本田雅一のAVTrends |
各社が狙うコンテンツ流通のクラウド化
Amazon、ソニーらが狙う“iTunes以降”の世界
Amazon Cloud Player |
Amazonがスタートさせた「Amazon Cloud Player」が、このところ水面下での競合が活発化していた“コンテンツ流通のクラウド化”とも絡んで議論を活発化している。と、いきなり書き始めると何の事やらわからないかもしれないが、これはデジタルAVの世界ではとても重要なテーマになってきている。
Amazon Cloud Playerは、ネットワークストレージサービスに保管した音楽を、インターネット経由で(もちろん転送は暗号化している)再生するプレーヤーで、WebブラウザおよびAndroidで動作するバージョンが公開されている。ネットワークストレージにはAmazonが提供しているAmazon Cloud Driveを利用する。
このアイディアそのものは目新しいものではなく、過去にも挑戦した事業者はある。プライベートなエリアに音楽を保存し、パスワードなどで保護し暗号化した安全な方法でプレーヤから読み込めば大丈夫という主張は、おそらく米国では合法だ。ただし、日本では類似するサービスで訴訟になった例もあり、おそらく大きな問題になる可能性が高い。
いつもなら、“そんな便利なアイディアは絶対やるべき”程度の議論にしかならないだろう。しかし、今回の話題は少しだけ違う。実は類似するアイディアを各社抱え、どう思惑が交錯していくのか、混沌とした部分もある。
■ 端末縛りのデジタル配信はもう古い
Amazonの話はひとまず置いておき、デジタル配信の大まかなトレンドについて話をしておきたい。以下、話をシンプルにするため音楽だけに絞るが、業界構造などの事情を除けば、基本的な考え方は動画でも同じだ。
'90年代半ばからなし崩し的に拡がったデジタル音楽のインターネットでの流通(当初は違法行為ばかりだったが)が、やっと世界中でのコンセンサスを得て、デジタル配信がビジネスとして成立したのはアップルのiTunes Store(2003年のサービススタート時はiTunes Music Store)の功績が大きい。
ソニーなど家電メーカーは、律儀に頒布権を持つ音楽レーベルと交渉し、レーベルが設定する厳しい著作権管理ルールを課せられたが、アップルはレーベルを飛ばしてアーティストにアプローチした。すでにiPodの下地があった上、予算を投入して音楽を自社買いすることで急速に市場を立ち上げ、最初は渋っていたレーベルも味方につけた。
その経緯はともかく、デジタル配信においてアップルは現時点で明らかな王者である。現在、北米などではDRMなしの楽曲が主流になってきているとはいえ、iTunesを中心にした配信サービスとソフトウェア、プレーヤーの統合環境は、それだけで他システムへの乗り換えを阻む要因になっている。
アップル以外のメーカーは、このエコシステムの中に入れない。もちろん、CDからのリッピングや他配信サービスもあり、iTunesのライブラリから音楽を転送するツールを提供するメーカーもあるなど、必ずしも独占状態とは言わないが、まともにアップルとやりあって、音楽のデジタル配信でナンバーワンになろうとは、誰も思っていないのが現状だろう。
しかし、デジタル配信と端末を結びつけてビジネスの基礎とする考え方は、徐々に古くなりつつある。音楽をダウンロードして各々がライブラリを管理するのではなく、自分が聴いても良い楽曲のリスト(購入してる、あるいはレンタルしてる曲のリスト)をクラウドの中に持ち、パソコンなどのホストを持たずに音楽を楽しめるようにするという考え方が生まれてきた。
いわばメディアライブラリのクラウド化だ。メディアライブラリの考え方は主に二つある。ひとつは自分が持っている楽曲のリストを管理し、パソコン上で音楽を管理するのと同じように使えるようにすること。もうひとつは、何らかの枠組みの中で毎月の料金を支払い、契約が有効な期間のみ、その枠組みに収まる音楽を好きなだけ聴ける”購読型”のサービスだ。
