音の「幅」と「高さ」を再現するAudyssey「DSX」の狙い

-サラウンドの「自然なつながり」を追求



 2009年におけるサラウンド技術のトレンドの1つとなりつつある、「音の高さ表現」について、各社が様々なアプローチを行なっている。

 1月のInternational CESでは、ドルビーが「プロロジックIIz」を、DTSが「Neo:X」を発表。そして、デノンやオンキヨーのアンプなどへの採用で知られるAudysseyも、「DSX」(Dynamic Surround Expansion)を発表した。

 それぞれ、フロントにスピーカーを追加することで、前方から伝わる音声情報を豊かにし、サラウンド感を増すという目的においては共通している。だが、DSXはフロントL/Rの外側にもLW(Left Wide)、RW(Right Wide)を追加することで音の“広がり”を追求する方法も用意するなど、やり方は微妙に異なる。

 DSX対応機種として、デノンが6月にミドルクラスの「AVC-4310」を発売。また、オンキヨーからはTX-NA807/SA707も対応機種として8月に発売される。

 今回、都内にあるAudysseyの日本オフィスを訪ね、デモルームにおいて実際のAVアンプ製品を用いて映画コンテンツを視聴。同社ビジネスディベロップメントディレクターの山中幹大氏と、アプリケーションエンジニアの森本遊氏に同社のDSX技術の特徴や、目指す方向性などについて、話をうかがった。

デノンのAVC-4310オンキヨーのTX-NA807(左)とTX-SA707(右)


■ チャンネル追加だけでなく、バランスとつながりを重視

デモルーム。フロントはJBLのA660、LW/RWやLH/RHはA60を使用。A60はリアにも使われている使用したAVアンプのAVC-4310シャープのBDレコーダ「BD-HDW35」からBDをビットストリーム出力

 CES発表時は試作機での視聴だったが、今回のデモでは製品版となるデノン「AVC-4310」を使用。スピーカーはJBLの「New Aシリーズ」、再生はシャープのBDレコーダ「BD-HDW35」を使用し、Blu-rayビデオをビットストリーム出力した。デモルームはマンションの一室を使用し、特別な吸音ボードなどは使わず、より一般的な日本の住環境に近づけているという。

 DSXの概要は発表時に掲載した通りで、従来の5.1chに対し、第1オプションとしてL/Rスピーカーの外側にLW(Left Wide)、RW(Right Wide)の2ch分を追加。第2オプションとしては、LとLWの間、RとRWの間の上方にそれぞれLH(Left Height)、RH(Right Height)という高さを表現するための2ch分を追加し、前方のサラウンドを強化する。LW/RWは側面の壁からの反射音をシミュレートし、音場の“広がり”を拡大。LH/RHは天井からの反射音を利用し、音の“高さ”を表現する。ワイドチャンネル(LW/RW)と、ハイトチャンネル(LH/RH)の両方を使用すると9.1ch出力が必要だが、ワイド/ハイトのどちらか一方だけでも使用できる。なお、上記のDSX対応アンプは最大7.1chのため、どちらかを選んで使用する形となる。

 正確なスピーカーの配置はLW/RWが前方から左右各55度、LH/RHが左右各45度でセンターから45度上方となっている。ただし、LW/RWの配置は55~60度の範囲で調整可能としている。

 前方に追加する理由は、人間の聴覚特性を考慮したもので、音の分解能や周波数特性に対する聴覚の限界に対し、チャンネル数についてはまだ限界に到達していないという考えからスタートしている。サラウンドバックを追加した7.1chシステムは既に実用化されているが、後方へのチャンネル追加に比べ、前方へ追加した方が大きな効果が得られることから、同社は「今まで感じたことのない、包み込まれるようなサラウンド空間を作る」と表現している。

 追加のチャンネルには、単純にサラウンドチャンネルからスプリットして出すだけではなく、サラウンド感をより高めるというアルゴリズム「Dynamic Surround Processing」を採用し、サラウンドチャンネルとのバランスも確保。単純にチャンネルを追加する場合に比べ、フロントだけが強く聴こえる状態にならず、全体的なサラウンド感を保つことを特徴としている。

