■ カメラに対するワークフロー対応が求められる編集
先週の「Inter BEE」では、実に多くのビデオカメラがデビューした。プロの世界でも日本はビデオカメラ輸出大国である。こんな小さな島国にプロレベルのビデオカメラメーカーが5社も6社もあるのだから、シェアで考えたら、ワールドワイドで9割ぐらいを日本製カメラが押さえているのではないかと思う。 その反面、編集、合成といった映像制作システムは欧米メーカーへの依存率が高い。従って撮影と、その間を飛ばして局のバックボーンや送出関係はInter BEEでも間に合うかもしれないが、編集関連のソリューションはNABに行かないとわからないことが多い。 そんな中Appleは、日本でも積極的にプレゼンテーションなどの機会を設けている、数少ないメーカーの1つである。11月14日にリリースされた「Final Cut Pro 6.0.2」では、多くのカメラ対応がなされた。 今回はFinal Cut Pro(以下FCP)を中心とした、プロ用ノンリニアの世界を俯瞰してみたい。
■ すでに米国ではメインストリーム
まず最初に、プロの映像制作全体のトレンドを俯瞰してみよう。プロ用ノンリニアシステムのシェアは、長い間Avidがトップを走っていた。もちろんこの現状は、日本でも同じである。 コンピュータで映像を編集するという行為は、AppleのQuickTimeを発端として古くはAdobe Premiereが始めたことだが、これは当時大きなシェアを占めていたCD-ROM制作に使われていた。放送用途としてシステムを構築した最初の製品が、Avidである。'90年頃の話だ。 Appleの資料によれば、米国における2002年時点のAvidのシェアは約50%、Appleのシェアは25%程度であった。だが翌03年にはシェアを逆転、06年でのシェアは丁度02年とは逆で、Appleが50%、Avidが25%程度となっている。(出展:調査会社SCRIによるU.S. Broadcast and Professional Video Marketplace) その大きな理由は、価格だ。米国は元々コストコンシャスな国だが、04年に3万ドルを超えるノンリニアシステムを使用しているプロダクションが17%あったのに対し、07年ではわずか5%にまで減少している。 日本の事情に置き換えてみると、多くのノンリニアシステムは、最低ラインのセットでまず500万円から、と言われた時期が長かった。米国とは違って、日本の映像関係者は日常的にPCを使うわけではない。したがってモニタやストレージ、あるいはノンリニア編集作業に耐えられるPCを自前で所有しているというケースはほとんどない。 つまりほとんどが全部フルセットとなったターンキーとなるため、RAIDストレージも合わせればこれぐらいの価格になるのは当たり前であった。もちろんAvidもその例外ではない。したがってAvidを、フリーランスの個人が導入するというケースは、ほとんどなかった。 これは映像制作プロセスがノンリニアになったとしても、従来どおりのポストプロダクション作業であった、ということを意味する。映像のワークフローは大きく変わったが、お金のフローはほとんど変わらなかったわけである。 しかしAppleのFinal Cut Studioを初めとするプロ用ソフトウェアが単体で、しかも低価格で提供されるようになり、またPCリテラシの高い若い世代が映像業界に入ってきたことで、日本の状況も大きく変わりつつある。 ハイエンドの合成では相変わらずAutodesk(旧Discreet)のSmokeやInfernoといったワークステーションシステムが稼働しているが、最近ではFCPやShakeを使った映画なども登場してきた。まだ数は少ないが、クロマキーなどの合成用プラグインが同じであれば、ベースとなるシステムは安い方がいいという流れが出てきている。
■ RED ONEの衝撃
撮影機材でシネマ用として一昨年から話題になっているのが、「RED ONE」というカメラシステムである。通常シネマ用のカメラと言えばフィルム用になるわけだが、これはレンズまで含めると数千万円単位の話になる。
