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第648回

日本の映像制作のデジタルシフトを加速。ソニーが「試行錯誤の施設」を無料開設する理由

ソニーが都内に設立したDigital Media Production Center

ソニーが東京都内に「Digital Media Production Center」という施設を開設した。

アメリカ・イギリスには2010年代前半から設置されているものだが、日本には初めて設置され、世界でも3つ目となる。

アメリカ・イギリスに続き世界で3つ目の施設

ここは簡単にいえば、プロの映像制作者たちが制作を開始する前の段階で、最新の撮影技術や手法について知見を高めるための場所である。利用は「無料」だ。

ソニーはなぜこのような設備に投資するのか?

もちろん、同社が事業の「クリエイターシフト」を進めているからでもある。

そして同時に、日本の映画・ドラマ作りが変革期を迎えており、このような施設の必要性が増してもいる。

その背景について取材した。

映像制作者が無料で試行錯誤できる施設を日本にも

Digital Media Production Center(以下DMPC)は、撮影機材と撮影セットを合わせたような施設だ。

利用は無料。個人が行って使うような場所ではないが、映像制作を行なう企業やクリエイターなら、ソニー側に申し込むことで、中の機材・設備を自由に使える。

巨大なLEDウォールが常設されており、その隣には、本番で使うものと同じクオリティで作られたセットが配置されている。

DMPCに常設されているLEDウォール。バーチャルプロダクションなどに使う
撮影をテストできるセットも
セットの中にカメラを仕込み、どのように見えるかをチェックすることもできる

すぐ隣には、撮影した映像を編集・カラーグレーディングできる席があり、マスターモニターやコントロール卓も配備されている。この日はMocopiを使ったモーションキャプチャの設備や、立体で撮影映像を確認するための「空間再現ディスプレイ」も配置されていた。

編集やカラーグレーディングのために、マスターモニターを含む設備も用意

置かれているカメラはソニーのプロ用カメラ「Cinema Line」である「VENICE 2」などだ。

VFXの利用を前提に映画を撮影し、編集し、カラーグレーディングを行なうためのものが全て揃っていて、その場で色々なことを確認できるのが大きな特徴である。

といっても、ここは撮影スタジオそのものではない。セットを一部組み替えることは想定されているが、映画やドラマの本編を撮影することはない。あくまで「本編を撮影する際に、どのようなことが起きるのか」を確認するための施設と考えるのがいいだろう。ソニーの説明員も「数メートル歩けばすぐに確認のプロセスに入れるのが利点」と話す。

使えるのはDMPCに用意されている機材だけではない。DMPCにはソニー製以外の機材も入っているが、それでも、制作者の希望として足りない機器はある。

そのため、他社のカメラなども自由に持ち込める。さらに、編集やグレーディングについても、事前の申し出があれば、用意されていないソフトをインストールして入れて対応することも可能だという。

要は、単純にソニーの機材のショールームとして作られたわけでもなく、まさに「どう作っていくべきなのかを相談し、テストする場」として作られたわけだ。

狙いはどう作るべきかを相談し、クリエイターの試行錯誤を試す場にすること

武器となる「マーカーレスカメラトラッキング」

他方で、ソニーが特に、バーチャルプロダクションの効率化・低コスト化の武器になると期待しているツールがある。

その1つが、カメラトラッキングシステムの「OCELLUS」だ。

バーチャルプロダクションでは、カメラの情報に合わせてLEDウォール上の映像を生成するため、位置や向き、画角を把握する必要がある。

多くの場合、スタジオの天井にマーカーを配置してそれで位置認識を行なうのだが、これには「準備が大変」という課題がある。バーチャルプロダクションが常設されていないスタジオの場合、LEDウォールとマーカーの設置だけで1週間もの準備期間が必要になる。

だがOCELLUSの場合、マーカーの設置作業は不要。内蔵する5つのイメージセンサーで周囲を捉えて、それで位置合わせを行なう。トラッキングはカメラにセットする「プロセッシングボックス」で行なうので、機材も少なくていい。

菱形に見えるボックスがOCELLUS
カメラの後ろについているのがプロセッシングボックス

この技術が面白いのは、マーカーレスなので「屋外」「狭い場所」でも撮影可能だということだ。撮影場所の制約が少なくなり、バーチャルプロダクションも気軽なものになる。

とはいえ、どういう特質があり、どう撮影すればいいかは試してみないと分かりにくい。

だからこそ、DMPCのような施設が必要になるのだ。

日本の映像制作環境改善に。VFXの効率アップで映像の質は変わる

映画などの撮影では様々なことが起きる。そのトラブルを想定し、事前に機材や撮影方法などを決め、本番に臨むものだ。

現在は、あらゆる撮影がデジタル化し、その制作プロセスにも変化が生まれている。LEDウォールを使った「バーチャルプロダクション」はその典型だし、ライティングとグレーディングの関係、さらには3Dデータの活用などもある。

