本田雅一のAVTrends

カンヌで体験した4K映像市場の急伸と世界的な課題

スカパー! 4K本放送はどうなる? MIPCOMレポート

 フランス・カンヌと言えば、カンヌ映画祭が開催される街として日本では知られているが、そのカンヌ映画祭が開催されるPalais des Festivalsで毎年10月に行なわれているのがMIPCOMというトレードショウだ。元々は50年ほど前に4月開催のMIPTVとして始まり、取引が活発になったことで秋にMIPCOMの開催が追加された。それがちょうど30年前。今回は30回目のMIPCOMとなる。

カンヌで開催される映像ソフトトレードショー「MIPCOM」

 ということで、MIPCOMの“映像ソフトのトレード”という側面も連載の次回でお伝えしたいと思っているが、取材する中でスカパー! が来年3月に計画している4K放送について、関係者への取材を行なうことができた。本誌読者としてはもっとも気になるテーマであろう。

 今回はスカパー!の4K放送に関連した話題をまとめると共に、ここカンヌにおける4K映像配信に関連した議論についてお伝えしたい。

どうなるスカパー!の4K本格放送

 スカパー! の4K放送に関しては、スカパーJSATホールディングスの高田真治社長が決算発表会見で放送開始を正式に発表したものの、チャンネルや料金、どの程度の画質で送信されるかなど、細かな話はまだ発表されていなかった。これは放送するための4Kコンテンツをどう確保するか。どの程度の放映権料で放映できるかといった実務的な部分で、材料が不足していたこともあるだろう。

 まず放送枠だが、3月スタート時点で2つの4Kチャンネルが用意される。放送の仕様は現在、NexTVフォーラムがChannel 4Kを送出している仕様と同一(4K、10ビット、HEVC 35Mbps)。NexTVフォーラムのChannel 4Kは、全国のCATV会社が4K対応を終えて難視聴対策としての役割を終えるまで続けられる予定のため、当面は3つの4K放送チャンネルが維持されることになる。

 4K放送を視聴するための価格が未定な点は現時点でも同じだが、現在のBSスカパー!のように「基本料だけではなく、何らかのチャンネルを契約していただいているお客様(契約者無料)」は、追加料金なしで視聴可能とする視聴方法を検討中であるという。4Kテレビを購入したなるべく多くの方に、4K放送を体験してもらうためという。

 また、もうひとつの視聴料金の考え方は、“4Kセット”などのようなパッケージ商品や“4Kチャンネル月額視聴料”といった固定額によるものではなく、番組ごとに視聴料を支払うペーパービュー(PPV)による有料放送も検討中だ。この場合は映画やドキュメンタリ、コンサートなどのプレミアムコンテンツが用意できるよう準備中という。

 とはいえ、いずれのチャンネルでも手を抜くというわけではない。4K映像の良さを実感してもらうために、高品位な画質の映像を吟味して編成を行なうという。“吟味して編成できるほど、4Kコンテンツは揃って来たのか?”という質問もしてみたが、4K撮影に対応したカメラが普及し始めたことで、4Kコンテンツの数は増えてきているという。

 MIPCOMで見た4Kコンテンツに関しては、別途筆者もスクリーニングに参加しているため、いくつかはチェック済みだが、イタリア国営テレビのRAIが制作したオペラ(LaBohem)やBBC World Wideが制作する紀行ものは出色の出来だった。オペラに関しては年間6公演のペースで4Kアーカイブを増やしていく予定だという。

 スカパー!では、そうした4Kアーカイブされた映像も含め、質の高い映像を揃えることに力を入れる。取材に対応した担当者は「4Kテレビを指名買いするユーザーは、当然に映像作品に対する期待値も高い。どちらのチャンネルを見ても、4Kの良さを感じてもらえるものを取りそろえる」と話した。

画質はさらに向上、録画ポリシーに関しては話し合いを継続

 NexTVフォーラムのChannel 4Kを何度もご覧になっている方は気付いているかもしれないが、当初、デモンストレーションを始めた頃、試験放送開始後、そして現在と順を追っていくと、徐々に画質が向上している。

 映像圧縮にHEVCという新しい技術を使っていることもあり、放送用リアルタイムエンコーダが発展途上なためだろう。実はスカパー!によると、HEVCエンコーダの継続的な高画質化開発を行なっており、35Mbpsという映像ビットレートは変化していないものの画質は確実に上昇しているという。これまでに数度の大規模なアップデートが行われており、まったく同じプラットフォームで放送されるスカパー!の4K放送も、来年3月に向けてさらにグレードアップしていくという。

