開放型ヘッドフォンに参入したShure。その狙いを聞く

-構想5年、開発18カ月。“ゼロからの挑戦”


左からモニタリング・カテゴリー・ディレクターのマット・エングストローム氏、アソシエイト・プロダクト・マネージャー マイケル・ジョーンズ氏

 Shure Japanが2012年に発売を予定している、同社初のオープンエア型ヘッドフォン「SRH1840」、「SRH1440」。その開発を担当した米Shureのアソシエイト・プロダクト・マネージャー マイケル・ジョーンズ氏と、モニタリング・カテゴリー・ディレクターのマット・エングストローム氏が製品発表に合わせて来日。この機会に、製品の狙いを聞いてみた。

 発表された開放型ヘッドフォンは「SRH1840」、「SRH1440」の2機種。価格はオープンだが、実売は「SRH1840」が7万円前後、「SRH1440」が4万円前後になるイメージ。詳細は、6日の記事をご覧いただきたい。詳しい発売日は決定していないが、感触としては1月など、2012年の比較的早い段階で販売開始に向けた具体的な動きがありそうだ。


同社初のオープンエア型ヘッドフォン「SRH1840」下位モデルの「SRH1440」


■開放型開発の構想は5年前から

左がSRH840、右がSRH940
 Shureといえば、マイクやカスタムイヤーモニターなどを手掛けるプロ用メーカーだが、コンシューマ向けとしては「SE535」など、カナル型イヤフォンをメインに長年展開。そして2009年に日本でヘッドフォン市場に参入し、「SRH240」、「SRH440」、「SRH840」という密閉型3モデルをリリースした。その後もDJ用モデルなどを展開し、2011年6月には密閉型のフラッグシップとなる「SRH940」を発売している。

今回、初の開放型の投入となりますが、開発の経緯を教えてください。

ジョーンズ氏(以下敬称略):最初のヘッドフォンを密閉型としたのは、プロ用ヘッドフォン市場において、大きなポテンシャルを持っているのが密閉型だったからです。そこで高い評価を頂き、我々としては新しい層のユーザーも開拓したいと考えていました。

エングストローム氏(以下敬称略):我々の開発の基本には、“まずプロ向け”があるのですが、マーケットリサーチの中で、録音エンジニアがスタジオで開放型を使っている、または使いたいというニーズがある事がわかりました。

日本では、スタジオエンジニアが開放型のモニターヘッドフォンを使う事はあまり多くないイメージがありますが……。

モニタリング・カテゴリー・ディレクターのマット・エングストローム氏

エングストローム:アーティストがレコーディングの時に使うと、ヘッドフォンから音が漏れてしまいますので開放型は使われません。しかし、マスタリングやミキシングの時に、音楽を開放的な音に仕上げるために、密閉型モニターヘッドフォンを使わず、ニアフィールドのモニタースピーカーを使ってマスタリングする事があります。その流れとして、開放型のヘッドフォンを使っているエンジニアも米国では多いのです。もちろん、密閉型モニターヘッドフォンでも、各社が“密閉型の閉塞感”を打破しようと様々な工夫をしていますが、物理的な限界はありますから、開放型にもニーズがあるというわけです。

開発にはどのくらいの時間がかかりましたか?

エングストローム:構想の段階では5年ほど前から考えていました。日本のShure Japanとの話し合いが発端ですね。御存知の通り、ヘッドフォンでは密閉型を先行しましたので、今回の開放型の実質的な開発期間は18カ月程度です。

開発チームは何人くらいいるのでしょう?

エングストローム:具体的な人数は申し上げられませんが、様々な分野の担当者が参加しています。社内にはイヤフォンやヘッドフォンの担当、有線・無線のマイクの担当など、様々なカテゴリがありますが、それとは別に、振動板やマグネットなどの原理や技術的な事を日々研究し、積み重ねているエンジニアリング部の人達がいます。開発時には、カテゴリを超えて彼らの力を借りる事もあります。

 例えば、今回の製品には40mm径のマイラー製振動板を使ったユニットを採用していますが、マイラー素材は、Shureのダイナミック型マイクのハイグレードモデルにも採用されています。また、デザインなどの面では、2人のインダストリアルデザイナーがコアチームとして様々な製品を担当しています。イヤフォンやヘッドフォンのどれを見ても、“Shureらしさ”を感じていただけると思います。




■ハイレゾ音源への対応は?

