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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第304回:NAB2007 レポート その2
-急速に様変わりする映像産業



■ ベンチャー層からわき起こる変化

 NABの取材に来るようになって10数年になるが、出展者数は多少の変動はありつつも、確実に増え続けている。しかしその内容は、大きく様変わりした。ホールの手前は大企業、奥は小さなベンチャーというレイアウトは昔から変わらないが、ベンチャーのあり方が大きく変わったのが近年の特徴だろう。

 というのも、以前ビデオ系のベンチャーと言えば、カメラに取り付ける何かとか、タイムコードが計算できる電卓とか、ハードウェア小物が多かった。それらはちょっとしたアイデアではあるものの、一目見ればなるほどと思わせる便利な発明のようなものであった。

 ところが近年出展ベンチャーの多くは、一体何屋さんなのか、立ち止まってじっくり話を聞かなければわからない。つまり昨今のベンチャーの多くは、エンコーダなどの特殊LSIを作るセミコンダクタか、それを動かすソフトウェア会社に様変わりしたのである。

 ベンチャーに掘り出し物が多いところは今も昔も変わらないだろうが、トレードショーという物理世界においては、しっかり目的を持っていないと、探せなくなった。これは映像のデジタル/IT化の、別の面の特徴と言えるかも知れない。


■ マスタモニタ問題をようやく解決したSONY


サウスホール2階入り口すぐがSONYブース

 開幕前日のプレスカンファレンスの模様をお伝えしたSONYだが、ブースの方でも注目の新製品が多い。

 ハイエンドの方では、HDCAM SRの新しいスタジオデッキ「SRW-5800」が登場した。以前からHDCAM SRのカメラレコーダは、テープを倍速で回すことにより880MbpsのMPEG-4 4:4:4を記録することができたが、今回はスタジオデッキタイプでこの機能が搭載された。

 またこの高ビットレートを使って、新たに4:2:2 1080/59.94Pを記録できるようになった。コンシューマでは60Pと省略されることが多いが、Blu-ray出力や同社BRAVIAにこの表示モードがあり、注目のフォーマットである。このコンテンツを作るためにはスタジオデッキは必須であることから、スーパーハイエンド市場向けということになるだろう。

 同じくSRの製品として、デジタルシネマ用カムコーダ、「F23」が展示された。昨年のNABでは製品イメージのモックアップを参考出品していたが、今回はいよいよ発売を5月に控えた中での展示となった。基本的にはシネマ用なので24Pが前提だが、4:4:4では1~30fps、4:2:2では1~60fpsのバリアブルフレームレート撮影が可能。


4:2:2/1080/59.94P記録に対応した「SRW-5800」 デジタルシネマ用HDCAM SRのカムコーダ「F23」

 最大の特徴は、これまでプロセッサやデッキ部が別であったものから、カメラ一体型となったところだ。HDCAM SRとしては初の「カムコーダ」という言い方もできるだろう。


XDCAMもハイエンドモデルが登場

 ディスク記録のXDCAMは、日本では報道向けフォーマットとして、キー局が採用を検討している。今回新たなラインナップとして、4:2:2/50Mbps記録可能な「XDCAM MPEG HD」を参考出展した。

 撮像素子は2/3インチ16:9 3CCDで、横1,920ピクセルのフルHD収録が可能。720P記録モードも備える。また今回新たに発表された2層ディスクにも対応する。


液晶パネルを使用したマスタモニタ「BVM-L230」

 そのほかにもスイッチャの新シリーズや、HDVのハイエンドカメラなど見所も多いが、個人的にもっとも重視している製品が、液晶のマスタモニタ「BVM-L230」だ。記憶する限り、液晶・プラズマ含め、フラットディスプレイパネルを使用してマスタモニタを名乗る製品は、世界初である。

 22.5型1,920×1,200ドットの新開発BVM専用液晶パネルを採用。これまでマスタモニタは、ブラウン管式のものに限られていた。だがすでにソニー自身もブラウン管の製造から撤退していることから、長らく待たれていた製品だ。

