■ 衛星ラジオ事情 普通衛星放送といえば、まずBSやCSを思い浮かべるわけだが、日本では昨年10月末から新しい衛星放送がスタートしている。通称「モバHO! 」こと、衛星モバイル放送だ。これは従来のテレビ型衛星放送とは違い、移動中であっても音声や映像コンテンツが楽しめるという。米国でも同じようなスタイルで、XMとSIRIUSという衛星ラジオ放送が2つ稼働している。まだ黒字転換は果たしていないようだが、加入者数も加速度的に増加しており、文字通り「軌道に乗った」と言えるだろう。 簡単に米国の衛星ラジオ事情を説明しておこう。XMのほうは2機の静止衛星を、SIRIUSは3機の周回衛星を使って全米をカバーしている。チャンネル数はXMが150chに対して、SIRIUSが120ch。音声放送だけではあるが、かなり細かく細分化されたチャンネル構成となっている。料金は双方とも月額12.95ドル。 米国で衛星ラジオがヒットした理由は、車にフォーカスしたからだ。米国では広い国土を車で移動するケースが多いわけだが、どこにいても屋外なら必ず受信できるラジオ放送として注目された。各社には車メーカーがスポンサーに付き、自社の車に積極的に受信端末を搭載している。例えばXMにはGM、ホンダ、ヒュンダイが、SIRIUSにはダイムラークライスラー、BMW、フォードがそれぞれ独占契約を結んでいる。一方米トヨタのように、両方の局と契約を結ぶメーカーもある。
一方日本のモバHO! に目を戻すと、静止衛星1機を使って日本全国をカバーしている。日本は米国と違って山岳地帯の占める面積が非常に広いわけで、トンネル内など電波の届かないところは「ギャップフィラー」という中継器を設置することでカバーする。いたずらに衛星の数を増やすよりも、現実的だ。またラジオ放送だけでなく、映像の放送も行なう点で、米国のモデルとは違っている。 放送を受信するためには、専用の受信機が必要になる。受信機は大きく分けて3種類あり、一つは液晶モニタの付いたモバイル機で、東芝とシャープから製品が出ている。そのほかに車載用レシーバーと、PCカードチューナで3種類というわけだ。 モニタ付きモバイル機は、すでに昨年から販売されている。モバイル放送株式会社製の車載用レシーバーとPCカードチューナは発売が遅れていたが、2月28日から同社のオンラインショップで発売が開始された。 今回はこのうち、PC用カードチューナを使って、実際の放送を受信してみることにした。日本初の衛星モバイル放送とは、どういうものだろうか。
■ これがモバHO! チューナだ! 受信機のラインナップをみてみると、東芝製のモバイル機が49,800円、シャープ製が73,500円、車載用レシーバとカーキットが52,290円(いずれもモバイル放送オンラインショップ価格)と、決して安いものではない。その中にあってPCカードチューナは9,800円と、非常にリーズナブルな価格が魅力である。PCカードチューナのパッケージには、PCカード型チューナとソフトウェアCD-ROM、マニュアル類が数点と受信機IDシールが同梱されている。まずPCカードチューナから見ていこう。 カードスロットから出っ張った部分に折りたたみ式のアンテナが装備されている。アンテナはほぼ正方形の平形で、左右に展開すると幅約11cmになる。ヒンジは開ききったところと閉じたところに軽いロックがあり、作りはしっかりしている。また各アンテナ部の外辺部には、外部アンテナ用の端子も設けられている。
実際にPCに装着してみると、スロットからの出っ張りがやや気になるものの、アンテナが水平に広がるので、さほどPC操作の邪魔にはならない。 必要なソフトウェアは、受信アプリケーションのほか、IPP(Intelプロセッサ用のライブラリ)、.NET Framework、DirectX。これらは付属CD-ROMに収録されており、足りないものが自動的にインストールされる。 動作環境としては、CPUにはPentium III 1GHz以上かPentium Mおよび相当品、推奨はPentium 4とある。またデスクトップPCなど外部モニタを使用するPCでは使用できない。おそらく映像の著作権保護のために、このような対策が取られているのだろう。
受信アプリケーションを起動すると、自動的にモバHO! プロモーションチャンネル(音声のみ)に接続されるので、加入契約を行なう前に受信状態を確認できる。受信できたことが確認できたら、カスタマーセンターに電話して、仮登録を行なう。これを行なうと、その日から2週間、すべてのチャンネルが無料で視聴できるお試し期間となる。チャンネル契約にはいくつかのパックがあるので、この間で放送内容を視聴して、自分に合ったパックの加入手続きが行なえる。 やはり放送なわけだから、受信レベルは気になるところだ。放送受信レベルは、受信アプリケーションのアンテナ表示で判別できるようになっている。段階としては、圏外、受信レベル0、1、2、3の5段階だ。マニュアルには、チューナを遮蔽物のない南南東から南の方向に向けて受信するよう書いてあるが、モバイルで楽しもうと思ったら、そんな細かいことは言っていられない。
