少ないコンパクトな密閉型で、電車など屋外利用も可能。用途が決まっていれば、おのずと選ぶ機種も見えてくる。

 そんな中で、意外に製品数が少ないのが、ポータブル用の密閉型ヘッドフォンの高級モデルだ。1万円以下の低価格な耳乗せ型や、1万円台のコンパクトな密閉型はそれなりに存在するが、2万円台後半~5万円程度の密閉型ポータブルヘッドフォンは数が少ない。“何をもってポータブルとするか?”は難しいところだが、基本は密閉型で、例えばハウジングが小型/薄型で、折りたたみ機構を備えるなど、可搬性が高いもの。ケーブルが1.2m程度で、ポータブルプレーヤーと接続しやすいものなどが条件だろう。

 大型モデルも含めれば、チタンや木製ハウジングを採用した高級モデルは数多くあるが、屋外で使うには大きすぎて抵抗がある。しかし、2万円を越える高価なカナル型(耳栓型)イヤフォンが支持されているように、「屋外でも良い音が聴きたい」というニーズは存在している。

 そんな中、オーディオテクニカから登場したのが「ATH-ES10」というモデル。価格は47,250円で、ポータブルの密閉型としてはかなり高価であり、それだけに異色のモデルである。11月13日に発売されたばかりだが、ネットの通販サイトでは31,000円程度で販売されている所も多く、家電量販店では39,800円程度で並んでいる。

 可搬性やデザイン性に優れた「EARSUITシリーズ」に属するモデルで、ビジネスマンがバッグに収納したり、スーツ姿の時に使用しても違和感が無いようなデザインに仕上げられている。一方で、コンパクトな筐体に、同社ポータブル用ヘッドフォンでは最大という53mm径ユニットを搭載したモンスターモデルでもある。その再生音を体験してみたい。

 また、同じEARSUITシリーズの下位モデルであり、アフリカンパドック(無垢材)をハウジングに使った「ATH-ESW9」(標準価格:37,800円/実売2万円前後)も用意。ES10との比較もしてみたい。



 

■ 小型イヤーカップに大型ユニットを詰め込む

左がATH-ES10、右がATH-ESW9。デザインは似ているが、ハウジングの違いで印象は大きく異なる
 外観から見ていこう。まず目に入るのが、ヘアライン仕上げのチタンを使ったシルバーのハウジングだ。触れるとひんやり冷たく、周囲の景色が写り込んでいる。横に走るヘアライン処理は高級感を高める一方、写り込みが目立ちすぎないよう、若干抑える役目も果たしているようだ。色は落ち着いたシルバーで、指紋が付いてもあまり目立たない。

 チタンだけあり、非常に軽量で、コードを除いた重量は200gに抑えられている。ハウジングは平らに折りたたむことができ、ビジネスバッグの隙間にも収納できるだろう。


ES10のハウジング。チタンのヘアライン仕上げが美しい装着したところ。正面から見るとハウジングの薄さがよくわかる横からみたところ。かろうじて耳全体を覆うくらいのカップサイズだ

 イヤーパッドやヘッドパッドの素材は柔らかく、肌触りも上質。ヘッドアームも軽量なため、装着時に頭頂部に違和感を感じることはない。側圧も控えめで、パッドの質感と合わせ、そっと両耳にかぶさる装着感。長時間の使用も苦にならない。ただ、イヤーカップそのものが小さいので、パッドの下部が耳たぶを抑えるようなカタチになる事もある。ただ、肌へのタッチが優しいため、不快感は無い。

イヤーパッドの質感は上質だ

 最大の特徴は、大型ヘッドフォンの高級モデルで採用されるような53mm径のユニットを搭載している事。ポータブルでは40mm径でも大きい方で、比較用の「ATH-ESW9」も42mm径だ。室内用の同社アートモニターシリーズ上位機種に採用されているユニットをベースに開発したというユニットで、「アートモニターシリーズ直系のポータブル。室内でしか味わえなかった高品位なサウンドを屋外でも楽しむ」(同社)というのがES10のコンセプトでもある。

