本田雅一のAVTrends

4K後の一大潮流「HDR」への各テレビメーカーの取り組み

主流は液晶+ローカルディミング。有機ELに注力するLG

 2015 International CESでは、High Dynamic Range(HDR)技術が大きな話題になっているということで、主に技術的な背景を中心に紹介記事を書いたが、今回はそれが実際の製品にどのような影響を与えているのか。CESでの展示内容を含めた業界動向に置き換えて情報を整理。今年1年、どのように各メーカーが製品開発を進めていくのか、その動向を探ることにしよう。

パナソニックブースのHDR比較展示

「HDRを活かす」ために最適な技術は何?

 前回の記事にも記したが、映像制作やテレビ開発の現場などで話題になってきているHDRとは、カメラが捉える広いダイナミックレンジを、そのまま映像信号に載せてしまおうという新しいコンセプトだ。

 従来は暗いブラウン管のマスターモニターを基準に、実際の見え方を調整していたが、HDRでは露出基準値をとって絵作りはするもの、ハイライトをどう表現するかは各ディスプレイの性能に合わせ、テレビメーカーが映像エンジンの中で処理を行なう。

 日本の場合、HDRは4K放送とはセットで考えられていなかったが、昨秋ぐらいからNHKが検討を始めており、2016年に8K実験放送が始まるタイミングで4K/8KともにHDR対応することが検討されている。欧州でも4K放送のフェイズ2に移行する2017年にHDR対応を明言。北米は放送でのHDRに関して話は出ていないが、NetflixやDirecTVがネット配信事業の中でHDR対応すると話している。

 さらには基本仕様が昨年晩秋に発表されてから動向が表向きに出ていない次世代ブルーレイディスクも、3月には最終仕様のドラフトが承認され、6月に正式発表になる見込みだ。この中でも4K、従来のフルHDともに、広色域やHDR、10bit化などが定義されている。対応するプレーヤーやレコーダは、今年年末にも発売される。

 このようにHDR対応の準備が進んでいることに加え、映画会社もディズニー、ワーナーというもっとも大きな二つのブランドがHDRに積極的。その他の大手も実際にHDRコンテンツが提供され始めれば対応していくとみられる。

 コンテンツは出てくるが、ではどうやって広いダイナミックレンジを表現するのか? これも前回のコラムで紹介したように、細かく分割した直下型LEDによるバックライトのローカルディミング(部分駆動)で、映像領域ごとの明るさの差(ダイナミックレンジ)を拡大することで表現することになる。

 もっとも、現在の液晶テレビはバックライト効率の向上から明るくはなっているが、液晶パネルそのもののコントラストは大幅には上がっていない。現行機種のローカルディミング対応機種は、動きが大きなモードでもピークで500nitsぐらいしか出していない。HDR対応テレビでは1000〜1200nitsぐらいのピーク輝度を出したいと各メーカーは話している。

 これはすなわち、ローカルディミングの明暗差を従来よりも大きくするということで、“ハロ”と呼ばれるローカルディミングによるモヤモヤした黒浮きが、従来よりも目立ちやすくなることを意味している。もちろん、現行技術のままでもHDRを活かした絵作りは可能だが、あまりHDRにこだわりすぎると、かえって不自然な映像になってしまう。

 ではHDRを活かすには、どういう技術が最適なのだろうか?

 サムスンとLG、大手パネルメーカーでもある二社の選択、CESでの展示は、HDRに対する考え方の違いを端的に示していた。

サムスンは液晶回帰鮮明、LGはOLEDに賭ける

 驚かされたのはサムスン。これまで何度も繰り返し挑戦してきたOLEDテレビの実用化だが、結局は実験的な製品のみで終了するようだ。というのも今回、サムスンはOLEDテレビを“一切”展示していないから。ただし、一カ所だけ例外がある。それは「S UHD TV」と銘打った、これまでとは異なる新しい画質を実現したテレビが、いかに従来方式に比べて優れているかを見せた比較展示。従来の様々な方式の中で、S UHD TVは圧倒的にキレイでしょ? と見せるデモである。

OLEDやPDPと比較し、S UHD TVの画質が優れていると訴求しているデモコーナー

 ここでOLEDはすでに過去のテレビ技術(S UHD TVの方が高画質)としているのだ。ではS UHD TVとはどんな方式なのか? というと、実は技術的には以前から存在する量子ドット技術を使った光変換シートを用いた広色域液晶パネルを、直下型LED部分駆動でHDR対応した4Kテレビだ。

