■ モバイルでテレビを見る テレビ放送のモバイル視聴といえば、「ワンセグ」がアツい。シャープのAQUOSケータイや、松下のFOMA端末「P901iTV」、AV機器では発売延期になっているが東芝の「gigabeat V30T」、ノートPCではソニー「VAIO type U<ゼロスピンドル>モデル」、「VAIO type T」など、続々と対応製品が投入されてきている。その一方で、ネットワークを使ったパーソナルストリーミング環境として、ソニーのロケフリこと「ロケーションフリー」のブレイクは記憶に新しい。テレビ放送やAV機器の出力がネットワーク経由で見られるということで、PSPユーザーや海外出張の多い人から支持されている。また今年5月には、Mac OSとW-ZERO3用プレーヤーソフトの開発も発表され、さらなる広がりを見せている。 そんな中、また新たな「どこでもテレビ」製品が登場した。アイ・オー・データ機器がこの7月8日より発売を開始する「Slingbox」は、ロケフリと同じようにテレビやレコーダの映像をネットワーク経由で伝送するデバイスだという。価格はオープンだが、想定売価は29,800円。ロケフリが32,800円なので、ちょっと安い。 元々は伊藤忠商事が投資事業と一環として、米国のベンチャー企業であるSling Mediaに出資していたのだが、同社製品であるSlingboxが非常に米国で当たったので、日本でも売ったらどうか、ということになったのだという。伊藤忠商事が輸入販売総代理店、その独占販売元としてアイ・オー・データ機器、という関係となっている。 ユニークな銀色チョコレート型をした「Slingbox」を、早速試してみよう。
■ 正体不明の銀の延べ棒 まず誰もがその外観を見て、「なんですかこれ? 」と聞きたくなるだろう。開発元ではチョコレートバーがモチーフだと言うが、こんなデカいチョコはアメリカぐらいしか売ってないので、日本人的な発想ではまるっきり「銀の延べ棒」である。
上部には「MY CABLE TV MY DVD MY RADIO ANYWHERE…」とズラズラメッセージが記されているが、実はこの文字列が放熱孔を兼ねているあたり、日本ではまず出てこないセンスだ。形は突飛だが、逆にこれなら目立つところに置いておきたい気にさせる、面白いデザインである。 前面には電源とネットワークの状態を示すLEDがあり、電源ボタンはない。ACアダプタを差すと、いきなり電源ONなのである。中央部のSlingの「n」字のところには赤いLEDが仕込まれており、視聴端末からログインされているときに光るようになっている。
底部の足もまたユニークで、棒状と半球の足で中に浮いているようなイメージだ。ひょっとしたら上に何段も重ねられるようにデザインされているのだろうか。 背面を見てみよう。アナログチューナを1基備え、アナログAV入力を1系統持っている。アナログAV出力もあるが、これは入力のスルーになっている。DVDレコーダなどの空いている出力がないときには、Slingboxをあいだに挟み込むわけだ。 もちろんLAN端子を備えており、デッキなどをリモート動作させるための赤外線端子もある。赤外線送信部は、先が2つに分かれている。外部入力は1系統しかないので、どうも2台を制御するということではないようだ。マニュアルには1つの機器に対して、赤外線受光部を上下に挟むような形で設置するよう書かれている。安定動作のための配慮なのだろう。
■ 細かいところまで練られたソフトウェア
次にソフトウェアのほうを見てみよう。付属のCD-ROMにWindows XP用のプレーヤー「SlingPlayer」が収録されている。ロケフリはプレーヤーソフト1ライセンスにつき1,980円かかるが、SlingPlayerは無料で、特にライセンス制限などはない。ただし複数のPCにインストールできるものの、複数台が同時接続できるわけではなく、本体1台に接続できるのは1台のPCだけだ。 アプリケーションをインストールしたのち起動すると、最初にセットアップウィザードが立ち上がる。ここでは放送方式やユーザーパスワード、管理者パスワードなどを設定する。 ソフトウェアとSlingbox本体を認証するため、独自のSling Finder IDが発行される。またインターネットを経由して機器認証を行なうためには、UPnPを使用するので、UPnP対応ルータがあったほうがいい。UPnPを使用しない場合は、固定IPとポートナンバーの設定が必要になるため、設定が面倒になる。
Slingboxの利用で特徴的なのは、ロケフリと違ってダイナミックDNSサービスなどを利用しなくていいという点である。ウィザードによる設定でUPnPによる遠隔視聴設定がうまく行けば、簡単にWANから接続できるようになる。 ただロケフリのダイナミックDNSサービスの設定も、難しいわけではない。うまく設定できないときのリスクを考えると、どっちが楽かは意見の分かれるところだ。 UPnPの設定で躓きやすいのは、パーソナルファイヤーウォールの設定だろう。最近はウイルス対策ソフトにファイヤーウォール機能が備わっているが、最初にUPnPでの遠隔視聴設定を始める前にSlingPlayerのアクセスを許可する設定を行なう必要がある。
このあたりはウィザード画面で「ヘルプ」をクリックすると、SlingMeidaのサイトの設定情報が表示されるが、すべて英語である。発売時には日本語の情報画面になっていることに期待したい。 接続設定が完了したあとは、画質設定のウィザードが起動する。文字のスクロールや動画サンプルを見ながら、2つの画面のうち見やすい方を選択する。ハードウェアによるオーバーレイと、ソフトウェア再生とどちらが良好かを判定させるようだ。 ここまで完了すると、SlingPlayerが起動する。Playerとはいっても、設定変更のウィザードなどもここから起動することができるので、本体の設定ツールも兼ねているというイメージだ。