それらをどう扱うべきか、課題はどこにあるのか。そうした部分を正確に把握して本番の撮影に臨むのは非常に難しい。

以前、Netflixが映像業界向けに開催したバーチャルプロダクションのセミナーを取材したことがある。その記事は以下に掲載されているものだが、そこで見えてきたのは「撮影前、プリプロダクションでの段取りがなにより重要」「日本ではその部分の負荷が大きすぎて、3Dでのバーチャルプロダクションを選ぶ作品は非常に少ない」という、ある意味身も蓋もない話だった。

ソニー・ニューコンテンツクリエイション事業部事業部長の田渕達人氏は、DMPCの設立がこうした課題の解決にある、といい、さらに以下のような状況について説明する。

ソニー・ニューコンテンツクリエイション事業部事業部長の田渕達人氏

田渕氏(以下敬称略):無料でいつでも相談できる・試せる環境があることが大切、と考えました。あくまで準備をするところであり、そのための気軽な会話ができる場所が必要だと考えたんです。

ここで田渕氏が指摘するのは「放送局と、それ以外の撮影環境の差」だ。

田渕:放送局にはスタジオがあり、すべての機材が揃っています。ですから、その現場に入ってから話をして進めることも可能です。

しかし、放送とは違い、映画では最初から「すべてが揃っている」わけではない。その段階で大きなハードルになります。プリプロダクションで検証するには、そのために機材やスタジオなどを用意せねばなりません。結果的に「すべて本番」になってしまう。

そして、撮影からグレーディングまで考えると、環境はすべてバラバラです。全部が揃っている環境でなければ、見えてこない本質があります。

映像制作でのコスト、というと、我々は「撮影にかかるもの」を思い出す。セットやスタッフ雇用にかかる費用、出演者のギャランティやCG制作などのことを考えてしまうだろう。

だが実際には、クオリティの高い映像を作るには「どう撮るか」という計画が重要になる。いわゆるプリプロダクションだが、そこでのコストは見えづらい。しかし、撮影前にどんな準備をするかでクオリティは変わる。そして、DMPCが必要になるには、その準備をする前の段階だ。そうすると、映像作品を作る=プリプロダクションに入る前なので、予算もない。予算が足りない、という話ではなく「予算化できない」ということだ。

だから通常は「なんとなく聞いて」とか「機材メーカーなどと相談して」という話になるわけだが、DMPCのような設備があれば、そこで聞いたり試したりできるようになる。

現場の困りごとを確認するための場所だから、当然ソニーの機材だけで成り立つわけはないので、持ち込みも相談も自由。直接的にソニーがすぐ儲かる仕組みではないが、周り周って映像制作が盛り上がれば、そのことが機材の売り上げにもつながるし、コンテンツがソニーグループを介して世界に出ていくなら、それもまた収益に……という話ではある。

他方で、現在の映像制作に欠けている・重要になる部分が「VFX」だ。

田淵氏も次のように語る。

田渕:日本の映像制作で変化すべきところは、間違いなくVFXです。レベルが高いVFXをできるようになれば、作品のクオリティが大きく変わります。だからこそDMPCを日本に作る意味がある、と考えました。

ご存知のように、今はVFXといっても、SFやファンタジー映画でだけ使われるものではない。自然なシーンを作るためにライティングや背景を変えることも、撮影が難しい場所を再現するためにも、VFXの活用は欠かせない。結果として映像の見栄えが上がり、リアルでリッチなイメージになる。

ワールドクラスの作品は、予算をかけていることもあるが同時に、リアリティを担保したリッチな映像であることが求められる。そのためには「どうVFXを使うのか」ということに関する知見とコスト感を変えていく必要がある、ということだろう。

鍵となる3Dアセット活用。ソニーの「XYN」がその中核に

その過程で重要になるのが、「いかに3Dアセットを活用するか」という点だ。

CGを使ったVFXでは、CGの中に出てくるオブジェクトのデータが重要になる。背景であれセットの一部であれ、3Dのデータは必須であり、「いかに低コストに作るか」「いかにうまく使うか」という部分が重要になる。

そこで出てくるのが、ソニーのXR関連事業「XYN」を手掛けるXR事業部である。

XYNは2025年のCESで発表された。その後今年のCESにソニーグループは出展していなかったが、ラスベガスのホテルに部屋を構え、関係者向けのデモンストレーションなどを行なっていた。2025年のインタビューは以下に公開されている。

