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実用に向け完成度が高まる8K SHV。120Hzやライブ中継、SDカードへの記録も

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2017」を5月25日から5月28日まで実施。入場は無料。公開に先立って23日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。ここでは、8Kスーパーハイビジョン(SHV)に関連する展示をレポート。東京オリンピックに向け、120Hzのフルスペック8K映像の表示機器や映像制作、ライブ中継機材などの開発が加速している。

NHK放送技術研究所

120Hzの8K SHV表示が可能なシート型ディスプレイ

 大型、かつ軽量な8K SHV(7,680×4,320ドット)の家庭用ディスプレイを目指して、シート型のディスプレイが開発されている。昨年の技研公開では、LG Displayの65型4K有機ELディスプレイを4枚、タイル状に組み合わせたものだったが、今年はさらに進化し、120Hz表示に対応したディスプレイを展示している。

120Hzの8K SHV表示が可能なシート型ディスプレイ

 NHKがLG Display、アストロデザインと共同で進めているもので、昨年と同様、4K有機ELパネルを4枚貼り合わせて、130型の8Kシート型ディスプレイを構成している。昨年は60fps表示だったが、今年は120Hzに対応。「有機ELの特徴である高いコントラストと広い視野角を兼ね備え、さらに動きの速い映像も滑らかに表現できる」という。

 さらにバックライトが不要な自発光型の有機ELを使うことで、パネルとバックボードを含めた厚さを約2mmに抑えている(昨年の試作機は約1mm)。

厚さを約2mm

 今後は1枚のシートで8K解像度を表示可能なシート型ディスプレイの開発を目指している。

フルスペック8K対応レーザープロジェクタは高輝度化

 より大画面での8K SHV表示を可能にするプロジェクタも進化。8K、広色域、ハイダイナミックレンジ、多階調(12bit)、120Hzを兼ね備えた「フルスペック8K」に対応するレーザープロジェクタの高輝度化、低干渉化を実現。450型のスクリーンでデモ上映も行なっている。プロジェクタはJVCケンウッドと共同開発したもの。

フルスペック8K対応レーザープロジェクタ

 従来に比べて約2倍の明るさを持つ高輝度レーザー光源を採用。さらに、レーザー光がスクリーン面で干渉することで生じる局所的な色むら(スペックルノイズ)も約半分に低減しており、高画質化を図っている。

 HDR映像方式のハイブリッドログガンマ(HLG)にも対応。2020年の東京オリンピック・パラリンピックにおける大画面のパブリックビューイングに活用できるよう、今後も性能の改善を行なうという。

 試作機の素子はLCOS(反射型液晶)で、1.3型の3板式。有効画素数は7,680×4,320ドット。光源はRGBの半導体レーザー。出力は14,000ルーメン。120Hz表示、12bit階調に対応し、ダイナミックレンジは10,000:1を実現している。

フルスペック8K対応レーザープロジェクタを使ったシアター

 今回のシアターデモでは、ダンサーの動きをメインとし、120Hzの滑らかな映像をアピール。雨の中で踊るシーンでは、雨粒の1つ1つまでクッキリと解像され、8K解像度の威力を実感できる。冒頭では、夜空に広がる花火の映像を使い、レーザー光源による明るさや、ダイナミックレンジの広さを伝えるデモとなっている。時間は約6分。

フルスペック8Kでオリンピックのライブ中継を目指す

 フルスペック8K映像の制作システムも研究開発されている。データ量が多く、高速なインターフェースと映像処理性能が必要になる事から、144Gbpsのインターフェース(U-SDI/ITU-Rで勧告化された4K・8K信号用インターフェース)を備え、ワイプやディゾルブも可能なライブスイッチャー、文字合成装置、フレームシンクロナイザー(異なる映像信号の位相をそろえる装置)を新たに開発。フルスペック8Kでのライブ映像制作を可能とした。

フルスペック8K映像の制作システム
フルスペック8K対応のライブスイッチャー、文字合成装置、フレームシンクロナイザーなどが開発された
制作システムでフルスペック8K映像を確認するモニタ

 昨年までに開発した3板式フルスペック8Kカメラ、超小型8K単板カメラに加え、フル解像度8K単板カメラも120Hzに対応。また、フルスペック8K圧縮記録装置は記録メディアをさらに小型化させた。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックのフルスペック8Kライブ制作実験を目指して、今後も開発が進められる。