 すなわち、新技術はどこにもない。敢えて言うならHDRへの対応だが、このCESでは中国メーカーも含め、全メーカーがHDR対応を謳っているので、単純に機能だけで言えば「HDR機能付きの4K液晶テレビ」以外の何ものでもない。

 まさに「LED TV(サムスンはバックライトにLEDを用いたテレビを別のジャンルとしてLED TVと名付け、他社と同じ製品を異なる方式のテレビとして販売した)」以来の、サムスンらしいネーミングだが、その背景にあるのはここ数年、次世代と位置付けてきたOLED方式を辞める中で「ウチは他社とは違うんだよ」と訴求したいサムスンの意思を示したものと言えよう。

S UHD TVを大きくアピールしているサムスンブース

 ただ、これはサムスンだけに限った話ではないが、液晶テレビでHDR映像を表現するのは、実際にはかなり難しい。画面上には約800万もの画素があるのに、部分駆動の分割数はせいぜい100ちょっと。過去もっとも細かく分割されていたCELL REGZAでさえ512分割。画面上の一部分にだけHDRを使った画素があるだけなのに、その部分を明るく表示しようと思うと、その周囲も明るくなる。

 実際には絵がおかしくならないようゲイン調整を行なうのだが、黒は従来の数倍も浮いてしまう。輝いている部分の周囲なので、目立ちにくいと言えば目立ちにくいが、なにしろ部分駆動で調整する幅が大きいと、やっぱり気になってしまう。

 そこをどう折り合い付けて制御するかが、液晶のバックライトを部分駆動することでHDR対応する際の“腕の見せ所”と言えるだろう。しかし、もし画素ごとに明るさをブーストできるのであれば、その方がより良い結果が得られる。そこに賭けたのがLGだ。

 OLEDは自発光画素であるため、画素ごとに発光量を調整できる。LEDバックライトのように極端なブーストはできないが、それでも500nitsぐらいの明るさも出せるという。明るさをどこまで出せるかは寿命次第(あまり明るく光らせると耐用年数が短くなる)だが、たとえばソニーが発表済みのHDR対応業務用マスターモニターは最大1000nitsで3,000時間というスペックだ。

 これに対して、たとえば次世代ブルーレイ向けHDR映像制作のガイドラインとして「全画面の平均輝度は400nits以下、1000nitsを越えるピーク輝度は画面全体の数%に留める」といった目安がある。画素ごとHDR表現が行なえることを考えると、OLEDの方がトータルの画質面では有利だ。明るい昼間のリビングは厳しいかもしれないが、夜の室内照明下や灯りを暗く落とした中では、OLEDの方が圧倒的に有利になる。

自発光であるOLEDの利点を紹介するLGブース

 CESでの展示でも、OLEDによるHDR表現の優位性をLGは打ち出しており、例年よりも展示面積を大きく増やしていた。その背景にあるのが、“OLEDの生産ライン強化”というサムスンとは真逆の事業戦略だ。

LGはテレビ用OLEDを増産、外販も模索

 CES期間と重なるように、LGはグループ内のディスプレイパネル生産子会社であるLGディスプレイにテレビ用OLEDパネルの生産ラインを新設し、生産能力を4倍にすると発表していた。LGのOLEDパネルはサムスンなどのRGBの各原色用OLEDを順に配置するのではなく、白色に発光するOLEDをカラーフィルターでRGB画素とするタイプ。

 このためサムスンよりもテレビ用大型パネルの量産では進んでいた。サムスンがOLEDパネルの生産を中断(実質的には計画の中止とも言われる)する中で増産に踏み切ったのは、白色発光のOLEDを用いた方式で量産が可能と踏めるだけのデータが揃ってきたからだろう。

OLEDによるHDR表現の魅力をアピールするLGブース

 この投資で55インチOLEDパネル換算で毎月約12万枚(最大値であり歩留まり次第)の出荷が可能となる。現時点で良品の収率がどの程度になるかは不明だが、生産規模拡大で歩留まりを向上のノウハウ収集が加速することが期待できる。

 これまでLGはグループ外へのテレビ用OLEDパネル外販を行なってこなかったが、この生産能力増強に伴い、一部の中国テレビメーカーにもテレビ用OLEDパネルを供給するとのことだ。この試みが成功すれば、さらに液晶からOLEDへと事業の軸足を移していくことになるだろう。