仕事部屋は東南向きに窓があり、机は窓際から約1mほど離れているが、窓を閉めたままでちゃんとアンテナ表示が3本、最高受信レベルで受信できた。そのまま家の中をウロウロしてみたが、もっとも受信レベルが低かったのがトイレの中で、受信レベル0。しかしそれでも放送は受信できている。 結局筆者宅内では、放送が受信できないエリアはなかった。当然室内なので、直接波が受信できているわけはないのだが、結構反射波を拾って受信できるようだ。もちろんこれは、住環境によるだろう。また筆者宅は、地図によると補完対策エリアに入っているので、どこか近くにギャップフィラーが設置されているとも考えられる。 ためしにJR山手線の車内でも試してみたが、品川~池袋間で放送は途切れることなく受信できた。受信レベルは常時2~3程度で、触れ込みどおり、かなり移動には強いようだ。
■ 機能が低い受信アプリケーション
続いて受信アプリケーションの機能を見ていこう。これには基本操作パネルのほか、チャンネルリストやEPGを表示するサブウィンドウがある。基本操作パネルは非常にシンプルで、音声モードと映像モードに切り替えて使用する。 基本的にはテレビやラジオのようなものなので、チャンネルを選ぶぐらいしか操作はない。それにしても閉口するのがチャンネル切り替えの遅さで、音声チャンネルを切り替えるのに8秒前後、映像のチャンネルを変えるのに12秒から16秒もかかる。その中にはバッファ分も含まれていると思うが、切り替え中はまったく無音無画面になるので、そのあいだの寂しい事ったらない。まるでチャンネルを変えることが罪悪のように思われてくる。 動画は320×240ピクセルで放送されており、フレームレートは目測だが、だいたい15fps程度。画面サイズは等倍、縦横二倍、フル画面に切り替えることができる。等倍では解像度はそのままだが、これではいかにも小さく、スーパーなどを読むのには苦労する。縦横二倍にすればその分文字は大きくなるが、解像度が上がるわけでもないので、映像のアラが目立つ。また圧縮レートも高く、動きの激しいシーンでは盛大なブロックノイズが出る。モバイル放送だからということで、ある程度は目をつぶるしかないだろう。
アプリケーションでは、「メモ」という形で番組の録画や録音もできるようになっている。ただこれは本当にメモ程度の機能で、録画・録音したものを視聴するときには、早送りや特定の場所へ飛ぶといった操作が全くできず、レコーディングしたポイントからリアルタイムで視聴する以外にない。 録画ファイルは、受信アプリケーションがインストールされたフォルダ内に固定されており、変更はできない。したがって大量に録画しようと考えているならば、アプリケーションのインストールは容量に余裕のあるデータドライブなどにしたほうがいいだろう。また録画ファイルの視聴は、PCカードチューナを装着していないと再生できず、いかにもデジタル放送のコピープロテクトとなっている。 サブウィンドウではEPGもあるが、ラジオでは一つの番組の放送時間が長いため、あまり意味を成さない。また予約録画・録音のような機能もない。PCはもっとも融通の利くデバイスのはずだが、機能的にはかなり厳しい制約が科せられている。
■ 偏りのある番組編成 現在モバHO! で放送されているチャンネルは、音声30ch、映像7ch、データ放送約60タイトルとなっている。その他プレミアムチャンネルとして、競馬中継のグリーンチャンネルがある。パック料金は、プレミアムチャンネルを除く全放送が視聴できるコースが月額2,080円、映像チャンネルのみが1,380円、音声チャンネルのみが1,380円、データ放送のみが300円。そのほかに基本料が月に400円かかるほか、初回時には加入料として2,500円が必要となる。 では実際にどのような番組が放送されているのだろうか。まず音声チャンネルのラインナップから見ていこう。「Mobile301」や「小林克也チャンネル」といった独自のチャンネルがあるほか、オリコンやビルボードと連動したチャートチャンネルなどがある。 そしてその下には、USENが提供する番組群がずらりと並ぶ。J-POP系から懐メロなど邦楽が7チャンネル、洋楽・サントラが4チャンネル。それ以降はジャズとクラシックが1チャンネルづつ、ファイナンス1、教育1、海外のFM局が8チャンネルといった具合だ。
