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音の力で変わる映画作り。国内初Dolby Atmosアニメ「BLAME!」が描く“空間”を体験
2017年3月15日 11:10
「シドニアの騎士」を手掛けた漫画家・弐瓶勉のデビュー作「BLAME!(ブラム)」が、アニメ映画化。“シドニア”のアニメ化と同じ、瀬下寛之監督とポリゴン・ピクチュアズという制作陣でも話題の作品が、日本アニメで初となる、立体音響のDolby Atmos(ドルビーアトモス)を採用したことでも注目される。5月20日から2週間限定の全国公開に先立ち、その映像と音響を体感できる試写会が行なわれた。
Dolby Atmosは、従来の劇場サラウンドスピーカーに加え、高さの要素を含めることで、3次元的な音響表現を実現したシステム。天井スピーカーの配置により、観客を包み込むように音が聞こえ、音を自在に移動させることで、臨場感を高めている。
上映された劇場は、千葉県のイオンシネマ幕張新都心。壁一面の超大型スクリーン「ULTIRA(ウルティラ)」の映像と、Dolby Atmosで、BLAME!の日本最速となる試写が行なわれ、瀬下寛之監督、副監督の吉平“Tady”直弘氏、音響監督の岩浪美和氏が来場。作品への思いや、Dolby Atmos音声の効果などについて、独特の制作手法なども交えて語った。
「BLAME!」の舞台は、人類が「違法居住者」として駆除・抹殺されるという暗黒の未来。
「階層都市」における探索者・霧亥(キリイ)の孤独で危険な旅路を描いたSF漫画の独特の世界観や圧倒的なスケール感、ハードなアクション描写が、国内外の映像クリエイターやアーティストからも支持を得て、映像化にも期待が高まっていたという。その作品が、連載開始から20年を経て、劇場アニメ化された。配給はクロックワークス。上映時間は105分。
「シドニアの騎士」や「亜人」などで3DCGアニメーションの新たな可能性を示した瀬下寛之監督とポリゴン・ピクチュアズ。今作では、原作者・弐瓶勉がシナリオやキャラクターデザインをはじめとした、クリエイティブディレクションを担当している。
既報の通り、BLAME!は劇場上映以外にも、映像配信サービスのNetflixにおいて、日本を含む世界に向けて独占配信することが決定。HDR(ハイダイナミックレンジ)画質で配信予定となっている。
あらすじ
テクノロジーの果て、極限まで発達した超高度ネット文明。
過去の「感染」よって、正常な機能を失い無秩序に、そして無限に増殖する巨大な階層都市。
都市コントロールへのアクセス権を失った人類は、防衛システム「セーフガード」に駆除・抹殺される存在へと成り下がってしまっていた。
都市の片隅でかろうじて生き延びていた「電基漁師」の村人たちも、セーフガードの脅威と慢性的な食糧不足により、絶滅寸前の危機に瀕してしまう。
少女・づるは、村を救おうと食糧を求め旅に出るが、あっという間に「監視塔」に検知され、セーフガードの一群に襲われる。仲間を殺され、退路を断たれたその時現れたのは、“この世界を正常化する鍵”と言われている「ネット端末遺伝子」を求める探索者・霧亥(キリイ)であった。
異世界の広大なスペース、空気感を“画面以外”でも表現
瀬下監督自身も「大きな劇場でAtmos音声で聴くのは初めて」という上映がスタート。
「階層都市」という名の通り、高い塔、あるいは地下深くに作られたような何層にも渡って形成されている広大なエリア。武装した少年少女たちが、廃棄された巨大な工場のような場所を猛烈なスピードで走り抜ける動きを、精密な映像だけでなくシャープに響く音と組み合わせて表現。静まり返った瞬間も、微かな環境音や反響などが聴こえることで、その場所の広大さを描き、そんな世界が実在するような説得力があるから不思議だ。
人類を排除する大量の「セーフガード」が波のように押し寄せるシーンなど、敵の気味の悪さを表現する上でも、音のスムーズな移動感が大きな効果をもたらしている。遠くから近づき、時には座席の頭上や周囲を突き抜けるように通り過ぎるセーフガードの動きを表す音に、背筋がゾクッとするような気分を何度も味わった。
Dolby Atmosの役割は、分かりやすい音響効果というだけではない。あるシーンで、宇宙、または深海のような異空間をある人物が漂っている場面では、幻想的な映像とともに、微かに聞こえる周りの音によって、観る人もその中に漂っているような感覚に陥る。映像は正面のスクリーンだけだが、そこに映っていない左右や上下のスペースも合わせて一つの空間となり、そのシーンを観るというより“体験する”というイメージに近い。フィクションだと分かっていながらも、ふっとその世界に引き込まれる力を実感した。
もちろん映像にも迫力があり、シネスコサイズで作られた3DCGが、ULTIRAの超大画面によって、視界を覆うような形で体感できるのは劇場ならでは。「シドニアの騎士」の宇宙空間とは異なる、もう一つ別の未来の姿としても、ありえない話だとは否定できないリアルさが、所々に垣間見える。なお、詳細は伏せるがシドニアとの“ちょっとした共通点”を見つけたこともあり、映像/音響のクオリティだけでなく、見た人同士で語りたくなる要素もしっかり盛り込まれていることを感じた。
“音の力”が生む空間。実はDolby Atmos音声は簡単に作れる?
