藤本健のDigital Audio Laboratory
第709回
音楽の授業にボカロ? 大人も買える「ボーカロイド教育版」を試した
2017年1月30日 12:37
先日、ヤマハが記者発表会を行ない、「Smart Education System」という学校の音楽教育現場に向けたICTを活用した教育ソリューションの提供を開始したことを発表。小中学校の音楽教育にヤマハの技術やノウハウを提供していくもので、その第一弾として「ボーカロイド教育版」など3種類のソフトが登場した。
これら3種類のソフトは小中学校への提供だけでなく、パッケージとして2月から一般にも販売されるとのこと。その発表会に参加して、ヤマハの意図などを聞いてきたのとともに、発売前のソフトウェアを入手できたので、大人が使っても面白いものなのか試してみた。
ボーカロイド教育版では何ができる?
昨今の学校教育現場ではICT化が急速に進んでいるという。政府は昨年6月に「日本再興戦略2016」を閣議決定し、「すべての教育の課題発見・解決等のプロセスにおいて、各教科の特性に応じ、ITを効果的に活用する」とした。これによると2020年までに、子ども一人につき1台の端末を整備することや、ICTを活用して指導できる教員の割合を100%にすることなどを目指すとしている。
これにより、今後、教育現場において電子黒板やパソコン、タブレット端末といった教育向けハード機器やネットワーク環境が整備され、デジタル教材などの教育向けソフトのニーズが高まることが予想される。試算によると2017年には教育デジタルコンテンツ市場は100億円規模になるというから、ビジネス的に見てもかなりインパクトのあるものだ。
そうした中、ヤマハはICT音楽教育ソリューション「Smart Education System」の構築に2014年から取り組んできている。このSmart Education Systemとは、ヤマハが考える音/音楽を中心とした新しい「学び」の仕組み。これまで15校の協力のもとで実証事業を続けるとともに、学校関係者などから意見や要望を吸い上げてきたのだという。その成果の第一弾として、「ボーカロイド教育版」、「ギター授業」、「箏(こと)授業」の3つのデジタル教材をリリースするのだ。
ヤマハの研究開発統括部新規事業開発部の部長、剣持秀紀氏は「ヤマハだからこそできる形で、音楽の授業に貢献できるソリューションを発表できることを幸せに思います」と発表会で話していた。ご存知の方が多いと思うが、剣持氏はボーカロイドの生みの親。今回の「ボーカロイド教育版」の開発には直接関与しているわけではない、とのことだったが、やはり自分の生み出したボーカロイドが教育現場に入っていくことに対しては、嬉しそうではあった。
話を聞いて、「文部科学省の教育課程にボーカロイドが採用されたの? 」と思ったら、さすがにそういうわけではなかった。学校の音楽授業では「歌唱・器楽」、「鑑賞」、「創作」という大きく3つのテーマがあるが、このうちの「創作」については学校側の裁量に委ねられている面が大きいという。ただ、音楽における創作を先生が指導していくというのはなかなか難しい。音楽専門の先生でない場合はなおさらだろう。そうした中、ボーカロイドを用いた教育ソフトウェアを、創作に役立てるツールとして提供しようというのだ。といっても、いわゆる「ボカロ曲」を子ども達に作らせようという意図のものではなく、思い浮かんだ歌詞やメロディーをどんどん入力して、試行錯誤を重ねながら直感的な操作で曲を作っていくことを可能とした教材になっている。
主にWindowsのタブレットPCでの利用を想定しているとのことだったが、起動すると、従来からあるVOCALOID4 Editorなどとはだいぶ異なるが、わかりやすそうな画面が出てくる。見てのとおりピアノロールとなっているため、鉛筆カーソルを用いて音符を入力していけば、メロディーを入力することができ、上の部分をクリックして、歌詞を入力すると、その歌詞で歌ってくれる。
この歌声はデフォルトではヤマハのVY1となっており、女性の歌声。VY1と書かれているところをクリックすると、歌声を変更することが可能で、ヤマハの男性ボーカル・ライブラリ、VY2に変更することも可能。さらにこの画面を見てもわかるとおり、ピアノ、箏、リコーダー、ギターと4つの楽器音色も選ぶことができ、これらを選ぶと当然、歌詞は反映されないものの、楽器を鳴らすこともできるのだ。
さらに、この画面には1~4の4つのトラックが用意されており、別トラックを選択することで、ここに重ねる音を入力していくこともできる。各トラックともに単音ではあるが、小学生の創作の授業という意味では、十分すぎる教材といえるのではないだろうか? なお、VOCALOID4 Editorと同様、伴奏用にオーディオデータをインポートして鳴らすバックトラックも用意されている。
