本田雅一のAVTrends

近頃、ラウドネスツールが流行る理由

-米国のCM音量規制からTVCM音量の適正化へ




 4月にマイクロソフトの開発者向け会議を取材するためにラスベガスに赴くと、そこでは同期間にNAB 2011が開催されていた。どうりでホテルが高いわけだ。小さくなったとはいえ、放送機器を展示するNABはラスベガスでも指折りの大きなトレードショウである。放送機器展というだけあって、映像の未来を思わせる展示もたくさんあるが、筆者は一度も訪れたことがなかった。

 ひとつには放送の未来と趣味として楽しむ映像の未来が、必ずしも一致しないということもある。とはいえ、たとえば今年のNABでソニーがシネアルタシリーズにスーパー35サイズのセンサーを採用する4Kカメラ「F65」のとそのデモ映像を公開していたように、AVファンにとっても未来を感じさせる興味深い展示も存在する。

 ソニーと言えば、有機ELディスプレイを用いた業務用マスターモニターの展示も、やはり“凄まじい”高画質だった。F65が幅広く使われるようになるまでには時間がかかるだろうが、これらの圧倒的な良さを感じさせる製品が、将来は民生用にも応用されるかもしれないと思うと心躍らされる。

ソニーの4Kカメラ「F65」有機ELマスターモニター「BVM-E250」

 と書き出したが、何もNABの話をしようというのではない。NABでキャッチアップしていたキーワードを拾うため、日本に戻ってからドルビー・ラボラトリーズに追加取材を行なったのだ。主なテーマは映像ではなく音。今年のNABでラウドネスツールが注目を浴びていたのだ。ではラウドネスツールとは、いったいどんなことに使うもので、我々エンドユーザーにどんな影響があるのだろうか。

 今回はそんな話を進めていきたい。

 


■ “ウルサイCMはまかりならん”法が施行に

 ラウドネスと言えば、40歳以上の方ならばオーディオ機器によくついていた「音量は小さいけれど、大きくして聴いた時と同じようなバランスに聞こえる機能」と、ちょっと長いがそんな機能を思い出すかもしれないし、あるいは日本のメタルバンドの草分けを思い出すかもしれない。が、本来は“音の大きさの度合い”の事をラウドネスという。

 昨年、米国ではCALM法(商業広告音量軽減法案)が通過した。この法律は日本語名を見ればわかるとおり、テレビコマーシャルの音量がうるさくなりすぎる事を規制するものだ。

 日本でもしばしば問題になることがあるが、テレビ番組よりもCMの方が音が大きくなるよう調整されている。コマーシャルの音を目立たせることで、広告効果をより高めるのが狙い……と言われているが、実際にはコマーシャルの音量がテレビ番組並であっても、その効果は変わらないという研究もあり、学術的な意味での真偽の程は怪しい。

 しかし、実際にコマーシャルの方が音が大きいことは明らかだ。日本の場合、それでもあまり極端な例はないのだが、米国でテレビを見ているとチャンネル間の音量差と、本編とCMの音量差があまりに大きいことに衝撃を受けるだろう。映画やドラマのセリフに合わせて適正音量に調整すると、コマーシャルが始まったとたんに爆音が……なんてこともある。これは映画の平均音量レベルが一般的に低いことも影響している。

 日本では米国ほどの音量差はあまり感じない。これは放送局側が、あまり大きなラウドネスの変化がないよう、配慮して放送しているからだ。一般的な音量メーターで、規制の範囲内に収まるよう調整して放送を行なっている。しかし、それでも音量差は依然として存在し続けている。

 それはコマーシャルを打つ広告主が、他CMよりも印象の強いものを狙っているからだ。音量“感”が小さいと、広告主はインパクトの小さなコマーシャルと言う。そこで規制の範囲内(すなわち音量メーターによる最大計測値)で、より大きく音が聞こえるよう工夫をしている。たとえば、聴感上あまり影響を与えない範囲の低域と高域をカットする。するとメーター上の音量は減るため、その分、声の帯域を中心により高い音圧を割り当てることができる。

 しかも、音量はコマーシャル全体の尺の平均で決められるから、聴かせたいポイントを意識して全体の音量バランスを整えれば、お馴染みのサウンドロゴだけ目立たせて企業名をイメージさせ、聴感上は大きく聞こえるけれど、規制の音量は軽く下回るといったチューンを行なえてしまう。

