エンタテイメントコンテンツの世界を眺めていると、映画などの実写産業は米国で、アニメ・CG産業は日本という具合に見える。だがブロードキャスティングの映像制作機材フィールドではその構図が全く逆転し、米国はITソリューションだらけ、日本はカメラ大国であることがわかる。
その米国の象徴的な動きは、IBMの参入だろう。ご存じのようにIBMはコンシューマのPCから撤退したが、業務部門は残っている。そのIBMが、ブロードキャストのインテグレーションビジネスに参入するという。彼ら自身が具体的に編集ソフトや送出プログラムを作るわけではない。それらは顧客ニーズに合わせてどこからでも買ってきて、ITベースで放送局まるごと施行しますよ、という、工事ビジネスである。 このような動きは、実は10年以上前にもあった。Avidが放送インテグレーションビジネスに参入したのだが、日本での初めての事例は惨憺たる結果に終わった。業界内では、「彼らはタリーランプの意味がわからず、配線してくれなかった」という笑い話がまことしやかに伝えられたものだが、それだけ放送とITは、文化が全然違ったものだ。 こう言っては何だが、IBMは映像には素人だ。だがそのIBMでも今やITにさえ詳しければ、放送システムが構築できるようになったということである。 一方で実世界をITに取り込む装置が、カメラの役割になってきた。ここではカメラの役割を考えさせられるソリューションをご紹介しよう。 ■ メモリの多面的展開を見せるPanasonic
P2に続いてAVCHDでの業務ビジネスを立ち上げたPanasonic。DVをDVCPROに、SDカードP2にと、昔からコンシューマ技術をプロ用に転換するのが上手い会社だ。プロ/業務の中でも比較的裾野に近いところを広いレンジでシェアを取ってきたが、まだDVやHDVなどのテープメディアでやっている分野に、シリコンベースのワークフローを持ち込むことになる。 Panasonicブースでは、もちろん今回発表されたP2やAVCHDのハンドヘルドも話題だが、これからのトータルソリューションを予感させるコンセプト展示を行なっていた。 AVCHD IP Transfer Boxは、AVCHDコーデックを長距離伝送に使うための端末である。名前のように、AVCHDの映像ファイルをIP化して、ネットワークで伝送するものだという。過去には別の企業が、DVをIP化して伝送する装置を開発したことがあったが、DVが25Mbpsなのに比べれば、AVCHDは規格上のMaxが24Mbpsである。現在でもIPv6網を使ってHDコンテンツ配信が可能になっていることもあり、専用線を使わない素材伝送も視野に入ってくるということだろう。 AVCHD Deckは、SDカード内のAVCHDをBDにバックアップするだけでなく、BDやAVCHDをVTRデッキのようにオペレーションするというもの。同じようなもので、AVCHD Recorderもある。こちらは主に医療用としての展開を見込んでおり、リモートによるオペレーションがメインと考えられている。
またBDはないが、SDカードによる録画、再生機能をモニタに実装したコンセプトモデルもあった。これなどはVIERA的な考え方、もっと古くは「テレビデオ」を業務に持ち込むものと言えるかもしれないが、SDカードを映像搬送メディアと考えれば、確かに「モニタは線で繋いだものしか見えない」という発想は、もう古いのかもしれない。 一方でプロ用のP2のカメラに、初めて他社が参入してきた。日立国際電気がP2のドッカブルカメラ「SK-HD1000」を発表したのである。日立はスタジオカメラでは大きなシェアを持っている。一方Panasonicはカムコーダは得意だが、スタジオカメラはそれほどでもない。 日立のSK-HD1000は、その合わせ技である。普段はスタジオカメラとして使っているものを、P2のデッキ部に差し替えてカムコーダにも転用できるわけだ。P2の記録部分はPanasonicから提供を受けているため、AVCIntraなど記録機能は同じだという。 日立とPanasonicは、コンシューマのカムコーダでは以前から協業してきた例がある。製品化はまだ来年だというが、これも面白い動きだ。
■ まだテープで粘るキヤノン