Music Unlimited powered by Qriocity |
いずれの場合も音楽データ自身は、一楽曲あたりひとつしかサーバー上に置く必要がないので、サービスを行なうためのコストは抑えることができる。ユーザーが購入・管理するのは、あくまでも聴くための権利だ。
ソニーは後者を特に狙っており、Music Unlimitedをキュリオシティ(Qriocity)の一部として提供を開始している。ソニーは楽曲のムード解析や自動プレイリスト生成などのノウハウを持ち、多様な音楽を楽しむためのデバイスを販売している。今後、ソニー製の様々な機器で楽しめるようになる他、他社にも同サービスの利用を可能にしていくつもりのようだ。
■ 異なる各社の思惑
ソニーがコンテンツをクラウド化したい理由は、ハードウェアとコンテンツのビジネスを切り離し、以前のようにハードウェアはハードウェアの、コンテンツはコンテンツの、それぞれのビジネスの枠組みの中で競争したいからだ。購読型のMusic Unlimitedならば、コンテンツとハードウェアの切り離しが容易だ。
切り離した上で、たとえばプレイステーション・ポータブル(PSP)やパソコンなど、他デバイスでも同じ音楽を聴ければ、エコシステムによる囲い込みを打破できる。さらにクラウド型のコンテンツ管理を発展させるなら、楽曲の購入情報を異なる配信ポータル間で共有する考え方へも発展できる(これはDigital Entertainment Content Ecosystemによるウルトラバイオレットなどの考え方に近い)。
やり方は多様だが、コンテンツとメーカーが直接密に結びつきやすいダウンロード販売から、購読型や購入情報管理型のデジタル配信へと軸足を移し、ソニー本来のハードウェアの差異化によるビジネスに集中したいとの想いが見える。
もちろん、コンテンツの流通システムに縛られない競争環境が実現できたとして、必ずしもソニーが一番になれるわけではないだろうが、それ以前に競争関係を築く事が今は肝要ということなのだ。
一方、具体的なサービスの姿は見えていないものの、グーグルやアップルも、クラウド上でメディアライブラリを管理するモデルを考えているとの、もっぱらの噂だ。グーグルはAndroidと連携する何らかのサービスを考えているのだろうが、アップルはすでに支配的な地位にあるiTunes Storeの使い勝手を強化する目的で、クラウド化を行なうと考えるのが妥当だ。
その準備のためだろうか。すでにアップルは1年以上前に購読型音楽配信サービスのLalaを買収している。Lalaそのものは注目に値する実績を残していない。オンラインストレージに保存したデジタル音楽をストリーミングで再生できるだけだが、ここにアップルのGeniusプレイリストやiTunes/iPodの哲学が持ち込まれれば、良い化学反応が得られる可能性は高いだろう。
これまでアップルは、iOS搭載デバイスをあくまでパソコンのコンパニオン機器として扱ってきた。しかし、すでにiOS搭載デバイスはパソコン的役割を単独で果たすようになってきている。たとえば将来のiPadが、パソコンから独立した存在になっても、筆者は驚かない。iOS搭載デバイスがパソコンから独立するためには、iTunesの役割がまるごとネット上に引っ越す必要がある。
もちろん、iTunesを捨てるという意味ではない。クラウドとパソコンと端末。三つのレイヤで同じライブラリを管理可能にすることで、ユーザーに現在管理しているコンテンツライブラリが将来にわたっても利便性を維持したまま使い続けられるというメッセージを出すことができる。ここが重要なポイントだろう。
しかし、ユーザーが持っている楽曲は、デジタル配信されたデータばかりではない。ではどうするか? という問いへの答の一例がAmazon Cloud Playerだ。
■ Amazonが狙うのはどこ?