 実は“理論値”で言えば、HEVCによる圧縮効率向上を見込み、もっと低いビットレートでも4K放送が可能ではないかという議論はあったそうだ。しかし、当初から理論値通りの高効率な映像圧縮が行えるはずもなく、またスポーツ放送において毎秒60フレームで破綻の少ない画質を見せるためにもベストを尽くした映像にしようと、現在の試験放送で使っているビットレートそのままのビットレートを引き継ぐことにしたとのことだ。

 一方、見えていないのが録画に関するルール。チューナはChannel 4Kが受信できるものをそのまま使えるが、チューナーメーカー各社はスカパー!の4K放送対応に関する詳細な情報を出していない(受信対応することは明らかにしている)。その理由は(メーカーの弁によると)HDD録画機能の可否について、その枠組みが決まっていないからのようだ。

 この点について質問したところ「世界中から様々なコンテンツを集めていくため、日本国内でルールを決めても世界のコンテンツ権利者が認めてくれない場合もある。どのような条件なら録画していいのか。あるいは録画は一切ダメなのか。そうした調整を各社と行ってクリアにした上で決めなければならない」と話した。ただし、これは「録画が不可能」ということではなく、あくまで番組ごとに録画の可否を切り替えるという運用になるようだ。

 まだ4K放送を楽しめる受像機が少ないことを考えれば、電波による放送ではなく、インターネットを通じた配信の方がリーズナブルではないかという議論もあるだろうが、いかに実効帯域が広い日本のインターネット回線とはいえ、音声も含めて実効40Mbps以上を途切れずに出すには難しさもある。もちろん、ビットレートを下げれば良いが、それでは4K本来の画質を担保できない。

 そうした意味でも、世界初の商用放送を充分に高い画質で開始したいというスカパー!の意気込みに期待を寄せたい。

4Kカメラの普及が拡げる4Kコンテンツの増加

 実はこのMIPCOMにやってくるまでは、本当に4Kの商用サービスを始められるだけの、質の高いコンテンツがあるのか? それを制作するモチベーションがどこにあるのか? といった疑問があった。ところが、放送枠がない(実際にはネット配信業者と日本のスカパー!ぐらいしか販売先がない)状況でも、4Kでの映像制作は始まっていた。

BBC Natural History Unitが手がけた4K作品

 たとえば、ドキュメンタリー映像で知られるBBC Natural History Unitでシニア・エグゼクティブ・プロデューサーを務めるVanessa Berlowitz氏は現在、現在、世界中の動物などを4K/50Pで記録し続けている。同プロデューサーは大ヒットしたドキュメンタリーシリーズ「Planet Earth」を製作した人物だ。

 彼女は「BBCが本格的に4K放送を始める計画は現時点ではない。しかし現在、すでに4Kのカメラがある中で4Kで記録する意味は大きい」と話す。4Kで撮影、記録し、それを作品として吐き出す際には、HD放送であったり、あるいはBlu-rayだったりとダウンコンバートされることになるが、将来、4Kでの放送やパッケージ販売が可能になったなら4Kで出せば良く、またどこかに4Kで放送したいという枠があるならば、条件に応じて外販すれば良いからだ。

 西大西洋のオルカ、森の中に住むナマケモノ、山岳部に住むスノー・レパード、イナゴの大群、ニューヨークで小鳥を補食するハヤブサ、獰猛な牙を見せるホオジロザメなど、多様な4Kクリップが紹介されたが、ハイスピードモードで撮影されてスロー映像に仕立てられたものなど、凄まじい迫力とリアリティだ。

 MIPCOMにおける4Kスクリーニング(上映)は、会場内でもっとも小さな着席で50名分、立ち見含めて90〜100人程度のシアターで行なわれたが、BBCのセッションだけでなく、最初の二日間は満室で入れない人が多かったほどの人気を集めていた。その会場で使われていたプロジェクターはソニーのVPL-VW1100ES。ハイエンド製品ではあるが家庭用である。業務用機器ではなく、家庭向け機器でも息を呑むだけのリアリティを出している点に4K映像の可能性や底力を感じる。

 実は彼女が紹介した映像の中で、スノー・レパードの映像だけは2Kカメラが混ざっていたのだが、細かな体毛や模様で覆われたスノー・レパードの質感は、2Kカメラとそうではない時の差が明確に見分けられてしまった。

 1匹だけでなく、複数のスノー・レパードが集まり、カップルとなり、ケンカを始める。そんな様子を捉えるため、多くのカメラを固定位置にしかけて長時間待ち続けて撮影したそうだが、必要なカメラ数の関係で完全な4K化は不可能だったようだ。