3板式フルスペック8Kカメラ
120Hz対応のフル解像度8K単板カメラ
超小型8K単板カメラもフルスペック対応

8K/60pをSDカード4枚に記録可能なカムコーダ

 8Kでの多彩な番組制作を目指し、8K映像を4倍速(毎秒240枚)で撮影・記録できる「8Kスローモーションシステム」も開発。さらに、より手軽に8K映像を撮影するため、市販のSDメモリーカードに記録できる8Kカムコーダーも展示された。

 8K高速度カメラは、高速な動作が可能な3,300万画素撮像素子を開発し、通常の速さの4倍の毎秒240枚の撮影を実現。光ファイバーと多重化を組み合わせ、1本のケーブルでCCUに伝送。スポーツなどの速い動きを、より鮮明な8K映像で撮影できるという。

 高速な映像圧縮回路とメモリーパックも開発し、毎秒240枚の8K映像のリアルタイム圧縮と、可変速で滑らかなスローモーション再生が可能な8Kスロー再生装置を試作した。

手前にあるのが「8Kスローモーションシステム」のカメラ
左が8Kスロー再生装置

 さらに、8K/60pの映像を市販のSDメモリーカードに記録できる8Kカムコーダーも試作。8K映像を、4つの4K映像に分割し、それぞれを計4枚のSDカードに分割して記録するカメラとなっており、連続1時間以上の記録ができるという。実際に、市販の高速SDカードに記録するデモを行なっている。

 試作機はカメラヘッドとレコーダが分離した大型のシステムとなっているが、8Kカムコーダとして手軽に利用できるカメラを目指しており、最終的なカムコーダのイメージモックアップも展示。4つのSDカードからの映像を結合する映像編集ソフトも紹介している。

 8Kスローモーションシステムはさらなる高速化と操作性の改善を目指し、8Kカムコーダーは小型化と画質改善を目指し、それぞれ研究が進められる。

8K/60pの映像を市販のSDメモリーカードに記録できる8Kカムコーダーの試作機
将来的にはこの程度のサイズになる予定
4つのSDカードに分割記録した映像を8Kに結合するソフトもデモ

8KでもHDR

 1台のカメラで、明るさの表現範囲が広いハイダイナミックレンジ(HDR)映像と、従来のSDR映像を同時に出力できる、HDR/SDR一体化制作カメラを開発。HDRはSHVの制作に、SDRの映像はHD制作に利用でき、機材や要員の効率化が可能になるという。

 例えば、HDR対応のカメラでアイリス(虹彩)絞りを操作し、HDRの映像として適正なものを撮影していても、SDRのレンジに当てはめると空が白飛びしてしまうといった事が起こる。そこで、レンズに電子アイリスリングを追加。SDR信号のみのゲインを独立してカメラマンが調整できるようにした。

左がHDR、右がSDRの映像。HDRに合わせると、SDR映像が破綻してしまうため、電子アイリスリングでSDR映像のゲインを調整できるようにした
電子アイリスリングを追加した試作カメラ

 これにより、HDRの映像を、SDR向けにゲイン調整したものを、ダイナミックレンジや色空間を変換してSDRの映像を作り、HDR映像とは別に、SDRの映像も同時に出力可能にした。HDR/SDR番組の同時制作が容易になるという。

カメラの内部構造

 彩度の高い被写体の色再現をより自然に改善する技術も開発。単色のLED照明などで彩度の高い被写体を撮影すると、映像信号が飽和して色の階調が失われる場合がある。それを解消するため、RGB信号レベルに応じて彩度を抑える、演算コストの低い色補正手法を開発。これにより、HDRからSDRに変換した映像の色再現も改善するという。

 これらの技術は今後、撮影実験を通じて有効性を検証。実運用カメラへの導入を目指すという。

22.2マルチチャンネル音響用デバイス

 SHVでは22.2chのサラウンド音声も採用しているのが特徴だが、その音声を収録する際に、高い性能と利便性を兼ね備える22.2ch用のワンポイントマイクが開発された。

22.2ch用のワンポイントマイク

 ウニのような外観のマイクだが、30本以上のマイクが使われており、22.2chのスピーカー位置を指向する主マイクと、指向特性を改善する補助マイクで構成されている。長めのマイクが主マイク、短いのが補助マイクであり、例えば特定の方向から来た音だけをとらえる場合、その方向を向いた主マイクがとらえた音から、それ以外の方向から来て他のマイクで集音した音声をキャンセル。すると、とらえたい方向からの音だけが残る形となる。

長いのが主マイク、短いのが補助マイク
処理の概要

 これを、22.2ch分の方向に対して、同時に処理する事で、22.2ch用ワンポイントマイクとしている。従来は音を遮る物理的な板などを使っていたが、ソフトウェアで処理でき、より気軽に22.2ch音響の収録が可能になるとする。