 そんなこんなで、コマーシャルの音量は悪ものにされがちなのだが、業界内でも問題だからと音量感を揃えるための取り組みは行われてきた。その歩みは速いわけではなかったが、少しずつ前へと進んできたのだ。ところが、法律で規制される事が決まり、放送機器の業界ではラウドネスの評価と調整を行なうための道具が求められるようになったということだ。

 


■ 単に揃った音量で放送されるだけ……なら単純なのだが

 法的な規制はともかく、技術的に音の量感を評価する技術は作られていた。ドルビーによると、欧州業界団体のEBUがEBU Tech.3341という技術的な枠組みのなかで、音量評価(ラウドメーターと言われる、”人が感じる音量感”を元にした評価)の手法を作っている。このEBU Tech.3341の評価手法はその後、ITUがそのまま採用(ITU1770-2)することとなり、国際標準となっている。

 日本の場合は別途、業界内でのルール(前述した音量メーターによる評価の平均値)がARIBで決められていたが、こちらもITUやEBUと同様の評価に統一されてARIB TR-B32として決められた。

 そんなわけで、NABでラウドネス制御ツールが花盛りだったのは、巨大市場である米国での法規制と業界標準、両方が決まったことで、放送局や映像製作会社がこぞって音量評価と調整のためのツールを導入せざるを得なくなったためだ。

 では、なぜドルビーに取材しているかというと、EBUの規格にはドルビーの音量評価技術が入っているから。ただし、ITUの規格ではドルビーの音量評価技術はオプション扱いになっているという。

 AVファンにはドルビーの映画向けデジタル音声技術にDN係数(ダイアローグ・ノーマライゼーション係数)というメタ情報が入っている事をご存じの方もいるだろう。これはセリフが一定の大きさで聞こえるよう調整するための係数だ。

ドルビーDP600プログラムオプティマイザー

 映画にとってセリフの音量はとても重要で、効果音が爆音になることはあっても、あるいは微かに聞こえる環境音が僅かな音量であったとしても、セリフはうるさくない程度にしっかりと耳に届かなければならない。音量はセリフを基準に合わせる。

 そうした目的から、ドルビーは音声情報からセリフを抽出し、その音量を評価するための技術をずっと前から開発してきた。

 いずれにしろ、こうした取り組みが始まれば、日米欧どこに行っても、コマーシャルの爆音に悩まされることなくテレビのボリュームを合わせることが可能になる。ドルビー自身がライセンスしているドルビーボリューム(聴感上の音量感を異なるコンテンツ感で均一にする機能)も、CALM法規制下では意味がなくなる。

 日本の場合、音量規制に違反した素材はテレビ局が納品を受け付けなくなるということなので、オペレーションミスによる音量のジャンプも起こらない(米国ではメタ情報による音量差分が記されて納品される)。

 テレビ視聴者側に立てば、この動きがとても好ましいことは間違いない。しかし、実は視聴者だけでなく放送局にとっても好ましい事は同じだという。製作サイドはそもそも、番組の雰囲気を壊したり、視聴者の気分を害す可能性のあるラウドジャンプ(音量のジャンプ)はない方がいいと考えている。

 ところが、前述したように規制の範囲内で印象づけを狙うコマーシャル製作者もあり難しさもあるようだ。もちろん、コマーシャルの販売を生業にしている民放の場合は広告や経営に携わる部門からの抵抗もある。しかし、今回ばかりは“正常化”するだろうとの期待が高まっている。

 特にコマーシャル製作者は、これまで音量メーター(VUメーター)の規制を守りながら音圧を高めることばかりに配慮してきたのに対して、BGMや効果音、それにアナウンスを含め、バランスのいい、自由度の高いコマーシャル作りが可能になるとの期待が大きい。

 実は我が家では放送を生で見ている時、コマーシャルに入るとミュートにしてしまうことも少なくない。ほとんどの番組は録画してからコマーシャルを飛ばしながら視聴している。コマーシャルは適度な休憩にもなるため、まったく見たくないわけではないが、音量差が不快なため聞いていられないというのが本音なのだ。同じように感じている人も、おそらくいるのではないだろうか。

 このように「コマーシャルはイヤなもの」という印象が定着すると、ますますコマーシャルを見なくなる。これはテレビ放送局にとってもマイナスと言える。新しい基準の下でも“ズル”をしようと思えば、できないことはない。しかし、せっかくの正常化のチャンス。“誰もが嫌だと感じないコマーシャル”になることを願いたいものだ。

 

(2011年 5月 26日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]