レビュー

64bit補正やシネマDSP HD3が14万円から、ヤマハ“攻め”のAVアンプAVENTAGE

 今年のAVアンプで、個人的に最も注目モデルと思っているのがヤマハの「RX-A1070」だ。ハイクラスAVアンプ「AVENTAGE」(アベンタージュ)シリーズに位置するが、価格は14万円とAVENTAGEでは比較的リーズナブル。にもかかわらず、上位機種でしか搭載されていなかった「YPAO プレシジョンEQ」と「オブジェクトオーディオ×シネマDSP HD3の重ね掛け」を実現している。

RX-A1070

 これらの機能がどう凄いのか? そして、実際の音はどのように進化しているのか。ヤマハに、話を聴き、試聴もした。結論から言うと“大盤振る舞い”と言っていい、コストパフォーマンスの良さが光る製品になっている。

RX-A1070の何が凄いのか

 実は、ここ数年のAVアンプ関連製品で、音を聴いて一番驚いたのは2015年にヤマハから発売された、AVプリアンプ「CX-A5100」(28万円)だ。

CX-A5100

 各社のAVアンプには、設置した部屋の影響などを補正する機能が搭載されている。前述の「RX-A1070」にも、付属マイクを使い、部屋固有の初期反射音を測定・最適化する「YPAO-R.S.C.」や、再生時の周波数特性が音量に応じて聴感上フラットになるようにコントロールする「YPAO Volume」が搭載されている。しかし、補正をするという事は、音声データに何らかの処理をかけることになるため、音にこだわる人にとっては音質への影響が気になるところだろう。

 「CX-A5100」では、この問題の解決策として、部屋やスピーカーなどに最適な音響補正を64bit演算で行なう「YPAO High Precision EQ」を搭載した。64bitで高精度に演算する事で、ノイズを抑え、音質の低下も抑えるというものだが、その効果は凄まじく、補正をONにして聴いても、情報量の低下がまったく感じられず、部屋に最適な音にしてくれているので音も良く聴こえる。その結果、“むしろ補正した後の音の方が、補正しないピュアダイレクトモードっぽい音に聴こえる”という、今までのAVアンプからは考えられない不思議な体験に驚いた。

 多くの人にこの驚きを体験して欲しいので、「もう少し下位モデルにも搭載されないかな」と期待していたところ、これと同種の64bit処理技術「YPAO プレシジョンEQ」が、昨年発売のAVアンプ上位モデル「RX-A3060」(27万円)に搭載された。さらに、今年の新製品では27万円の9.2ch「RX-A3070」から、20万円の9.2ch「RX-A2070」、さらには14万円の7.1ch「RX-A1070」にまで、この「YPAO プレシジョンEQ」が搭載され、一気に身近になった。特に10万円台前半のA1070で利用できるのは嬉しいポイントだ。

RX-A2070
RX-A3070

 同じように、これまで上位機種のみでしか使えなかった音場プログラム「シネマDSP HD3」も、A1070まで利用可能に。さらに、Dolby Atmos、DTS:Xのオブジェクトオーディオに、シネマDSP HD3を“重ね掛け”する事も、A1070/A2070/A3070全てで可能になった。'16年モデルのA1060は、反射音の本数が少ない「シネマDSP<3Dモード>」までしか使えず、またAtmos、DTS:X音声の作品を再生する際、ストレートデコードは可能だったが、シネマDSPは併用できず、排他利用になっていたのだ。

 先程A1070を“大盤振る舞い”と書いたのは、こうした上位機の機能が、一気に盛り込まれているからだ。

 実現が可能になった理由を、ヤマハ株式会社 音響開発統括部AV開発部ソフトグループでシネマDSPを担当する藤澤森茂氏は「処理能力の向上」と説明する。「RX-A3070、RX-A2070、RX-A1070は、全モデルで同じDSPチップを3基搭載しました。特にA1070は、前モデルのA1060が2基でしたので、それが3基になり、大幅に処理能力が向上しています。これにより、“重ね掛け”が可能になり、シネマDSP HD3も処理できるので、そこまで一緒に対応しました」と説明する。