 イヤーパッドを外してみると、直径65mm程度のカップサイズに対して、53mm径のユニットがいかに大きいかがよくわかる。もはや“ユニットしか見えない”と言っても良いだろう。しかしながらハウジング自体は薄く、イヤーパッドを取り外すと20mm程度しかない。バッフル面には剛性に優れたグラスファイバーを配合して中高域のクリアさを高めているほか、ドライバにはボビン巻OFCボイスコイルを採用し、低音に深みを与えている。

イヤーパッドを外したところ。大型ユニットがまさに“詰まって”いるハウジングは薄型で20mm程度しかないESW9のイヤーパッドを外したところ

 インピーダンスは42Ω、出力音圧レベル102dB/mWで能率はポータブル用としては標準的。製品コンセプト的に当然だがポータブルプレーヤーのアンプで鳴らしにくいことはなさそうだ。再生周波数帯域は低域もさることながら高域が良く伸び、5Hz~40kHzとワイドレンジだ。なお、ESW9はインピーダンス42Ω、出力音圧レベル103dB/mW。周波数帯域5Hz~35kHzとなっている。

 ケーブルは音質を重視した両出しで、長さは1.2mと、ポータブルでは取り回しやすい長さ。残念ながら着脱はできない。プラグは金メッキのステレオミニ。付属品はポーチとクリーニングクロスで、延長ケーブルや標準プラグへの変換コネクタは付属しない。このあたりもポータブル利用を前提とした「ES10」の製品コンセプトが伺える仕様だ。

アームの長さ調節部ヘッドパッドもイヤーパッドと同様に柔らかい素材でできている
ケーブルは両出しで、長さは1.2m入力はステレオミニ


■ ポータブル用とは思えない低音再生能力

試聴にはオンキヨーのiPodトランスポート「ND-S1」と、DAC内蔵ヘッドフォンアンプ「Dr.DAC2」を使用(同軸デジタル接続)
 まず驚かされるのが、低音の沈み込みだ。低音チェック用に使っているJAZZ「Kenny Barron Trio」の「Fragile」を再生すると、ルーファス・リードの地を這うような分厚いベースが頭蓋骨にズゥゥーンと響く。緩んだ柔らかい低音ではなく、解像度を保った硬い低音がここまでしっかり落ちるポータブルヘッドフォンは記憶に無い。イヤフォンの低音に慣れた人が聴くと、より驚きがあるだろう。

 しかし、「ノラ・ジョーンズ/come away with me」でも、アコースティックベースがキチンと沈み込み、ノラ・ジョーンズのヴォーカルがその上に分離しつつ定位する。低域が不足しがちなポータブルヘッドフォンでは、どうしても音楽全体が腰高になり、安定感が損なわれるが、「ES10」は腰の据わった音が楽しめる。数曲連続して聞いていると、ハウジングの厚さが20mm程度しかないヘッドフォンで聴いているという事を忘れてしまい、「本当にこの薄いハウジングからこの音が鳴っているんだよな」と、手を当てて確かめてしまった。

 「山下達郎/アトムの子」冒頭のドラム乱打も、歯切れの良いスネアドラムを分離描写しながら、うねるような連続したドラムの低音の動きがキチンと再生される。より激しい曲をとパンクロックの「Sum 41/NoReason」を再生。疾走感溢れるドラムの乱打が、音の硬さを保ったまま精密に描写され、音楽が大味にならない。ハウジングが薄いため、中域が薄く、低音に余計な付帯音がかぶらないため、普通の大型ヘッドフォンより低音の動きが良く見えるような気すらする。

 低域に特徴がありつつ、高域が突き抜けるようにクリアな楽曲が良く合う。ドラムンベース(Jazzin' park/perfect blue」)やトランス(DJ Tiesto)などの打ち込み系の楽曲が非常に心地良く聴けた。

