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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第358回:極端に二分化する映像産業
~ NAB2008に見る最新業界動向 ~



■ アグレッシブに戻った米国市場

 長年日米の映像機器やそれに関わる人たちの考え方を見ていると、非常に対照的であるのがわかる。日本の映像産業は放送局に大きく依存しており、これまでのワークフローを堅持したがる傾向が強い。それは放送の送り手も受け手も、ミスを許さない正確さを要求するからであろう。

 新しいソリューションが出てきても、ミスが増えては元も子もないと考えて、それをむりやり今までのワークフローの中に押し込めてしまうようなところがある。また新しいワークフローを採用しても、現場レベルでは徐々に旧来の方法に戻っていったりして、ソリューションの意味がなくなったりした例も、数多くあった。

 一方米国の映像産業は、常に大きな変化を求めたがる。ある意味米国なりのコストコンシャスというか、せっかく投資するなら大きな効果が出ないと意味がないと考えているのだ。ワークフローは合理的にどんどん変えて行くし、失敗するリスクは承知でものすごいテンポで映像を作り出していく。付いてこられない者はどんどん置いて行かれる。

 だいたい米国人の映像関係者は、非常に勉強熱心だ。毎年NABストアには映像関係の分厚い専門書の新刊が山のように積まれているし、現役を退いたクリエイターやエンジニアは、だいたいメーカーのインストラクターになるか、このような専門書や専門誌のライターに転職する。また専門書もよく売れていて、技術者はよく本を読む。

 NABは、世界を相手にしたショーとは言うものの、米国の意向が強く出るイベントだ。ここでは、今年のNABを象徴する大きな2つのトレンドを追ってみよう。


■ より上へと逃げるハイエンドソリューション

 映像信号のデジタル化以降、映像記録とワークフローは常にコーデックが前提で考えられてきた。しかしストレージ容量の増加や高速伝送技術の発達により、次第にハイエンドでは、非圧縮ベースでのワークフローが形となって見えてきた。米国の映像産業の一つの特徴は、ハリウッドに代表される映画産業が、強大な資本を映像に投下してくるということである。

 ハイエンドの今年の大きなトレンドは、「3G」というキーワードに集約されるだろう。3Gとは、3Gbps伝送の意味である。4:2:2 10bit 1080/60i(59.94)の非圧縮映像に音声・タイムコードを畳調して伝送した場合、音声と併せてだいたい1.5Gbpsになる。これが1080/60pになると、単純に2倍となり、3Gbpsとなるわけだ。つまり映像業界における3Gとは、1080/60pを象徴するものと考えていい。

 これまで1080/60pの伝送にはデュアルリンク、すなわち1080/60iのHD SDIを2本リンクさせて行なっていた。しかし昨年のInterBEEあたりから徐々に、このデュアルリンクを1本にマージして伝送するという技術が具体的に見えてきた。今年この動きに真っ先に反応したのが、ルーティングスイッチャ(ルータ)である。

 映像におけるルータとは、複数の映像入力を臨機応変に複数の出力に振り分けるための装置である。小規模なものだと5IN/5OUTぐらいのマトリックススイッチャから、大規模なものでは512IN/1,024OUTというようなものまであるが、これらルータが3G対応を謳い始めている。

3Gbpsに対応したThomson/GVの大型ルータ「Trinix」シリーズ これも3Gbps対応、NVisionの「NV5128」

 これらルータはシステム設計の中心に位置するものなので、一度設置すると簡単には取り替えができない。従って先を見越して、なるべくつぶしのきくものを入れておく必要がある。実際に受注状況も、もはや3G対応でなければ話にならないという現状のようだ。

 1080/60pが注目を集めるのは、映像のマルチユースを考えてのこと。一度の撮影、一度の編集で、1080/60iと720/60pのコンテンツが画質劣化なく制作できるのは、1080/60pしかないからだ。また将来、デジタルシネマで使用される2K(2,048×1,080ドット)のコンテンツ制作を行なう場合にも、3Gbpsの帯域があれば余裕で伝送できるだろう。なぜならば、2KはフルHDより画像面積は広いが、シネマ用途だけにフレーム数が24pから30p程度と少ないからである。

SONYの1080/60p対応予定スイッチャ「MVS-8000G」

 現在1080/60pが撮れるカメラはSONYのHDCAM SRぐらいしかないが、これをSONYだけが推進しているのではなく、バックエンドのシステム周りを作っているメーカーも対応を進めていることから、ハイエンドはこの方向に向かうと思われる。記録系はともかくも、カメラ出力だけなら1080/60pで出すのは難しくない。ニーズがあれば、他社も来年にも対応してくるだろう。

 日本では、映像機器メーカーはまず放送局に売り込もうとしているが、普通のテレビ番組では1080/60pまでのニーズはない。CMはそのうちハイビジョン化するだろうが、これまでの流れを考えると、デジタルシネマ系の30pでの制作になるだろう。60pがあるとすれば、ダウンロード販売を前提としたスポーツイベントの映像制作・販売である。