まだ始まったばかりでゼイタクは言えないが、どうもよそからの借用チャンネルが多く、オリジナリティに欠ける。邦楽系は割と多いが、それもすべてUSENのコンテンツである。またニュース系のチャンネルも1つ2つは欲しいところだ。海外FMは、本当に普通のFM放送そのままなので、時間帯でまとめて現地のCMが入る。 さらにPCカードチューナでイタイのは、デジタルラジオ放送としては音質が良くない点だ。ノートPCのスピーカー程度で流している分には気がつかないのだが、イヤホンやヘッドホンで聴くと、音質はFM放送とAMステレオ放送の中間ぐらいだろうか。それというのも、このPCカードチューナでは、モバHO! で放送している音声フォーマット、MPEG-2 AAC+SBRに対応していないのである。 あまり耳慣れない言葉なので、AAC+SBRについて簡単に説明しておこう。SBRとはSpectral Band Replication(スペクトル帯域複製)と呼ばれる技術で、音声データの高音域部分を事前にフィルタで分けておき、中低域の圧縮ストリームに多重化して格納する方式である。 どこかで聞いた話だと思われることだろうが、MP3Proとしてリリースされた技術と同じといえば、ピンと来るだろう。SBRはもともとはMPEG-2とMPEG-4 AACの音質改善のための技術で、SBRを取り入れたAACは、一般的に「HC-AAC」や「aacPlus」などと呼ばれている。このSBRをMP3に応用したのが、MP3Proというわけだ。 で、このAAC+SBRは、MP3Proでもそうであったように、フルに互換性がないデコーダでは、SBR部分が捨てられるため、不完全な状態でしか再生できない。したがってMPEG-2 AAC+SBRに対応していないPCカードチューナでは、音質が悪いのである。映像コンテンツならばそれでもいいが、せっかくお金を払うのであれば、音楽チャンネルぐらいはいい音で聴きたい。SBR対応PCカードチューナの発売が待たれるところだ。 次に映像チャンネルを見てみよう。まず総合チャンネル「MBCO総合」とニュースチャンネルの「モバイル.n」がある。ソースは他局のものだが、編成はオリジナルとなっている。以下CNN、NNNとニュースチャンネルが2つ、日経CBNCはファイナンス系、ドラマ中心のTBS、それにMTVで、合計7chとなる。競馬のグリーンチャンネルは別料金となっている。 全体的にニュースは充実しているが、娯楽チャンネルは少ない。ニュースを映像でチェックしたい人には強力だが、娯楽として楽しみたい人にはもの足りないだろう。ドキュメンタリーなどもあるが、総合チャンネルの中に組み込まれている。予約録画機能がなく、見たい番組はリアルタイムで見ろ、というのはかなりしんどい話だ。 続いてデータ放送も見てみよう。これは基本操作パネルとは別のウインドウで操作する。ケータイ画面よりもやや大きめの画面が出てきて、下の疑似十字キーでしか操作できない。ほかの専用端末と操作系を合わせたのだろうが、PCなのに画面を直接クリックして操作できないのは、なんとももどかしい。
これだけiモードなどケータイでの情報取得が普及している現在、この程度の情報では、利用価値は低い。ティッカーのように自動で流れるわけでもなく、自分で操作しなければ情報が得られないので、ケータイと大して変わらないのである。 PCカードチューナは1万円弱と安価だが、機能的に見るとモバHO! の能力はフルには活用できず、「お試し」的な意味合いが強い。別途ハードウェアの受信機を使えば、また印象も違うのかもしれない。
■ 総論 例えばモバHO! の音声チャンネルのみを契約すると仮定すると、初回のみ2,500円+400円+1,380円=4,280円。翌月からは1,780円となる。米国の放送、例えばXMは月額12.95ドル。1ドル110円で計算しても、一カ月1,425円。しかも向こうは150チャンネルである。それを知ってしまうと、モバHO! のほうが割高な感じは否めない。期待されるのは車載チューナだが、地方在住で毎日のように通勤で車を使い、FM放送などが少ない地域では、魅力的なはずだ。だが都心部では車に乗る機会も週末だけだったりするわけだから、どうしても不公平感がつのる。 車載チューナは家でも使えるように取り外しできるという作りは、米国のモデルと同じだ。だが家に入れば、もっとリッチなコンテンツが沢山ある。むしろ音楽中心のラジオということであれば、インターネットラジオのほうがよりコンテンツの嗜好が細分化されている。米XMやSIRIUSのように膨大なチャンネル数で圧倒するような魅力がないのは残念だ。 映像チャンネルにはニュースが多いため、電車通勤のサラリーマンが日々のニュースをチェックするにはいいだろう。ただ地上を走る電車はいいのだが、地下鉄でどこまでギャップフィラーが整備されていくのかは、未知数である。 結局のところ、モバHO! で放送されるコンテンツには専門性がなく、誰が、どこで、どういうコンテンツを楽しむのかという姿が具体的に見えてこない。誰にでも必要というより、誰にとっても大して必要ではない内容というのが正直なところだ。筆者は米国の衛星ラジオのイメージを持っていたので、モバHO! には非常に期待していたのだが、残念である。 放送の方式としては優れていることは認めたとしても、現状のあり方では普及は難しいだろう。結局放送事業とは、受信機を売るハードウェア商売ではなく、コンテンツビジネスなのである。視聴したいものがなければ、受信機は買わない。今後はチャンネルの大幅な拡充など、何らかのブレイクスルーを期待したい。
□モバイル放送のホームページ (2005年3月30日)
[Reported by 小寺信良]
AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
|