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ワンセグやBluetooth、無線LAN経由での動画鑑賞など、ポータブルプレーヤーの高機能化が進む昨今。差別化機能として各社様々な機能を取り入れているが、音楽プレーヤーとしての機能は成熟しているため、「新機能を必要としているか否か」で、ユーザーの製品に対する反応は大きく違ってくる。多機能化を続ける携帯電話と機能が被る部分が多いのも関係しているだろう。 一方、同じポータブル機器でも静かに活気づいているのがポータブルPCMレコーダ分野。2005年末にインパクトのある外観で登場したソニーの「PCM-D1」が火付け役となり、コンパクトなローランドの「R-09」や、DSD録音も可能なコルグの「MR-1」、低価格がウリのZOOM「H2」など、様々なタイプが登場。 2007年末にはソニーもコンパクト/低価格な「PCM-D50」を投入。ボイスレコーダで高いシェアを誇るオリンパスも「LS-10」で市場参入するなど、話題に事欠かない。戦いのステージは録音品質だけでなく、コンパクトさや低価格化などに移りつつある状態だ。
そんな中、ケンウッドも「MGR-A7」で2008年2月に参入を果たした。しかし、その戦略は他社とは少し違う。同社はご存じの通りポータブルプレーヤー市場において「Media Keg」ブランドで高音質プレーヤーをリリースし続けているが、2月上旬に発売された「MGR-A7」は、その「Media Keg」ブランドを冠したPCMレコーダなのだ。つまり、ポータブルプレーヤーの差別化機能として、高音質なPCM録音機能を備えたモデルである。
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■ デザインが物語る製品コンセプト 一見すると普通のポータブルプレーヤーに見えるデザイン。外形寸法は100×52.7×18mm(縦×横×厚さ)で、重量は95gと、「Media Keg」のHDDモデルと比べると一回り小さく、かなり軽い。しかし、フラッシュメモリ内蔵型プレーヤーと比較すると若干大きめだ。記録媒体は本体に2GBのフラッシュメモリを内蔵するほか、底部にSDHC対応のSDメモリーカードスロットを装備し、メモリの追加も可能。カードは付属していない。価格はオープンプライスで、3月現在、ネットの通販サイトでは3万円程度で購入できるところもあるようだ。他社のPCMレコーダと比較しても低価格な部類に入るが、音声編集ソフトを付属していない点は留意する必要がある。
表面は光沢のあるヘアライン仕上げで、触ると冷たく、高級感がある。一方、側面や背面はプラスチックであるため、手に持っている時に高級感は感じない。背面にはAV機器のインシュレーターのようにゴム足が4本付いており、卓上に設置しても下からのノイズを拾いにくいようになっている。
本体に三脚穴は無く、ハンドノイズを防ぐための外付けグリップや風切音を防ぐウィンド・スクリーンなどは付属しない。このあたりはコストと言うよりも、製品コンセプトの違いに理由がありそうだ。 この製品最大の特徴は、前述の「一見すると普通のポータブルプレーヤーに見えるデザイン」にある。その象徴が、本体に完全に内蔵され、外部に露出していないマイク。上部にセンターと左右の計3個のマイクを内蔵しているが、長方形の筐体から突出していないため、メッシュのガードを見て初めて「ここにマイクがあるんだ」と認識できる程度。 誇示するようにマイクが外部に露出している他のPCMレコーダと比べると、「メディアプレーヤーとPCMレコーダの同居」という新提案を体現しているデザインと言える。
生録用のレコーダは無骨でカッコイイが、コンサート会場や鳥の声が聞こえる森林、SLの音を録る駅では違和感が少ないものの、普通の生活空間に持ち込むとある種“異様な物体”である。細身のボイスレコーダならば会議や取材で持ち出しても問題無いが、大きなPCMレコーダを取り出すと「この人は何を始める気なんだ?」という微妙な空気が流れてしまうことが多い。 オリンパスの「LS-10」や三洋の「ICR-PS390RM」など、ボイスレコーダを発展させてPCMレコーダになったモデルはその点、威圧感が少なく、スーツの胸ポケットから出しても違和感が無い。だが、ケンウッドの「MGR-A7」はそれとも違う、カジュアルさが最大の魅力と言っていいだろう。 なお、側面にはUSB端子や外部マイク入力、ライン入出力も装備。マイクはプラグインパワーに対応する。マイク用アンプ部にはデジタルアンプを採用。Media Kegシリーズ同様、デジタルアンプの電源には独自のクリアデジタル電源を採用している。
