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ヒダヒダ平面振動板で理想の音を、MrSpeakers「ETHER」の秘密を開発者が紐解く

 10月24日~25日の2日間、東京・中野の中野サンプラザで開催されている「秋のヘッドフォン祭 2015」。その中で、エミライが新たに取り扱いを開始し、10月24日から発売を開始した米MrSpeakersのヘッドフォンを紹介する説明会が行なわれた。第1弾モデルは2機種で、どちらも平面駆動型振動板を採用。開放型の「ETHER」(MRS-ET-C013-1)、密閉型の「ETHER C」(MRS-EC-C013-1)がラインナップされ、価格は各248,400円。

開放型の「ETHER」(MRS-ET-C013-1)
創立者のDan Clark氏

 MrSpeakersは、ヘッドフォン専業のオーディオメーカーとして、2013年4月に米カリフォルニア州サンディエゴに設立された比較的若いメーカーだ。創立者のDan Clark氏は、スピーカーの設計エンジニアや、コンサルタントとして約30年間オーディオ界で活動。'90年代後半からのPlatinum Audio speakersでも様々なモデルを手掛けた人物。社名のMrSpeakersは、スピーカー作りに情熱を注ぎ、スピーカーに関する様々な相談にも乗ってきたDan Clark氏自身の事だ。

 そんな彼が創立したMrSpeakersが、ヘッドフォンのメーカーなのは奇妙に感じるが、キッカケは彼の自宅での出来事。奥さんと仕事場をシェアしていた彼は、仕事中に開放型のヘッドフォンを装着していたが、その音漏れが奥さんに不評で、「離婚の危機を回避するためには密閉型ヘッドフォンを使わなければならかった(笑)」のだという。

密閉型の「ETHER C」(MRS-EC-C013-1)

 自分で使う密閉型ヘッドフォンを探し、色々な機種を試した彼は、フォステクスの「T50RP」(生産終了)というモデルにたどり着く。高耐熱ポリイミドフィルムをベース材に銅箔エッチングを施した、フォステクス独自の“RP振動板”を使ったモデルで、これを気に入った彼は、普通に使うだけでは飽きたらず、分解してRP振動板を取り出し、オリジナルのハウジングなどと組み合わせる、いわゆる“MOD”ヘッドフォンを作りはじめる。

 このヘッドフォンが評判となり、MrSpeakersでは販売していたが、より理想を追求した結果、ユニットも自分で作るようになる。約3年をかけて完成したオリジナルヘッドフォンが「ETHER」、「ETHER C」というわけだ。

左から開放型の「ETHER」、密閉型の「ETHER C」
ヘッドフォン際での展示
Dan Clark氏

ヒダヒダの振動板を採用

 Clark氏によれば、ETHERとETHER Cに使われているユニットはチューニングなど細かな部分を除いて、基本的には同じものだという。新規設計の特許技術を用いたユニットには「V-Planar振動板」が使われており、これが最大の特徴となる。

密閉型「ETHER C」のユニット部分

 種類としては、お椀のような形状の通常のダイナミック型ユニットと異なり、平面の振動板にボイスコイルをエッジングする平面駆動型の振動板だが、V-Planar振動板ではその振動板が、まるでアコーディオンのヒダヒダ部分のように、折りたたまれている。

 「平面駆動型のヘッドフォンでは一般的に、磁気回路に挟まれた平らな振動板が“平らなまま”上下に動くと説明されます。しかし、振動板の周囲はエッジで固定されているので、そこは上下に動かず、コイルがエッジングされた部分(中央部分)が動くことになり、実際には飛行機の翼のようにアーチ状に曲線を描くことになる、つまり歪んで動いているのです」(Clark氏)。

Clark氏直筆のイラスト。一番上が平面駆動型の一般的な説明で用いられる図。中央は、エッジが固定されている平面駆動型の、実際の動き、一番下がV-Planar振動板だ