既報のとおり、キヤノンの新製品はHDVフォーマットのカムコーダである。多くのカメラメーカーがノンリニアメディアに移行するなか、プロ機の世界ではキヤノンとJVCがテープ路線を堅持している。キヤノンはプロ用レンズメーカーでもあるため、なかなかSONY、Panasonicとダイレクトに競合する製品を出すのは難しいという事情もあるだろう。最近SONY厚木のカメラがほとんどFUJINONレンズ採用なのも、牽制の意味がないわけはない。 その一方で初回のレポートでも述べたが、テープ式のカメラもフィールドレコーダと組み合わせれば、2メディアが同時収録可能なカムコーダに変身する。キヤノンブースでは、サードパーティの面白いフィールドレコーダを見ることができた。
Convergent Designというベンチャーが作っている「Flash XDR」は、CFカード4枚をRAID構成にすることで、HD SDI入力された4:2:2 10bitの映像信号を、非圧縮で記録できるという。現時点ではまだ最高でMPEG-2 I-Frame 160Mbpsでしか録れないが、秋に有償のソフトウェアアップデートで非圧縮記録を実現するとしている。価格は4,995ドル。 先日のレポートで、HD-SDI収録機で一番安いのは「PMW-EX30」かもと書いたが、こんな伏兵が潜んでいたとは思わなかった。スタジオデッキとフィールドレコーダという違いはあるが、こんな製品を持ってくるあたり、キヤノンはフィールドレコーダを相当入念に調査しているのではないかと思われる。
■ 360度カメラ
日本企業ではないが、面白いカメラがあったのでご紹介したい。米国ベンチャーのimmersive mediaという会社が、空間のほぼ全域を撮影可能なカメラを製品化している。球体に沢山の小型カメラを格納し、それらの映像を1つのストリームにまとめることで、空間のほぼ全域を撮影できるというものだ。ほぼ、というのは、どうしても本体を支える足の部分が必要なので、真下が撮れないのである。
このカメラ出力を専用プロセッサでマージして、トータルで2K相当の巨大動画を生成する。アプリケーションではその映像の一部分を見るわけだが、マウス操作でどの方向の絵でも見ることができる。Google Mapには、地図上のある地点の風景を360度回転して見られる「ストリートビュー」という機能があるが、あれの動画版だ。 またジャイロセンサーと組み合わせたグラストロンを使用すれば、実際に上下左右に頭を動かすと、その方向の動画を見ることができる。右を見れば右の風景が、上を見上げれば空が見えるわけだ。 アプリケーションとしては放送ではあり得ないとは思うが、WEBアプリとしては相当に期待が持てる技術だ。また撮影された映像は、球面空間を平面展開したものになるので、3DCGのリフレクションマップやエンバイロンメントマップの実写素材収録機としても使えるだろう。日本ではまだ販売されていないが、東通インターナショナルが扱いを検討しているという。
■ 「かぐや」の映像が会場に流れる
日本のNHKも、セントラルホールに出展している。最近では無人探査衛星「かぐや」のSD解像度映像が公開されたりと、また少し盛り上がりを見せているが、会場ではこのハイビジョン映像を展示していた。だが多くの人は単なるCGだと思って、素通りされてしまっていたのは残念だった。 またブースでは、実際にかぐやに搭載されたカメラが展示されていた。報道発表ではNHKが開発となっていたが、実際にはIkegemiの「HDL-40」というカメラがベースになっているようだ。
Ikegamiのブースでも、この月面映像の一部を展示していた。ブースでは後継モデルの「HDL-45」が展示されていたが、40も形状はほぼ同じだという。
カメラを宇宙に持っていくと、放射線で撮像素子がどんどんやられてしまう。それをいかにカバーするかというのが、宇宙にカメラを持ち出すノウハウであるという。 月面のハイビジョン映像をしばらく見て感じたのは、この映像をエンターテイメント産業の現場で見ると、本物の感動が薄い。CGや合成、特撮で、もっとそれっぽい映像を作る、まさにその機材に囲まれているわけである。フィクションの映像を作り慣れている、ある意味心が汚れた(笑)大人が集まるところで無料公開するよりも、やはり研究者や将来を担う日本の子供にこそ、無料でハイビジョン映像をじっくり見て欲しいと思う。
□NAB 2008のホームページ
(2008年4月18日)
[Reported by 小寺信良]
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