もっともこのボーカロイド教育版、機能としてはいたってシンプルで、基本的には音符と歌詞が入力でき、それを再生できるだけ。音量とPANの調整ができたり、トラックのミュートができるが、いわゆる“調教”的なこと(細かなパラメータ調整などで自然な歌い方にすること)は一切できない。画面に鍵盤を表示させて、ここを弾くことで楽器として多少演奏ができるのがせいぜいだ。もしかして、VOCALOID4 Editorなどと互換性があって、ライブラリの共有ができたりしないのかな……と思ったが、これはライブラリまで組み込んだ専用のシステムとなっているため、そこには対応はしていない。つまり他のVOCALOID歌声ライブラリが入っている状態で、ボーカロイド教育版をインストールしても、ボーカロイド教育版ではVY1とVY2しか見えないし、反対にVOCALOID4 EditorやVOCALOID4 Editor for Cubaseが入っているところにボーカロイド教育版をインストールしても、VY1やVY2が増えたりはしない。
なお、このボーカロイド教育版は、小中学校用に校内であればいくらでも自由にインストール可能な「校内無制限ライセンス」というものが存在しており、こちらには、印刷して指導に使えるチュートリアルも同梱されている。一方、市販のパッケージはDVDでインストールするタイプのもので本体価格は20,000円となっている。
ギターや箏のソフトも使ってみた
では、ボーカロイド以外の2つのソフトも簡単に紹介しよう。前述のとおり、小中学校の音楽教育においては器楽授業、つまり楽器の演奏を学ぶ授業が存在する。小学校においてはリコーダーを学習するのが一般的であるが、中学校においては学校側にある程度の裁量が任されている。
もちろん一言で楽器といってもさまざまなものがある中、ヤマハがまず最初に手を付けたのがギターと箏。というのもギターは中学生の演奏したい楽器No.1の人気であるというのが大きな理由だという。一方、現在の学習指導要領においては「(中学校の)3学年間を通じて1種類以上の和楽器の表現活動の実施」と謳われている。そして、箏は和楽器としての備品導入率No.1の楽器であるから、ここにヤマハが狙いをつけたというわけだ。
このギターと箏を学ぶためのソフトウェアである「ギター授業」、「箏授業」も「ボーカロイド教育版」と同様にシングルライセンスのパッケージ版と校内無制限ライセンスの2種類が存在しているが、こちらの校内無制限ライセンスはインストール型ではなくストリーミングとなっている。
いずれもシングルライセンスのインストール版を使ってみたが、個人学習用としてもなかなかよくできている教材だった。まず「ギター授業」のほうは、「カントリーロード」、「情熱の花(エリーゼのために)」、「スカボローフェア」の3曲を題材にアコースティックギターのストロークでコード演奏できるように指導する教材。まずは予備知識としてギターについて、ダイヤグラムについて、ギターの構え方といったコンテンツがある。そして実際の曲の演奏方法をビデオを使い、フレットを表示しながらじっくりと教えてくれるという内容だ。
それぞれ1分程度のビデオなので、自分の進み具合に合わせて飽きずに学習できそうだ。そういう意味で、個人で購入して家でギターの練習をするのにはピッタリな教材であるという印象だったが、これを中学生が授業中にグループで使うとしたら、時間的になかなか厳しいのではないか……とも思った。話によると、学校がこの教材を使うことを決めたとしても使える時間はせいせい5、6時限とのことだったので、これで弾けるようになるのは大変かもしれない。
とはいえ、15校の協力を得て行なったヤマハの実証授業では、まったくギターを弾けない先生のもとで、発表会までこぎつけることができたというのだから、子供たちの学習能力というのは、実はかなりあるのかもしれない。
同様に、「箏授業」についても起動してみよう。こちらも予備知識の説明があり、ここで箏の歴史や同類の楽器について、また演奏の種類などについてビデオを使って学べる。
さらに「六段の調」、「荒城の月」を聴く鑑賞や、箏の奏法について学ぶといった解説があった上で、曲を弾くためのレッスンがある。ここでは「さくらさくら」の初級と上級、さらに「六段の調」の3つが題材になっている。
「ギター授業」、「箏授業」とも、使ってみると「ボーカロイド教育版」ほどの目新しさはないものの、これが学校に入ってくるとなると、授業の在り方も少しずつ変わってきそうだ。大人も、小中学生に負けないように個人で導入してこっそり学んでみるというのもいいかもしれない。