■ 3種類から選べるマイクモード 録音品質など、PCMレコーダとしての詳細は藤本氏の「Digital Audio Laboratory」で紹介予定なので、そちらを参照して欲しい。ここでは録音時の操作などを軽く紹介したい。ディスプレイは1.5インチのモノクロ液晶で、メニュー構成はMedia Kegシリーズで見慣れたもの。アーティスト、アルバム、トラック、お気に入り、ジャンル、リリース年、フォルダ、録音ファイル、録音などが並び、液晶下部の四角形の4方向ボタンで操作する。上下で項目を選び、左右で階層移動、中央ボタンで決定という操作法もMedia Kegシリーズと同じだ。 録音機能はメニューの中から「録音」を選ぶことでアクティブになる。マイクがONになり、音楽の再生が停止。イヤフォンからはスルーした外部の音が聞こえる。独立した赤い「REC」ボタンを押すと録音一時停止状態になり、再度押すと録音スタート。中央の再生/停止ボタンで録音停止という流れ。RECボタンの右にある「EDIT」を押すと、録音しながらのファイル分割、「REC EQ」ではVoice/Vocal/Music/Noise Cut/Low Cutなどの録音音質変更が行なえる。 録音がメインメニューから選択しないと行なえないというのは、PCMレコーダに慣れたユーザーにとっては戸惑う所かもしれない。逆にポータブルプレーヤーを使い慣れていると、「機能の1つとしての録音」と認識できるため、わかりやすい。ただ、とっさに録音を開始できないため、録音ボタン長押しで「録音モード」に強制移行する機能は欲しかったところだ。なお、録音モードで終了すると、再起動しても録音モードで起動するので、録音メインならこういう使い方もアリだろう。
録音フォーマットの変更は、電源ボタンも兼ねるクイックメニューボタンから選択。WAV/WMAが選べ、WAVは16bit、44.1/48kHz。WMAは64/96/128kbps(44.1kHz)から選べる。他社と比べるとMP3録音ができないことや、24bit/96kHzでの録音に対応していない点がネックだが、同社はボイスレコーダなども手がけておらず、PCMレコーダの開発は初なので、このあたりは次期モデルに期待したいところだ。 マイクが外部に露出していないので、指向性の調整などが気になるところ。調整は本体下部の「MIC MODE」で行なえ、単一指向性のセンターマイクを使った「モノラル録音」と、120度の角度で内蔵したL/Rの無指向性マイクで広がりのある録音を行なう「ステレオ2マイク録音」、センターエリアの集音性を高めながら周囲の音もキャッチする「ステレオ3マイク録音」の3モードから選べる。
実際に切り替えてみると、「モノラル」では遠く離れた場所で話す人の声もズームするように明瞭に聞こえ、「ステレオ2マイク」では周囲の騒音をそのままキャッチ。「ステレオ3」は中間の感覚で、人の声を真ん中で捕らえながら、背後の車の走行音なども聞こえる。使い勝手の良いモードで、電車や鳥の声などを臨場感を残しながら収録できるほか、代表者に注目しながら周囲の人の意見も拾えるので会議でも使えそうだ。
録音レベルはマニュアル/オートが選択でき、レベルメーターも表示される。ライン入力を使ったシンクロ録音も可能なので、WMAエンコード機能を備えたポータブルプレーヤーとしても活用できそうだ。一方、手持ち録音時に気になったのはプラスチックの筐体に伝わるハンドノイズ。三脚穴を設けたケースの製品化も予定されているようなので、このあたりは周辺機器で解消して欲しいところだ。。 録音ファイルは「LINE」か「MIC」にフォルダ分けして保存され、日付と時間のファイル名で記録される。内蔵/SDカードのどちらに保存するか指定できるほか、保存後に相互へムーブも可能。WAV録音ファイルならば本体のみで再生中に分割できるため、編集ソフトは付属していないが、必要な部分のみを切り出し、SDカードに移動するといった作業は本体のみで可能だ。 録音ファイルは「フォルダ」メニューから辿ることもできるが、「録音ファイル」メニューに入ると、「LINE」か「MIC」の選択前へショートカットできる。細かい点だがよく練られている。
■ Media Kegシリーズらしい高音質再生 再生機能を見てみよう。再生ファイルはアーティスト、アルバム、トラック、お気に入り、ジャンル、リリース年などのメニューから選択でき、ID3タグ表示や再生中楽曲のお気に入り登録など、普通のプレーヤーとまったく遜色無い操作性を実現している。ファイルはMP3(32~320kbps)、WMA(32~320kbps CBR/32~355kbps VBR)、WAVをサポート。WM DRM9にも対応している。圧縮音楽再生時に高音域を補間する「Supreme」も利用可能で、再生機能付PCMレコーダでは真似できないポイント。 音質も「さすがMedia Kegシリーズ」と思わせるクオリティ。分解能が高く、一音一音の描写が丁寧なため、アコースティックギターやバイオリンなどの描写がしなやかで美しい。