アソシエイト・プロダクト・マネージャー マイケル・ジョーンズ氏

初の開放型という事で、難しかったところなどはありますか?

ジョーンズ:密閉型のノウハウはあり、それが活用できる部分もありますが、やはり開放型はほぼゼロに近い状態から開発しなければならなかったので大変でした。他社製品も購入し、学びながら開発していきました。

エングストローム:開放型だから、何か特殊な技術が必要になるという事はないのですが、“目指すべき音が、どんな音か”というのは大きなポイントです。我々としては、それは密閉型でも開放型でも同じだと考えており、やはり“原音再生”になると思います。家でピアノを弾き、それと同じ音がヘッドフォンから聴こえるか? それが最も重要ですね。


開放型のハウジグを採用している。左が「SRH1840」、右が「SRH1440」

仕様について気になるのは、高域の再生能力です。SRH1840では30kHz、SRH1440では27kHzまで伸びていますが、最近オーディオファンの間では、24bit/96kHzなどのハイレゾ音源の再生に注目が集まっています。こうした音源への対応につはどう考えていますか?

エングストローム:オーケストラの余韻や、電気的に作られた音楽などでは20kHz以上の高域が含まれていますが、そもそも20kHz以上をしっかり収録できるマイクも少ない状況です。スピーカーでは50kHzなどを出すモデルもありますが、それも環境によります。高域を無理に伸ばすと、そこで歪が起こったりする場合もあり、今回のモデルでは20kHzあたりからなだらかに落としていった方が、良い結果になると判断しました。

両モデルの周波数帯域。左が1840、右が1440

ハイレゾ音源では、低域の解像感などもアップしますね。

エングストローム:ええ。低域に関しては、特にSRH1840では10Hzまで伸ばしており、そうした音源の良さも表現できると思います。また、クイックレスポンスにもこだわっています。

ジョーンズ:振動板がボヨボヨしていたら正確なインパルスは出せないので、硬さやコイルの巻き方などを工夫しています。また、振動板には放射状の溝を入れてあり、これにより振幅した際に、一部が歪むことがないようにしています。


ユニットについて説明しているマイケル・ジョーンズ氏透明な部分がユニット。放射状の溝が見える

上位モデルのSRH1840は据え置き型のアンプと組み合わせる事を前提とした能率(インピーダンス65Ω/感度96dB/mW)と感じましたが、想定しているアンプなどはありますか?

エングストローム:最大許容入力が1,000mWなので、様々なアンプが利用できると思います。開発者としては、ユーザーの皆様に様々なアンプと組み合わせていただき、どのアンプが最適なのか、見つけていただくのも一つの楽しみと考えています。

モデル名SRH1840SRH1440
店頭予想価格7万円前後4万円前後
ユニット40mm径
ネオジウムマグネット
※左右ドライバ特性を揃え済み
40mm径
ネオジウムマグネット
インピーダンス65Ω36Ω
感度96dB/mW101dB/mW
最大許容入力1,000mW
周波数帯域10Hz~30kHz15Hz~27kHz
重量
(ケーブル除く)
268g343g



■ケーブル交換について

ケーブルが交換できるのは、断線への対応やリケーブルがしやすく、ユーザーにとって嬉しいポイントです。今回の開放型では、イヤフォンと同じMMCXコネクタが採用されました。しかし、プラグ全体の形状的に互換性が無く、イヤフォン用ケーブルをヘッドフォンで使用できません。これはどうしてですか?