 さらに、薄型テレビと組み合わせ安いスピーカーとして、粘弾性圧電コンポジットフィルムを使ったモデルが展示された。

 このフィルムは、富士フイルムと協力して開発。電圧を印加することで伸縮する粘弾性を持った圧電コンポジットフィルム。フィルムと電極が重なった構成になっている。信号が入っていない状態で、緩やかに山のようなカーブを描いた形状で、音声信号が入るとフィルムが伸び縮みして音が出る。

 薄型かつ軽量なのが特徴。成形の自由度と再生周波数帯域の広さを併せ持っており、薄型テレビ用のスピーカーや家庭用の22.2chスピーカーに応用できるとする。展示したユニットでは、200Hz~20kHzまでの再生が可能という。

 今後、マイクは制作現場への導入を、薄型スピーカーは実用化を目指して引き続き性能改善を進めるという。

圧電コンポジットフィルムを使ったスピーカー。薄型テレビと組み合わせるイメージの試作機

ラインアレースピーカーによる3次元音響再生

 8K SHVの22.2ch音響を家庭で簡単に再生するための技術として、テレビの上下に配置する2本のラインアレースピーカーで22.2ch再生を行なうシステムも試作された。

 シャープと共同で研究されているもので、トランスオーラル再生法を使っているのが特徴。頭部伝達関数を使い、音の位置から両耳までの音の伝わり方を再現することで、スピーカーを設置することなく、あたかもその方向から音が聞こえてくるかのような効果を作り出すもの。クロストークを抑える処理も適用されており、この技術を使った3次元音響デモが体験できる。

 システムは、トランスオーラル再生法を使ったラインアレースピーカーを前方に配置。そのスピーカーだけで、横や後ろから聞こえる音を再現している。試作スピーカーでは、直線状に小型ユニットを9個並べている。

 テレビと並べて設置するセパレート型のほかに、スピーカーユニットを小型化したテレビ内蔵型も実現可能という。

圧電コンポジットフィルムを使ったスピーカー。薄型テレビと組み合わせるイメージの試作機

8K SHVの試験放送の受信に必要なもの

 4K、8KのSHVは、2018年に実用放送の開始を予定。現在8Kの試験放送も実施されているが、その放送を実際に受信・表示するデモも実施。チューナはシャープ製のものが使われている。

8K試験放送の受信でも

 4K/8KのBS放送受信に必要なアンテナやブースターなどの紹介、ケーブルテレビ経由で視聴するために開発された再放送技術も紹介している。

NHK、KDDI、J:COM、日本デジタル配信が試作したケーブルテレビ向けのチューナ。既存のSTB網で分割して8K SHVを伝送し、このチューナで結合し、8K再生する

8KディスプレイをVRで活用

 体験でもコーナーでは、VRゴーグルの表示デバイスとして8Kディスプレイを使ったデモも実施。レンズを通して、8Kディスプレイを見る事で、左右の目それぞれに4K相当の高精細なVRが楽しめる。

8Kディスプレイを使ったVRシステム

 表示しているのは静止画で、縦15K、横30Kの超高解像度写真。ゴーグルを動かし、見る範囲を変えても、高精細なVR空間が体験できるようになっていた。

表示のイメージ

その他SHV関連の展示

 IPネットワークを利用し、設備運用とワークフローの効率化を実現する番組制作システムも開発中。

IPネットワークを利用し、設備運用とワークフローの効率化を実現する番組制作システム

 生中継番組の制作において番組素材を伝送するために、非圧縮8K信号のIP変換装置を開発。IP化により、通信事業者が提供するIP専用回線を利用でき、高品質な8K映像を遠く離れた場所からも低コストで伝送できるのが特徴。

 さらに、ネットワーク上の番組制作設備を、必要とするスタジオへ動的に割り当てるリソースプロバイダも開発。スタジオ間で設備の利用が競合しないように割り当てを管理することで、複数のスタジオで設備を共有しながら、効率的な運用ができるという。

 東京のスタジオから大阪にあるカメラを利用するなど、離れた場所にある設備を利用する場合、これまではスタジオの利用者から現地の担当者に回線接続や設備制御を依頼する必要があった。IPネットワークを活用することで、利用者が設備を直接リモート制御できるようになり、迅速で確実なワークフローが実現できるという

中継番組などを放送局へ無線伝送するFPUを双方向化し、映像ファイルの伝送や、遠隔制御などに対応させる「スマートFPU」の研究も進められている