ヤマハ株式会社 音響開発統括部AV開発部ソフトグループでシネマDSPを担当する藤澤森茂氏

 64bit処理で補正する「YPAO プレシジョンEQ」も同様だ。「アルゴリズムを含め、昨年の上位モデルRX-A3060で搭載していたものを、そのままA3070/A2070/A1070が継承していると考えていただいて構いません」(藤澤氏)。

 ちょっと気になるのはAVプリ「CX-A5100」に搭載された「YPAO High Precision EQ」と、今回の3モデルの「YPAO プレシジョンEQ」は、微妙に名前が違う点。実は両者の基本は同じで、どちらも64bitで処理するのだが、処理し終えたデータをDACに入力する際、DAC側の対応の違いにより、A5100の「YPAO High Precision EQ」は64bitデータを32bitにしてDAC入力、3モデルの「YPAO プレシジョンEQ」では、DACの関係で24bitにしてから入力している。逆に言えば、違いはその程度だ。

 実際にYPAO プレシジョンEQのON/OFFで聴き比べたが、ONにすると、ステージの奥行きが広がり、低域の描写がより微細になる。1つ1つの音の輪郭が深く、全体として非常に味わい深い音になる。それでいて、ボーカルの口の開閉の吐息や質感など、音の生々しさ、ダイレクト感はONにしても低下しない。ONの状態でも、情報量や鮮度が落ちた感覚はまったく無く、空間描写はむしろ向上する。演算処理をしているはずなのに、ピュアダイレクトの音より、YPAO プレシジョンEQ処理した音の方が“ピュアダイレクトっぽい"と感じる。CX-A5100で感じたあの驚きが、A1070でもしっかり味わえてニヤニヤしてしまう。

とにかく“ピュアダイレクト”が一番良い! と思いがちだが、YPAO プレシジョンEQを使うと「いや、そうではないな……」と思えてくる

 なお、3機種が搭載するDACはいずれもESS社製で、A1070が24bit DACの「9006AS」×1基、A2070は「9006AS」を2基搭載。A3070は、最新の「ES9026PRO」を新たに採用しており、深い音の静寂性や、微小信号の忠実な再現性が向上しているそうだ。さらに「9006AS」も搭載。ロームと共同開発した高精度電子ボリューム、ルビコンとコラボして専用に音質調整されたオリジナル PML(薄膜高分子積層)コンデンサなど、上位機らしく、よりリッチに高音質パーツが投入されている。

新4音場で、エンタメ系音場プログラムも新世代に進化

 3機種とも当然、オブジェクトオーディオフォーマットのDolby Atmos、DTS:Xのデコードが可能だ。そしてこれらに、ヤマハAVアンプの醍醐味と言える音場プログラムのシネマDSP HD3を“重ね掛け”できる。音場プログラムは、計24種類用意されている。

 その音場プログラムも進化している。従来のA3060には、「シネマDSP」誕生30周年を記念して新たに作られた音場プログラム「Enhanced」が搭載された事が話題となったが、その技術を、エンターテイメント系の5プログラムにも適用し、「Sports」、「Music Video」、「Recital/Opera」、「Action Game」、「Roleplaying Game」が刷新された。

 どのように刷新されたのか、キーワードは「4音場の分け方」だ。シアタールームを上から見下ろした図を想像して欲しい。藤澤氏によれば、従来のシネマDSPでは、部屋の音場を処理する際に、スクリーンがある前方に1つの音場を、そして後方空間を3つの音場に分けて処理していた。後方の音場の分け方が細かいのは、「後ろの広がり感を描き分けるため」だという。そして前が1つなのは、「映画に集中して見たい時に、スクリーンの奥行き感などを音で再現する際、1音場の方が良い効果が得られます。作品に没頭するためには、前に落ち着いた音場が1つあるのは、凄く重要な事なのです」という。

 しかし、Dolby Atmos/DTS:Xの登場で、音像がシアターの中を飛び回り、シートが動く4DXのような、よりアグレッシブに音が移動するアトラクション的な映画も増えてきた。そうした新しいタイプの映画に最適なアルゴリズムとして開発されたのが「Enhanced」。大画面でマルチトップスピーカーを備えた映画館をイメージして作られた音場で、空間いっぱいに音が降り注ぎ、音の動きをダイナミックに描けるプログラムだ。このEnhancedは、音場を右前、右後ろ、左前、左後ろに分割して処理する。4音場で処理するのは変わらないのだが、“分け方”が違うのだ。

