本田雅一のAVTrends

「STAND BY ME ドラえもん」の驚きの3D映像表現に迫る

白組 八木竜一監督に聞く、“マンガの世界”の3D化

 今年もさまざまな映画を観てきた。作品として素晴らしいもの。VFXの質に驚かされたもの。サラウンド設計のすばらしさに息を呑んだもの。さまざまな優れた作品があったが、“もっとも驚かされた作品は?”と問われたならば「STAND BY ME ドラえもん」だったと答えたい。

 ドラえもんのように長期間、親しまれてきたキャラクターの映画化は、大人から子どもまで幅広い世代に多様なファンを持っている。しかも原作はシンプルなラインで構成される典型的な子ども向けマンガで、伝統的なセルアニメの題材としても、すっかりイメージが固定化されている。

 そんな“日本の子ども向けマンガ”そのものとも言える題材を、3D映画にするなんて、いったいどんな結果になるんだ??と思っていたら、原作マンガの世界観を崩していない上、3D映像の表現としても納得感のあるものになっていた。作品としての好き好きや、個々のドラえもんへの想いはひとまず置くとして、この世界観を3D映像として不自然に見せていないのはスゴイ。

 この作品を作り上げた白組の八木竜一監督(山崎貴氏との共同監督)と、CGスーパーバイザーの鈴木健之氏に、STAND BY ME ドラえもんの映像表現について話を伺った。

CGスーパーバイザーの鈴木健之氏(左)と八木竜一監督(右)

とてつもなく多様なテクニックを使っていると思ったら……

 3D映画の演出手法について、ここまで何年かにわたって様々な方々にインタビューしてきた。まだ手法が確立しておらず、成熟の途上にあるため、より良い3D映画を作る際のノウハウ(演出面と技術面、両方についてテーマがある)があれば、積極的に共有するという流れがあり、ハリウッドでも日本でも、積極的に考え方を公開してくれるクリエイターが多い。

 そんな過去数年があって、今年になってSTAND BY ME ドラえもんを観た最初の感想は「ありとあらゆる3D映像の手法を使っているなぁ」というものだった。

 たとえばドラえもんは“まるい”。当たり前なのだが、3D映像上の表現として“まんまる”な被写体は難しい。上手に3D化しないと、楕円効果といって奥行きが潰れた楕円形の物体に見えてしまう。

 きちんとまるく見えるよう“前後に膨らんだ”3Dキャラクターにするうよう3Dカメラのパラメータを設定すると、今度は背景などの視差がキツくなり過ぎる場合がある。

 きちんと膨らんだ“まるく見える”キャラクターと快適性を両立するために、マルチリグというテクニックがある。これは以前の記事でも紹介したが、ディズニーが「塔の上のラプンツェル」で開発したテクニックで、近景、中景、遠景を異なる3Dパラメータでレンダリングしてから合成するというものだ。

 実際にはそのような撮影はできないが、CGならば当然可能だ。中には実写3D映画を撮影する際、元は2Dで撮影してから3Dデータへと変換し、不足するテクスチャーを追加した上で、マルチリグで3D映像を再構成する場合もある。

 話が横道に逸れたが、大胆に仮想ステレオカメラのレンズ間距離を動かしていると思しき場面もあったり、随所に“ハッキリとした3D感”、“3Dならではの映像演出”、“快適性”を感じたのだ。これはずいぶん3D演出について経験を積んでいるものだと感じて、そう八木監督にも最初に伝えた。

 ところが八木監督はあっけらかんと「ドラえもんの前に、『friends もののけ島のナキ』という作品を山崎監督と共同で作りましたが、そのときは2D-3D変換で、3Dを意識した演出も1カ所ぐらいしかありませんでした。しかも3Dは経験が無かったので、外部へとまるまる委託していたんです。ですから、3D撮影の経験はありましたが、ノウハウはほとんど持っていませんでした」と、意外な答えが返ってきた。

 では、どのようにして、この難しい題材に納得感を与えることができたのだろう。3Dは様々な面で“リアル”志向の表現だ。人の眼が捉える奥行きを含めた情報を再現できるからだろうか。3D世界にマンガ的表現があると、どこか心を乱される感覚が……と想像していたのに、まったく違和感がない。

 では八木監督と鈴木氏は、何か特別な技術を開拓したのだろうか?

実は“試行錯誤の手探り”

「もうすべてが手探り。最初に決めたのは、すべての3Dシーンを交差法ではなく平行法っで制作しようということ。3D映像ですから、手前に出っ張らせる場面もしっかり使いたい。なので目が被写体を追いかけても無理なく見えるよう、かなり気を使っています。あとはどうしたの? というと、ほとんどの手探りですよ(八木監督)」

 まずは映像を作ってみて、3Dテレビでチェックして、また直して……を延々と繰り返し、“お、なかなか良いんじゃないかな”と思うキャラクターの配置、構図、3Dカメラ設定を探す。STAND BY ME ドラえもんは、そんなとてつもない作業の繰り返しで生み出されたというのだ。

 実際のSTAND BY ME ドラえもんを観ているとわかるが、3D表現が比較的おとなしいシーンと、積極的に3D空間を活用したアクションや演出が楽しめるカットが、明確に別れて存在している。

 本作品は826カットで構成されているが、このうちステレオレンダリング(2つの仮想カメラで異なる視点からの映像を1枚づつ作る方法)されているのは184カットのみ。それ以外のカットは2D-3D変換を外注しているという。

「言い換えれば、ステレオレンダリングされている184カットすべてが“観どころ”です。やはりリアルに3D映像でレンダリングした方が、豊かな映像表現としやすい。正確な立体感や奥行き表現を行ないやすく、演出上も大胆な3Dの動きになっています(八木監督)」