 そうなれば、日本メーカーもLGからのOLEDパネル調達を本気で考えるようになるはずだ。また、LGがテレビ用OLEDパネルの本格量産に成功したとなれば、台湾、中国のディスプレイパネルメーカーもOLED生産ラインへの投資を始めるに違いない。あるいは、サムスンも方式などを見直して再び取り組むようになるかもしれない。

 ちなみに昨年のOLEDテレビ出荷量は、年間を通して僅か10万台程度だったと見積もられている(ディスプレイサーチによる数値)。もしLGの賭けが吉と出たならば、ここからの立ち上がりはかなり急峻なものになるだろう。

 LGとしては、中・大型の液晶パネルの中国での生産が増強される中、少しでも高付加価値のディスプレイ方式にシフトをしたいからこその賭けなのだろうが、HDRという映像トレンドが、これを少しばかり後押しすることになるかもしれない。

日本メーカーは当面、液晶+部分駆動バックライト

 もっとも、当面の間は液晶パネルがテレビ用ディスプレイの中心であることは間違いないところだ。これまでも液晶バックライトを細かく分割して部分駆動する方式は、液晶テレビ上位モデルに使われてきたが、HDR映像を効果的に見せるには、これまでの部分駆動における制御幅を2〜3倍ぐらいに拡大する必要がある。

 輝度の制御幅が拡がれば、それだけ部分駆動の動きを不自然に感じるシーンも増えることになる。液晶パネルのコントラストが急に向上しない限りは、バックライト制御の上手/下手がメーカーごと明確に差別化されて見えると思う。

 ソニーはここで映像処理エンジンを一新。必ずしもバックライトの部分駆動制御だけがアップデートのポイントではないが、より良いHDRのための独自の機能がLSIに組み込まれている。CESにおけるデモではピーク輝度で1000nitsを越えると思われる表示をしており効果的なHDR効果が見られたが、一方でハロも目立っていた。

ソニーの4K対応、新映像処理エンジン「X1」

 一方、パナソニックはIPS液晶を採用するAX900シリーズを使って、次世代ブルーレイプレーヤーとコンテンツの試作を通じてHDR映像を表示するデモを行なっていた。この映像はAX900に合わせてHDRグレーディングを行なっており、最大でも500nits程度のHDR映像に仕上げられていた。実際にはこのぐらいでも充分にHDRによる画質向上は見られる。ギラギラした明るさがなくとも、明部での色ノリやリニアリティに格段の差が出るためだ。

パナソニックが展示した次世代ブルーレイプレーヤー

 ただ、このデモは明るい場所で行なわれている。これはコントラストの低いIPS液晶パネルを使っているためだろう。パネルが持つ素のコントラストが低いと、バックライトを動かす際のハロが目立ちやすいからだ。

明るい場所のデモではIPS液晶パネルが使われていた

 このため暗室における映像技術のデモ展示では、IPSではなくVA方式のパネルが使われていたという。こちらは1000nits程度を目処にしたもので、効果もより大きくは見えた。

暗室でのデモ展示ではVA方式のパネルが使われた

 パナソニックは年内に次世代ブルーレイ対応機器の発売とともに、HDR対応液晶テレビを発売するものと見込まれるが、はたして従来通りにIPS液晶で揃えるのか、それともHDR対応を強化したモデルとしてパネルコントラストの高いVA液晶パネルを採用した製品ラインを作るのか。それとも別の解決策(OLEDパネルの調達)を模索するのか。現時点では予想しにくい。

 しかし、CESにはテレビを出展しなかった東芝も含め、日本のメーカーはLEDバックライトの部分駆動制御ノウハウは、今のところ優位に見えた(“今のところ”というのは、あまりにサムスンのデモ映像や展示環境が評価向けではなく比較できないため)。

 とりわけ日本における年末商戦では、上位モデルでこのあたりのチューニングが製品の評価を分けることになると思う。

ところで、再び”nit"について

 ところで、“nit"という明るさの単位が頻出して、よく解らないなぁという方も多いと思う。どのぐらいの数字が適切なのか、大きければいいのか、それとも……と、今までにない経験だけに、みなさんの中に基準がないと思う。

 たとえば映画館の場合、画面がとても大きいので標準上映値の明るさはもっと暗く、だいたい48nitsだ。ただし、これは“とっても良い映画館”の話なので、実際にはもっと暗い状態で上映されていることがほとんど。ランプ寿命が長くなるようケチっていたり、交換寿命が来ているランプを使っていたり、あるいはスクリーンサイズに見合わないプロジェクターを入れていたりと、さまざまな事情で実際には35nitsぐらいの映画館が多い。なお、nitという単位は“カンデラ”と同じだと思って構わない。