デジタル機器としてはSONYの「Cine Alta」シリーズがあるが、例えばF23はカメラ部だけで1,800万円、HDCAM-SRのレコーダ部と合わせると2,300万円程度となる。もちろんこれらのカメラは映画制作のためにいちいち買うわけではないが、リースにしてもそうとう高額になるし、借りる期間もかなり長期になるだろう。ただこれでも、フィルム制作に比べれば破格にコストを削減したと評価されている機材だ。 デジタルであっても、シネマクラスの画質で撮るとなると実に大変な話なのだが、RED ONEはカメラ本体が17,500ドル(約189万円)、レンズも4,950~8,500ドル(約53~91万円)と、破格に安い。マウントは映画用レンズとして広く普及しているPLマウント(アリフレックスマウント)なので、すでにレンズ資産を持っているスタジオではカメラ本体だけでも行ける。 これで4Kサイズの映像を非圧縮で撮影できるのだから、驚きだ。ただしそのストリーム量は大変なもので、約1秒で1GBのストレージ容量を必要とする。 RED ONEはビジネスモデルも非常にユニークだった。まだ製品コンセプトの段階で先に顧客から資金を集め、それでカメラシステムを設計・製造するという、これまでにはないプロセスであった。このコンセプトが発表されたときは、うまく行かないのではないかと予想した人も多かったが、今年本当にこの価格で製品がリリースされた。
Appleはかなり初期の段階から、RED ONEの開発に協力してきた。Inter BEEではAppleのブースでRED ONEの製品説明会が開催されたが、これはそういう理由からである。InterBEEで来日したAppleのプロフェッショナルアプリケーションズ担当ディレクター、リチャード・タウンヒル(Richard Townhill)氏に、お話しを伺った。 小寺:RED ONEとの関係はいつ頃からなんでしょう。 タウンヒル氏:RED DIGITAL CINEMAとは、会社設立当初から協力しています。今カメラの出荷が始まったわけですが、彼らのカメラと我々の編集用システムの間で、確実なワークフローが実現できることが求められています。 小寺:実際にはどのようなワークフローになるんでしょう。 タウンヒル氏:REDで撮影されたものは、RED Driveに記録されます。このRED Driveというのは、実はFireWireのHDDドライブです。これをMacに接続して、FCPの「切り出しと転送」インターフェイスを使って取り込みを行ないます。 FCPでは、この映像を2つの方法で編集することができます。1つはREDのネイティブコーデックである「RED CODE RAW」を使うこと。RED CODE RAWはQuickTimeのコーデックとして提供されていますので、FCPでファイルを読み込むことができます。 もう一つは我々の「ProRes 422」を使うことです。これは「切り出しと転送」インターフェイスの中で、取り込み時にトランスコードすることができます。どちらを選択するかは、最終出力が何になるかによります。フィルムやデジタルシネマ用としては、RED CODE RAWを使うことになります。一方放送やHDフォーマット用コンテンツとして制作する場合は、ProRes 422を使うことになります。 小寺:RED CODE RAWに対しては、FCPは直接編集できるわけですか? タウンヒル氏:それはYESでもあり、NOでもあります。RED ONEではご存じのように4Kの映像ファイルとなりますが、FCPはまだ4Kの映像を編集することができません。そのため、RED CODE RAWファイルから映像を読み出す際に、1/2の解像度で読み出すか、1/4の解像度で読み出すかを選択することができます。つまり2Kで編集するか、1Kで編集するかということです。 小寺:それはいわゆるプロキシ編集みたいなことなんでしょうか? タウンヒル氏:一種のプロキシ編集と言えるかもしれません。ですが一般的なプロキシ編集とは、編集用として別のファイルを生成します。ですがRED CODE RAWの場合は、直接ファイルを1/2や1/4解像度で読み出すことができるという点で違っています。ですから個人的にはあまりプロキシ編集とは呼びたくないんです。 小寺:その場合出力ファイルとしては、何ができるんでしょうか。 タウンヒル氏:カットリストになるか、あるいはDI(デジタル・インターメディエイト)ファイルとして出力することになります。 ■ 新しいカメラも続々とサポート