エングストローム:これについては、開発時に何度もディスカッションし、共用可能にしようという案もありました。しかし、製品としてのベストの仕様を考え、今回のような形になりました。

一人の消費者としては、やはり共用にして欲しかったです。

エングストローム:他社さんもおそらく同じような悩みを持っていると思いますが、我々としてはサードパーティーのケーブルにも期待したいと思っています。もちろん、今後もこの点についてのディスカッションは続けていきます。

「SRH1840」のケーブルを外したところ左が1840のケーブル、右がSE535のケーブル。プラグは同じだが、根元部分の形状が異なるため、共用はできない


■日本市場について

Shureの製品の多くが、“プロ向けのモデルをコンシューマにも展開する”という形になっていますが、これには何か理由があるのでしょうか?

ジョーンズ:やはり我にはマイクなども含め、“プロオーディオをきちんと作っているメーカーだ”というプライドがあるからですね。また、日本のように、イヤフォンやヘッドフォンのコンシューマ市場が大きい国は、世界的に見てそれほど多くはありません。

 一方で、プロのスタジオエンジニアはどの国にも一定数必ず存在するので、ワールドワイドでビジネスをしやすいというのもあります。また、例えば“コンシューマ用に最適な製品です”と言っても、プロは買ってくれません。しかし、“プロが満足する品質の製品です”とアピールすれば、コンシューマも使ってくれるという面もありますね。

日本市場について、どのように見ていますか?

エングストローム:他の国では安いモデルになればなるほど、販売台数は多くなり、逆に高価なモデルになればなるほど、少なくなります。日本ではそのカーブが“平ら”とまではいきませんが、とても緩やかで、高価なモデルも多く出ます。値段ではなく、「一番良いのはどれだ?」と買いに来る人が多いようですね(笑)。

 他の国ですと、イギリスが日本の傾向と近いです。逆に、アメリカやカナダでは、こうした傾向は無いですね。

アジア限定のカナル型イヤフォン「SE535 Special Edition」

日本を含めたアジア市場と言えば、10月から発売されている、アジア限定のカナル型イヤフォン「SE535 Special Edition」(SE535LTD-J/オープンプライス/実売49,800円前後)がありますね。

エングストローム:ノズルに取り付ける周波数フィルタを新たに開発する事で、高域表現に通常モデルと違いを出しています。凄く細かな変化ではあるのですが、“確かな違い”を感じていただけると思います。開発はまさに“汗と痛み(sweat and pain)”で、βテストを繰り返して音を追い込んでいきました。生産管理も大変ですが、開発と連携することで実現しています。

 このモデルはアジア限定ですが、日本の皆さんに逆にお伺いしたいのですが、“こんなモデルが欲しい”という要望はありますか?


ヘッドフォンを45個も持っているという、筋金入りのヘッドフォンマニアでもあるエングストローム氏

そうですね……。日本ではバランスドアーマチュアのイヤフォンが高級イヤフォンの代名詞でしたが、マルチウェイ競争も一段落した印象で、ユニットの種類にこだわらない流れになりつつあり、逆にダイナミック型の良さも見直されてきていると思います。ダイナミック型ユニットで、SE535のような価格帯の高級機も聴いてみたいですね。

エングストローム:私が最初に手がけた「E2」というダイナミック型ユニットのイヤフォンがあるのですが、振動板は10.5mm径でノズルも太く、耳が小さい人にはフィット感がイマイチだと言われました。そこから9年かけて、ユニットを9mm径にしてアーマチュアで培った技術を取り入れるなどして、(ダイナミック型の)「SE215」(2011年4月発売/実売9,500円前後)にたどり着きました。ダイナミック型にも思い入れがあり、興味深いご意見です。

開放型を含め、今後のヘッドフォンの予定として、例えば10万円を超えるような超高級モデルなどは考えていますか?

エングストローム:今後のロードマップについては、すみませんがお話はできません。ただ、言えることは、我々はいつも市場の声を聞き、その声に応えるベストな製品を作りたいと考えているという事です。密閉型の「SRH940」を出した後も、「もっと高いモデルは出ないのか?」という意見を頂きましたが、そうした声もちゃんと届いています。

ジョーンズ:ニーズがあれば、我々はやるというスタンスです。競合他社がやっているから出そう、他社製品がこの価格帯だからこんな製品を出そう……ではなく、“お客様が何を求めているのか”を今後も重視していきたいですね。



(2011年 12月 7日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]