 音声の入力フォーマットを問わず利用可能。なお、ステレオ音源については、ドルビープロロジックIIまたはIIxで5.1ch化した後にDSXをかける仕組みとなっている。

スピーカーの配置。赤色が追加分で、左図から順に、通常の5.1ch、LW/RWを追加した7.1ch、LH/RHを追加した7.1ch、これら両方を追加した9.1chデモルームにはサラウンドバックのスピーカーも設置されている。シアター専用ルームであれば問題はないが、リビング兼用などの場合、後方にスピーカーが4台というのはスペース的に問題が生じることもあるだろう

 さらに、同社はベース技術として、室内の音響特性に合わせた自動音場補正機能「MultEQ」をAVアンプ製品に提供していることも大きな強みとしている。チャンネルを増やすだけでなく、各スピーカーからの音声の干渉についても配慮した上で、より自然なつながりを実現したという。

 今回のデモでは、主に映画のBlu-rayを使用し、ワイド/ハイトチャンネルのどちらか一方を順にON/OFFしながら視聴。「ダークナイト」で冒頭にジョーカーらが銀行を襲撃するシーンでは、ハイトチャンネルを追加すると、天井の高い建物内で響く銃声で、特にON/OFFの違いが現れる。また、ワイドチャンネルの追加では、後半のカーチェイスのシーンで警察のヘリが墜落する時の爆発音に、一層の広がりが感じられた。

 「オペラ座の怪人」中盤の舞踏会のシーンでは、ワイドチャンネルを追加すると、ホール内に響く歌声が、視聴者を包み込む形で広がり、建物の中にいる感じが伝わる。また、「トップガン」のラストのドッグファイトでは、ハイトチャンネルを追加すると、戦闘機が空母から飛び立ち、上下左右に入り乱れながらミサイル発射、画面奥側で爆発、という流れが映像と一体になって感じられる。通常のサラウンドでも位置関係は分かるが、DSXをONにすることで、もう一段、音に奥行きが広がるようだ。

 単に「音の押し出し」という面ではわずかにおとなしくなる印象もあるが、サラウンド感を保ち、作品の意図を損なわないという姿勢を感じる。一方で、会話などセンターの定位がぼやけることはなく、同社が持つボリューム連動型の音質コントロール技術「DynamicEQ」により、低ボリュームでも極端に音がカットされるという印象はない。こういった各音響技術の連携も全体のバランスを保つことに大きな役割を果たしている。



■ 設置方法も含めた新たな試みに期待

AVC-4310のDSX設定画面。ワイド/ハイトチャンネルのどちらを追加するか選ぶ形となる

 デモに使用されたデノンのAVC-4310や、オンキヨーのTX-NA807/SA707は中~上級機種の位置付けだが、特にハイエンド機種に限る機能ではないとしており、今後は順次、エントリークラスにも導入されることが見込まれる。

 前述の通り、現行のAVアンプではまだ9.1chでのDSX対応モデルは無いため、ワイドチャンネルと、ハイトチャンネルの両方を一度に追加することはできず、どちらかをメニューで選ぶことになる。なお、アルゴリズムとしてはワイド/ハイトの同時出力には対応しており、サラウンドバックを含め最大11chまでサポートすることから、今後の製品での採用に期待できそうだ。

 実際に導入する場合は、スピーカーの設置がネックになることも予想される。今回のデモルームでは、ハイトチャンネル用スピーカーを照明設置用の機材で固定。天井と床に突っ張るポールのような形で、三脚型スタンドのように床面を占めることなく、天井吊り時のように工事も必要としない。こうした設置方法もセットメーカーに提案しているという。

 同じ「高さ方向」の音でも、Audysseyと他社技術では予想外に聴こえ方が異なるため、好みは分かれるだろう。今年の傾向としてこうしたフロントチャンネルへの新しい試みに複数の会社が取り組んでいることは、AVアンプを比較する上での基準のひとつとしても面白い。もし新製品を試聴できる機会があれば、これまでの5.1/7.1chサラウンドとの違いを体感することをお勧めしたい。



(2009年 8月 4日)

[AV Watch編集部 中林暁]