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全国で200局以上存在しているFMラジオのコミュニティ放送局。その放送エリア内で電波が到達しない場所の解消や、平成の大合併によりカバーエリアの拡大が必要になっていることから、インターネット配信を利用した聴取区域の補完を目的とする「コミュニティ・サイマルラジオ・アライアンス」が発足。6月2日に、各地のコミュニティFMが聴取できる専用配信ポータルサイトを立ち上げると発表した。6月中に順次10局がサイマル配信を開始し、19局まで増加。年内にさらに約20局を追加、今後は合意計100局を目標に参加放送局を募っていくという。 ネットラジオとなるため、世界中から聴くことができるが、ベースは地域密着型の放送を行なっているコミュニティ放送局が、エリア内でも建物の影響などで聴取ができない場所への補完という位置付けになっている。実施するのは放送と同じものをリアルタイムに配信するサイマル配信のみで、現在のところ過去の放送ライブラリのダウンロード型配信などは予定されていない。 アライアンスでは、各コミュニティ放送がサイマル配信を行なうまでのハードルを下げるため、サイマルラジオに使用する著作物の対応や、サイマル配信用プラットフォームの広報、付加価値の模索などを実施。さらに、サイマルラジオ受信機の研究、将来のメディアスタイルの研究なども担っていくとしており、既に多くのコミュニティ放送局から問い合わせがあるという。 同アライアンスが“正式推奨環境”とする配信システムはフリービットが担当。「デジタル放送パッケージ for SimulRadio」というプラットフォームとして、音声のエンコーダや配信サーバーなど、ネットサイマル配信に必要なサービスをワンストップで提供する。
■ 放送をそのままネット配信するために しかし、楽曲を流すことが多いFM番組の場合、音楽著作物使用料の問題で、そのまま放送をネットに流すことはできない。通常の放送では、CDの楽曲を放送する場合、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)と、実演家著作権隣接権センター(CPRA)、社団法人日本レコード協会(RIAJ)にあらかじめ規程された使用料を支払っているが、ネット配信は放送とは異なる権利(自動公衆送信権)に基づいているため、その使用料規程がこれまで存在せず、新たな規程を作る必要があった。
そこで、逗子・葉山コミュニティ放送、湘南ビーチFMの社長であり、アライアンスの代表でもある木村太郎氏が中心となり、2003年から主要権利者団体と調整を開始。2008年4月に、音楽著作物使用の環境が整い、全国のコミュニティ放送局から参加を募り、今回のサイマル配信実現へと繋がった。 具体的な支払い規程は、JASRACでは利用者代表であるネットワーク音楽著作権議会(NMRC)との間で使用料規程の協議を行なっており、文化庁にも提出された規程(無料配信で情報料が無しの場合、年額5万円)に基づき、5万円の支払い。
CPRAとRIAJには、コミュニティ放送局のサイマル配信行為に対する使用料規程が無かったため、サイマルラジオ・アライアンスが利用者代表ということで交渉にあたり、約2年間の交渉の結果、「放送の補完目的」として地上波放送(通常のラジオ)の二次使用料と同額(無料配信で情報料が無しの場合、ラジオの収入により変動するが、最低使用料5万円、24万円を上限とする)の使用料で締結したという。 木村氏によれば、年間の放送売り上げが約3,000万円ある湘南ビーチFMの場合、放送のみの場合、JASRACに年間24万円の音楽使用料を、RIAJとCPRAにそれぞれ65,000円ずつ支払っている。サイマル配信を開始すると、JASRACに年間5万円、RIAJとCPRAにはそれぞれ65,000円を、ネット用二次使用料として追加して支払うことになるという。 なお、CMも含めてサイマル配信されるが、CM内で音楽を利用している場合は、サイマルラジオ許諾の範囲外となるため、個別に許諾を受ける必要がある。また、先行してサイマルラジオを実施している湘南ビーチエフエム、フラワーラジオ、三角山放送局については、各局が個別に配信に関わる許諾を得ているという。 木村氏は'93年の湘南ビーチFM開局時を振り返り、「郵政省からもらった出力は0.25W(規定では1W以下。現在は20W以下まで増力)、半径500mも飛ばないようなもので“補完的な手段でなんとか放送を広く届けることはできないか”と考えていた。そこで、アメリカでインターネットで放送ができることを知り、'96年から放送に取り入れた。当時JASRACにはネット配信の規程が無いとのことだったので、“(規定が)出来たら支払うことでいいか?”という約束でスタートさせた」と説明。しかし、著作権法改正で送信可能化権が導入されると、状況が厳しいものに変わってしまったという。
「当初はJWAVEや東京FM、NHKなど、大きなところがサイマル配信について話し合ってくれ、それが決まったら我々が追従すれば良いと思っていた」という。しかし、大手のFM局では系列ネットワーク局が存在するため、ネットのサイマル配信を行なうとそれがネットワーク局のライバルとなってしまう。また、流れる大手企業のCMも地域ごとに向けたCMが多く、ネットで全国放送するのが難しいなどの問題があり、遅々として進まなかった。