ポリゴン・ピクチュアズと瀬下監督といえば、プレスコ制作(声優の演技に合わせて、映像を作る方法)でも知られる。制作にあたってこだわったポイントや、作品に込めた思いなどを、上映後に瀬下監督らが語った。
「我々の台本には、開いたら“ト書き”しか無いページもあり、カッティングもしていない。プレスコで録った音を前提にストーリーボードを書く」とのこと。それぞれの声優の演技によって生まれた“間”を含めた声に合わせて、CGクリエイターがアクションを付けていくのが基本的な作り方だという。声優による演技が大きく作品のクオリティを左右するとも言える。
瀬下監督は「考えられるだけの情報を渡して、役者が考えて、イメージした結果の間、ムードを後からアニメ化している。僕らは舞台を作って、音の状態から編集する。“ラジオドラマ“として臨場感が感じられれば、絵をつけた時にもっと面白くなるだろうという思想でやっているので、音の力というものに頼りながら絵を作っている」とのこと。
副監督の吉平“Tady”直弘氏は、「私たちは実写のようなセットを使って映像を作っている。(Dolby Atmosによって)どの場所から、何m先から音が入ってくるのかという、三次元的な情報が付加されて音が入ってくることで、本当に計画通り、またはそれ以上のものになっている。頭のなかに想像した世界が、すぐそこにあるという喜びがある」とAtmos制作のメリットを説明している。
その音に関して、瀬下監督が全幅の信頼を寄せているのが音響監督の岩浪氏。「“画面”を作る前に“場面”という空間を作り、その空間の立ち位置、ステージングを決める。岩浪さんのチームだったら、画面の外に行ってしまった“気配”も含めて場面を作れることを前提に映像デザインができて、僕らにとって利点。プレスコの段階で、その音がどれだけ離れていて、どんな状況なのか、台本の段階で世界観を共有している。そして時間を掛けて映像ができ上がり、それを見てもらった上で、最終的にAtmos音響で、どういう空間性、どういう展開でやるのかを緻密にやっていただいている」(瀬下監督)。
「Dolby Atmosで作品を仕上げたいという目標を、ようやくポリゴン・ピクチュアズさんとの協力で実現できました。“アニメーション音響革命”のつもりで作っており、現時点の集大成」と語る岩浪氏。Atmos以外の映画館でも上映できるように、音声は7.1chを元に、オブジェクトベースの音声を組み合わせることで立体感や音像の定位、移動感などのリアルな音声を実現させているという。
Atmos制作に関してかなりの苦労を伴っているかと思いきや「作る前は構えていたんですが、やってみると、意外に手間がかからない。Atmosのツールを使って3D空間で操作でき、『こんなふうに動かそう』というイメージがしやすく、直ぐにできる。他の映画関係者の皆さんも、臆せず挑戦してほしいですね」と笑顔を見せる。
本格的なハードSFである同作品の映画化について瀬下監督は「女の子の入浴シーンとか、戦車に乗ってるシーンはないですが(笑)」と冗談を交えつつも「こういった異世界の面白さを、新しい音響と“空間性”で楽しんでもらえることで、映像やアニメの楽しみ方に、一つのバリエーションができるのでは。音響をここまで凝った作品は他にないが、アニメや映画が面白くなるきっかけになると思って作っている。」と完成した作品に自信を見せた。