XR事業というと、HMDを作ったりメタバースやゲームを作ったり……というイメージがあるだろう。だが、ソニーがXYNでやろうとしているのはちょっと違うことだ。

ソニー・XR事業部門長である鈴木敏之氏は以下のように説明する。

鈴木:まずは、プロの制作現場における圧倒的な効率化と高品質化が重要です。

バーチャルプロダクションの普及の阻害要因、ハードルが高いのはセットを入れることではなくて、運用の際の背景データどう作るかにかかっています。

従来は、バーチャルプロダクション用の3D背景セットを作るのに数週間かかっていましたが、我々の技術を使うと、撮って生成までが数時間で完成します。使い方次第なところはありますが、リードタイムをいかに短くするかが重要です。短くできるということは、イコール、何本も作れるということになり、それだけ収入も上がります。

3Dでの制作プロセスはすでに始まっているわけですが、その制作プロセスをいかに短くして、活用いただくかが重要になります。

例えば、XYNはデジカメとスマホを使って簡単に空間を3Dキャプチャする「XYN Spatial Scan Navi」。これまでは空間の撮影が中心だったが、現在は1つのオブジェクトをリアルに3D化することも可能になった。これらのツールはベータテスト中で、2026年中には一般公開される。

デジカメとスマホを使って簡単に空間を3Dキャプチャする「XYN Spatial Scan Navi」

3Dキャプチャの手法として一般的になった「ガウシアン・スプラッティング」では、風景の中にある一部を消す作業が面倒だ。だがXYNでは、キャプチャされた風景の中にあるものを「電柱」「お城」などのように物体単位で把握し、マウスのクリックで選択可能にしている。結果として、一部だけを取り出したり削除したりすることも容易になった。

3Dキャプチャしたシーンを簡単に編集するため、物体を認識してそれだけを削除することも可能に

また、そうやって集まったデータから「別のシーンで必要になるものをテキストで検索する」ことも可能だ。

これらはもちろん3D映像の素材になるわけだが、そこから2Dの映像を作ることを加速する技術も増えている。

それが、現在XYNチームが開発中である「俯瞰式空間コンテンツ制作ツール」と呼ばれるものだ。

現在開発中の「俯瞰式空間コンテンツ制作ツール」

ソニーは「空間再現ディスプレイ」という技術を持っている。目の前にいる人には立体空間に見えるディスプレイなのだが、これを使った映像制作支援ツールだ。

俯瞰式空間コンテンツ制作ツールの前に立つと3Dの空間が見える。正面のディスプレイは、この空間に配置されたカメラからの映像だ。

空間再現ディスプレイに全体が見えて、その中に設置したカメラの映像が正面に見える

映像を作る時には動きや画角を確認するモノだが、3Dだとどうしても作業が大変で、専門のオペレーターが行なうことが多い。

だがこの技術を使うと、ペンやボリュームなどを使って、比較的簡単にオペレーションができる。アニメによくある「近づく拳を大きく見せる」ようなディフォルメ表現も可能だ。

オペレーションはペンなどで直感的に行える

こうしたツールで撮影前のプリビズや、アニメのCGシーンの動画コンテなどを作成、そこから作品制作に入っていくことで、コストの低減と試行錯誤の高速化を図るか……ということが狙いなのだ。

もちろん、これらの技術は既存型の2Dの映像を作るためだけに使えるわけではない。HMDの中で見ることを含めた、3Dのイマーシブ映像で強みを発揮する。

XYNを統括する鈴木氏も、「目標は空間コンテンツが広がること」と話す。

鈴木:ビジネスとして使う場合、キャプチャーして終わりではなく、キャプチャーした後が重要です。長期的ビジョンとしては、「空間コンテンツが当たり前になる世界の実現」があります。まずはプロ向けに複数の形でコンテンツを使えるようにしていくことを目指します。

ただその先、3年後・4年後を見越すと、やはり、一般のクリエイターや個人の方にもどんどん普及していって、「部屋の中を空間で撮る」のも普通のことになる、そして、それを空間で楽しむ世界がある程度一般化する。これを目指していきたいです。

田淵氏の考えも同様だ。

田渕:今は2Dの映像を見ていますが、スマホから見たとき、スワイプすると見ている映像の裏側、別のアングルが見えてくる……という世界もあっていいはずです。同じコンテンツであっても「映画館では3Dで視聴する」「HMDではその空間の中に入り込む」という多様な価値がある。

すなわち、大元のコンテンツ自体が3D(空間再現)で作られていること自体に大きな価値が生まれるはずです。

こうした考え方は、今の映像制作・VFXの先にあるものでもある。考え方としては応用編なのだが、どう撮影し、どう加工すればいいかのノウハウはまだまだ不足している。

だからこそ、ソニーはXYNのような形で技術とツールを用意し、DMPCのような設備で試行錯誤をサポートする体制を作ろうとしているのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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