とりあえずホームネットワーク内の無線LANを使って、ノートPCでテレビを視聴してみた。標準では320×240ピクセルでの表示になるが、さすがにLAN内だけあってコマ落ちもなく、なかなか綺麗だ。またチャンネル変更も速く、1~2秒程度で切り替わる。モニタ画面下にはチャンネルのプリセットを設定できるほか、キーボードの数字キーでもチャンネルの変更が可能だ。 画質設定は、SlingPlayerがネットワークの速度を見ながら自動で調整してくれるため、ユーザーは何もする必要はない。このあたりの無段階自動調整が、ロケフリに対してのアドバンテージと言えるだろう。テレビチューナーのないノートPCなどでテレビを見るという用途には、十分対応できる。 テレビの視聴以外にも、外部入力を使ってAV機器の映像を見ることも可能だ。どのような外部機器を赤外線でコントロールするかは、ウィザードで設定することができる。
とりあえず手持ちのパイオニア製DVDプレーヤーを設定してみた。製品の型番としてそのものズバリのものはないが、「その他」のCode1でうまく動作した。DVDレコーダも選択できるが、登録されている製品は日本で見かけない物や、若干古いモデルである。おそらく後継機なら同じコードで動くケースも相当あると思われるが、こればかりは試してみないとわからない。 なお、製品発売時までには、相当数の現行製品プリセットが用意されるようだ。日本は特にレコーダの普及率が高いので、この赤外線コントロールのプリセットの充実がポイントになるだろう。 だがこのあたりは学習リモコンのプログラムソフトのようなSDKを無償公開していただいて、ユーザー間のコミュニティで盛り上げていく、というのが正しいような気がする。このようなPC周辺機器の場合、ユーザーのパワーを使わないのは損だ。
■ 外から何で見るか さて、Slingboxの目的というのは、何もホームネットワーク内でテレビを見ることではない。WANを経由してテレビが見られるところがメリットなのである。だが普通にノートPCをHotSpotに接続して外でテレビが見えました、では、記事としては面白くもなんともない。「できる」って書いてあるものを「できました」では話にならないのである。ソニーのロケフリでは、PSPで視聴という強力なソリューションがある。それならばSlingboxではなにができるだろうと考えたところ、米国本社のサイトにPocket PC用のプレーヤーがあるのを発見した。 30日のトライアルバージョンがあったので、早速ダウンロードして、「W-ZERO3」にインストールしてみた。まず無線LANでテストしたところ、起動時にSling Finder IDとユーザーのパスワードを設定しただけで、簡単に接続、視聴することができた。パフォーマンス的には十分だ。
続いて128kbpsのパケット接続による視聴が可能かどうかをテストしてみた。無線LANを切ってPHSだけを生かしておいた状態でプレーヤーを起動すると、自動でダイヤルして認証、接続が行なわれる。 テレビの再生はかなり引っかかりがあるが、一応視聴できる。チャンネルの切り替えのレスポンスは悪くない。通信速度に合わせてマニュアルで画質設定をもう少し下げるか、256kbps接続サービスを利用すれば、そこそこ普通に視聴できそうな手応えを感じた。
ロケフリもPocket PC用プレーヤーの開発を、NetFrontの開発で知られるACCESSが表明しているが、未だ発売されていない。一方でSlingboxはすでに正規バージョンがリリースされており、スマートフォン用のβ版も公開されている。PC以外のデバイス対応に関しては、今のところロケフリよりも開発が先行しているようだ。 ただPocket PC用プレーヤーは、ダウンロード販売で29.99ドル。1ドル120円で計算すれば約3,600円と、ちょっと高い。ACCESSのPocket PC用プレーヤーがいくらになるのかはわからないが、できることが近いだけに、トータルコストでシビアに考える必要がありそうだ。
■ 総論 結局のところSlingboxのソリューションは、ロケフリと競合すると考えると身も蓋もない。むしろこのような「IPソリューション連合」vs「ワンセグ」という図式で捉えるほうが、選択肢として健全だろう。さらにW-ZERO3をはじめAirH"程度の通信速度で視聴できることを考えると、現時点ではワンセグよりもカバーエリアが広いとも言える。特に東京都内では、地下鉄の駅構内でかなりPHS対応が進んでいることもあり、ちょっと面白い使い方ができそうだ。 また伊藤忠では、Slingboxを使った新しいサービス事業も展開したいとしている。実際にはSlingbox本体を使うというよりも、Sling Playerが持つ柔軟な通信速度対応技術を使って、IPベースのコンテンツ配信ビジネスに乗り出すといった感じではないかと予想する。 すでに伊藤忠はNTT西日本と協業で「オンデマンドTV」というVODサービスを展開しており、コンテンツ手配の面で実績を積み上げている。80年代にベンチャーがケーブルテレビに賭けた情報革命の夢は、20余年の時を経て再び叶うのだろうか。ただ「外でテレビが見られる箱」だけではない、今後の展開に大いに期待したい。
(2006年7月5日)
[Reported by 小寺信良]
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