「こうしちゃいられないので、4年前からJASRACに指導してもらいながら勉強会をスタート。主要権利者団体との話がまとまり、晴れて放送できるようになった」(木村氏)という。前述の問題も、コミュニティFMでは「不幸にもネットワーク局が無いので他地域で配信されてもOK。大手代理店から頂戴するようなCMも少なく、あった場合でも“ネット配信されても差し支えなければ(そのCMを)頂戴したい”と言っている」とのこと。木村氏は、アライアンスという形態にした理由として、「単に我々の放送を補完するのではなく、新しいメディアにどのように取り組めばいいのか?を考えて、アライアンスにした。この新しい動きに賛同してくれる人々を集め、前に進んでいきたい。WiMAXなど新い通信技術も登場するので、いろいろな可能性が生まれるのではないかと考えている」と語った。
■ 月額5,000円でサイマル配信を可能に サイマル配信のプラットフォームを提供するフリービットは、規模の小さいコミュニティFMが、低コストかつ、手軽にサイマル配信が行なえるよう、配信システムを構築したという。 具体的には、ソニーのTVサイドPC「VAIO TP-1」をエンコーダPCとして使用。ステレオミニなどで、スタジオの音声を入力。それをWindows Media Encoder 9でWMAの24Kbps/ステレオにリアルタイムエンコード。ラジオ局のネット回線を通じてフリービットの配信サーバーへと送信。サーバーはWindows Server 2003マシンを2台構成で、100Gbpsの回線を使用。同時ストリーム3,000以上に対応できるという。また、放送局のネット接続もフリービットがサポートし、同社グループ企業であるプロバイダのDTIが担当。放送局からサーバーへ自社の回線を使うことで安定した配信が行なえるという。 また、エンコード用PCにはEmotion LinkドライバとUltra VNCをプリインストール。フリービットのサポートセンターに放送局向けのサイマル配信専用窓口を設け、万が一配信に問題が生じた場合は、サポートセンターに電話をすると、オペレーターがその場でエンコード用PCにリモート接続。PCを操作して問題を解決する体制がとられている。
フリービットの石田宏樹社長によれば、こうしたシステムやサポートは、原価ベースで計算しても毎月7万円程になるという。しかし、この金額ではコミュニティFMへの負担が大きいため、「Ad SiP」と呼ばれるサービスを導入することになった。これは、フリービットがサイマル配信を行なう際、1日の放送で2本、合計80秒×2本の広告枠を放送局からもらい、その枠でフリービットが広告ビジネスを実施するというもの。 その枠で実施する「Ad SiP」は、「通話報酬型広告」と呼ばれるもので、専用電話番号が入った音声広告を1局あたり毎月60本配信。それを聴取した消費者がかけてきた電話本数に応じて、広告主が料金を支払うアフィリエイト広告サービスとなる。同枠はフリービットが直接販売するほか、広告代理店経由の販売も想定。ここで利益を得ることで、月額7万円のところ、月額5,000円で提供できるという。
学生時代からシステム面で木村さんのラジオ配信をサポートしてきたという石田社長は、ラジオサイマル配信を長年手がけてきた経験とノウハウをアピール。遠隔操作のサポートシステムをデモを交えて解説し「広告主の不利益にならないような体制をとっている。こうしたシステムが月額5,000円と、光ファイバーのインターネットサービスを使用するよりも低価格で実現できる」と利点を説明した。
■ 「3,000円のネットラジオ端末を作りたい」 低コストでサイマル配信が行なえると言っても、それによって収益が増加しなければビジネスとしては成り立たない。しかし、木村氏はこれまでの経験から「ネット配信を開始することでの収入が増加することは、ほとんど期待していない」という。コミュニティFM局側には、それ以外のメリットがあるという。 それは、コミュニティFM局の運営は、多くが自治体の資本が入っている第3セクターが実施しており、地方自治体の広報ツールとして活用されていることが絡んでいる。行政の情報や災害情報の伝達などに活用されているわけだが、その場合、FMがカバーする地域の中に聞こえない場所があると、広報ツールとしての重要度が下がり、FM局への出資が減る。しかし、ネットを使って補完することで、広報ツールとしての重要度も上がり、結果として自治体からの出資増も見込めるという。 しかし、ネットラジオにはPCなどを使わないと聴取できないという問題もある。木村氏は「そこで、(フリービットの)石田さんに、3,000円くらいの安いネットラジオチューナを作って欲しいとお願いしている。それを何万個もばら撒くことができれば、電波にこだわらず受信ができるようになり、ラジオの将来も凄く変化するはずだ」という。
また、木村氏はサイマル配信が開始されることに伴い、コミュニティFM最大の特徴である“地域密着性”が損なわれた番組が増えるのではないか? という意見について、「沖縄でかつて、沖縄の言葉で沖縄の音楽だけを流すネットラジオがあったのですが、それがアメリカに住んでいる沖縄出身の人たちに非常に人気がありました。地域性とネット配信はそういうところにポイントがあると考えています。その土地と関わりがあったり、思い入れ、愛着のある人が、離れた場所でも楽しめる。世界の皆さんに向けた放送ではなく、これまでと同様に地域密着性を強めれば強めるほど、それをネット配信する強みが出るのではないかと考えている」とした。
□サイマルラジオのホームページ
(2008年5月27日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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