 低音に慣れてくると、中高域や音場にも意識が向く。チタンハウジングを採用したことで、ハウジングの音の癖は少なく、軽やかで清涼感のある高域を実現している。「ダイアモンド クレバス50/50」(中島愛+May'n)を聴くと、高域が遙か上に立ちのぼっていく心地良さがある。音場のサイズもハウジングに制限されず、外の世界と解け合うように広がり、密閉だが、オープンエアのように開放感がある。

 多くの部分で満足できる再生能力だが、大型ヘッドフォンがいらないほど完璧かというと、弱い部分もある。それが中域の厚みだ。前述のロックやトランス、ポップス、フュージョンなど、どちらかというと派手目なドンシャリ型楽曲では目立たないが、JAZZやクラシックのオーケストラ、女声ヴォーカルのソロなどでは不満も出てくる。

 例えば前述の「Kenny Barron Trio」の「Fragile」では、沈み込んだベースの上に広がるケニー・バロンのピアノの響きが弱く、広がる音の波紋がすぐに消えてしまう。ピアノに吸音材を一杯詰め込んだような感じで、高域は出ているのだが、下に続く中域が痩せているために甲高くなり、悪く言うと安っぽいピアノの音になってしまう。

 クラシックでもティンパニーや大太鼓は素晴らしいのだが、波のように押し寄せてくるストリングスの響きが薄いため、ダイナミズムが足りない。女性ヴォーカル(坂本真綾/トライアングラー)も同じ傾向で、サ行は明瞭だが、声の響きが薄く、表情や艶っぽさがいまひとつに感じる。試聴機は1週間ほど毎日鳴らしているが、エージングが進めば幾らかバランスは改善されるだろうが、上と下の主張が強いサウンド傾向なのは確かだ。ただ、騒音の多い屋外の利用ではある程度派手目なサウンドデザインのほうが映えるのは確かだ。

 また、頭内定位が強めなのもES10の特徴だ。ハウジングが薄く、イヤーパッドも大型ヘッドフォンに比べて薄いため、ユニットと耳の距離が近い。あえてユニットの中心を耳穴からずらして配置したり、ユニットを耳に対して角度を付けて配置するなどの工夫で頭内定位を弱めているモデルもあるが、ES10の本体とユニットサイズでは厳しいだろう。ただ、前述のように抜けの良いチタンハウジングにより、音場自体はかなり広大に広がるため、圧迫感はほとんどない。ヴォーカルの口が頭の中心近くに定位するが、歌声自体は遠くまで広がる……というイメージだ。


 

■ 他のモデルとも比較

 比較用にESW9も聴いてみよう。「Kenny Barron Trio」の「Fragile」では、ES10のズゥゥーンという地鳴りのような低音は流石に出ず、付け替えた瞬間は寂しく感じる。それでも密閉型ならではの量感のある低音は出ており、不満を感じるほどではない。

 ES10と比べて適度に中域が膨らんでおり、ピアノやストリングスの響きが豊かになる。木製ハウジングのためか響きそのものも上品で、金管楽器も美しい。女性ヴォーカル(坂本真綾/トライアングラー)も腰高になり、低域の沈み込みやうねりは減るが、声に艶が出て、歌詞の感情がよく伝わるようになる。

ATH-ESW9のハウジング。アフリカンパドック(無垢材)の木目が魅力。こちらも折りたたみ可能だヘッドアーム部。外側は木目と同種の茶色、内側はブラックのツートンカラーになっているケーブルは両出し。長さはES10と同じ1.2mだ

 “無理せず鳴っている”という感じで、ゆったりと音楽が楽しめる。不足点を音作りの上手さで巧みにカバーしている印象だ。ただ、チタンハウジングと比べると閉塞感はあり、音がどこまでも広がっていくような開放感には乏しい。そのため高域も若干頭を抑えられた印象だが、変な付帯音が無いので気にはならない。ES10のクリアな高域と、ESW9の温かみのある高域、甲乙つけがたい個性と呼べるだろう。

ESW9を装着したところ

 せっかくなので、編集部にある中価格帯の密閉型ヘッドフォンで、ハウジングが小さめ/薄めの2機種も用意してみた。AKGの「K172HD」(実売26,000円~30,000円程度)とULTRASONE「HFI-680」(実売25,000円~30,000円程度)だ。