女性ヴォーカルの艶っぽさも良く出ており、音楽性の高い音だ。Media Keg HDDモデルの上位機種と比べると低音の音圧が控えめで、音場のスケールが若干縮まった印象を受けるが、それでもポータブルプレーヤーとして上位クラスの音であることに間違いはない。手持ちのボイスレコーダでWMAやWAVファイルを再生した時の音とは雲泥の差があり、「録音後のファイル確認の延長で音楽ファイルも再生できる」といった製品とのレベル違いを感じる。 アーティストスキップ/アルバムスキップなども可能で、Media Kegシリーズで培ったノウハウが活かされていると感じる。頻繁に操作する再生/停止や、スキップ/バック、音量調節ボタンの位置が近く、ボタンも大きいため、再生中の操作にもストレスが無い。録音ボタンがこれらのボタンよりも小さいあたりにも、製品コンセプトの違いが感じられる。
逆に、「これがPCMレコーダだ」と思い出させてくれるのが、クイックメニュー内にある再生速度。-2~+2の範囲で指定できるのだが、手島葵の純朴な歌声が、間延びしたおっさんのような声や、小学生の女の子のような高い声に変化して面白い。普通のプレーヤーではできない楽しみだ。AMラジオを録音したファイルを早聞きできるかも! と期待したが、44.1/48kHzのファイルしか再生速度の変更はできず、ちょっと残念。早送り/巻き戻しスピードが3段階から選べるのも、PCMレコーダらしいポイントだ。
楽曲転送はエクスプローラーなどを使ったドラッグ&ドロップで可能。DRM付楽曲はWindows Media Playerを利用する。本体で起動時に楽曲データベースを更新するため、アーティスト/アルバム/トラックなどのメニューから検索する際は、内蔵/SDカード内の楽曲ファイルを区別無く、合わせて表示してくれるのが便利だ。
しかし、このデータベース更新にかかる時間が曲者。内蔵メモリに905MBのファイルを記録した状態の起動時間は約8秒なのだが、録音ファイルも含め53個のファイル、392MBを記録したSDカード(SanDisk Extreme III 2GB)を挿入して起動すると、約21秒もかかる。ファイル数が問題のようで、例えば内蔵メモリに450個、SDカードに500個ファイルがある状態だと、データベース更新に約90秒もかかる。更新作業はSDカードが挿入されていると電源ON時に必ず発生し、設定でOFFにすることはできない。USB接続を解除した直後も同様だ。
また、レジューム再生にも対応しているのだが、これが利用できるのは内蔵メモリのみを使用している時で、SDカードを挿入していると、データベース更新作業が発生し、レジューム自体がキャンセルされてしまう。SDカードを併用するパターンが多いと思われるため、事実上レジューム機能が使えない仕様は残念だ。このあたりはファームの更新などで改善を期待したい。
■ 生録の楽しさを気軽に 使用中に感じたのは「録音のしやすさ」だ。一見するとポータブルプレーヤーなので、街中や電車の中などで操作していても人目が気にならず、「毎日の生活の音を録音する楽しさ」が発見できる。また、普段は音楽プレーヤーとして持ち歩いているため、「録音したい」と思った時に、「今日はPCMレコーダ持ってないや」とならないところが良い。思いついた時に高音質録音ができるのは、この機種ならではの魅力だろう。録音の利用シーンとしても、会社などでボイスレコーダとして使用し、休日に出かけた先で鳥の声や電車の音、祭りの音などを録音して楽しむ……というオールラウンドな使い方ができそうだ。会社の経費でボイスレコーダとして購入し、普段の高音質プレーヤーとして使っちゃうなんて人もいるのではないだろうか。 一方で、24bit/96kHz録音に対応していない点や、波形編集ソフトが付属しない点、三脚穴が用意されていない点などが気になる生録マニアにはお勧めしにくい。ポータブルプレーヤーとして見ると、サイズの大きさや液晶がカラーでなく、筐体サイズからすると小さめな点などが気になる。良くも悪くもプレーヤーとレコーダの中間に位置する製品のため、片方のクオリティを極限まで追求したい人は、それぞれの専用機を選んだほうが良いだろう。 「PCMレコーダを使った生録に興味があるが、やったことが無い」、「買ってみたいけど使わなくなったら勿体ない」と考えているユーザーにとっては、例えそうなっても高音質プレーヤーとして活用できるので安心感がある。「その場の音を、高音質で録音する」という新しい趣味と出会うキッカケになりそうな、PCMレコーダ入門モデルとしてもお勧めできる。
□ケンウッドのホームページ (2008年3月7日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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