 液晶パネルをマスタモニタにするためのハードルは、いくつかあると考えられる。1つは色域の問題だ。ご存じのように、従来型冷陰極管バックライトを使用する液晶モニタでは、ブラウン管の色域に及ばない。しかしソニーは以前からコンシューマの方で、LEDや特殊蛍光素材を使った陰極管で色域の表現拡張にトライしてきた。今回のL230は、3色のLEDを用いる「TRIMASTER」バックライトを新開発。パネル自身の10bit化を加えて、ブラウン管にぼほ等しい色域を実現した。

 次の問題は、インターレース表示である。液晶などのフラットディスプレイはプログレッシブスキャンなので、インターレースで見たときにどのように見えるかが確認できなかった。しかし放送フォーマットとしては日本でのメインは1080iなので、インターレースフォーマットで放送する必要がある。

 これまでは液晶と言えばインターレースでは見えないもの、というのが常識であったが、L230はインターレース表示モードを備えた。1/60秒ごとの画面表示で1ライン目は映像、2ライン目は黒……と言った具合に、従来のブラウン管同様のインターレース表示として見ることができる。

 さらにこのパネルは120Hz駆動なので、1/120秒タイミングでインパルス駆動を行なうこともできる。液晶特有の動きボケを問題ないレベルまで解消可能だ。このモニタは、世の中を変えるだろう。発売時期は今年秋で、価格は約25,000ドル。また現在42型のモデルも開発中だという。


■ GFシステムで制作機材へ参入する東芝


放送ではバックボーン機材で知られる東芝ブース

 これまで東芝も放送機材を作っているが、メインはビデオサーバーなどのバックボーンか、中継車用スイッチャ、スタジオカメラといった局用の製品が多かった。だが先日お伝えしたIkegamiとの共同開発のGFシステムにより、いよいよ市井のスタジオやフィールドで使われるタイプの映像制作機材に参入することになる。

 東芝ブースでもGFシリーズは入り口付近に設置されていた。スタジオデッキとなる「GF STATION」は東芝主導で開発することになり、発売時期はカムコーダと同じく来年のNABあたりを目指すという。GF STATION内部にも128GBメモリを搭載し、スタジオデッキとして録画しながら、同時にGF PAKの映像転送を行なうなど、リニア、ノンリニア動作を同時に行なえるマルチタスクを実現したいとしている。


東芝主導で開発が進む「GF STATION」

 またGF PAKにはUSB端子や残量表示のディスプレイを設け、PAK単体が単なるメディアではなく、機能を持つような作りになるようだ。さらにメモリだけでなく、128GB HDDを搭載したGF PAKも開発を予定している。

 メモリもHDDも製造している東芝の強みが発揮されるというわけだ。ただスタジオデッキというのは、サーチやジョグなどの操作レスポンスが非常に重視されるので、そのあたりを東芝がどこまで作り込めるか、がんばりに期待したい。

 東芝と言えば、以前は米国アンペックスと合弁で東芝アンペックス(TOAMCO)という会社を設立、VTRやスイッチャなどの放送機器を広く扱っていたことがある。現在この会社は解散し、アンペックスジャパンが独立した恰好になっている。

 その米アンペックスだが、昨年2インチVTRの実働モデルをNABで参考展示し、多くのオールドエンジニアを喜ばせた。そしてあの展示を持って、NABへの出展は卒業という形になったようだ。現在のアンペックス社テープ型データストレージの会社となっており、その分野 での製品開発・販売を続けている。

 アナログ時代は、アンペックスの2インチVTRであるAVRシリーズ、1インチVTRのVPRシリーズ、エフェクターのADOなどは、編集マンにとっては避けて通れないほど広く使われていたものだが、デジタル世代になった今、隔世の感がある。


■ GrassValley

 THOMSONの映像機器ブランドとなったGrassValley(GV)は、以前から発表していたInfinityシステムのカムコーダを大量展示した。2005年からコンセプトは発表されていたものの、一時期は開発中止かと噂されたプロダクトだが、撮像素子を1/2インチ 3CCDから2/3インチ 16:9の3CMOSに変更するのに手間取ったようだ。カムコーダと言いつつも、中味はPCアーキテクチャが満載で、パソコンにカメラが付いたような作りである。