従来の音場が左、新しい分け方が右。前方の音場を2つに分けて処理しているのが特徴だ

 図を見るとわかるが、Enhancedの分け方では、前方中央にある音場が2つに別れるので、左右の動きが表現しやすくなり、音がアグレッシブに動くコンテンツに最適というわけだ。

 「前方中央が1音場の場合、L側とR側に入っている信号をダウンミックスして、その音がセンター方向から出た際の反射音を生成します。この場合、右にある楽器の音も中心から、左の楽器の音も中心から出て、その音が音場でどう響くかを再現します。一方のEnhancedでは、L側とR側にそれぞれ音場を割り当てたアルゴリズムですので、楽器の反射音がL/R分離します。その結果、センターボーカルに楽器の音がかぶらずにクリアに聴こえたり、スポーツ番組などで使っても、ナレーションの実況が前にあって、その後方にスタジアムの歓声が広がる……というような表現でも高い効果が得られました。その時に“この技術は他の音場プログラムでも使えるな”と直感したのです」。

 藤澤氏は、Enhancedの開発で培った“新4音場処理”を使い、前述の「Sports」、「Music Video」、「Recital/Opera」、「Action Game」、「Roleplaying Game」の5プログラムを、より現在の音楽やゲームにマッチするよう進化させた。しかし、実際の開発は“ブラッシュアップ”というより“ほぼ作り直し”に近いほど難しいものだったようだ。

 「今までのプログラムを超える臨場感を出すため、作っては試聴して、の繰り返しです。ある程度できた段階で、そのプログラムが目指す音を説明した上でハード担当の加藤などに聴いてもらうんです。そこでドラムの押し出しがもっと欲しいとか、ボーカルの艶が欲しいだとか、繋がりはいいけど奥行き感が今ひとつなど、指摘をしてもらいます。その1つ1つを、自分の中で調整のパラメータに置き換え、ここのフィルタやあそこのゲインを変えてみようと、やり直します。同じシーンをひたすら繰り返し再生して、パラメータを変え、ある程度聴いたら次のコンテンツで……それが5個もあるので本当に大変でした。一番苦労したのはMusic Videoですね」(藤澤氏)。

 “良い感じの音場”を追求していくと5プログラムが似てきてしまったりしないのだろうか? 藤澤氏は「それ1つあればOKという、全てを満たす音場というのは無いのです」と笑う。「例えばRecital/Operaでは、ボーカルを引き立たせるために、縦方向に奥行き感が重要になります。逆に、Music Videoではバンドのように、複数の楽器がステージにワイドに広がる様子が大切です」。

 加藤氏も「各プログラムが目指す音のコンセプトが大事」と頷く。「それが無いと、全部のプログラムが“なんかいいよね”で終わってしまいます(笑)。そのコンテンツに最適になるよう、Recital/Operaは縦方向、Music Videoは横に空間の表現ができているかを試聴で確認し、完成度を上げていきました」。

Recital/Operaを聴いてみる

 実際に聴き比べたが、これが面白い。ホールの中央でピアノを弾くレディー・ガガに、Recital/Operaを適用すると、ガガの音像がスクリーンから浮き上がる。立体的に聴こえるようになるため、ガガの後ろの空間にも意識が向くようになり、ホールの広さが実感できる。

Music Videoを聴いてみる

 Music Videoを選ぶと、ライヴを聴いている自分の席が、最前列にワープ。かぶりつきでガガの歌を聴いているような感じで、彼女の声や気配が眼前に、横方向にグワッと広がる。そのため、Recital/Operaの時のように、彼女の後ろの空間には意識が向かなくなる。

 ポール・マッカートニーの「I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter」はスタジオ録音の曲だが、Music Videoで聴くと、楽器が横に展開し、ライブステージを観ているような感覚になる。Recital/Operaを使うと、縦方向にグワッと奥行きが出て、ポールのボーカルが印象に残るが、他の楽器は脇役に回る。魔法のようで面白い。