 「K172HD」はクラシカルなデザインが特徴で、AKGらしい繊細な高域が楽しめる小型モデル。「HFI-680」はケーブル(着脱不可)が3mでポータブル向けではないが、折りたたみも可能な薄型ハウジングを採用。同社独自の頭内定位解消技術「S-LOGIC」を採用し、力強い低域とキツく感じられる一歩手前まで伸びる高域が癖になるドラマティックな音が特徴だ。ユニット口径は40mm。

AKGの「K172HD」ULTRASONE「HFI-680」

 「K172HD」の低音の伸びや量感は、他の3モデルと比べると大幅に少ない。だが、高域の伸びやさかは秀逸で、コンデンサ型ヘッドフォンの雰囲気に通じる繊細な表現力を持っている。個々の音の分離が良く、付帯音が少ないため、他機種と比べるとルーファス・リードの弦の動きがよくわかる。何曲か聴いていると、乏しいと思われた低域もそれなりに描写されている事に気付く。

 インピーダンスは55Ω、感度は94dB/mW(1mW)で若干低能率。iPhone 3GSのようなポータブルプレーヤーのアンプでドライブすると上記のような印象だが、駆動力の高いヘッドフォンアンプ(Dr.DAC2)でドライブすると、中低域もしっかりと出てくる。良さを引き出すにはドライブ力の高いアンプを備えたポータブルプレーヤーの使用や、ポータブルヘッドフォンアンプの導入を検討したくなるモデルだ。

AKGの「K172HD」

 「HFI-680」は頭内定位が緩和され、ヴォーカルや楽器の音像が頭の中心から前方寄りに定位。ヘッドフォンやイヤフォンの閉塞感が苦手という人には魅力のあるモデルだ。比較機種の中ではES10と似た系統で、どちらかというとドンシャリ傾向。最低域の沈み込みはES10に及ばないが、ベースラインなど、美味しい部分を強調し、太くドライブするのが心地良い。高域のチューニングが絶妙で、女性ヴォーカルがかすれたり、割れたり、“耳に痛い音”になる一歩手前、ギリギリのところまで突き抜ける。聴いているとヒヤヒヤする珍しいサウンドだが、何曲も聴いていると、このギリギリ感が癖になる。ソースに忠実な音かと言うと微妙だが、薄味の優等生サウンドに飽きるとコッテリとして音が聴きたくなるものだ。

ULTRASONE「HFI-680」


 

■ まとめ

 ATH-ES10の魅力はなんといっても、量感と解像感を併せ持った低域の再生能力にある。これまでのポータブルヘッドフォンの低域に不満を持っていた人や、高級イヤフォンの低域描写に慣れた人に、ぜひ試聴して欲しい。大口径ユニットならではのドッシリとした低音は、この製品にしか無い魅力だ。また、閉塞感の無さは、屋内で普段オープンエアヘッドフォンを使っている人が、屋外で使う密閉型として選択しても違和感が少ないだろう。

 音楽的なまとまりの良さを重視し、ストリングスや女声ヴォーカル、JAZZなどを美しい音で聴きたいというニーズには、「ATH-ESW9」の方がハマるかもしれない。同じシリーズに属し、価格的には上位モデルと下位モデルの位置付けだが、2機種はキャラクターが大きく異なり、甲乙つけがたい。両方揃えて、その日の気分や聴く楽曲に合わせて使い分けられれば理想的なのだが……。

 AKGやULTRASONEなど、海外メーカーも視野に入れると、製品数は多くはないが、いずれも個性的なモデルが存在する。ES10はその中でも、ユニットサイズという際立った個性で存在感を発揮するモデルになりそうだ。今後はESW9のような木製ハウジングでの大型ユニット採用モデルに期待すると同時に、他社も含めた、高級密閉型ポータブルヘッドフォン全体の活性化にも期待していきたい。



(2009年 11月 27日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]