「悔しいのでまた来年スノー・レパードを、今度は4Kカメラで捉えますよ」とはBerlowitz氏。「製作期間の長い作品の場合、今、4Kで映像を作らない理由はない」と話した。

 このほか、エクストリーム・スポーツ映像で知られるRed Bull Media Houseのディレクター、Florian Edenburger氏などがいくつかの映像を紹介したり、ブンデスリーガの実験4K放送を行なうSky Deutschlandなどの映像も観たが、筆者が注目したのは前述のイタリア国営放送RAIと、高品質映像作品やドローンを使った特殊撮影で知られるDBW Communicationの作品である。

 ひとつには、英国やドイツではなく、比較的、HDテレビの普及が遅かったイタリアでの事例という点もあるが、プッチーニ劇場で上演されたオペラ、La Bohemの映像は驚くほど素晴らしいものだった。映像作品として画質調整をあまり行なっていなかったことも良い結果を導いているのだろうが、単に衣裳やセット、出演者の表情が細かなところまで捉えられるだけでなく、多くの出演者が登場するシーンをワイドに捉えたシーンでも、舞台全体の雰囲気を伝えてきた。

 RAIの映像配信事業を行なっているRAI.comのPaola Carruba氏によると、イタリアで上演されるオペラから年間6公演をピックアップし、継続的に作品アーカイブを作って行くとのことだ。

 もちろん、こうした芸術的な作品だけでなく、日常的に楽しめる作品もいつかは必要になっていくだろう。実際に4K放送が開催される日本では、NHKが国際宇宙ステーションで撮影した4K映像や、ナミビア砂漠を追った素晴らしいドキュメンタリ映像とともに、4Kカメラで撮影されたドラマの紹介も行なわれた。

 今後のことを考えれば、カメラ機材の入れ替えに伴い4K収録の作品は増加傾向となりそうだ。展示会場では「4K映像のニーズが生まれている中で、4K作品がないのであれば、放送予定がなくとも4K収録を進めておけば、事業機会があるように感じた」と話す民放関係者もいた。

日本以外の“4K、ラスト1マイル”は?

 ポジティブな印象を受けた反面、問題ももちろん少なくない。日本では現在のChannel 4Kに加えて2チャンネルが追加されるが、世界的に見れば商用サービス開始のタイミングはまだ見えていない。一方で、受像機の4K表示対応は進んでいる。

日本以外で問われるラスト1マイル

 4Kカメラに関しては、ソニーがF55というカメラを発売して以来、収録例はかなり多くなってきているものの、では、どうやって家庭に届けるか? については、まだ明確な答えはない。これは4Kの商用放送が来年に始まり、2016年にはBS放送で4K、8K放送を開始する日本でも同じことで、“最初の取っかかり”として、放送以外の経路も必要だろう。

 この点は(日本ではNTTぷららが開始しているが)、やはりインターネット配信への期待が大きいようだ。一般にはインターネットでの4K配信(18Mbps程度が主流でフレームレートも毎秒24〜30コマと、画質は格段に落ちる)は厳しいとされるが、アカマイ(Akamai)のチーフアーキテクトWill Law氏は、経路ごとのデータキャッシングを最適化することで、4K配信は可能だと話す。

 同氏によるとインターネットでやりとりされる通信量の20〜30%を、常に動画データが消費しており、今後、さらに増えていく傾向とのこと。こうした状況に動画配信のキャッシング技術を最適化することで対応し、伝送の効率を高めることができるという。

「インフラ側の効率を高めることができれば、あとは足回りの回線で20Mbps程度が確保できる家庭に4K映像を送り込める(Law氏)」

 ただし、18Mbps程度のビデオビットレートの場合、その多くは毎秒24フレームの映画、あるいは毎秒30フレーム、あるいは25フレームに変換したビデオ映像となるだろう。4Kネット配信はネットフリックスをはじめ、アマゾンも米欧で開始することがアナウンスされており、徐々に始まるものの、“本領発揮”までには少し時間がかかるかもしれない。

 製作者からは「コストは撮影対象によって3〜8割ほど増える」との話もあった。必要なストレージ容量や後処理のデータが重くなる(処理時間もあるが、単純にコピーにかかる時間が増えるなど)こともあるが、ピント合わせや確認作業に手間が多くかかり、撮影期間が通常よりも長くなりがちなこともコスト増となるためだ。

 まだ一筋縄ではいかない面もあるが、しかし「4K映像の取引市場」が生まれようとしていることは身近で感じる事もできた。また、2日間ドップリと4K映像ばかりを見続けた後、フルHD映像を見ると画質差に愕然とした。放送やネット配信によって、4K映像を消費者がどう捉えるのか。まずは来年の3月を期待しながら待つことにしたい。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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