 それを解決するというのがV-Planar振動板。ヒダを作った振動板をクシュッと縮めるようにして磁気回路の間に配置しており、振動板が動く際には、そのヒダがピンと伸びるという。例えるなら“ヒダヒダのカーテンを手で押してピンと張る”ようなイメージだ。これにより、振動板の非線形歪が減少。「ピーク・ディップが十分に深いストロークをもって表現され、それでいて物理的な構造は維持されたまま動作する」とClark氏は言う。

振動板製作時の1シーンを撮影したもの。実際の振動板がこのようになっているわけではないが、このような工程を経て作られるという

ハイエンドヘッドフォンながら軽量

 磁気回路にはネオジウムマグネットを使用。平面振動板にエッジングするコイルの巻線は、横幅0.2mmという極めて細いものを、長さ9m使い、コイルとしている。能率はどちらのモデルも96dB/mW、インピーダンスも23Ωで共通。

 密閉型の「ETHER C」は、ハウジングにカーボンファイバーを使用。3Dプリンタを駆使して作られているという。

密閉型の「ETHER C」。ハウジングにはカーボンファイバーを使用
開放型の「ETHER」
ヘッドバンドにはニッケル・チタン合金「NiTiol(ニチノール)」を採用

 なお、2機種のハウジングには、「3Dプリンタで作った音響迷路のようなパーツ」も搭載されており、ETHERとETHER Cで形状は異なるという。

 ハウジングのカーボンのように軽量化にも注力。ヘッドバンドにはニッケル・チタン合金「NiTiol(ニチノール)」を採用。重量はETHERが375g、ETHER Cが394gと軽い。イヤーパッドはフラットタイプで、ラムスキンレザーを使っている。

 ケーブルは着脱可能で、4ピンプラグを採用。高純度無酸素銅を使った「DUMヘッドホンケーブル」(入力プラグ:標準/1.8m)が付属する。別売オプションとして3mのケーブルや、1.8mのステレオミニ、4ピンのXLRケーブル(1.8m/3m)も用意し、バランス接続も楽しめる。

ケーブルは着脱可能で、4ピンプラグを採用

 なお、ハイレゾ再生への対応や周波数特性については、「ローディストーションの特性追求や、タイムドメイン(時間軸方向の過渡特性)を重視しており、再生周波数特性にはあまり注目していない。私はベースやフルートの演奏を楽しみ、妻や娘はピアノを演奏し、家には楽器が溢れている。1人の演奏者として、自分が演奏した時に聴いていたようなライブ感をヘッドフォンで再現する事が最も大切な事だと考えており、スペック競争にはあまり興味がない」(Clark氏)という。

音を聴いてみる

 平面駆動型のヘッドフォンは、総じて高分解能で、繊細な表現が特徴だ。ETHERのサウンドも同様の傾向があるが、特筆すべきは非常に音が自然で、誇張感や強調感が一切無く、また上から下まで音の繋がりや出方が非常に滑らかだ。

 音場も広大で、耳の近くにあるユニットから音がしているという感覚があまり感じられない。大型のフロアスピーカーから流れる音を浴びているような感覚で、頭内定位の不快感もほとんどない。

 音楽性豊かなサウンドで、中低域のゆったりとした密度感が心地良い。高域の艶やかさもハイエンドらしい表現力で、惚れ惚れする音だ。トランジェントの良さも光るが、ハイスピードさを強調するような、軽い、スカスカした音ではなく、音に実体感がありつつ、歯切れが良く、かといって乾いた描写にならない絶妙なバランスのサウンドになっている。

 248,400円と高価なモデルなので高音質なのは当たり前ではあるが、手が届く、届かないは別として、多くの人に一度体験して欲しいサウンド。平面駆動型モデルを既にいろいろ聴いているというマニアな人も、唸るクオリティのハズだ。

 密閉型の「ETHER C」も、音の傾向としては同じだが、ハウジングのカーボンの響きがわずかに感じられ、ETHERと比べると硬めのクールな音調で面白い。付帯音の少ない、とにかくナチュラルさを求めるのであれば、ETHERの方が優れていると個人的には感じた。

(山崎健太郎)