 では、その184カットの中から、ここが見所とも言うべきカットを表現手法の紹介とともに八木監督に話していただいた。

“マンガの世界”を3Dに

 八木監督がSTAND BY ME ドラえもんで目指していたのは、コマ撮りのアニメーション……すなわち、ティム・バートンのナイトメア・ビフォー・クリスマスに代表されるような表現をドラえもん世界の中で行なうことだったという。

 ドラえもんを3Dグラフィックス、立体視にするとき、誰もが気にするのは、あのキャラクターが3Dになってリアルな顔になってしまうと……。しかし、きちんと馴染んで立体視映像の中に存在できている。その秘密が、”ストップアニメーション的”な表現とした部分にあるようだ。

 “ストップアニメーション的”といっても、動きをぎこちなくするという話ではない。違和感を排除するため、まずはキャラクターの3Dモデリングに1年半を費やしたという。この3Dモデルに組み合わせる背景はミニチュア模型だ。

「背景や街並み、のび太の部屋なども、3Dグラフィックスで作ろうと思えば簡単です。しかしミニチュアで作り込むことで、そこにファンタジックな要素が加わるんです。演算で作ったものではなく、手作りの実物ですからリアリティもある。のび太の自宅は1/6スケール、月見台の街並みは1/24スケールぐらいですね」

「このぐらいのサイズでミニチュアセットを作ると、自然にデフォルメされた表情になります。たとえば鉛筆にしても、手作りのミニチュアだから“偽物”だと解るような質感になる。“リアルだけど現実ではない”ミニチュアセットが、立体視用に作られたドラえもんのキャラクターたちとリアリティのレベルが揃うようにということで、ちょうどいい大きさにしました。

 この“ファンタジックな表現を”、八木監督は立体視表現でも強く意識して使った。

「のび太がタケコプターでうまく飛べず、“ドラえも〜〜ん”と言いながら手を出すところ。実はかなり強い立体感を付けているのですが、そのままステレオレンダリングしただけでは、カメラ位置やレンズ画角を調整しても、なかなか“ドラえもんらしい”表現にならないんですよ。そこで手がカメラ側に伸びてくる時、手の大きさがだんだん大きくなるよう3Dモデルデータを変換しました。このため、カメラ位置からの映像はのび太の必死さが伝わる良い画になったのですが、横から見ると片手だけ巨大な、とても不自然な映像になってしまいます」

「しかし、ドラえもんはマンガの世界で育ってきたキャラクターですよね。手だけを大きくしてレンダリング……というのは、2Dマンガ的な発想です。マンガをマンガのように見てもらうためと考えて、このアイディアを思いつきました」

 このほかにも、ドアを勢いよく閉めると“バタン”とドア枠にぶつかって波打つようになったり、日本製マンガっぽいデフォルメを意図して挿入しているのも、やはりリアリティレベルを意識してのことだそうだ。

また新しい立体視作品に挑戦したい

 そんな八木監督が勧める一番の見所は「どこでもドア」だ。

 どこでもドアは、誰でも知っている「どこにでも行けるドア」。コミックやアニメでは、単にドアとして別の世界と繋がっていることが解れば良いだけだが、3D映像の中で異なる二つの世界がつながると、なんとも不思議なことが起こる。

 ドアを通過すれば違う3D世界へひょいと移動することになるが、それだけではない。奥の世界から手前の世界に光が差し込んだり、雪山から吹き込む雪がこちらの世界に入ってくる。手前と向こうでは、当然、ライティング環境が違うべきで、そうするとまるで違う人になったように見え方が変化する。

 そんな複雑な世界観は、立体視が前提だったからこそ表現できたと八木監督。他にものび太の部屋の天井からしずかちゃんの家がつながり、一瞬で移動できるようになる最初の映像は、なかなか良い表現になっていた。

 身体から紫の煙が出てくるところも、煙に立体感を出すため、半透明で浮いていて、輪郭がハッキリしていない物体として作られているが、どこか“嫌な感じ”に見えるのだが、なんとも抗しがたい”もやもやしたもの”も立体視ならではの表現力だろう。

 そんな八木監督がもっとも気に入っているのが雪山で遭難するシーンだ。空中の中にたくさんの雪が漂う。その一粒づつが、別オブジェクトとして、別の場所で舞っている。

「このシーン、これ以上、視差を付けてはダメというレッドゾーンを無視して立体感を引き出しています。それによって、雪山の舞台での世界の広さを表現しています」(八木監督)

 楽しみながら3D映画を撮れたようだが、その作業の大変さや制約の多さなどから、もう二度とやりたくないと思う監督は多い。ところが八木監督は「楽しかった。是非ともまた3D作品に挑戦したいですね」と高い意欲を保ったままだった。そうした監督の意識も作品に現れているのだろう。実際、映像を観ている側も3Dの方が圧倒的に楽しく観れる。

 劇場からも「3Dの方が愉しめた」「2Dを最初に観たけど評判がいいので3Dでも見直した」といった声が届いているという。

 なお、八木監督の「STAND BY MEドラえもん」制作秘話は、国際3D先進映像教会の「3D University Japan 2014」でも聴けるとのこと。12月5日に秋葉原UDXシアターで開催される。八木監督を含むドラえもん制作スタッフのセッションは14時15分からだ。こちらのページに応募情報が掲載されているので、興味がある方は受講してみるといいだろう。他にもハリウッドから一流のステレオグラファーが講演を行なうことになっている。

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本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「続・モバイル通信リターンズ」も配信中。