Amazon Cloud Drive |
日本のAmazonは音楽データの配信事業をほんの僅かしか行なっていないが、米国ではMP3ファイルのダウンロード販売に本格的に取り組んでいる。通常はパソコンにダウンロードだけでなく、Amazon Cloud Driveに直接ダウンロードすることもできる。ここでは“ダウンロード”と表現したが、実際にはなんらデータは転送されない。購入したMP3へのポインタが記録されるだけで、当然ながら利用可能な容量も減らない。
つまり、所有している楽曲は守られたセキュリティの高い領域にユーザー自身にアップロードしてもらい、Amazonで購入した楽曲は“購入した印”を付けておくというスタイルだ。
現在のところ、Webブラウザからの再生はストリーミングによるものだが、Android用のAmazon Cloud Playerは、楽曲をローカルストレージに同期し、オフラインでも再生することができるという(日本からは利用できないため、この点は伝聞である)。
Amazonはこのサービスによって、“オンライン音楽販売店”としての地位を固め、プレーヤのメーカーは自由にこのライブラリにアクセスできる……となれば美しいのだろうが、現時点ではそうはなっていない。Amazon Cloud Driveの楽曲を再生できるのは、今のところAmazon Cloud Playerのみだ。
Amazon Cloud Driveは初期無料分やボーナス分を除き、ユーザーは容量を購入する必要がある。「リッピングした楽曲を使うなら、まずは容量を購入してください。もしAmazonから買ったものなら、保管料金はいりません(実際に容量も使わない)」ということで、こちらのビジネスモデルは議論の余地がない。
一方、Amazonからのデジタル配信に関しては、デジタル配信事業そのもので利益を得たいと考え、プレーヤーは配信事業を成立させるための道具として考えている。
これは電子ブックリーダーの「Kindle」の事業と考え方としては似ている。Kindleのハードウェアは決して赤字ではないが、ギリギリまで価格を下げている。同時に無償でパソコンやiOS端末、Android端末などで、Kindleのコンテンツを同期し、読めるようにしている。複数端末にまたがって読んだ場合には、読んでいるページ位置まで連携してくれる。Kindleは電子書籍端末のブランドというよりも、電子書籍をめぐるシステム全体の名前と言った方がいい。Amazonにしてみれば、それによって本が売れることが大切なのだ。
Amazon Cloud Playerに関しても、基本的な姿勢は同じだと考えられる。今はWebブラウザとAndroid端末だが、もし審査を通過するならiOS版も用意するだろう。携帯型音楽プレーヤーのユーザーは、今後はスマートフォンにどんどん移行すると考えられるため、Amazonが専用プレーヤーを開発する可能性は低いと思う。
なおAmazonがAmazon Cloud Playerをライセンスする確率も、やはり低いのではないだろうか。ネットワーク接続が前提とするならば、音楽プレーヤーでもかなり高級、高機能な製品が前提になる。そうした製品はAndroidをベースに開発したものが増えるだろうことを考えると、Androidのアプリケーションを提供すれば、プレーヤーの母数を増やすという目的は達成できるからだ。
■ 日本の著作権利者は頭のリフレッシュを
さて、日本市場ではMusic UnlimitedもAmazon Cloud Playerもサービスが行なわれていない。どちらも、日本でのサービス開始の目処さえ立っていない。音楽著作権を管理する側が、それをまだ認めていないためだ。
しかし時代が変化していることは、誰もが感じ取っているのではないだろうか。残念ながら音楽のデジタル配信において、日本はあまり良い事例を残すことができなかった。結局、あれほど導入時に抵抗の強かったiTunes Storeが、音楽デジタル配信の中で圧倒的な存在になっていることを踏まえ、スマートフォンとクラウドの時代に備えなければならない。
Amazon Cloud Playerのような考え方は、日本では公衆送信権の問題にかかってくると考えられる。しかし、ここはひとつ頭をリフレッシュすべきではないだろうか。Amazon、ソニー、アップル、グーグル。おそらくマイクロソフトも、こうしたトレンドに関わってくるだろう。
デジタルコンテンツの流通が物理的なメディアからデジタル配信へ、それもダウンロードからクラウドへと移り変わっていく流れは止められない。問題がセキュリティだけであるなら解決策はある。原理原則も重要だが、“流通の制限”を強めれば、その分野の市場が縮むのは自明だろう。コンテンツをどう制限するかではなく、どのように市場を作りながらネットに対して解放するかを考えなければならない。