Music Video

 シネマDSPの良いところは、このようなプログラムを適用しても、さも音をいじったような、不自然なサウンドにならない事だ。元の音源には手を加えず、音源の成分から生まれた初期反射音を作り出して加算しているので、コンテンツに収録された雰囲気を残したまま音場生成ができるというわけだ。初期反射音とは、その名の通り、出力された音が部屋の壁などにあたり、反射して戻ってくる“最初の反射音の群”。その後ろに長く続くのが、いわゆる“残響音”だ。

 藤澤氏は、その反射音をシミュレートするホールのデータにもこだわりがあると言う。「“データ上の理想の音場”を作り、それを再現していると思われがちなのですが、我々は実在するホールのデータを使っています。理想のホールをプログラミングだけで作り、聴いてみると、自然な音に感じられず、ヤマハの目指す音とは異なってしまいます。リアルな場所の響きを組み合わせ、不規則性みたいなものを持たせる事で、より自然な音になります」。

 また、反射音や残響音だけでなく、“音作り”も重要になってくる。藤澤氏によれば、Action GameとRoleplaying Gameは、使っているデータは同じで、音作りでパラメータを変えているという。「Action Gameはとにかく前方が盛り上がるように、Roleplaying Gameはフラットで繋がりの良いサウンドになっています。シネマDSPは、例えるなら“コーヒー豆のブレンド”のようなものです。豆を持ってきて、ブレンドする比率、そしてローストの違いでも味が変わってきます」。

 【新4音場を使ったプログラムの特徴】

  • Enhanced
    シネマDSP 30周年を機に開発。大画面・マルチトップスピーカーを備えた映画館をイメージした音場。視界を覆う大画面と共に、空間いっぱいに音が降り注ぐイメージ。全方向に均一な空間が広がる
  • Sports
    ナレーション、解説の明瞭度が向上。野球やサッカーでは応援の盛り上がり感がワイドに、フィギュアスケートではBGMの広がりとスケート音のキレの良さ、スキージャンプでは観客の歓声が盛り上がり、ジャンプ音も際立つ
  • Music Video
    各楽器の定位感、粒立ちが向上し、リズミカルな音場に。Recital/Operaよりも広がりと熱気がある
  • Recital/Opera
    ボーカルがグッと前に出て、リアルさが際立つ。Music Videoよりもさらに奥行きがある音場
  • Action Game
    効果音やBGMの躍動感がアップ。Roleplaying Gameと比べて立体的な空間で、盛り上がる音場
  • Roleplaying Game
    効果音やキャラクターのセリフ、BGMの分離が向上。効果音の移動感、BGMのステレオ感、抑揚もアップ。Action Gameと比べて、全方向に均一に広がる空間

 こうしたエンタメ系のプログラムで使った“新4音場”技術。それ以外のプログラムにも広げていくのだろうか?「エンタメ系のプログラムには、動きやアトラクティブな表現が得意な処理である“新4音場”が上手くハマったと言えます。しかし、映画向けの、スクリーンに没頭するプログラムは、従来の音場処理の方がマッチしますね。ですから、両方必要なのだと思います。スクリーンに集中したい映画は従来の音場処理で、オブジェクトオーディオを基に作られた映画は、新しい音場処理の方が適している事が多いと思います」(藤澤氏)。

Recital/Opera

チューニングで大切なのは「聴き疲れしない事」

 YPAO プレシジョンEQや、シネマDSP HD3といった信号処理系だけで終わらないのがAVアンプだ。やはりアンプとしての基本的な音質の高さや、ドライブ力が無ければ、強力な信号処理性能も宝の持ち腐れになってしまう。RX-A3070とRX-A1070のハードウェア面での音質調整を担当した、音響開発統括部AV開発部電気グループの加藤尚幸氏によれば、開発は「前モデルの改善ポイントを探すところから始まる」という。