 人の眼が捉えることができる光は絞り(アイリス)調整なしで1万倍で、1万nitsぐらいの輝度で収録すれば、現実世界に近い光の様子を表現できることになる。光の強さは対数カーブで感じるものなので、100nitsに対しては10倍の強さを表現可能になるということだ。
 しかし、実際には1万nitsでHDRの表現することはない……ということが、ハリウッドのカラリスト(色や絵作りの表現を決めるエンジニア)への取材で解ってきた。映画やドラマといった視点で言えば、300〜500nitsぐらい。ごくごく狭い部分の高輝度を出す場合でも、1000nitsぐらいで調整すれば充分に高画質(色表現の豊富さやディテールの深さ)を味わうことが可能になる。

 ただし、ここで言っている“nit”はグレーディング(元のネガやカメラRAWから映像を取り出す作業)時の調整基準として書いているものだ。実際に消費者がHDR映像をテレビやプロジェクターで見る際には、周囲の環境に合わせて適切なディスプレイのピーク輝度は変化する。

 たとえば周りが明るいのであれば、テレビは充分な明るさを表現するために数1000nitsの明るさを出さなければHDR効果を得られない。しかし、真っ暗な中ならばそんなに明るくなくてもHDR効果は得られる。映像制作の基準と、消費者の使うディスプレイがどの程度の明るさであるべきかは、別々に考える必要があるということだ。

 たとえば真っ暗な大画面ホームシアターで愉しむならば、150nitsぐらい(HDR対応映画館はこのぐらいの明るさになるそう)で充分なHDR感を演出できるだろう(もちろんコントラストと階調表現力が充分にあることが前提だが)。照明をやや暗く落とした雰囲気の良いリビングならば300〜500nitsでもキレイに見える。しかし、明るい照明のリビングなら1000nits、昼間にカーテンを開けた部屋だと4000nitsでも足りないかも……といったところだろう。

 つまり、OLEDのように明るすぎると寿命が短くなるような方式だったとしても、暗く照明を落とした中でHDRを楽しむならば、自発光の長所も考えて映像ファン向けには液晶より良い選択になるかもしれない。今さらプラズマという人もいないだろうが、仮に今、最新のプラズマがHDR対応するというのであれば、暗室に限っては液晶よりずっと良いディスプレイと評価できると思う。

 このようにテレビ側に求められる明るさと、映像製作時の明るさの基準は異なるもの……という話だ。……ということで、話を元に戻そう。

中国メーカーはドルビービジョンを採用?

 HDRにどう対応するのか見えにくいのがシャープだ。シャープは1年前のCESではドルビーと共同でドルビービジョンを展示していた。ところが今年は展示を見送っている。

 ドルビービジョンはLEDバックライトの部分駆動とHDR映像のオーサリング技術をセットにしたもので、ドルビーが決めた形式で映像を収録した上で、対応プレーヤー/テレビで再生させるとHDRを実現できる。

 ただし、ドルビービジョン対応の放送や映像ソフトでなければならない。現時点ではワーナーが映画製作時にドルビービジョン対応した(ソフト化の際にはドルビービジョン対応になるだろう)劇場公開映画を作るとしているが、それ以外に大きな動きはない。

 シャープは現在、独自の映像エンジンを持っていないが、より良いHDR対応のために独自のコンパニオンLSIを開発して年末までに、LEDバックライトの部分駆動に対応するのではないだろうか。というのも、ドルビービジョンのライセンス料がかなり高いと言われているためである。対応するにはプレーヤーとテレビ、それぞれで1ドルを超えるライセンス料が発生するそうだ。

 自社映像エンジンでHDR表示に対応すれば、放送、ネット配信、次世代ブルーレイのいずれもSMPTEで決められた業界標準のみでHDRを実現できるため、ドルビービジョンは採用したくないというのが本音とみられる。

 実際、こうした“ありもの”の技術を好んで導入する中国メーカーも、独自のLEDバックライト部分駆動機能でHDR対応をうたっており、CES会場でドルビービジョンを用いたHDRの展示を行なっていたのはTCLだけだった。

 HDRは新しいトレンドのため、今年1年で大きく動く可能性もある。しかし、昨年1年を通じての業界内のドルビービジョンに対する議論を追いかける限り、家庭向け映像機器やパッケージソフトで必須機能となることはないと見られる。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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