FCP 6.0.2で新しくサポートされたフォーマットとしては、Panasonic P2のAVC-INTRAがある。AppleとPanasonicの協業の歴史は古く、かなり早い段階でDVCPRO HDコーデックを搭載し、ノンリニア上でHDのワークフローを完成させたという経緯がある。 タウンヒル氏:PanasonicのAVC-INTRAには、解像度が1080と720の2つがあり、ビットレートも50Mbpsと100Mbpsの2種類があります。ご存じのようにこれはH.264フォーマットで、非常に高い画質を誇ります。ファイルサイズは比較的管理可能なものですが、編集しづらいフォーマットでもあります。 FCPはこのフォーマットにも対応しました。P2カードに格納してある映像を、「切り出しと転送」インターフェイスを使って取り込むことができます。この場合、転送しながら同時にProRes 422に変換を行ないます。
小寺:AVC-INTRAは名前の通りIntraフレームのみで構成されています。Panasonicの説明によれば、これは編集の便宜を図るためにIntraフレームにしたのだということでしたが、FCPで編集する場合はやはりProRes 422に変換したほうがいいんでしょうか? タウンヒル氏:H.264というのは、非常に複雑なフォーマットです。例えばリアルタイムで編集するということを考えてみてください。快適に編集しようと思えば、ビデオのストリームを最低2つは再生できた方がいいでしょう。 そうなると実際には、2ストリームのデコードに加えて、トランジション部分の演算で1ストリーム分のパワー、さらにディスクI/OやOSに関するオーバーヘッドを考えると、そこでも1ストリーム分のパワーが必要になります。 そうすると、わずか2ストリームをリアルタイム編集するだけで、実質的には4ストリーム分に相当する負荷になるわけです。AVC-INTRAは現在のところ、リアルタイムで編集するには、プロセッサ能力のほうに限界があります。 小寺:SONYのXDCAM EXもサポートしましたが。
タウンヒル氏:ええ、これも720と1080があり、35MbpsのMPEG-2 Long GOPフォーマットですが、これは編集しやすいフォーマットです。ワークフローはAVC-INTRAとちょっと違って、SxSカードに収録された映像の取り込みは、ソニーが提供するXDCAM用の取り込みソフトを使用します。 このソフトは、クリップとサブクリップを認識して、ファイル転送を行ないます。XDCAMに関しては、FCPではネイティブなフォーマットで編集できます。またSONYのHDVコンシューマカメラも、フレームレートにいくつかバリエーションがあるんですが、サポートしました。 またオプションとなっているHDD録画ユニットもサポートしています。これも「切り出しと転送」インターフェースを使って、HDD内の映像を自由にブラウジングすることができます。 ■ 総論
先日、Final Cut Expressの新しいバージョン「Final Cut Express 4」がリリースされた。およそ1年半ぶりのバージョンアップとなるが、FCPとほぼおなじインターフェイスでAVCHDをサポートし、価格は23,800円と、本格的編集ソフトとしてはかなり安い。 ただAppleが新たに開発したプロ用コーデック ProRes 422は搭載しておらず、AVCHDの編集は、以前から提供しているApple Intermediate Codecに変換して編集することになる。画質やダビング特性の面ではProRes 422には及ばないが、そこがプロとコンシューマの境目ということだろう。 またMac OSも先頃新バージョンのLeopardがリリースされ、UDF2.5がサポートされた。したがってAVCHDフォーマットのDVDメディアもマウントできるようになり、編集環境もまた一歩整ってきている。 いかんせんカメラメーカーのほとんどが日本に集中していることもあって、米国市場を中心とするAppleのアプリケーションとは、どうしてもタイミングの差が出てきてしまう。だがプロ用フォーマットに関しては、かなり早期の対応を行なっており、日本のユーザーでも不自由しないアップデートとなっている。H.264に早くから取り組んできたAppleの強みが、これから徐々に発揮されていきそうだ。
□アップルのホームページ (2007年11月28日)
[Reported by 小寺信良]
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