ヤマハ株式会社 音響開発統括部AV開発部電気グループの加藤尚幸氏

 「例えばA1070の場合、前モデルのA1060も音のクオリティは非常に高いので、改善案を探すのも難しいのですが(笑)、聴いていくと、どこか荒々しいというか、やんちゃなところがあったので、それを繊細に、分解能を高める感じに調整していきました。今回はコンセプトとして、ボーカルが良いとか、低音がクッキリしているなど、“言葉で良さをハッキリ言えるような音作り”を目指しました」(加藤氏)。

 「具体的にはGNDループの見直しや、線材整形の確認、水晶発振器をより高精度な低位相ノイズ品に変更し、ジッタを低減するなどです。大きな変更点としては、DACのデジタルフィルタを変えました。従来はシャープロールオフでしたが、ヤマハが設計したオリジナルのショートレイテンシーフィルタを使っています。AVプリのCX-A5100で採用したものですが、それをA3070/A2070/A1070まで一気に持ってきました。A5100とA3070では、ユーザーが3種類から選択できますが、A2070/A1070ではショートレイテンシー固定になっています。音がクッキリして鮮明さがまして、立ち上がりも早くなり、ハッキリと聴きやすい音になります。高域に高級感や温かみが出るのも特徴ですね。先程のA1070で申し上げた音の方向性とも、マッチしたと考えています」。

 「A3070の開発も手強かったです。というのも、前のA3060がとても音の良いアンプですので、A3070でどういう方向を目指すべきかをじっくり考えました。A3060は、皆様からの評価も高かったですが、どちらかというと女性っぽいというか、艶のある音なのです。そこで、A3070では男性的にドッシリかつハッキリとしたサウンドを目指しました。また、DACを最新のES9026PROに変更したので、そのSN感が良くなった部分も活かしています。進化した部分がハッキリとわかるけれど、それが目立ってうるさく感じないように……という部分を意識しました」(加藤氏)。

A3070は、最新の「ES9026PRO」を新たに採用した

 コンデンサなどの内部パーツだけではない。インシュレータ、つまり脚部の変更も音に大きな影響がある。A1070とA2070の脚部には、新開発のアンチレゾナンスレッグを採用。直線と曲線状の補強を組み合わせ、強度と制振性を高めたものだ。

A1070とA2070の脚部には、新開発のアンチレゾナンスレッグを採用。直線と曲線状の補強を組み合わせ、強度と制振性を高めている

 「レッグは機構担当者が開発したものですが、細かな測定を繰り返し、何パターンも形状を作り、試聴を繰り返しながら、現在の形に決まったものです。音の変化の方向が、今回のAVアンプで目指した“ハッキリとわかりやすい音”とマッチしていたので採用を決めました。A3070では、底板を二重にしたダブルボトム構造と鉄製のレッグを使っています」。

 こうしたチューニングで大切にしているポイントを、加藤氏は「聴き疲れしない事」と語る。「例えば、分解能や透明感をアップして、ベースをハッキリさせようとします。特定の曲やシーンの一部を聴きながらある程度チューニングしたところで、最後に必ず、ライブや映画などを30分や1時間、通して鑑賞します。短い時間の試聴で良いと思っていても、長い時間聴くと、煩く、耳が痛く感じられたり……といった事が起こります。実際お客様は長時間利用されるわけですから、チューニングとしては適していません。つまり“聴き疲れしない事”が大切なのです」。

 すると藤澤氏も「DSP処理の開発も一緒です」と続ける。「短いシーンで効果をテストして“いいじゃん!”と思っていても、映画を1本観ると疲れちゃうんです。夕方から夜になって、調整を進めるうちにテンションが上がり“これだ!”と思った音が、翌日の朝に聴き直したら“昨日の俺、なにやってんだ”という事もよくあります(笑)。ただ、一度行き過ぎるというか、振り切ってみないと、“ちょうどいいトコロ”がわからないという面もありますね」。

 さらに加藤氏は、チューニングの順番も大切だという。「A、B、C、Dと手を加える場所があった時に、Aを変更してからBを変更した時と、Bを先に変更してからAを変更した音は違っています。ですので、変化が大きい部分から先に手を加えて、あとは微調整していく……ような順序でやらないと、右往左往してしまうのです。今回のチューニングでは、DACのフィルタや脚部など、変化の大きな部分を選び、あとは細かなチューニングで音を追い込んでいきました。どこを変えれば音がどう変化するのか、それは今までの開発で培ったノウハウが最も活きる部分です」。