今年はノースホール入り口に移動したGrassValleyブース いよいよ製品化されるInfinity 搭載端子はPC並み

 記録メディアはリムーバブルHDDのREV Proに加え、CFやUSBメモリも使える点は同じ。またUSBにBluetoothアダプタを挿して、カメラ設定やメタデータの管理をWindows Mobile機をつかったGUI上で行なうというソリューションも、非常にIT寄りだ。


カメラ設定を離れた場所からセットできるWindows Mobile用ソフト「LCP 400」

 エンコーダ関連では、昨年から技術発表していたエンコーダチップセット「Mustang」が完成、別室のスイートにて、MPEG-4の圧縮画質を披露した。HDながら6Mbps程度で、十分鑑賞に堪えうる画質を実現しており、コンシューマのチップセットに比べて約30%のビットレートで同等画質を実現できるという。

 エンコーダ開発は、フランスのTHOMSONで行なっている。THOMSONと言えば元はMP3のライセンサーであり、エンコード技術は非常に高いものを持っている。今回はNABでの出展に間に合わせるべく、約60人のエンジニアを昼夜動員して開発に当たったという。

 ラインナップとしては、シンプルながら4ストリームの同時エンコードが可能な「EM1000」、シングルで高機能なSDエンコーダ「EM2000」、ハイエンドHDエンコーダ「EM3000」の3タイプがある。現在広く流通しているコンシューマ用デコードチップでデコード可能で、米国ではIPTVなどで使われることになるだろう。うまくタイミングが合えば、これもオリンピックの映像伝送に使われるかもしれない。


SDエンコーダ「EM1000」/「EM2000」 4つ乗っているのがMustangチップ HDエンコーダ「EM3000」



■ 総論

 今回のNAB取材で感じたのは、メディアチェンジのスピードの差である。米国の放送機器ユーザーはITリテラシーが非常に高い、というかそういうのが大好きだ。見ていると、メモリやHDDといったノンリニアメディアに移行したくて仕方がないという印象を受ける。NAB自体を取材しているTV系クルーは、P2(AG-HVX200)を使って撮影している例を多く見かけた。

 これは報道、ニュースというものの性質の違いもあるだろう。日本ではいくら撮って出しのニュースとは言え、やっぱりそれは6時とか9時のニュースに集約される。しかし米国ではニュース専門チャンネルが多くあり、いつでも撮って出し可能だ。さらにネットメディアでは、その撮って出し速度もさらに加速する。

 日本では、放送がハイビジョン化したのが早かった。スタート自体は米国のほうが早かったが、局側に徹底普及したのは日本のほうが先だ。したがってメディアチェンジが起こる前に、テープベースの制作システムが普及してしまった。地上波ではハイビジョン番組が大半を占めるようになってきたが、ノンリニアで編集されたものはほとんどないはずだ。未だ旧来のリニア編集が主体である。

 つまり日本では、メディアチェンジの必然性が米国よりも薄い。またITリテラシーの面でも、現在日本の制作プロダクションやポストプロダクションのスタッフには、すぐに素材搬入や番組納品をIP伝送に移行できるスキルはない。

 ただWANを跨ぐIP伝送は無理だが、局内のネットワーク化は恐るべきスピードで進行している。したがってデータで番組納品を受け付けるメリットは、今後大きくなるだろう。そう言う意味ではXDCAMが2層になって、50Mbps/フルHD/4:2:2記録になるというのは、ディスク納品の標準フォーマットになるという可能性も出てくる動きだ。

 テープメディアのメリットは、HDVのように徹底的に低コストで「撮り捨て」に近い使われ方をするか、HDCAM SRのようにスーパーハイエンド分野で半ばテープストレージのように使われるかに二分するだろう。あと数年で日本も、テープとノンリニアメディアを天秤にかけて、コストバランスを考える時期にさしかかる。


□NAB 2007のホームページ
http://www.nabshow.com/
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(2007年4月25日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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