 ただ今年の北京オリンピックまでには間に合いそうにないので、2010年のワールドカップか、2012年のロンドンオリンピックあたりがターゲットになる。その頃までには、放送と通信の融合も、形になっていることだろう。

 また音楽のライブ映像なども可能性アリと見ているようだが、筆者はダウンロード販売はアリだろうが、1080/60pの線はないと思っている。音楽の場合はまずアーティスト自身が、生々しい映像を嫌う傾向があり、60pのリアルなコマ数よりもむしろ、24pや30pのシネマライクな表現を好むからである。オペラやクラシックは臨場感があったほうがいいかもしれないが、これらのコンテンツはそもそも、量が出ない。リソースを2倍食う1080/60pでは、採算が合わないだろう。


■ 徹底した合理化を進める報道制作システム

 米国の映像産業のもう一つの側面は、特に放送が強い報道番組制作で見られる徹底的な合理化と現実主義である。2003年頃から日本の報道が一斉にハイビジョンに走ったのに対して、米国で全く興味が持たれなかったのは、当時のハイビジョン・ワークフローでは速報性が発揮できないと踏んでいたからだ。

 米国ではSD時代に、ワークフローの完全ネットワーク化を果たした。しかし当時ハイビジョンのワークフローは、テープ収録のテープ編集で、HD伝送は現実的ではなく、テープをいかに早く運ぶかの飛脚レースみたいな状況しかなかったため、米国では無視されたのである。日本がワークフローをテープ時代に逆行させてでもハイビジョン化したのに比べれば、当時は妥当な判断であったろう。

 またSDであろうとも構わず、XDCAMやP2が売れた。画質はSDで十分とされ、ノンリニアメディアはワークフローの高速化、簡素化に寄与したからである。

 米国の4大ネットワークがHD化に乗り出したのは、アナログ放送波帯域の返還に伴う還付金の使い道として、HDによる差別化を行なうと決断したためである。またタイミングよくノンリニアメディアと圧縮コーデックの進化が合致して、XDCAMやP2など、ノンリニアメディアでのハイビジョン収録が廉価で可能になった。もちろん編集ソリューションも、Intelプロセッサの高速化とAppleの台頭で、ノンリニアで実現できた。

 ワークフローをITで合理化していくと、ほとんどのソリューションがネットワークとPCの中に入ってしまう。もはやカメラ以降は、全部PC周辺機器の連なりだ。ネットワークベースの報道制作ワークフローは、SONY、Thomson、Harris、Avidといった大手放送機器メーカーが参入してきているが、見た目はただのパソコン画面である。

 では何を以てそれらを差別化していくかと言えば、ランニングコストであったり迅速なサポートであったりすることになるだろう。放送専用機器は、電源などは二重化されているが、基本的に「壊れない」のが前提である。だがITベースのソリューションは、「壊れたらすぐ交換」が前提となる。

 そういう意味ではIBMがこのビジネスに乗り出したのは、まさにそのあたりが得意だからだ。中央にバカみたいにでっかいサーバを据えて、ソリューションはSONY、Apple、Avid、Harrisなどが節操なく並ぶ。このグチャッとして力ずくで乗り切る感じが、いかにも米国っぽい発想だと思う。

Thomsonの報道制作システム「Aurora Suite」 IBMが出展した大容量コンテンツサーバ



■ 総論

 例年来場者数が増加の一途をたどっていたNABショーだが、今年は昨年の11万1,000人に対して10万5,000人と、約6,000人減となった。Apple、Avidの不参加の影響もあるだろうが、Avidが出展しなかったのは、暫定CEOの判断ミスという話も伝わってきている。

 Avidは昨年7月にCEOが退陣したが、その後暫定CEOに座ったのが財務畑の女性で、NABの重要性が全くわかっておらず、経費節減のために出展を取りやめたのだという。新CEOになってあわててHardRockホテルでスイート展示を行なったが、会場からの送迎バスが出るわけでもなく、ほとんどの人は知らなかったはずだ。

 かくいう筆者も、とくにAvidからインビテーションなどもなかったため、NABの会期が終わるまでプライベートショーのことは知らなかった。NAB関連の話題でAvidの名前が出てこないことは、今年1年大きな打撃となるだろう。逆に他のITワークフローを推進するメーカーにとっては、小躍りして喜ぶ大チャンスとなった。

 会場を見ても、カメラや照明などは大して変わらないが、それ以外のビジネスがほとんどITショーのような様相を呈してきている。10年以上昔、NABショーと併設してMultiMedia Worldというのが展開されていて、3DCGなどを展示していたのを思い出した。のちにこの展示はNABショーに吸収されたのだが、考えてみれば約10年で、軒を貸して母屋を取られる格好になったわけである。

 NABショーも来年は、出展内容やブース配置などが大きく変わるのだという話を聞いた。世界レベルでの映像産業は、ITの加速度に乗っかってどんどん変わっていく。来年のNABが、もう今から楽しみになってきた。

□NAB 2008のホームページ
http://www.nabshow.com/
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(2008年4月23日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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