3機種の音を聴き比べてみる

 まずは、コストパフォーマンスの面で注目の7.1ch「RX-A1070」を聴いてみよう。前モデルのA1060と比べると、高音がどうの、低音がどうのというレベルではなく、音場の広さから、そこに定位する音像の明瞭さ、そしてズシンと響く低域の深さまで、大幅にレベルアップしているのがわかる。とても10万円台前半のAVアンプとは思えない。もっと上の、20万円以上の製品と言われても頷いてしまうサウンドだ。

 先程のYPAO プレシジョンEQや、シネマDSP HD3のプログラム試聴も、このA1070で行なったが、基本的な音質が高いので、細かな音場の変化、音像の位置の違いなどがとてもクリアにわかる。従来モデルから大幅に機能も強化されたが、そうした機能の効果を実感しやすいモデルになっているとも言えるだろう。

 A2070に切り替えると、全体に余裕が出てくる。特にわかりやすいのは低域だ。A1070も十分に深く、音圧豊かな低音が出ているが、A2070ではドッシリとした重厚感がアップし、安定感というか、ある種の“余裕”が感じられるようになる。高域も、スッキリとクリアな描写に、艶やかさがプラスされ、質感描写が豊かになる。大人っぽいというか、やはりワンランク上のモデルだと感じさせる部分だ。

 逆に言えば、A1070は、A2070にかなり迫ろうと頑張っている、意欲的な音になっている。予算が許せばそれは上位モデルの方が良いが、14万円のA1070も、価格を越えた満足度があるのは間違いない。

 A3070のサウンドは、新たに搭載したDAC「ES9026PRO」の威力が良く分かる。下位モデルと比べるとSN比が良く、音場の広さや、その空間の見通しが良い。声や楽器の余韻が消えるかすかな音までよく見える。低域のドライブ力も、流石は上位モデルというパワーで、音圧豊かなベースがズバッと出て、スッと消える、トランジェントの良さを見せつける。中低域の音圧も、腹に響くパワフルさだ。キリッとした静粛で微細な描写と、力強さを兼ね備えており、上位モデルらしい貫禄だ。

オブジェクトオーディオ時代の定番AVアンプに

 AVアンプのような大型の製品は、一度買ったら長く使うものだ。それゆえ、AtmosやDTS:XのオブジェクトオーディオやUHD Blu-rayが登場しても、すぐには買い換えず、「これなら長い間使いたい」と思える製品になるまで、AVアンプ側の進化を待っていたという人も多いだろう。

 そういった面で、今回のRX-A1070、A2070、A3070は、AtmosやDTS:Xのデコード、ヤマハAVアンプの醍醐味と言えるシネマDSP HD3を“重ね掛け”ができ、待っていた人には魅力的なモデルになっているハズだ。オブジェクトオーディオにマッチし、同時に、ゲームやスポーツ、音楽など、様々なソースで活用できる音場プログラムの進化も、シネマDSP HD3をより“使い手”のあるものにするだろう。

 個人的には「YPAO プレシジョンEQ」が搭載されているだけでも、A1070/2070/3070はどれもが魅力的だ。AVアンプは、環境や好みに合わせて音を補正するのが醍醐味だが、音の鮮度を気にせず、晴れやかな気持ちでそうした機能が利用できるようになるので、その効果をぜひ一度体験して欲しい。AVアンプという製品自体へのイメージが変わるくらいのインパクトがある。

 7.1chのA1070、9.2chのA2070、そしてA3070も9.2chだが、11.2chプリアウトも備えているので、外部パワーアンプ2chと組み合わせて、7.2.4ch構成にも対応できる。このあたりは予算やスピーカー構成で選びたいところだが、いずれのモデルも価格帯を越えたポテンシャルを備えている。特にA1070のコストパフォーマンスの高さは見逃せない。今年のAVENTAGEは、かなり“攻めて”いる。

(協力:ヤマハ)

山崎健太郎